息を、吹出す。

吐息と共に指先は作り出された其々の空洞に舞い始め、旋律がゆっくりと響いていく。少しシンプルで、簡単なメロディーだが不思議な感情が滲んでくる。すこしの喜びとすこしの悲しみ、そして真っ直ぐの気持ちに暖かさが感じる。
まるで旋律を通して誰かを想い、誰かに会いたいような不思議の音楽。
少年は思う。
音楽に触ると彼はいつも紅茶髪の少年の夢を見えてしまうが、フルートを吹くと彼は自分を失う程に、旋律の中に沈む。
自分であり自分ではない、もう一人の『ヨハン』が居るみたいにフルートを吹く自分は別人のようだ。
誰かを想って、誰かに聴かせたくて、誰かに会いたくて、誰かに何かを
伝いたくて。
でも、少年は音楽を諦めようとしなかった。
『きっと伝える。どこかにいるあの人に』
あの人に会いたいと。
そう想っている少年は続いていた。フルートと通して、旋律を通して、音楽を通して。

―――いつか あの背中を掴めるまで

唐突にヨハンは小さい頃を思い出す。
自分が旋律を吹く気持ちと、夢に現れる紅茶髪の少年。
「待ってくれ!十代っ!――――じゅうだいぃいー!」

自分の目の前から逃げ出す一人の少年の背中を見つめながら。
ヨハンは彼に、手を伸ばした。
「ヨハン・アンデルセン!」
だが指が相手に触る前にもう一つの腕は掴まれ、振り返るとエドが彼を睨んだ。
「話はまだ終わっていない!何故十代のことをプロフェッサー・コブラに話した!」
「だから俺は一言も言ってねぇ!放せ!!十代が…!」
遠くなっていてもう届くことができない人。
まるで夢で目の前の者が失った瞬間を瞳に映ったように
少年は手を伸ばしながら、声を叫んだ。

夢と現実の中に、紅茶髪の少年へ



『     』
―――…聞こえる
真っ暗な闇の世界にゆっくりと眸は目覚めていく。一枚一枚のガラスは其々の景色を映り、小さなひかりは闇を照らし、黒き姿を表わす。
見えない果てから落ちてゆく鏡の破片に手を伸ばし、顔を上げる。
どこから聴こえた気がある。
何度も繰り返していく、悲鳴に近い音色に闇は反応し、応えている。
破壊を意味する旋律に。
…世界は崩れる
『 ……ぃ!』
裂かれる鏡のガラス。
一枚ずつおちていく鏡の破片はまるで涙のようだ。雨のように、雪のように、ただ静かに、穏やかに、
誰かが声を出さずに泣いているように。
また、繰り返すのか
破片を握り、耳元に眠る唄を伝えているみたいに黒き者は呟き、
黄金の両眸は細め、
じゅうだい

