そういえば、最近は少し変わったことがあると、凌牙は思う。
彼は学校でよく遊馬の姿が見える。
以前は気づかなかったけど、今となってなぜか急に気になっていた。
例えば登校の途中とか、昼休みで誰もいない場所を探す時とか、移動教室の廊下とか、学校が終わった頃とか…とりあえず、いろんなところに遊馬がいる。
彼はわざと遊馬を探していないし、遊馬も「デュエルしようぜー!シャーク!」と叫びながら自分を探しに来るんじゃない。…いや、たまにあるが。
よく考えてみるとおかしい。彼は二年生で相手は一年生で、教室も違うフロアにいるはずなのに、なぜ二年生である彼はよく遊馬を見かけるのだ。
しかも。
「おっ!シャーク!お前もショッピングモールに来たのか!」
…なぜ授業がない日も遊馬に会えるのだ!!
「イラッとするぜ!」
「うおっなんだよいきなり」
「うぜぇぜ。てめぇこそなぜここにいるんだ!」
「オ、オレは姉ちゃんの買い物に頼まれたんだよ!シャークは?」
やっぱり来るんじゃなかった。新パックが発売すると聞き、凌牙はこうしてショッピングモールに来たのだが、結局新パックの発売日は明日だし、別パックを買ってもいいヤツは出てこない。
なにより会いたくないヤツにも会ってしまって、今日はとんだ日だ。
「オーイ。シャークさん…?……シャークせんぱーい?」
「あだ名で先輩など呼ぶんじぇねぇ!」
「あ、じゃあ凌牙せんぱい?」
「親しく名前を呼ぶな!」
「えー面倒くせぇー…じゃあ神代せんぱい」
「………もういい」
ダメだ。体力が一気に奪われたようでだるい。こいつと話すと自分はどうしようもなく疲れる。
相手はかっとビングというなら、こっちは逆だ。
かっとぶところか、歩く力でさえ失くしそうだ。
「ふーん。あ、そうだ」
何かを思い出したか、買い物の袋からあるモノを取り出し、「はい」と遊馬は凌牙に渡す。
炭酸ドリンクだ。
「飲むか?」
「……姉のお小遣いで買っていいのか」
「げっ」
どうやら図星らしい。
「こ、これはオレのお小遣いで買ったんだぞ!…お菓子は、姉ちゃんのだけど…」
自分でバラしてどうするんだ、と目をそらす遊馬に凌牙はクスと笑う。一応ボトルを受け取り、二人は近くにあるベンチに座る。
蓋を開くと、遊馬は一気にドリンクを飲んだ。
「うまぁーいっ!やっぱこの味の炭酸ドリンクは最高だぜ!」
「大袈裟だな」
「?」
ボトルを開かず、何かを探し始める凌牙に遊馬は頭を傾げる。が、次の瞬間に遊馬は相手が取りだしたモノに目を見開いた。
「ちょっ!ダメだ、シャーク!」
「なっ!なにすんだお前!」
「タバコはだめだ!においがするしカードも傷つくし!体にわりぃし!ダメだシャークはまだ未成年だ!!」
「お、おちつけ!よく見ろ!タバコじゃねぇぞ!」
「信じれるか!」
奪い取る戦いでありながらチラリと箱を覗く。父も以前は煙草を吸っていたので息子である遊馬にはわかる。
あれは間違いなくタバコの箱だ。
「だぁーめぇーだー!」
「!オイ、遊馬!ボトル、」
『パシャ』っと音と共に濡れ感覚は伝わってきた。
ボトルを開けたままモノを奪い取ったため、バランスがずれて二人はベンチに倒れ、ドリンクの液体は二人に打ちこんだ。
本気で何も言えなくなってきた。
「……てめぇ馬鹿か」
「ぅ…ゴメンナサイ。っでも!シャークがタバコを」
「だからタバコじゃねぇっつってんだ!」
体を座りなおしながら濡れたタバコの箱を見せると、遊馬は「あ」と目を瞬いた。
確かにタバコっぽい箱だが、濡れた表面にはグミと書かれている。
…タバコの形をするグミだ。
「んな誤解するもん買うなよ…」
「てめぇが人のことを聞かねぇからだ。っくそ」
濡れたジャケットを脱ぐ凌牙を見て、遊馬は急に申し訳なくなってきた。
相手が誤解させるようなモノを持っているとはいえ、自分がしっかり見ておけばこんなことを起こらずに済むし、どう考えても自分が悪いようだ。
「あの、……シャークさん」
「気持ち悪い。なんだ」
「っ、ご…ゴメンな、シャーク。ジャケット、汚しちゃってさ…」
「…謝ってくれたし、もういいぜ」
「でも、やっぱ悪ぃし…あ、そうだ!ジャケットを貸してくれ!オレ、洗濯して返すぜ!」
「お前が?オレのジャケットがゴミ箱に入りそうな予感だぜ」
「ひっでぇ!こうなったら!ぜってー綺麗に返してやる!かっとビングだ!」
「冗談だ」
一本のタバコグミを咬み始め、凌牙は遊馬に苦笑する。
「じゃ、期待しとく。破るんじゃないぞ」
「お…おう!…ところでさ、なんでこんな形のグミを?」
「オレ、咬み癖があるんだ」
「咬み癖?」
「何かを咬まないと落ち着かねぇんだ。タバコはカードを傷つくんし、たけぇーし、普通のグミもすぐに咬み終わるしな。このタイプは長く咬めるんだ」
「なんでガムにしなかったんだ?確か最近あるんだろう?禁煙用でタバコ形の…」
「味が気に入らねぇ。あんな偽タバコガムにするくらいなら、グミの方がマシだ」
これって、本物のタバコは経験したことがあるってことか?…と聞きたいのだが、遊馬はやめることにした。
寧ろ、凌牙のがタバコ形のグミの持ち方や咬み方など、どう見ても本物のタバコを使っているようにしか見えない。
流石札つきの不良だ。
「今不良とか考えてんだろ」
「い、いえいえ!かんがえてまセン」
「口調、変わってるぜ」
「…えへ、あはは……」
さすがというべきしか言えない。
そこで、遊馬はふとある言葉は口にした。
「んじゃさ、シャークはグミ以外でも、何を咬めば落ち着けるんだ?」
そこがいけなかった。
はじめに凌牙に睨まれ、思わず肩が跳ねると指で「来い」と示され、遊馬はちょっとだけ近づくと顎ごと掴まれ、

