ハルトの手は冷たい。
まるで死者のようで肌が白くて、生きていないようで腕と指先もつめたい。
昔と言えば、ハルトはすごくあたたかな子であった。
別荘に暮らしている時、彼はよく外で遊びたいと願っていた。花や虫が好きで、自然の命の旋律を聞き、草の上に走る。
時々こけて倒れる場合もあるけど、草が柔らかいため怪我はない。ただ、顔は汚くなってむっと表情を膨らむだけだ。
そういう時は、必ずハルトに口笛を聞かせる時でもある。
理由はわからないけど、ハルトは口笛が好きらしい。自分ではできないせいか、何度も口笛を頼んで聞かせてあげた。彼に教え、何度も練習し、やっと簡単な口笛もできるようになったけど、なぜかハルトは頼み続けていた。
兄の口笛を。
「僕、兄さんの口笛が好き。例え道に迷っても、僕は聞こえる気がする。兄さんが、僕のために吹いてくれた口笛」
あの時のハルトは暑いほどあたたかな手を持っていた。
涙が溢れ出すくらいあたたかかった。
あぁ、ハルト。
ハルト…

「―――――っオイ!」
ハッと我に返り、カイトは目を瞬くと、目の前にいる遊馬は嫌そうに彼を睨んでいた。よく見ると、理由は手の先らしい。
カイトは遊馬の腕を掴んでいた。
鎖で縛って離させないように。
「いい加減に離せよ!またオレに魂を掛けるデュエルをやらせるつもりか!」
「……お前に興味はない。」
「ちょっいてっ!」とより強く掴み、相手の悲鳴を無視してカイトは無理やり遊馬の腕を上がらせる。
掴む先から、熱い温度が伝わってきた。
「…アストラルを出せ。オレの敵はただ一人、アストラルだけだ」
「んだと!前回はどうなったか知らねぇけど!アストラルはオレしか見えねぇよ!っていうかいい加減に離せ!はーなーせぇー!!」
力で引っ張ったり押したりしてみるが、自分より相手の力が上のせいか、カードサイズでの一ミニも動いていない。寧ろ動かれているのは遊馬の方だ。
あぁ年齢の違いって悔しい!
「子供か、お前」
「どうせオレは中学一年のガキだ!わりぃかよ!!」
「……がき」
ふと、カイトは指先から伝わってくるあたたかさに、彼は遊馬の腕をつかむ部分を見た。
そういえば、ハルトも結構細かった。
確かに自分は年上で、ハルトは弟でまだ成長期に入っていないせいで、ハルトの身長は低い。だが、ハルトは細くてもあたたかな腕を持っていた。
……大地は一瞬で死んだような気分だった。
生きているのに冷たい。ここにいるのに、遠いところにいる気配。抱きしめているのに、人形のようなモノしか目の前に存在しない感覚。
いつからだ。
ハルトがハートランドシティ…ハートランドに来てからか、ハルトは冷たくなった。
あの子の優しさ。
あの子の元気さ。
あの子のあたたかさ。
「……カイ、ト?」
何もかも。

虚無な闇に喰われて、ハルトは。
――――ハルトは……っ!


…………ふと、小さな。
小さなあたたかな感覚がする。
真っ黒になった景色にあたたかさはひかりのように照らし、その先にカイトはゆっくりと、顔を上げていく。
僅かだけ、少しだけ。
少年は自分を掴む腕に、小さく握り返った。
「…だいじょうぶ、か?」
『兄さん』
まるで彼を闇から救いだす希望のような、………――――
「――――違うっ!!」
パッと離す二つの腕。
(違う。違っ!)
先ほど相手を掴む手のひらを睨み、カイトはぐっと拳を握った。
ハルトじゃない。
カイトの希望はハルトだ。唯一、彼の足を動かせる存在はいつもハルトで、彼の手に応えてくれるのもハルトのみだ。
他の人ではない。
ハルトは。
彼にはハルト(たった一人の家族)しかいないのだ!

「九十九 遊馬」
より強く拳を掴み、カイトは遊馬を睨み、オービタル7に命令を伝い、
「貴様でオレのこころは、揺らない」
黒き姿は空の向こうに消え去った。


『大丈夫か、遊馬』
「…あぁ。もう大丈夫だぜ」
カイトの姿が見えなくなり、許可を得てアストラルは皇の鍵から表わす。遊馬は顔を上げ、黒き姿が消える方向を見上げた。
『どうやら、君の力も彼を変えることができないようだ』
「は?なんの話だよ」
『……ドアホ』
「なんだとこぉりゃぁー!!」
(でも、どうしたんだ?アイツ)
アストラルとのケンカの後、遊馬は自分の腕を撫でる。先ほど強く掴まれたせいか、いまだに赤い跡が残っている。
そして、熱い。
「なんが、辛そうな顔だな…カイト」
一瞬しかなかったけど、確かに遊馬は見えた。
あの時、カイトは悲しそうで、辛そうで、絶望に襲われたような目をしていた
それでも、頑固に口を開かなかった。
まるで少しの感情を口に出しても、すべてが崩れるようだ。

「やっば、わかんねぇ」
氷のような人と思っていたが、やはり違うのだろうか。

だって腕に残されたぬくもりは
こんなにもあたたかい



冷たい愛しさと暖かい憎しみ
2011.11.13