真っ黒な世界には温度というモノがない。
暖かさがないし、寒さもない。自分でさえ温度がないかもしれないと彼は思う。
彼がいる世界は鏡に包まれる世界だ。真っ黒な場所に星ほどたくさんの鏡があり、そのガラスの向こうは表の…外の世界を映っている。
彼の眸ではなく…もうひとりの彼の眸を通して、人々や風景、建物、過去や現在のモノを映り続き、小さなガラスの音は空間に響き回る。
彼はこの場所にいるけど、何故かこころがおちつく。
何もないけれど、両足を抱き、彼はガラスの音色に耳を傾ぎながら静かに眠れると思っていた。
…ある悲鳴の音が聞こえるまで。
――――――…  ぁ…!

ハッと少年は顔を上げた。
まるで泣いているように聞こえる叫びに彼は立ち上がり鏡を見渡る。ふとある鏡は視線に入り、彼は近づきながら手を伸ばす時だ。
ひとりの姿は、彼の後ろに現われた。
「……………。」
ゆっくりと振り返り、少年は後ろの小さな者を見つめる。
小さな泣き子の姿であった。
「……  、…  …っ」
温度がない世界。…音もなく、暖かさもなく、寒さもない。
ここは真っ黒な世界なのに、感情さえ消えてしまう空間なのに、目の前の子供を見ると少年は何かを感じてしまう。
大きな眸から落ちてくる雫を見て、彼はあたたかいと思った。
この子は、泣き声さえないのに。
「……おいで」
子供と同じ高度まで跪け、少年は子供に手を伸ばす。
だが、まるで呼びを聞こえていないよう、子供はただ泣き続けている。
琥珀の眸を閉じ、落ちてくる涙を拭きながら。
「…十代」
ヒクと肩は跳ねる子供。ゆっくりと顔を上げ、濡れる琥珀の眸は静かに少年を映りはじめる。
少年は口を開いた。
「おいで」
「…………」
「お前が辛いと思うなら、我慢しなくていい」
「……、……っ…」
「俺は、お前の代わりにやる」
だから我慢しなくてもいい。
辛い時は言えばいい。苦しい時は伝えばいい。悲しい時は叫んでいけばいい。
お前にはこのくらいの権利はあるのだ。
我が弟よ。
「十代」
「………たす、……け ぇ」
穏やかに、緩やかに、静かに、ゆっくりと手を上げ、子供…琥珀色の眸の少年は口唇を歪み、
ひとりの名を呼んだ。
『にい、さん』

―――――俺はお前を、最期まで護る


…それは、夢と思わせたい景色であった。
目を見開きながら扉の方向を覗き、何度も目を瞬く。
彼は間違いなく扉を閉じたはずだ。自動扉の赤ボタンはまだ光っているし、オブライエンもそんな真似はしない。
ならば彼は夢を見ているのか?
会いたい同時に会いたくない、青の空を思わせる人―――ヨハン、を。
「な、んで…」
グランドピアノの上に押し倒されながら青の少年を見る十代。腕が強く掴まれて動けず、彼は相手を睨んだ。
「…はなせ」
「……断る」
「…離せって言っているんだ!離せぇ!」
「離したら十代は逃げるだろ?!」
逃げたいと抵抗し始める十代と、逃がさない様により相手の両腕を縛りはじめるヨハン。
少年は少年を睨んだ。
「…にげるだろ?俺から」
俺の側、俺の視線、俺の周りからにげるだろ?
声が聞こえず、姿が見えない遠い世界のとこかへ行くのだろ?
『夢』のあの人と同じように。
「何故、俺を避けている?」
「はなせ」
「避けるっていうならどう考えても俺が避ける方だろ?!なぜ十代が俺を避けるんだ!」
「っこれはおまえのためだ…」
口元を歪み、十代は苦笑する。
「ヨハンだって悪魔が弾く曲なんて聞きたくないだろう?バケモノって思っているだろ?!人々や精霊を襲う音色など、――――おまえは怖がっているくせに知らない口をするな!!」
そうだ。彼はずっと見てきた。
あのコンサートが中止され、彼と両親の間に壁が作られた。ヴァイオリンが壊されたため、彼はデュエルモンスターズをやりはじめたが、街に音楽を聞くと彼は思い出してしまう。
ヴァイオリンを触れたい。
音色を弾きたい。
旋律を創りたい。
再び音楽を始める心が強くなり、彼は長い間も小遣いを貯め、親に隠してヴァイオリンを買ってきた。
古いやつだし、音も綺麗じゃない安いモノだけど、それで充分と思った。
彼は再び弾けば、それでいいと思った。
心が落ち着ける。怒っていること、悲しんでいること、辛いこと、泣いていることや喜んでいることも忘れることができる。
両親に無視され続けた彼にとって音楽は唯一の救いでもあった。
…でも、世界は何をした。
彼に何をした。
『――――どうしてこんなモノがここにいるの!?』
クローゼットに隠したヴァイオリンは見つかれた。…今から思うと、本当におかしな話だ。
彼の両親は子供の部屋は掃除しないし入りたくもないのに、どうして彼の部屋のクローゼットを開くのだろう。
あの瞬間、彼は自分の両親を憎みたくなったこと…誰が気付く。
自分の気持ちは、誰が気付く?
『そんなモノ…っ!』
『!やめて!ぼくのばしょを取らないで!!』
『うるさい!あなたなんて居なければよかったよ…あなたを生まなかったら、』
―――――私や父さんは幸せになれるのよ!