頬に柔らかい何かが当たった。
しかし、それも僅かな瞬間。
「―――――――いってぇーーッ!!」
次の刹那に鮫は口を開き、少年の頬は歯に咬まれたのであった。

「フン。ざまぁみろ」
柔らかい頬から離れ、真っ赤くなった頬を見て凌牙は満足しそうに口元を上げて新しいグミを口に咬みなおす。
大きな咬み跡は残っていた。
「ひでぇぞ、シャーク!急に人の顔を咬むなんてお前シャークか!」
「オレのあだ名はシャークだが?」
「自分で言っちゃったし!」
「じゃあな」
相手の言葉を聞かずにジャケットを投げ、凌牙は振り返る。
「ちゃんと洗濯しろよ」
「い、言われなくてもやるさ!」
相変わらず振り返さずに去る背中に、遊馬はジャケットを握りながら思わず感じてしまう。一歳しか違わないのに、彼と目の前の人の雰囲気はこんなにも離れている。
同じガキなのに。
【いや、遊馬は同年の子より子供っぽく見える】
「んだとー!!って、お前こういう時に出てくるな!」
【さっきまでは昨日、テレビで見ていた情報を整理していたのだ。それより遊馬、顔はどうした?】
「あぁ…シャークに咬まれたぜ…」
【…そうか】
「そうかってそれだけかよ!うぅ…いてぇな……」
(なるほど。だからあの少年は、『シャーク』か)
真っ赤で大きく残された跡。
どこで見ても咬み跡にしか見えないのに、なぜかアストラルは別のを感じる。そうだ、前にテレビで、鮫に関する映像にも言っていた。
(……あ。少し、香りがする)
鮫は接触する対象に大きな咬み跡を残す。
まるで、他人に見せるためにつけられた口付けのようだ。
コーヒーのかおりがする、カミツケ。

サメのヘタレ癖







オマケ
一方。
「…………」
はじめに一歩、続いて数回足元を止めると一気に走りだし、道に曲がると思わず頭を壁に打ちに行ってきた。
目覚めたい。
(…何をしているのだ、オレは…)
何をしている。寧ろ凌牙自身も知りたい。何をした。彼はさっきあのエビガキに何をした。
なぜ彼は、
「考えるな…神代凌牙・あだ名シャーク。考えるんじゃねぇ」
思わず壁にダイレクトしたまま頭を左右に振る。
彼だって知りたいのだ。
なぜいきなり遊馬の顔を咬んだ。いや、それより気になるのは、咬む前の動きだ。
最初から咬もうとするつもりなら、口で触る必要がないし、最初から口を開けて咬めばいい。いや、咬む理由もわからない。癖があっても、人を咬む必要があるか?
よりによってなぜ遊馬に、だ。
「……………認めたくねぇな」
認めたら全部が分かってしまう気がする。
なぜ気づかないうちに遊馬は自分の視線に入ってしまったか、なぜ無意識に気にすることになったか、なぜ咬む前は小さな触れをして誤魔化すように相手の顔を咬んだか、すべてが。
「…はぁ」
グミを喉の奥まで呑みこみ、手にいるドリングボトルの蓋を開ける。すっきりさせたいか、凌牙は一気にドリングを飲み干す。
そこにふと気付いた。
ドリングは、先ほど口が触れた、少年の顔に付けていたドリングの液体と同じ味をしていた。

――――ごめん、シャーク。やっぱりジャケットの弁償、シマス…
――――もう一回咬んでいいか?
――――うわぁあああこれだけはやめてくれぇー!!

FIN



サメのヘタレ癖
2011.11.13