4.思わぬ意外

日常は少しずつ歪む。
(大丈夫、ここは平気よ。小鳥)
モノレールに降り、小鳥はいつもの道で家の方向に向かう。
先ほど商店ばかりな街と違い、小鳥が住んでいるところはハートランドシティの中心から離れる住宅街だ。道のライトは多く、例え静かな夜でも不安になる感覚がない。
万が一の場合があっても、声を出せば近くに住んでいる人達もすぐに来る。それに、何があってもDゲイザーで連絡の準備をすれば…
(って私、何を考えているのよ!)
頭を左右に振りながら先ほどの考えを消す。このような不安になる元凶を連絡するほど、冗談ではない。寧ろアイツのせいでこんな目やこんな気持ちに遭わされたんだ、 相手に三倍の返しを求まないだけで自分は優しいと言いたいくらいだ。
(でも、やっぱり…一応礼を言ったほうがよかったのかしら)
彼のせいとはいえ、シャークはあの状況で彼女を守ってきた。例え原因は彼でも、助けられたら礼を言うことは最低限の礼儀だ。
(あぁもう、どうすればいいのよ…)
家を近くまで来ているのに、小鳥の頭は先ほどのことで精いっぱいだ。夜の風に襲われ、僅かな冷たさで肩のジャケットを握りながら頭を撫でると、小さな音が耳に届い た。
「あ」
「……ぇ」
遊馬は、自分の家の前に立っていた。
「遊馬…」
「おう!やっと帰ってきたのか、小鳥!心配したぜ」
「え、えぇ…」
近づく遊馬に小鳥は小さく応える。さっきのことのせいか、なんとなく彼女は遊馬に会いたくない。…いや、それだけじゃない。
(どうして、遊馬が私の家に…)
授業が終わると、遊馬はまっすぐかっとビングと言いながら学校を出た。どこに行ったかはわからないけど、きっとデュエルしに行ったに違いない。じゃあなぜ、彼は 今、自分の家の前にいる。
「久しぶりに小鳥の家に来たけど、途中は道に迷っちゃって迷子になるところだったぜ。……な、なんだよ文句あるのかよ!アストラル!」
「そ、そう?」
中学…いや、小学校六年生になってからは、小鳥はたまに鉄男と一緒に遊馬の家まで遊びにいくけど、逆は少ない。心の成長もあるためか、なぜか小鳥は遊馬に部屋を見 せるのが恥ずかしく、それ以降は自分の家より相手の家にいくようになった。
それに、彼女は知っている。
「でもどうしたの?急に、遊びに来るなんて…」
「あー…い、いや…」
目をそらしながら答えを誤魔化す遊馬。時々隣に向かって独り言しているけど、きっとデュエルの幽霊・アストラルが何かを言っていたのだろう。でも、遊馬の反応に、 小鳥はあることを確信した。
「ねぇ、遊馬」
「もぉお前は黙ってろって!…え?なに?」
「見たのね?」