…気付いていない。
誰も気付かない。誰も気付けようとしない。誰も気付けたいと思わない。
彼は孤独で孤独な闇に捨てられたところが、彼自身は悲しんでいることでさえ…
気付いた人さえいないんだ!

叫びは響いていく。
始めは激しき、やがて声はハーモニーのように回り、壁の間に弾かれながら緩んでいく。
少しずつ小さくなり、音が消えるところに青髪の少年はゆっくりと、ゆっくりと口唇を開きはじめた。
「悪魔が弾く曲?バケモノ?」
応えと共に。
「お前の音色は『泣いている』って言っているのに?」

――――神が終焉の鉄鎚を下げたような気分だ。
(今、彼はなに言って…)
彼は聞き間違えたか?いや、聞き間違ったはずだ。相手はそんなことをいう筈がない。
そんなはずが…
「今やっと気付いたよ。十代はああいう人なんだな」
「な、んの話だ」
「十代は、」
片手で相手の両腕を掴み、少年は少年の髪を沿って眸を撫で、口を開いた。
「身体が笑っているのに、こころは悲しんで泣いている。―――自分は独りだって」
「―――――――」
…あぁ。なぜだ。
何故だ。
「…………さわる、な…」
(なぜきづいた)
「十代」
「さわるな…」
(なぜおまえなんだ)
「!十代!やめろ!」
「さわるなぁ…っ!」
(たすけて)
「じゅうだいっ!」
暴れ出す赤の少年を止める青の少年。恐れるように、拒むように怖がりながら片腕は縛りから離れ、彼は…
『『!ヨハン、逃げて(ろ)!』』
「……ぅけて!――――兄さぁ…っ!!!」
指が鍵を押す瞬間にアメジストやトパーズはデッキから現れ、ヨハンの前を飛ぶと風の衝撃は彼らを襲い、
『『がぁ……っ!』』
「くあぁっ!」
全員は壁まで飛ばされ大きな壊れ音が響いた。
『ヨハン!!』
間一髪でペガサスは現れてヨハン達が壁と接触する前に光となって彼らを守り、3にんも重傷せずに済んだ。
『ヨハン!大丈夫か?!』
「あぁありがとう、ペガサス…っ!アメジスト、トパーズ!」
盾となったアメジストやトパーズは衝撃により大きく傷づけられ、ペガサスはゆっくりと彼らを地面に戻すと何故か、ペガサスは姿を元にして前を睨んだ。
何かに警戒しているように。
「アメジスト・キャット!トパーズ・タイガー!大丈夫か?!」
『こ、んなことは…大したことじゃない』
『私達より……前に気をつけて、ヨハァっ』
「?どういうこ…」

「――――ずいぶん、『昔』と違っていたな」

一瞬。
心臓はとまったと感じた。
はじめは大きく揺れ、やがて人形のように動かなくなったこころの音色。何に反応しているというより、……殺されているようだ。
恐怖で動けなくなり、ただころされることや相手が去ることを待つしかできない…狙われる獲物。
懼れながら前に顔を上げる。静かに、ゆっくりと冷たい汗と共に、少年は震えながら口を開いた。
「だ、れだ…」
「『俺』を忘れたか。…『記憶』は戻っているわけでもないが、お前は『七年前』と同じことを起こすとは愕いた。『二度』も『俺』を起こす行動を、な」
「だれだっお前はぁ…!!」
「――――は お う」
親友と同じ姿で黄金の瞳を持ち、ピアノに寄せて自分を下ろす、紅茶髪の少年を映りながら。
拒絶の音色と共に。

「『破滅の光』だったお前にころされた『闇の双子』…十代の兄・覇王だ」

Third Beat 〜第三拍目〜




それは思わず、耳を傾げる瞬間でもあった。
「へぇー」
少し目の前のモノに愕いたか、翔はチラリと万丈目を覗いて応える。
「じゃあ、万丈目くんはもうオジャマ達をデッキから抜き出さないってことスか?」
「フン。この万丈目サンダー様には相応しくないが…」
『ま、万丈目のアニキィが!やっとオイラ達を認めてくれたぁ、』
「お前等は引っ込んでろ!」
応えを聞かず、あっと言う間に出てきたおじゃまイエローを殴り、精霊が見えない翔がわからないまま消え去る。
『ゴホン』と、万丈目は続いた。
「こいつらは俺が生まれ変わる証だ。いまさら捨てるはずがないだろ?」
「まぁ、それもそうスけどね」
「お前はどうなんだ?」
交換したデッキを示し、万丈目は翔を見た。
「このデッキで、プロになるつもりか」

