夜の風は涼しい。
時間的に晩いせいか、町は思ったより暗くて、道はライトや建物に照らされるより、月に照らされるかもしれない。
バイクを降り、少年は月を見上げながら思う。
ある建物の前に達、自動扉が開かれると彼は足を中へ進みはじめた。
「…あら?神代君」
いつも見慣れる凌牙の姿に看護婦は少し驚いた。いつもは日曜の午前で来るのに、まさか平日の夕方…晩い時間で来るとは思わなかった。
「こんばんわ。どうかしました?今の時間では…」
「……いえ。偶然で、ここの近くに来ただけです」
そう言いながら彼はきちんとある方向を見つめている。いつも向かうはずの道の先、ある病室に行くエレベーターへ。
「彼女は今日、元気か」
「…えぇ。」
「……そうか」
少し緩やかに微笑む彼に看護婦も小さく笑う。チラリと時計の部分を覗き、看護婦は苦笑して「少しだけですよ」と、
少年に小さく伝わった。
バレないように軽く病室に入り、相変わらず眠る女性の姿は眸に映ってくる。チラリと月に照らされる花瓶を見ると、花はまだ綺麗に咲いていた。
…花は元気で生きているのに。
「……おせぇ時間で、すまねぇな。今日中は、どうしてもお前の顔を見たかった」
椅子に腰をおろし、凌牙は手をポケットに突っこんでいながら今日のことを思い出していく。
短くて、長いと思われる一日だ。
「オレはまた、デュエルを裏切るところだった」
機械の心臓の旋律と共に、小さな呟きは病室に響いていた。
「信じれるか?オレは、美術館からレアデッキを盗もうとしたんだぜ。オレひとりだけじゃねぇが、残りの二人はオレに罪を被すつもりだ。それを分かっていても、オレはやろうとした。……だが、そこに馬鹿がいたんだ」
面白いモノを思い出したか、クスと口元を緩め、凌牙は笑う。
「下手一のヘボデュエリストだ」
おかしな話だ。
対話とかも滅多にしたことがないし、寧ろ出会う時は最悪のパターンでしかなかったのに、アイツ…遊馬は非常に凌牙のことを追いかけていた。
相手の大切なモノを壊したくせに、不良から抜けろと言いだす彼。デュエルはやめたと言ったくせに、デュエルしろとしつこく追いかけるアイツ。
人間のくせに、他人のために精一杯頑張って庇う馬鹿。
本当に、今まで会ってきた誰よりも世界一の馬鹿だ。いや、大アホだ。
こんなヤツに。
「オレは、救われたんだ」
こんなヤツだからこそ、凌牙は彼に止められた。
こんな馬鹿だからこそ、凌牙は再び『アレ』を見つけた気がした。
過去に拘らず、安心でいられる居場所を。
「明日、また学校に行くぜ。授業は聞かなくてもできるが、学校にいかねぇとまたうぜぇーヤツが来るしな」
…本当は、知っている。
目の前の人は眠りに入っている間、凌牙の声が聞こえるか誰にもわからない。医師の話によると、それは人によって違うし、例え聞こえていても反応するところが、目覚める瞬間に忘れる場合もある。
それでも、凌牙には構わない。
自己満足かもしれないが、彼はただ、目の前の女性に話したいだけだ。
何もない昼間。つまらない生活。暇な一日。くだらない話。
すべては普通で、暇で、つまらなくて、くださないモノばかりだけど…それでも。
生きている。
このつまらない日々に、彼は、彼女は。
――――生きているのだ。
そろそろ時間だと思い、これ以上いると看護婦に迷惑と考え、凌牙は立ち上がる。
返事してくれるのは機械の音のみ。これでも、十分だと彼は思う。
生きていれば、可能性はあるからだ。
…以前の凌牙は、これを考えたことがなかった。
(馬鹿の病気にうつられたか…)
「……じゃな。また、日曜で」
優しく女性の腕を握り、毛布に入れなおし、凌牙は静かに病室を出る。看護婦に御礼を伝い、彼は病院を出た。
外は相変わらず暗い。
でも、ひかりがないわけじゃない。
「コンビニで魚のエサでも買いに行ってやるか。」
(あと、洗濯もしねぇとな…制服面倒くせぇ)
そう考えながらエンジンを回し、ライトと共にバイクは奔りはじめた。
優しい月に照らされる夜の道の向こうへ。
生きて、咲いている
*女性の正体はまだわからないので、家族や彼女などどっちでも読めるようにしました。
2011.11.13