―――遊馬は、連絡なしに来る人ではない。

「街で、私と、シャークが一緒に居たところ」
「―――!」
遊馬は連絡なしに来る人ではない。例え急用があろうと、相手を気遣って必ず一旦連絡を取ってから向かう。(相手が出るかどうかは別だけど)
それに彼女は知っている。何かを隠している時は、必ず目をそらす彼。自分が嘘をついているようで直視するのが怖くて、思わず視線を他の所に向かせる彼。
相手の言葉に目を瞬いて見開く少年を見て、少女は肩のジャケットを掴んで苦笑した。
(だって、幼馴染だもの)
『アイツは、嘘だけはつかないヤツだったんだ!』
ふと、同じく幼馴染でいる鉄男が前に言っていた言葉を思い出す。
遊馬はうそをつかない人だった。
『デュエルチャンピオンになる』。
小さい頃から、小鳥や鉄男も彼の夢を聞き、遊馬も嘘にならないように頑張っていた。が、シャークとのデュエルで約束を破り、遊馬はナンバーズカードを使った。この ことで鉄男もショックを受けたし、遊馬もそれなりに落ち込んでいた。
だから遊馬は決めたかもしれない。
何があっても、もう嘘をつかないっと。
「え、っと……う、まぁ…な」
少し迷いこみ、目をそらしながら遊馬は応える。
「モノレールで、アストラルが二人を見かけたから…」
「そ、う…」
「っでも、知らなかったぜ。」
自分の頭を撫でて、遊馬はできるだけいつも通りに笑み、このことに小鳥はより辛くなった。
「小鳥が、シャークと付き合ってるなんて知らなかった。」
(なんで笑うの?)
彼女が聞きたいのは、こんなことじゃないのに。
「でもさ、やっぱり夜遅くに帰っちゃうと、小鳥のおばあちゃんや母ちゃんも心配すんだろう?それで、ちょっと気になってて…とりあえず、無事でよかったぜ」
(なんでそんなふうに言うの?)
「じゃあ小鳥!またあす…」
「どうして!」
突然の叫びと共に肩が跳ねることも反応できず、二つの手は遊馬の服を掴み、小鳥は彼を見上げた。
「どうして何も聞かないの!どうしてあそこにいるのとか、どうしてシャークと一緒にいるとか!どうして何も…」
「こ、ことり」
「どうしてなの!これじゃあまるで…」
(まるで、私だけ気にしているみたいじゃない)

―――――お前、遊馬が好きなんだろ
あの不良先輩の言葉が蘇えってくる。
悔しい。すごく悔しい。
心の奥に隠している事が気づかれ、言葉にされて、他人であるあの先輩でさえ気づいたのに、なぜずっと彼女の側にいるはずの、目の前の人は彼女の気持ちに気付かな い。
なぜこの人は自分が聞きたくないことを口にする。
彼女があの場にいるのは、あの事件に巻き込まれるのは、シャークと会うことになるのは。
「私の気持ちも知らないで!遊馬のバカ!!」
「いっ…な、なんだよ!いてっ、いてぇって小鳥!」
「知らないわよ!!遊馬のばか!エビ頭!!」
【うぬ。遊馬、番組で見たのだが、こういう時は相手の背中に手を回すんだ】
「いてって!はぁ?!どういう意味だよ!」
【小鳥を抱きしめるのだ!】
「抱きしめ…な、んなことできるわけねぇーだろ!小鳥は幼馴染だぞ!」
兆しもなく、胸を叩くことを止める二つの手。
【幼馴染?相手は幼馴染なら、できないのか?】
「あのな、例外もあるけど!抱きしめるとかこういうのはな、恋人同士でするこ………、ことり?」
いつの間に痛みはなくなり、アストラルの疑問から遊馬は視線を元に戻すと、痛みを与える主で小鳥は手を止め、彼の制服ごとペンダントを掴みながら顔を伏せている。
「ことり…?」
服を掴む指先は震えていた。
「遊馬にとって、私はなに?」
「え?」
少しずつ。
「遊馬にとって、私はただの幼馴染の子?」
少しずつ。
「小鳥なに言ってんだよ」
「私が、誰と一緒に居ても!遊馬は何も感じないの!?私は、ただの幼馴染なの?!」
「っ……だ、だって小鳥は小鳥の友達や仲間がいるんだろ?!なに怒っているんだ!」
「そうよ、私は怒っているのよ!私が誰と一緒に居ても平気なら、どうして!…どうして!!」
増えていく。
少しずつ、ちょっとずつ、ゆっくりと、緩やかに、穏やかに、静かに。
「どうして私の家まで来て私を心配したのよ!!!」
『ドクン』
【!】
―――――輝いていく。
心臓の音が大きく跳ねる。
【なんだ…これはっ】
痛みは入ってくる。
「それは……こ、小鳥を心配して何が悪いってんだ!」
「関係ないでしょう!?ならほっといていいでしょう!」
「心配して何が悪いんだよ……オレが何をしたって!」
【くっ…!遊馬っ!】
アストラルの痛みを気付かず、ゆっくりと服の下に輝くペンダントを遊馬は小鳥の手を通じて掴み、相棒の言葉を聞かず、
少年は叫んだ。

―――――小鳥には関係ねぇだろう!