『パチッ』と破れた。
足を止まらずに紅茶髪の少年は走り続き、踏まれる枝と葉は小さな音を立つ。どこへ行くか、どこへ向かうかわからない。彼はただ奔っている。後ろを振り返せずに、奔っていて。
何故
(オレは、何故走っているんだろ)
そう思いながらも足はなかなか止まらない。何かを恐れて、何かが怖がっているみたいに体は一生懸命に逃げている。
…あぁ。そうだ。
彼は逃げているんだ。
―――…じゅうだいぃー!
「やめろ…やめてくれ…!」
耳を抑えながら十代は顔を下がる。
知らされた。
ずっと人々に黙っていた秘密。自分が人として思われない過去は知らされてしまった。彼はすでにわからなかった。
彼の音楽が人を傷付けることを知っているのは、彼の両親、小さい頃に参加していたコンサートの聴衆、魂の玉となった大徳寺、その力によって傷付かされたヨハンと宝玉獣、そしてエド。
小さい頃の事件は両親が金で情報を伏せたため、今になってこの事件は知らされる可能性は少ないし、両親はそれを言い出す筈もない。
大徳寺は他の人に教える必要はないし、宝玉獣もそのような真似をしない。残りはヨハンとエドだ。
エドは教えたばかりにこの事件は全学園に知らされた。ならば残りは、彼一人。
『僕は見たぞ!プロフェッサー・コブラはお前が居る保健室に行ったことを!』
「聞きたくない…考えたくない…っ」
考えたくない。でもエドの言葉を思い出すと苦しい。
(なんで)
(なんでヨハンなんだぁ…!)
彼で欲しくなかった。でもこの状況を見て、彼しか思いつかなかった。
『先程の放送を続く』
島全体に大きな音は再び響く。
より強く耳を押さえ、少年は聴こえない振りをしながら走りだす。
(ききたくない)
『二日間後の夜に演奏会のことです。彼の演奏を聴ける者に一枚のカードを差し上げると伝えましたが、それは一番彼の演奏会に入る者のことではない。それは、演奏会が始まる前の話です。』
(聴きたくない)
『つまり、この二日間で一番遊城 十代の演奏を聴ける者が現われたら、その時点に演奏会を行います。そしてその演奏会を行わせる者に、私はそのカードをプレゼントとして差し上げます。』
(聴きたくない…!)
『タイムリミットは、二日間後の夜です。それまでに遊城 十代をデュエル場に連れて来てください。』
「…うさい」
「?あれは…」
途中にある姿とすれ違い、二人の生徒は振り返る。赤き制服と鳶色の髪なら、一人しか思いつかない。
「あれは遊城 十代じゃねぇか」
「なにやってんだ?…あ、そういえば今の放送…あれは本当か?」
「アイツは音楽ができるんだ…そういや、音楽の理論テストで二年間連続満点合格者って噂は覚えているか?」
「じゃあれは本当ってことか」
『さぁ、諸君』
方向を変わっていく足先。
「オイ、遊城 十代!」
「!」
突然呼ばれて十代は振り返り、手を耳から離す。
止まった彼に二人の生徒は口元を上げた気がした。
「お前、どんな楽器なんだ?」
「俺らにも聞かせてくれよ」
「っ…!」
うるさい
「なぁ。俺達と一緒に練習しようぜ!」
「…くるな」
「?聞いてんのか、遊城!」
「…―――うるさい!オレに触るな…近づくなぁ!!」
目が開られる同時に風は吹き始める。
腕が掴まれる瞬間に黒き霧は兆しもなく少年の腕から表われ、金色の電流は生徒に流れ込み、
「くっ…!」
金の眸は視線に映る一瞬に痛みは伝わった。
「!なんだ!って待て!遊城 十代!!」
「追うぞ!アイツをデュエル場まで連れてやったら、最高レベルのカードがもらえるんだ!」
(近づくな)
(近づくな)
「誰にも、来るな…!」
再び耳を押さえ、何も自分を聞かせないままに少年は逃げ始める。

『ぜひ遊城 十代の演奏で穏やかに休んでくれたまえ』
モニターを通じ、それを覗く男性は後ろに影像を見せると、喜んでいる様、
大きな目は細めてゆく。
ひきだせ、じゅうだい
『モノ』は、笑った。
きみのちからをすべてのやつにみせよう!
『ただいまより、演奏会の準備を始まります!』
きみがもっている『やみ』のちからを!


怒っているのに悲しんでいるように見えて。
泣いていないのに泣いているように見えて。
少年は噛んだ口を開き、叫んだ。
「…――――っ?!」
何かを聴こえたようにシルバーの視線から逸らし、
青眸はハッと振り返った。
…けて
たすけてぇ…っ!

海や風の音と共に届く、小さな
あの人の悲鳴。
「今のは、」
「ヨハン・アンデルセン!」
ハッと我に返る同時に両方の襟は握られ、銀は青を睨む。
「何故十代のことをプロフェッサー・コブラに話した!言えぇ!」
「だから何度を言えばわかる!俺は何も言って、」
「信じていた」
少しずつ怒りの気配と共に襟を掴む指先は震え、衣料ごと少年に伝わってゆく。
「アイツはお前を信じていた。…信じていたんだぞ!」
彼は後悔していた。
「お前を傷付いたことにどんな顔をしていたか、お前は分かるか!知っていたか!」
彼は落ち込んでいた。
「あぁそうだ!アイツはお前に言わなかった!でも彼は自分なりの方法で頑張っていた!お前を傷付いたことに、謝ろうと思ってお前を会いに行った!なのに結果はなんだ!」
それでも彼は立ち上がり、進めようとした。
「…言え。保健室に、何をした」
大切なモノが傷付けられたように、大切なモノが失くしたように睨み、
エドは叫んだ。
「何故お前を謝りに行く十代が、泣いたんだ!」

――――――……まるで
音の涙だったと、何故か彼はそう思った。
時々夢の奥に現れる赤き髪の少年。悲しそうに、辛そうに、切なさそうに草笛を吹いて、旋律と音色を作っているその背中は酷く淋しさを感じる。感じるのに、彼ではない『彼』は一度も手を伸ばしたことがない。
なんとなく、わかっているから。感じているから。
赤き髪の少年は、彼のために吹いたわけじゃない。
彼のために音色を創ったじゃない。
彼…ヨハンのために、
涙を旋律にかえたわけじゃない。
…、て
少年は泣いている。
決して自分の前に泣かない少年がそうやって涙をメロディーに変え、いつも自分に笑顔を見せてくれる。それが悲しいんだ。
笑わないで。
このような笑顔をしないでくれ。
このような旋律を作らないでくれ。
…すけて
たすけて
助けて!

