2.道の途中にあるモノ


これは、知らない少し違う日常。
「よーっし!今日もかっとビングだ!!オレー!」
学校終わりのベルが響き、先生が終わりと言った瞬間に大きな叫びは廊下に響いてくる。何事と思えば霧みたいなモノが出て、気付くと一人の生徒はすでに教室を去って いた。
いつものことのように、教師である右京は仕方ないとため息をつき、残りの生徒に苦笑した。
「みんな、帰りは気を付けてくださいね。遊馬君みたいに走らずに」
「「はぁーい!」」
「もう、ゆうまっ!」
別れの挨拶をしてすぐに教室を出たのだが、生憎言葉の主はすでに居なく、廊下を見渡りながら小鳥はため息をついた。
そういう時に限ってかっとビングなヤツだ。
「小鳥。これから帰るか?」
「鉄男君」
「遊馬のヤツ、またかっとビングしに行っちまったか」
「ほんっとうに馬鹿なんだから」
鉄男の言葉に小鳥は不満そうに頬を膨らんだ。
「今日はちょっと買い物に付き合ってほしいのに!もぉー!」
「何に買いに行くんだ?」
「この前、遊馬は料理での、その……クッキーが美味しかったって言っていたから…」
あぁなるほどな…恥ずかしそうに話す小鳥を見て鉄男は思わず苦笑する。小学校からの友人だけど、遊馬と小鳥を見ると鉄男はいつも思う。
ほとんど同じバターンなのに、二人を見ると飽きないくらい微笑ましく感じる。
(羨ましいぜ)
「んじゃあ、おまえは帰り気をつけろよ」
「うん!また明日!」
学校のクラスメイトや鉄男に挨拶し、学校を出て小鳥は公園に向かい始める。
少し前、公園の近くにいい店を見つけた。
オープンしたばかりの店で、ケーキやデザート系の材料などを売るところだ。種類はともかく、材料なども安い割にいいヤツで、結構人気がある。なにより、あそこの手 作りケーキやデザートは小鳥の好みだ。
「人がいっぱいだね」
目的地と思われる店は見つかったのだが、相変わらずたくさんの人々が店の前に集まっている。ほとんどの客が女性で、おそらく時間限定のケーキを狙っているのだろ う。
料理に使う買い物リストを探そうと、小鳥はカバンからメモを探す時だった。
視線に、ある色が映っていた。
「…?」
海というより、ある海鮮を思わせる紫の色。制服を着る自分と違い、紫色の私服を着る姿。
視線の感覚に気付いたか、一人の者は店の前に顔を振り返り、翠玉と思いだす髪の色は深蒼色の両眸に映り始める。
「……シャーク」
「…遊馬の幼馴染か。丁度いい」
甘い香りと元気な騒ぎの中に、シャークは小鳥に目を細め、看板を指した。
「金はやる、代わりに買え。甘いにおいはイラッとするんだ」
そこは、先ほど小鳥が考えていた時間限定のケーキであった。