プロデュエリスト。
デュエルすることを職業だと考え、より強い『力』を求めるデュエリスト。生み親であるペガサスの手でデュエルモンスターズが広がれ、多くのデュエリストはそれを趣味のみと思わず、いつの間にプロの世界を作りはじめたが、あの頃はまだデュエリストの頂点――――デュエルキングの存在を作っていなかった。
デュエルキング・武藤 遊戯と彼の永遠のライバル・海馬 瀬人。かつて、海馬 瀬人は世界中のデュエリストを集め、デュエルキングを決めるバトルシティを開催したきっかけにプロの世界は変化に迎え続けていた。
バトルシティ以来、数年にたった一度にデュエルキングを決める試合は開催される。バトルシティは海馬コンボレーションの社長・海馬 瀬人により択ばれたデュエリストのみ参加できるイベントだけれど、以後は違う。
『プロ』と、海馬コンボレーションに指名されるデュエリストのみが参加できるイベントになった。
指名されるデュエリストは出場するまで名前や姿も公開しないため、デュエルキングを目指すデュエリスト達は真っ先にプロの道を選び、頂点に向かおうと戦い始めた。
その中に、海馬コンボレーションの学園・デュエルアカデミアの生徒達は『外の世界』の人達より有利を思われている。
海馬コンボレーションが直接かかわる場所で、学園自体はたくさんのプロリーグと繋がっているため、優秀な成績に卒業すればプロやデュエルに関する仕事を見つかれる生徒も多くいる。 プロになれず、あるいは趣味で学園に入学した生徒もいるだけれど、翔と万丈目はプロになるつもりの方だ。
「ボクと一緒に戦ってきたのはこのデッキだから、戦力の構成は変わらないスよ」
「…お前、プロになるつもりだな」
「そりゃあもちろんスよ!ボクはアニキじゃないし」
思わずデッキから目を離れる万丈目。今、相手はなんと?
「十代のヤツ、デュエルキングになりたいじゃなかったのか!」
「あれ、万丈目くん…ふふ、ライバルが増えても構わないのぉ〜?」
「う、うるさい!さっさと応えろ!」
「はーい」
相談により交換したお互いのデッキのカードを見つめ、『うーん』と翔は考えながら口を開けた。
「アニキはデュエルキングになりたいと思うけど、プロになりたくないと思うス。ほら、プロってデュエルすることにより金を貰えるだろう?アニキはそういうことが嫌いっぽいス」
「…確かに、アイツはそういう部分が嫌がるヤツだ」
翔の応えに思い出す。
彼らもそうだが、十代はデュエルを通して求めるモノは金や物質的なモノではない。十代がデュエルで求めたいことは、楽しさ。
彼は金や地位より、デュエルが楽しくやればそれでいい。楽しいデュエルができれば、彼は他のモノがいらない。所謂、デュエルを通して求めるモノは肉体や社会的な幸せではなく、こころの幸せ―――精神的な満足感だ。
…悪く言えば彼は子供でガキで、デュエルバカなのだ。
「アイツのデッキを見ればわかるだろ?あいつはヒーローデッキ、つまり肉体より精神の楽しさを求めるやつだぞ」
「…デッキを通し、デュエリストの心を見通す…」
何故かじーっと万丈目の手札を見つめる翔。彼の行動に万丈目は頭を傾げるが、口を開く前に水色の少年は先に声を出した。
「ねぇ万丈目くん」
「サンダーだ。なんだ」
「万丈目くんは、相手のデッキを通してそのデュエリストの心を見通すことができる?」
「完全とはいえないが、大分は読める」
「じゃあもし、」
自分のデッキを取り上げ、万丈目のデッキと共に翔は伝わった。
「ボクが万丈目くんのデッキで、万丈目くんはボクのデッキでデュエルするなら、できると思うスか?」
「できん」
…思ったよりあっさりの返事に翔は目を瞬く。
「なんで?」
「お前…自分で考えてみろ」
翔に呆れたか、万丈目は髪を掻きながらため息をつき、彼を指した。
「いいか。デッキはデュエリストの心、魂と言われるモノだ。お前は自分ではない魂で戦えると思うのか?確かにデュエリストと分かり合うためにはデッキを使い、相手のデッキを読むのだが、それは相手のデッキを使うことじゃない。自分のデッキは、自分にしか応えられないぞ!」
「あー…それもそうスね」
思えば、確かに万丈目の言うとおりかもしれない。
デッキ構成のため、お互いの許可を得て他人のデッキを見たりするが、相手のデッキで戦うなど一度もない。
初心者のデッキならまだいける気がするが、彼や万丈目のようなデュエリストなら翔も使いこなせる気がしない。
相手のデッキのカードがわからないわけじゃない。長い付き合いの仲間も尚更、わからないはずがないけど、問題はここ。
こころだ。
もしデッキはデュエリストのこころなら、デュエリストそのモノが肉体となる。同じ肉体で違うこころを入れるなら、当然肉体は拒み、体とこころは一つの存在になれない。
(そうか、あのときもそのせいスかね)
彼はまだ一年生の頃だが、翔は一度だけアニキ―――十代とデッキを交換したことがある。
試しにデュエルもやってみたけど、モンスターカードところが、罠カードや魔法カードもまったく回ってこない。
いや、なによりこころの感覚がおかしいのだ。まるで他人の腕と足が自分の体の一部となり、歩くことや、動くことでさえできない違和感。
そこがなんとも言えない気分だった。
『うーんぅ…だめだ、アニキ。サレンダーっス!デッキ返してください』
『ははっオレも言うところだぜ!』
遂に我慢できなくなったか、あきらめると伝わる翔に十代は苦笑いながらデッキを相手に返す。
あの頃の感覚はいまだに覚えている。
自分のデッキを触る感覚。カードを触る瞬間、不思議なあたたかさが指先に入り、穏やかな安心感が身体に流れていく。
あぁ、これは自分のデッキだと、翔は実感した。
(まぁ無理だよねー他人のデッキでデュエルするなんて)
もし本当に他人のデッキでも上手くデュエルできる奴がいたら、デッキの主とデュエリストの気が合うか、よっぽと相手のことを骨まで理解しているかに違いない。
…似た者同士に、……。
「……ヨハン・アンデルセン」
ふと、突然の名前で万丈目は片付け終わったデッキから顔をあげ、翔は続いた。
「ヨハンくんが来てから、アニキは前よりうれしそうな顔をしてたスね」
「二人ともデュエルバカだからだ」
「ボク達と話す時間は短くなったね」
「…そういえば十代のヤツ、食事の時もあいつと一緒だな」
『オイラ達もいるよぉ万丈目のアニキィ〜』
「五月蠅い!」
「みんなといるより、…ヨハンくんといるスね」
(なんだろう)
別にヨハンのことを悪く思ってはいない。
アニキである十代は以前よりいい顔をしているし、仲間が増えていることもいいことだし、悪いことではない。
…じゃあ何だろう。
(アニキが、遠いところに行ってしまう気がする)
ヨハンも精霊が見えるからか。彼とは似た者同士からか。二人は気が合うからか。
何かが、どこかで、静かに、緩やかに。
(ボク達の側からアニキを、)
【全員の生徒に繋ぐ】
何かを気付く瞬間であった。
目を見開く同時にどこから声を伝わり始め、沈んだ声の主に翔や万丈目もちらりとお互いを覗き、万丈目ルームのドアを開く。
レッド寮につけるラジオが続きを流した。
『プロフェッサー・コブラから、一つの事を全員の生徒に伝う』
「プロフェッサー・コブラ…!」
「やはりあいつの声か」
デス・デュエルが続けている以来、二人はプロフェッサー・コブラに好感はない。デュエルで戦い、すべてはデュエルで決める制度は以前からデュエルアカデミアにあるし、これらの経験で実力が上がることも納得できる。
が、デス・デュエルがはじめた後、変な事件が起きた。