――――こんな悲しい音色を、もう引くなぁ――!!

「…っ?!」
「離せ」
突然なことだった。
今までただショックを受けたように自分の言葉を聞き続けた青髪の少年は口を開き、何かを伝う瞬間、
兆しもなく手は彼の腕を掴んだ。
(こいつ、この力は…っ!)
思ったより強めに掴まれ、僅かの痛みにエドはまゆげを寄せる。
「離せ。エド・フェニックス」
無理矢理にゆっくりと相手の腕を自分の襟から離せ、ヨハンは目を細める。
「お前と話す暇がねぇ。十代が待っている」
「なんだと?!僕は行かせるとでも、」
「お前は分かっていない」
まっすぐとエドを見つめ、ヨハンは続く。
「お前だけじゃない。万丈目や翔や明日香や剣山やお前も分かっていない。…お前達に十代はいつも元気な人だ。あぁそうさ!元気すぎでまるで太陽のような存在だ!」
「!」
「簡単にいうと十代はお前達のヒーローだ!絶対倒れることがない、どんなときでも立ち上がってお前達の前に立ってくれて守ってくれる英雄だ!なのにお前達はこのヒーローを理解しようとしたか!?」
「…!」
「理解していない。『仲間』や『友達』といいながらお前達は何をした!何もしていない!十代は仲間がいるんじゃない…彼は!十代は!」

―――――ずっと独りぼっちだったんだ!

『ヒーローになる!』
それは彼の夢だと、ある対話に聞いた。他にも、翔たちから話を聞いた。
どんなときも負けしないアニキ。どんなときも立ち上がるアニキ。どんなときも笑顔をみせてくれるアニキ。
あぁ。思うと、確かにそれは十代にぴったりな言葉と感じた。
みんなを守るヒーロー。どんなときでも後ろの人々に笑顔を見せるヒーロー。いつも前に立って敵を倒すヒーロー。
それは彼の理想で彼の夢だった。
でも、いつからだろう。

彼の『本当の笑顔』は、いつから消えていたんだろ

「居たか!」
「いや、こっちにいねぇ!」
「あっちを探そう!」
「……はぁ、は…」
足音が遠くなり、周りを見渡りながら確認し、少年は廊下の影から姿を現す。
「誰もいない。ぅおっし!」
音が響いていないと分かり、十代は再び走り出す。
(逃げなきゃ)
(逃げなきゃ、…)
ドコ ヘ
「…――――っ!」
頭を左右に振り、彼は足を進む。
(考えるな)
(何も考えるな)
「今は、逃げればいいんだ…!」
逃げればいい。彼の声を、音を、旋律を、メロディーを聞こえない場所へ。

「ならば君は彼を救えることができるというのか!」
「救うじゃない!」
いつから、少年は下がることができなくなった。
夢は叶えた。願いは叶えた。理想は叶えた。なのに、周りの視線は重くて、自分を見つめる瞳はいつの間にモノクロの絵に見えた。
『戦え』
『私達を守って』
『がんばって、アニキ』
『逃げないでほしいドン』
何かの暗示のようだ。言葉に出さなくても眸でわかるんだ。
期待していることを裏切るな。
望んでいる結果を裏切るな。
本当は時々、少年も下がりたい。ただできなくて、期待を失望させることができなくて、みんなの思いを裏切ることができなくて。
だって。
『できないなら、あなたは何の意味もないよ』

…つかれた。
彼は少し、疲れた…

「救うなんて俺はこんな素晴らしい者じゃねぇ…!」
「!」
「俺はただ、アイツをもっと分かりたい」
足を上げ、青髪の少年は銀髪の少年を引っ張り、彼を後ろに下がる瞬間に腕を放し、
「俺はただ、アイツに独りにさせたくないだけだ…!」
二人はすれ違った。
「まて、…!」
遠くなっていく少年を呼ぶ同時に一つの影は目の前に浮き、思わずエドは目を見開く。
目の前にいるのは、あの少年が持っているデッキの精霊達――――宝玉獣だ。
(ソリッド・ヴィジョン?いや、違う!)
デュエルディスクは起動していない。むしろ、走っている少年の腕にはそれが着けていないのに、何故彼の目に精霊達が見える。
まるで十代と同じじゃ…
『行かせてあげて』
いきなり伝わってくる声。よく見るとアメジスト・キャットに始め、他の宝玉獣達もエドの方向に向いた。
『ヨハン一人に行かせて』
「君たち…」
『ヨハンはずっと、後悔していたわ。遠い昔から、ずっと…』
「えぇ?」
『少年よ。君は奏でたことがあるか?』

――――気付かせてはいけない、涙を見せてはいけない
彼のために創り出した旋律は他人への振りをして吹いたメロディーを

君は奏でたことがあるか?