その瞬間であった。
「「!?」」
手が握るペンダントは大きなひかりを輝きだした。
「な、なんだ!」
「なに!」
はじめは一つ、やがて光線は多くなって視線を包み、まるで何かを吐きだそうとしているようにひかりは周りを照らす、嵐を呼びだす。
強き光線と風で遊馬は小鳥を自分の背中に隠した。
【ぐぁ……】
「!」
風の中に小さな悲鳴が耳に届く。遊馬が空中に振り返り、光に照らされる部分にアストラルは苦しそうに頭を抱いている。痛みでゆっくりと地面に下ろすと、ペンダント の光と風は方向を変え、彼に集まりはじめた。
「アストラル!」
「!アストラル…どうなっているの!遊馬!」
「!小鳥、お前見えるのか!」
【く…頭が、…頭がぁ…っ!!】
「アストラル!」
【ダメだ、遊馬……】
…これは、自然反応というべきだろう。
ペンダントのひかりに包まれ、まるで次の瞬間に消えると思い、遊馬は一歩を奔りだす。嵐の中に入り、アストラルに、
【さわる、…なぁ…―――!!!】
手を伸ばす。
嵐を通り、指先がアストラルを包む光に触る瞬間、まるで爆発したようにアストラルは大きく目を見開き
「――――っ!?」
光は一気にまっすぐと空にあがり、花火のようにそれぞれの方向に飛び出し、流れ星のように消え去った。
まるで、何もなかったのように。
「…ぁ、アストラル!!」
ハッと我に返り、遊馬に続いて小鳥もアストラルの側まで走る。呼び声に聞こえたか、眩暈の意識にゆっくりと目覚め、キレイな金色の瞳は二人を映しだす。
【………ゆ、ま】
「大丈夫か!オイ!」
手を伸ばして触れようとしたが、遊馬達と違い、アストラルの体は半透明に近い。彼に直接触れることはできない。
「大丈夫?アストラル」
「!小鳥、お前まだ見えるのか!」
「え、えぇ…」
【……!そうだ!】
「うわっ!」
意識がすっきりになったか、先ほどの衝撃を思い出してアストラルはすぐに遊馬に向かい、ペンダントに入りこむ。
突然の行動で意味がわからないが、しばらくするとアストラルは再び出てきた。
【しまった!遊馬!まずいぞ!】
「な、なんだよ」
【デッキを見ろ!早く!】
「え?……なんだよ、デッキならここにいるじゃ、………―――――」
一枚ずつ読み、やがてあるはずのモノが見当たらなく、やっと理解できた遊馬は恐れながら青色の生命体に見上げ、……


「…『神代 凌牙』を狙っているヤツ?」
「うんうん」と頷きながらドクターは最後のケーキを口に入れ、Dパッドの資料を出す。
喫茶店の外に警察車の音が響いていた。
「誰かがしらねーけど、『神代 凌牙』を探しているヤツがいる。デュエリストのリストで、名前まで指定されたのは『神代 凌牙』だけかな」
「名前まで?」
「あぁ」
自分が淹れたコーヒーを飲み、ドクターは続いた。
「最近、シャーちゃん…あ、違った。昔の『シャーちゃん』を探すヤツと、あるモノに関するデュエリスト達を探しているんだ。ああいうデュエリストを集め、何かをし たいらしい」
「何なんだ、あれは」
「シャーちゃん。」

――――ナンバーズというカードを知っているか?

同じ日常であるはずの道がズレていく。
「なに?何があったの?アストラル、遊馬」
「………、ズ が…」
「え?」
少しの違いにより迷い、生きるために逃げ、泳ぎ、やがて知らない場所にたどり着き、『魚達』は。
思わぬ意外に告げられた。


すべてのナンバーズカードが、消えたのだ

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