デュエル昏倒事件。
デス・デュエルをはじめ、生徒達のデュエル回数は増え、多くの者の実力も一気に上がったのだが、中におかしな状況がある。
デュエルした生徒が倒れた。
力が尽きたわけじゃなくて、デュエルの最中にもいつも通りにできたのだが、デュエルが終わる瞬間、力は吸い込まれたようになくなり、地面に倒れる。二日間意識不明となった生徒もおり、デス・デュエルは続くべきかと教師たちは疑問を抱き始めると聞いていた。
「翔君、万丈目君!」
ラジオの続きを待っていると後ろから声が届き、二人は振り返ると明日香と剣山の姿があった。
「明日香さん!レッド寮にいたんスか」
「えぇ。剣山と一緒にレッド寮の教師ルームを片付けているの。昔、大徳寺先生は音楽学科担当だから、何か音楽テスト用の参考書があると思って…」
「なっ!こっの恐竜オタクめ!天上院君さんと同じ部屋でふたりっきり…」
「万丈目先輩はなに考えているんドン!俺は明日香先輩に重い荷物の手伝いに呼ばれただけザウルス!」
「ぬぬ、金魚のフンの分際で…」
「二人は黙ってろぉー!ラジオが聞けなくなるじゃないスか!」
なんとか二人の口喧嘩を止め、翔はラジオに振り返し、前半はケンカ声で被されたがまだ聞けると、思う同時だった。
【…演奏会をおこない、……――――――ユウキ ジュウダイ…】
一つの宣告は告げられた。
【―――…演奏会を行います。――――演奏者は、
かつて音楽天才と呼ばれているヴァイオリスト、遊城 十代!】

――――変わり始めている

「……………、…え…?」
自分が聞き間違えたかと思った。いや、自分だけではなく、周りの仲間もきっと同じこと思っているはずだ。
今、ラジオはなんて?……天才?音楽?
ゆうき じゅうだい。アニキの、…名前?

…変わり始めている。
何かが。
どこかで。
静かに。
緩やかに。
【一番彼の演奏を聴ける者に、最高レベルのデュエルモンスターズのカードを、
一枚差し上げます!】


変えられていく。
「―――――っくっ!」
指先が鍵に押す瞬間に黒い影が音とともに湧きだし、少年が飛び出す同時大きな響きが後ろの壁に咲きだす。それは先ほどヨハンが立っていたところだ。
これは防音の壁なのに、とヨハンがチラリと覗くとペガサスは彼の考えを伏せた。
『前を見るんだ!ヨハン!』
「ペガサス!でもアメジストやトパーズが、」
『ふたりは大丈夫だ!油断したら、君は怪我で済めないことになる』
自分と話しながらもヨハンに振りかえれず、ただまっすぐと前を見つめるペガサス。…いいや、見つめるんじゃない。ペガサスは全身の感覚を張って睨んでいるのだ。
グランドピアノに背中を合わせながら彼らを睨み、見下ろしているように口元を上がる少年―――――ヨハンの親友である十代を。
「…だれ、だ」
相手の指先が跳ねることを気付かず、ヨハンは疑問を続く。
「お前は、十代じゃないんだろ」
十代ではない。二人の知り合った時間は短いとはいえ、彼が知っている十代はいつも元気で、デュエルが好きで、勉強が嫌いで、エビフライが大好きでご飯五杯くらい食べる子で、暖かな笑顔をする人だ。
(十代ではない)
彼は、このような瞳をしない。――――すべてを壊したくて、自分を王者と思いながら命を見下ろし、狂気の微笑みを持つ者ではない!
「十代はどこだ!十代を返せっ!」
「……本当に、憎い男だ。貴様は」
まるで面白いことを聞いていたように口元をよりあげ、赤き少年は片手をピアノから離れ、
「貴様が十代を追い詰めなければ、彼は」
自分の胸を指し
「ここの奥に逃げるわけがない」
鍵を押した。