もう、私は一体何をしているのかしら。
「い、嫌ですよ!」
はじめは驚くのだが、続いてハッと我に返る小鳥はまっすぐ相手の頼みを断った。
同じ学校で年上の先輩とはいえ、シャークの行動に小鳥はいまだに許すことができない。
彼は一度、鉄男のデッキを奪い、遊馬の皇の鍵を壊したことがあった。しかもそのあと、他人のデッキを賭けとして無理やりデュエルを申し込んだ。
小鳥には分からないが、デュエリストにとってデッキは命に近いモノだ。
確かに今は無事に鉄男のデッキを取り返したし、遊馬のペンダントもなぜか直っていた(気づいたら元の姿に戻った)けど、やはり彼女にはできるだけシャークに関わり たくない。
例え遊馬がシャークのことを仲間と思っていても、だ。
「そ、それに…」
睨まれている。嫌っと言った瞬間からじーっとシャークに睨まれている。まるで鮫に狙われるひよこのような感じだが、相手に負けずに小鳥も彼を睨んだ。
「甘いにおいが嫌いなら、ケーキを買わなくてもいいでしょう?!」
「………」
「に、睨んでもダメですよ!買うなら自分で、」
「テメェ」
一歩を進み、少し近づかれた距離に思わず足を下がる小鳥だが、先ほどと同じく自分を睨む彼女に、シャークはフッと鼻で笑った。
「ひよこのくせにでけぇ声を鳴くんだな」
「……ひ、ひよこって何よ!失礼ね!」
「名前は観月『小鳥』だろ?立派な『ひよこ』じゃねぇか」
もう敬語なんてどうでもよくなってきた。
(あったまきた!)
「そういうアンタこそどうよ!あだ名はシャークのくせにタコっぽい頭じゃないの!」
「生まれつきだから仕方ねぇだろうが!」
「こっちもよ!親がつけてくれた名前だし、自分で選べるモノじゃないもん!」
「女なら女らしくなりやがれ!」
「なによ!やる気!?」
「…………ちっ」
何故かシャークが舌打ちすると、ハッと小鳥も周りの状況に気づいた。
女性ばかりな店舗の前に若い男と女のケンカ。当たり前と言えばあたりまえで、いつの間に人々は集まって二人を覗いていた。
「なに?カップルのケンカ?」
「やだね、ケーキ屋さんの前になんて…」
「ケーキでケンカしているらしいよ?」
「おねーちゃん、ケーキあげるから、にいちゃんとのけんか、だめぇー」
あぁもう恥ずかしい!
「誰があんなタコの人と!もぉアンタのせいよ!」
「オレのせいか?!…ちっ、勝手にしろ」
目を逸らすと体ごと振り返り、シャークは店舗の中に入りはじめる。女性達の間に入り抜き、レジの前まで行くと彼はそれぞれ種類のケーキを指した。
…手を額に置きながら。
(なによ。普通に買えるじゃない)
相手の行動にむかつくつづ、小鳥は改めてメモを取り出す。予想外のことに時間をかかってしまった。
(早めに買って帰ろう)
今日の予定はまだまだたくさんある。材料を買って、家に帰ったらエスパーロビン番組の生放送を録画して、晩御飯の後にクッキーを作り、明日は学校で遊馬に渡そう。
そう思ったのだ。…本当に、そう思った。
「おねーちゃん」
小さな力が自分のスカートの端を引っ張った。
突然の力で小鳥は振り返ると、一人の子供が自分を見つめていた。先ほど、シャークと彼女のケンカで声を出した子供だ。
「あなたはさっきの…どうしたの?」
「おねーちゃん。おにーちゃん、きぶんわるい」
「え?……!」
子供が指した方向に振り返り、少女の琥珀色の眸は大きく開かれていく。
レジのカウンターの前に、一人の者はなぜか辛そうに跪いていた。
…紫色の姿を持つ者が。
「シャーク!」
包む人達を通り、小鳥はシャークの隣まで向かう。先ほどはまだ平気なのに、いきなり気分が悪くなった彼に肩を触ろうとすると、シャークは小鳥の手を振った。
「…近づく、んじゃね」
「あのね!今はそういう場合じゃ、」
「だ、……か、ら」
今にも吐きそうな雰囲気で口を覆い、シャークは小鳥を睨み、口から手を離して叫ぼうとする時だ。
「甘いかおりでオレにちかづく、………ぐ…っ!」
より強くて濃いケーキの香りが襲い掛かり、少年の精神攻撃と共に周りの女性達は悲鳴を上げたのであった。


どれくらい経ったかはわからない。
とりあえず、意識がやっとはっきりする時は、空がすでにオレンジ色に塗られていて、額に置かれた濡れハンカチもすっかり暖かくなった頃だ。
「……気分はどう?今」
「…良いに見えるかよ。お前、一体何のお菓子を持ってやがる」
「持ってないわよ。…口唇乾燥用のリップクリームのかおりだけよ、あれ」
「………リップクリーム?」
相手の言葉を信用できないか、明らかに怪しい目でハンカチの隙間から自分を覗くシャークに、小鳥はため息をつく。
カバンからリップを探し、彼女は「ほら」とシャークに渡した。
…確かに乾燥用のリップクリームと書かれている。先ほど感じた香りとはまったく同じだが、なぜリップクリームにショートケーキ味の香りがするのだ。
「お前、化粧でも始めたいのか?そういうところだけは中学生らしいのかよ」
「それはどーも。ほっといてよ」
リップクリームを取り返し、小鳥は頬を膨らみながら視線をそらす。チラリと彼女を覗き、シャークは額のハンカチを取り上げる。
気分はさっきよりマシになったようだ。
「おい、ひよこ」
「観月 小鳥です!」
「これを返すぜ。あと、」
ハンカチをベンチに置き、隣に置かれた箱を取り上げる。箱の表には、さっき騒ぎになった店舗の名前を書かれていた。
「代わりに買ってくれて、ありがとな」
「!ちょ、ちょっと。どこに行く気?」
「ケーキをアイツに渡すんだぜ」
「こんな体調で?!」
「…オイ」
ベンチから立ち上がり、離れようとするシャークのジャケットの端を掴む。突然の行動で相手に睨まれるにも構わず、小鳥は続いた。
「どうして気分が悪くなるまでケーキを買いに行くのよ…ですか!?」
「…お前に敬語を使われるとイラッとするぜ」
「どうして!」
「好きで買いにいくんじゃねぇ。アイツの条件なんだ」
「条件?」
「…オレは甘いモノが嫌いっていうことを知っているからだ。ちっ、あのくそ喫茶店ドクター」
最後の文字に小鳥は目を瞬いた。今、彼はなんて言った。以前もどこかで似たようなことを聞いたことがある気がする。
確かあれは、遊馬が行方不明となった頃の…
「もしかして、シャークが遊馬を連れて行ったきっさ…」
ヒク。
…っと、ヒクと少年の肩が跳ねた。っというより、目の前の人は足をとめた。
「シャークって、意外と分かりやすいのですね」
「うるせぇ、失せろ緑ひよこめ。あと、敬語を使うんじゃねぇ」

