そこは、応えがない恋情


「抱きしめて欲しい」
兆しもなく、ただ突然で、静かに空間に響きまわってゆく。
いきなりでありながら、なぜか彼は驚かないと自分も信じられなかった。本から視線を上げ、遊馬はただ迷っている目で自分を見つめていた。
まるで彼の返事…いや、反応を見ているようだ。
(…オレの反応に行動するか)
もし、凌牙が一瞬でも迷ったら、遊馬は彼の行動を拒みと考え、すぐに先ほどの言葉を誤魔化すのだろう。
言ったのは遊馬だけど、きっと彼は相手がやるとは思っていない。ただ、知りたかっただけだ。
凌牙は拒むか、それとも普通通りにその気持ちを受け入れるか。
彼はただ知りたいだけだ。
「……遊馬」
机の本を閉じる動きに遊馬はヒクと肩を跳ね、凌牙は少しだけ傷つけられた気がした。
昔はともかく、今の彼は遊馬を傷つかないのに。
「手を」
「えっ」
「だから、手を出せって」
「お、おう」
恐れながらゆっくり伸ばしてゆく手。
はじめに指先を触れ、相手を驚かさないように触って離し、数回を繰り返すと静かに手を握り、
「っと、……―――――」
凌牙は遊馬を自分の肩まで寄せた。
「………ぇ、シャ、ク」
「こうしてほしいじゃなかったのか」
「い、いや…そうだけど……」
「おかしなんてねぇぜ」
優しく頭を撫で、凌牙は目を細める。
「誰でも抱きしめさせたい時があるぜ。オレも、お前もな」
「……シャークって、ずるい」
「てめぇ……」
手を上げ、凌牙は遊馬の背中をポンポンと叩く。
「本当に、面倒なヤツだ」
「…オレだもん」
「……そうだな」
「シャーク」
ゆっくりと、ゆっくりと腕を上げ、紫色の背中を少しずつ掴み始め、
少年は目を閉じた。
「サンキューな」

冷たい温もりをくれて、ありがとう


そこは、応えがない恋情



2011.11.13