「っ?!」
何かを聞こえたように、暗い倉庫から顔をあげ、黒髪の少女は顔を傾げた。

『ガッァ…っ!!』
「!ペガサ、…ス、……」
弦が音色を響きだす刹那に羽根が視線に入り、何なのかを気付く前に悲鳴がすでに少年の耳に届き、彼はハッと振りかえる。
そこにはすでに、ペガサスが地面に倒れた姿があった。
「………、……―――」
何が起きたかわからない。
壁に新たな衝撃のひびがあるとか、こういうことじゃない。なぜ。
「―――なぜだ」
なぜこんなことが起きる。
「なぜこんなひでぇことをする!!てめぇ何者だ!答えろ!」
…あぁ。聞こえる。
怒りに乱される気持ち。悲しみに包まれる気分。その感情はまっすぐと、胸に入っていく。
彼とこころにいるもうひとりのひとに。
「もう一度言おう。我が名は、『覇王』」
ゆっくりと腕を上げ、少年は自分の瞳をなでる。
「『俺』は、遊城 十代の身体にある、もうひとりの存在」
黄金の瞳は青き少年を映りはじめた。
「遊城 十代という存在がこの世界に生まれたときから、『俺』は十代の中に生きている。だが、『ひとり』の者に『ふたつ』の存在が必要されず、『俺』は一切表に出ることがない。」
「んなこと、十代から一言も聞いていない!」
「当然だ。十代は、『俺』のこと『覚えていない』」
「お前、二重人格ってことか…!」

ふと、ヨハンはある本に読んだことを思い出す。
人間は生まれたときから二つの人格を持っていた。コインは表と裏があるように、一つの存在に二つの形をもっているが、二つの形は『一つ』で表わすことができないため、必ず半分は表の世界に生き、残りの半分は裏の世界に生きることになる。本体と影のようなモノだ。
どんな風に離れようと、決して離れることができず、触れ合うことができない
『二つ』で『一つ』の存在。
【『闇』とは、確かに僕達の心の奥にいる感情だけど、簡単にいうと、その『闇』は主の裏の顔ってこと。もし、僕の精神はある限界に越えると、僕の『表』は心の奥に堕ちてしまう。そうしたら僕の『闇』は『表』となり、今の僕は『裏』の存在となるよ】
今更だが、吹雪が言っていたことが納得できた。
人間ならば誰だって『闇』を持っている。時にケンカで、時に悲しみ、ときに辛いことで『闇』は心の奥から表し、表の代わりに行動を考え、………
今、彼はなんて?
確かに吹雪は言っていた。彼の傷からわずかな闇の気配を感じる。闇の力を操って他人を傷づける人はいる。そして彼は、
その力を持つ者に傷づけられた。
まさか。
まさか。
「…おまえ、だったのか」
何かをわかったように、ゆっくりと、ゆっくりと顔をあげ、
天空の青色は黄金に見開いた。
「お前が、十代を通して俺を襲った『闇』なのか!」
「――――『俺』ではない」
だが戻ってくる応えは予想外のモノであった。
「『俺』を元凶と思う愚かな考えはやめろ。貴様は十代の何かがわかる?」
「なにっ」
「旋律を通し、力を現わす力は何のためにあるか」
一瞬だけ、わずかな刹那だけ、紅茶色の髪は怒りに満ちだされるように赤くなり、髪糸の隙間に黄金の瞳は憎んでヨハンを睨み、
「貴様らはこの『理由』でさえ無視したのだ!」
両手の指先が強くピアノに押した。

―――――まるで殺意の怒りのような音色だった。
一つ、一つずつ黒と白の鍵を撃ち、それぞれの弦の悲鳴を上げさせながらメロディーを作っていく。強く、激しく、まっすぐと押し、打ち、響かせ、繰り返される旋律と少しずつ速めになるリズム。
まるで狂っている音楽家が命の最期でピアノを弾いているようだ。世界への憎しみ、悲しみ、恨み、苦しみがすべて身体を、腕を、手と指先を通して弦を響き、調和されない黒と白の音色が耳を刺し脳部を混乱させ
自らの音色で命を落とさせる。
「ぐぁあ……!!」
思わず手で耳を伏せるヨハンのだが、音は消されず、肉体を通して脳部までたどり着き、彼は悲鳴を上げた。
痛い。音色を聞いただけなのにいたい。頭が大きな針に刺されたような感じで、何も考えられない。ただ、いたく。
痛く。
(なんだ…これはっ!)
痛みのせいで力がなくしてしまったか、足は無力となり、フロアに膝をつき始める。一滴の紅い液体が耳を伏せる腕から流れると、『覇王』はクスとヨハンに笑いかけた。
「苦しいか?…音楽とは、ただ人々を喜ばせるモノではない」
二度目。
「っ…?!」
「憎しみのために作り出す曲もあり、作曲家が自らの人生を旋律に入れた曲もある。だが、演奏者も同じだ」
三度目。
「きゃ…、や、ぐぅ…!」
「演奏者にとって、曲には決められた感情があるわけじゃない。他人が悲しい曲と思われても、演奏者にとって楽しい曲であるかもしれない。演奏者の演奏により曲は人々に幸せを与えるメロディーとなり、…人々を不幸にすることもできる」
「――――ッッ!!」
四度目の音色により痛みは一気に増えてそれに耐えられず、ヨハンはフロアで頭を抱いたが、急に音は上手く聞こえないと手を下がれば、真っ赤な色は手のひらに広がっていく。
耳から多くの血が流れてきた。
「……   ばよかった」
(なんだ…上手く聞こえねぇ)
聴覚がやばくなってきたか、目の前の少年は口を開き、閉じ、動いているのに、ヨハンはうまく聞こえない。
「……『あのとき』、貴様の記憶を奪うではなく、きちんと『殺せば』よかった」