―――――意外と、遊馬に似ているのね
同じ方向に歩き、チラリとシャークの背中を覗きながら小鳥は思う。
『ケーキを代わりに買ったのだから、あの喫茶店まで案内しなさい!』
後輩が出した条件…というより、ケーキ箱を近づけさせながら聞いたので、これは一応脅迫かもしれない。
だが、これを気にせず、先輩と思われるシャークはただ小鳥を覗き、「勝手にしろ」とケーキ箱を取り、喫茶店の方向に歩きはじめた。
この反応や行動を見て、なぜか小鳥は遊馬は思い出した。
何かを隠している時は自分を見ずに目をそらす。確かに、二人の行動は少し違った。遊馬は顔を自分に向きながら目をそらすタイプで、シャークはつまらなさそうに別行 動をするタイプ。
何かを隠しているようには見えないかもしれないけど、なんとなく小鳥はそう感じる。
彼の行動を見て、真っ先に思いつくのは遊馬の顔だからだ。
「遊馬もシャークみたいに賢ければいいのに」
「何が言ったか、ひよこ」
「なんでもありませーん。紫タコセ・ン・パ・イ」
「…緑ひよこめ」
クスとお互いの返事に口元は緩めてくる。周りの景色は少し暗くなり、ふと小鳥は周りを見渡り、オレンジの空は消えていき、少しずつ深蒼の色に染みられていた。ケー キのことで、思ったより時間を掛かったようだ。
「言っとくが、来るのは今回だけにしろ。独りで来るんじゃねぇぞ」
「?なによ、別に学校のみんなにいわな、」
「ハートランドシティ全体がいい町とは限らない」
目的地の喫茶店が視線に入り、シャークは一旦足元を止めて小鳥に振り返る。
「ひよこが突っ込める場所じゃないことを忘れるんじゃねぇよ」
(な…なによ!)
まるで自分を見下ろすような目に、小鳥はムッとした。相手だって自分と一才しか違わないのに!
「バカにしないでよ!」
「!オイ!」
「私だってもう中学生なのよ!」
喫茶店くらい一人で入れるわ!と少年より先に歩き、少女は真っ先と喫茶店の扉を開き、
「もう!早く来なさいよ!シャーク…」
チャリンの鈴音が空間に響いた。
「――――さっさとあの餓鬼を出せ!」
中身の怒声を気づかずに。

「だからいないって。ほら店全体も探してたんだろ?元々俺はあの小僧と関係ないし、なんで俺をうたが…っぐぁ!」
「俺達の情報をなめんじゃねー!」
拳で殴られて唾を吐いたにも関わらず、数名の男性に追い込められながらひとりの男は引き上げられる。
顔にはすでに殴られた跡があった。
「前にアイツが誰かを連れてきたのは知っているぞ!もう一人は知らねーが、ひとりはアイツに違いねー…あのタコみたいな髪の奴は、神代 凌牙だろうが!」
「今はシャークって名前らしいな。兄貴、いねぇならアイツの連絡を取る手段があるでしょう?なぁ、早くしねぇと…店を潰しちゃうぜ」
「いや、知らないもんは知らないし…そもそも、あの小僧何をしたんだ?」
「うるせぇ!さっさとあの餓鬼を出せ、」
「―――もう!早く来なさいよ!シャーク…、……ぇ」
ほぼ同じタイミングだった。
ベルの音と共に『閉店』とつけていたはずの扉は開かれ、外の誰かと話しながら一人の少女が入ってきた。視線を前にすると、数名の男性は彼女を睨んでいて、突然の事 情で小鳥は思わず目を瞬いた。
「…ぇ、っと…」
「ほう……来たじゃねーか」
「このむすめ、今シャークっつったな?」
「あ、ちょっとまて。この娘とは初対面で…うわっ!」
「なぁお嬢ちゃん」
手にいる男を離し、リーダーと思われる男性は一歩を近づき、少女にニヤリと口元を上げる。
「神代 凌牙っていうヤツ知らねーか?」
「え、神代ってシャー…」
「―――手を出すんじゃねぇ!」
その時だった。
少女の反応に男性が腕を上げ、相手の手を掴もうとする瞬間に一つの影が二人を間に入り、拳が男性の手首に撃ちこんだ。
「――――――ガッぁ…!」
「きゃっ!」
突然何かが間に入ってきたせいか、男性の悲鳴と共に小鳥はバランスを失い、後ろに倒れると、一つの手が肩を背負る。
シャークだ。
「シャー、――――っ?!」
「来い!!」
男性の悲鳴も絶えず、手下の反応が来れず、状況も上手く整理できないまま、少女は少年に手を掴まれる。
再び響きだしたベルの音と共に、少年は少女を暗い夜の道へ逃げ始めた。