よみがえてゆく。
誰も見ようとしない街。誰も気づかない道。世界はそこにあるのに、誰も悲しむ子供を理解しない灰色の場所。
子供は泣いていた。
大事なモノが奪われ、両親に恐怖の目で見られ、彼を受け入れようとしない世界の街に、子供はただビルの前に座り、小さな声で泣いていた。
涙を流れ、手で拭き、再び雫を落とし、繰り返した。
ふと、自分と同じように、小さな影は子供の前に立ち止まる。
あたたかな手は子供に触れた。
傷づかないように、驚かさないようにやさしく涙をふき、不思議な気持ちは頬から伝わっていく。
白色のマフラーがかけられ、はじめて子供は顔をあげ、

――――やっと
青と赤は見つめあい始めた。
君をみつけた  十代

チラリと痛みでフロアに倒れるヨハンを覗き、『覇王』はある場所に目をむく。ペガサスやアメジスト・トバーズが倒れているところだ。
相手の視線が変わったことにまさかと思い、ヨハンが叫ぶ瞬間に『覇王』は目を見開き、指先を鍵に押し…

―――――…やめろぉ―――っ!

弦が響くとともに黒い風は刃となり目標へ飛び去り、
大きな光は照らされた。

「「っ!」」
「わっ!」
走っている途中に地震が起き、突然の揺れで翔は慌ててすぐ側にいる樹をつかむ。他の仲間も動かず地面に伏せ、何かおきたと思う同時、空へ伸びる大きな光の柱は人々の瞳に映った。
「な…なんスか!あれ!」
「丸藤先輩!木を掴まないと危ないザウルス!」
「あれは…デュエルアカデミアの方向よ!」
「まさか光の結社とかまた現れたのか!おいけんざ…」
『違うと思うよぉ〜万丈目のアニキィ』
「貴様っ空気よめ!!」
…見事に言葉が被された万丈目である。
今度はカードを水に入れてやる…と思うと先ほどの言葉が気になり、万丈目はオジャマイエローをつかみ、彼に話す。
「貴様、あの光のこと知っているか?!」
「万丈目くん、段々アニキになっている…」
「うるさいぞ、翔!それにサンダーだ!…どうなんだ!」
『あ、アニキ…こんなに強く掴まなくても…いやぁん万丈目のアニキったら…』
「燃やされたいか」
『ひぃいいいいごめんなさいっ!』
さすがにそろそろ本題に戻らないと命の危険を感じたか、オジャマイエローは一旦相手の手から抜き、「ゴホン」と改めて話し出す。
『あれはね、光の結社のような感じじゃなくてぇー…ただの目覚めだけよぉ』
「目覚め?何のだ!」
「んーっとぉ…」と考えると、思いついたかのようにオジャマイエローは光の柱を示し、そして自分を指した。
『眠りから目覚める精霊の波動だよぉ〜』


何か起きたか理解できなかった。
赤き少年が宝玉獣達に向かってピアノの鍵を押す瞬間に叫び、指先から黒き風を湧きだすと青き少年は痛みを耐えて宝玉獣の前に立ち、護ると両手を広がる。
風は刃となって少年を刺し込む時だった。
刃が服を破る前に大きな光がヨハンの胸に現れ、ひかりと接触するとガラスのように破って、衝撃は音楽室のモノをすべて壁まで撃ちこむ。黒き風が消えると爆発されたように、ひかりは柱となりまっすぐと建物を通して天空へ飛び出す。
何か起きたか、ヨハンにはわからなかった。
「……な、んだ…これは…」
自分の周りのひかりを触ってみる。いろんな色が混じったひかりの温度はないわけじゃないが、熱くなくて、冷たくもない。不思議な温度に、なぜかこころは落ち着く。
耳の痛みも消え去った。
「これは一体……、?!」
周りを見渡ってみると、宝玉獣が消えたら大きな影が自分を被っているとヨハンは顔をあげ、
そして目を大きく開かれた。
「―――――――――」
翼の、影。
虹色のひかりの柱にはじめは小さく、やがて翼を広がると影は大きくなり竜となり、七つの宝石を嵌まる竜がヨハンの前に現れた。
…知っている。
ヨハンは、この姿を知っている。
「――――…レインボー・ドラゴン」
まるで応えているよう、竜は口を開き、大きな叫びは響きまわした。
何かを呼んでいるように。

ふと、銀髪の男性は振り返った。
いきなりペンを止めた男性にひとりの少年は頭を傾くのだが、男性はただずっと外を見つめているだけだ。
なにかを聞こえたか、男性は少しずつ眼を細め、髪に隠された目の跡を撫で、机の電話機に手を伸ばした。

バチッ
「覚醒してやがる…」
「え?」
『覇王』の言葉が耳に届いた。どうしたかと再び耳を触ってみると、先ほどの血はいつの間に消え、聴覚も元に戻っている。
これはレインボー・ドラゴンの力のせいか。
「石版を発見されていないくせにすでにこの力か…破滅の光・ヨハン!」
「!」
今、相手はなんて言った?石版?
レインボー・ドラゴンの石版!?
「知っているのか!レインボー・ドラゴンの石版の居場所を!」
「黙れ!やはり貴様を生かさん…」
足元に滾るフルートを手に入れ、口唇を寄せるとヨハンはハッと周りを見渡る。さっきの衝撃のせいで音楽室はぐちゃぐちゃとなり、ピアノでさえ壊されたに違いない。
(まさかこいつ…十代はフルートもできるのか!)
彼の力は音色で表わすしかできない。ならこれは、
「滅びろ!破滅の光!!」
『―――――』
予想通りに音は再び吹きだされ、竜は叫ぶと大きな虹の光となってまっすぐと風に向かい、
闇と光は打ちあい始めた。
バチッ
「く……うおっ!」
「グァっ!」
お互いも譲れず、より激しくぶち合うと視線は光に包まれ、爆発の音とともに衝撃がすべてを飛ばす。
人間だけではなく、音楽と机もそれぞれ違う場所に飛ばされ、ヨハンは音楽室の奥に、『覇王』は扉の側まで連れされた。
「いって……」
壁まで打たれたヨハンは思わず頭を撫でる。幸い、音楽室は防音のため、壁にクッションがつけているため、ヨハンは少しの痛みで済むのだが、『覇王』はそうではなかったらしい。
壁ではなく、入り口の自動扉まで打たれたため、痛みで彼の顔はひどく歪められた。
バチッ
「貴様を許さん…」
(こいつ…!)
壁に寄せながら無理やり立ちあがる赤き少年の姿にヨハンは愕く。こいつだって痛みを感じているのに。
「貴様だけは、十代に一生憎まれても!」
バチッ
ピ―――ッ
「『俺』は貴様を、」
「十代様!」

――――――ころす!
…っと、彼は言いたかった。
言おうとしたのに、喉から声を出すことができなくなった。
ゆっくりと、少年は振り返った。
暗蒼の長髪。きちんと整理している紅き服装。細いけど元気に見える腕と足。自分より低い身長と、ドロなどに汚れないきれいな顔。
そしてなにより、心配そうに揺れながらも闇の中に輝く 深茶色の両瞳。
「―――――」
「?じゅ…きゃっ!ど、どうしたのですか!音楽室が…それにヨハン先輩まで!」
「っレイ!」
ヨハンは少女・レイに声を上げた。
「早く逃げろ!十代から離れるんだ!!」
「え?」
まるで見下ろしているように少女を睨む黄金の両瞳。嫌な予感が浮き出したか、ヨハンは慌てて立ちあがると、突然の痛みで彼は再びフロアに倒れる。
足は怪我してしまった。
ヨハンの言葉の意味が分からず、頭を傾きながら少年を見上げると、二つの腕は視線に入り、
「レィ、……――――っ?!」
「―――――……ぇ…?」
少年は少女を抱きしめた。
「じゅ、十代様?!」
まるで酒を飲んでいたような気分だ。顔は熱い。熱くて一気に水をお湯に変われるような熱さだ。いや、それより心臓の音は聞かれているかと思うと顔はもっと熱くなる。
「じゅう…十代さまっ」
(あああああは、はずかしい!)
恥ずかしくて距離を離れようとするが、自分の肩ごと背中を回す腕はなかなか離れない。それところが、さっきよりキツイ。
(でも、この感覚…)
キツイのに、どこからやさしさを感じる。どうしてでしょう。
「じゅうさいさま?どうしたのです?怪我でも……」
「――――――  …ぃ」
「?」
「……――――レイ」
やさしい口調が耳元に届いていく。彼女と知っている声が違い、疑問を抱き始めると腰に回る腕が離れられ、
少し冷たい指先は真っ赤な頬を触れた。
大事そうに、傷付かないように軽く、やさしく頬をなで、黄金の瞳は緩やかに目を細め、
「…いい乙女になった。おめでとう」
彼女を扉の外に押した。
「!じゅうだ、」
「レイ」
わずかな一瞬で、ほんの刹那で、少女は見えた。
拳で自動扉のボタンを押し、二つの扉が完全に閉じ込む前、少年の笑顔。
「ここで君と『再会』できて、うれしかった」
黄金の瞳をもつ少年の、微笑みを。
「――――『十代さま』、……」

完全に閉じ込まれた自動扉。
ボタンが壊れたため、きっと外から開こうとしても開けないのだろうと思う瞬間、『覇王』は苦しそうにフロアに膝をつける。汗を拭きながらため息をつけていた。
(……な んだ)
同時に、ヨハンはまるで見てはいけないモノを見た気分だ。
レイ。噂しか聞いてないけど、彼女は十代が好きでわざとデュエルアカデミア入試に参加し、十代と同じレッド寮に入った。
十代は確かに彼女を知っているし、彼女も十代のことを知っているけど、『覇王』のことは知らないはずだ。
じゃあさっきの行動はなんだ。
優しく少女を抱きしめる腕。彼への行動と違い、最初から『覇王』はレイを知っているようにしか見えない。
そして、彼の大切な人物だと…
「…邪魔が入ったな」
相手の声でヨハンは我に戻り、なんとか立ちあがると『覇王』は壁に寄せながら続いた。
「俺は、闇に帰る」
「!じゅうだい…十代は帰るのか!」
「…貴様をころさなかったことは、実に残念だがな。……一つだけ教えてやろう」

――――――十代はいつも、『独り』だ

「――――……あぁ。知っている。」
知っている。
怖がりながら自分へヴァイオリンを弾く時から、ヨハンはすでに感じていた。
あれは不思議な音色だった。
喜びもあり、悲しみもあり、楽しさや辛さもあって、怒りの気持ちと共に混じり合い、全身を通して魂にたどり着く。
うれしいのに悲しくて、幸せなのに辛くて、楽しいのに、
孤独を感じる。
彼と彼は同じ世界にいる人間なのに、十代の音色を聴くと、いつもある感覚に取りつかれてしまう。
誰もいない。彼だけが別の世界にいて、同じ場所に立つ『人』は誰ひとり存在しない。
同じ世界なのに。
ヨハンは、彼の側にいるのに。
「だから、助けたい」
だから、十代を救いたい。
彼を孤独の闇から助けたい。
「十代を、受け入れたい」
はじめに瞳は開かれ、やがて「そうか」と苦笑し、手で瞳を伏せる。
『覇王』は。
「…レイは、元気な子か」
「?……あぁ」
「そうか」
満足したように口元をあげ、黄金の瞳を閉じ、
琥珀色の目はゆっくりと開いた。
「!じゅうだ…、」
「っ!」

…まるで夢の景色のようだった。
伸ばす手を拒む少年と触れることができない少年。夢と同じような行動だ。
空を見上げながら草笛でさびしい旋律をつくる赤き少年。その孤独な背中に手を伸ばすことでさえできない青き少年。
彼にはちゃんと伝えておきたいことがあるのに、口は開いてくれない。
世界は彼ひとりしかいない、じゃないのに。
そう伝いたいのに。

「くる、な」
(本当は、さ)
(お前といろんなことを話したかった)
「来ないでくれ…」
「じゅうだ、」
「オレを救えないなら、近づくな…オレに構うな!」
(もっと、一緒に…)
「怖いんだ……オレは!オレの心の奥が見えるお前が怖いんだ…っ!ヨハァ…」

…誰でも他人に見せたくない部分がある。
自分は一番知っているはずなのに、彼は少年を追い詰めた。
弾きたくないのに、無理やりに奏でさせた結果、自分が傷づけられ、相手のこころの傷もよりひどくなり、残酷なモノに変わっていく。
そして彼は。
(でも、もう無理、だな)
自ら『闇』を引き起こすまで自分から離れたかった。

「…十代」
怖がらないように腕を上げ、ヒクと跳ねる全身を知りつつ、ヨハンはゆっくりと髪を沿い、撫で、指先から離れる。
「しばらくは、ここに休んでくれ。……俺は、さ」
(本当に、 本当にゴメン)
彼は口元を歪めた。
「お前と同じ視線に、居たかった」
チラリと見渡るとあるボタンを押し、天井から緊急用ハシゴが下りてくる。後ろに振り返さず、唇を噛んで痛みを我慢しながら一歩ずつ上がり、天井の向こうに消えていく。
だから気付かなかったのだろう。
顔をあげ、腕を上げ、下げ、何度も繰り返して手のひらを開き、何かをつかめようと伸びる手と、
何も掴まなかった孤独の手を。
はじめは口を閉じ、やがて唇を開き、閉じ、無音の言葉を繰り返し、

「………?」
何かを聞こえたように、少女は廊下のガラス壁に近づき、ふと小さな雫はガラスに落ちてくる。
天空の涙だ。
「雨……。………」
どこかで、同じような景色を見たことがある気がする。雨はよく見るけど、少し違う。
…そう。例えば、雨に濡れられ、冷たい地面に倒れた時、顔に降ってくるあたたかな雨。
何故だがわからないけど、すごくうれしい。
彼女のために、だれかがあたたかな雨を降ってくれた。
無表情で、沈黙で、笑わない人で、きれいな赤色の髪を持っている者。
「…『十代』、様」
はじめは口を閉じ、やがて唇を開き、閉じ、無音の言葉を繰り返し、

――――少年は涙がない泣き声を叫んだ。

「あ……っ、……っつは、…――――あぁあああああぁっぁああああぁあ…」

ヨハン
ヨハン
ヨハン  オレ、は…



特別演奏者
十代

特別聴衆者
十代、ヨハン、宝玉獣(一部)

聴衆者








Third Beat - I 〜第三拍目のI〜
悲しき闇の音色

『人』としてのオレを、独りにしないでくれ

2011.08.01