小さな響きに者は顔を上げる。
息を喘ぎながらドアに鍵を掛ける者の影に頭を傾く。その影の主は、彼がよく知っている人のモノだ。
「じゅうだい?」
「っ…!」
だが、どこかが違う。
いつも元気に返事してくれるはずの者はただ怯えながら振り返り、琥珀色の眸は自分を見つめる。
「どうしたんだ?十代」
「……っおぶ、らいえん…」
ドラムスティックを譜面台に置き、オブライエンは影の主・十代を見た。

あの人に本当の笑顔を戻らせたかっただけ
…ただ、それだけだったよ




真っ黒な部屋に小さな光。
時にモノを探す生徒達。
時に逃げる少年の姿。
時に分からない顔をする大人達。
其々の場所がモニターに映りながら流れ、大きな影の視線に気づいたか、コブラはモニターから振り返る。
『ヒトミ』は開いた。
「お目覚めましたか?」
―――――……
「ご心配なく。全ては計画通りだ」
一つの影像を大きく見せるコブラ。一人の赤き少年が何から逃げるように廊下に奔り、一つの扉を開いて鍵を掛ける。
僅かに『ヒトミ』が細め、コブラは口元をあげた。
「あと少しすれば、彼の『力』は引き出せる。彼の『精神』を限界まで追いかければ、その『力』もきっと素晴らしいエネルギーになるはずだ」
――――――。
「だが、私にはやはり疑問がある」
チラと『ヒトミ』を覗き、コラブは影像を見た。
「確かに遊城 十代には素晴らしい『力』がある。彼とオブライエン…特にヨハン・アンとのデュエルから取ったエネルギーは想像つかないほど強力だが、何故今回はデュエルではなく音楽で彼の『力』を引きだすか私には理解できない」
―――――いまの遊城 十代は、本当の『彼』ではない
頭の奥に響く静かな声。
めずらしく声を出す『ヒトミ』に一瞬驚いたか、すぐに喜びを抑えない様コブラは手をあげる。
「すばらしい…!まさか声が出られるようになったのは!」

――――『ヒトミ』と出会って、彼は相手の声を聞こえたのは一度だけだった。
多くの犠牲を払い、多くの悲しみと出会い、やっと希望を見つけた瞬間に再び目の前に失い、彼は生きるという絶望に残されていた。
…彼はずっと目が閉じられるところを探していた。
戦って、戦って、戦って、戦い続けて。理由もなく、ただたた戦って人を傷付け、繰り返して。
その中に、彼が出会ったのは小さな命だった。
爆音と死のにおいに覆まれる戦場にひとりの子供と出会い、彼は初めて「生きる」という喜びを知った。
血が繋がらなくても目の前は大切なモノで、その命を一生掛けて守りたいと思っていた。
……。
でも、失ってしまった。
初めてそのコに上げるプレゼントの瞬間で事故が起きて、小さな命が失って、
彼は再び絶望の地獄に落とされた。
願いを叶うため。
全てを取り戻るため。
『人間』や『こころ』を捨てようと彼はもう迷わない。
たとえ、『悪魔』と契約しようと。
―――――今の遊城 十代の力は『本当の彼』の力ではない
少しずつ視線を上げ、『ヒトミ』は影像を見つめる。
少年に閉じられた扉の影像を。
――――――だが、封印がいる限り、『本当の彼』は目覚めることができない
「封印?」
――――あの『器』と『兄』の邪魔がなければ…

草笛を吹く赤き少年の背中に手を伸ばさず、碧眸の青き少年。
温度もない暗い闇の中に鏡を守りながら眠る、金瞳の紅き少年。
『モノ』は知っている。
例え時代が変わって次元が変わっても、あのふたりは必ず『彼』の側にたどり着き、『彼』…遊城 十代の中に存在する闇の封印を守り続くんだろう。
それは彼らが選ぶ道であり、彼らの記憶が未だに『消え去らない』理由だからだ。
―――――コブラ。君は、音楽は何だと思うのだい?
突然の疑問にコブラは答えず、『ヒトミ』の続きを待つ。相手の行動の意味がわかったか、『ヒトミ』は目を細めた。
―――――ただの旋律でも、ただの音色でもない。音楽はそんな簡単に説明できるモノではないさ

生きる喜びを与え。
切ない悲しみを教え。
燃える怒りを伝え。
――――音楽はたくさんの感情が存在し、人により違う気持ちの音色と旋律が現われていた。
あるひとりに聞かせたい元気な音色だったり、共にいることを大切する家族の音色だったり、過ぎた時間を想い出に変わる静かな音色だったり、少し涼しくて冷たくても感謝を伝いたいと素直ではない音色だったり、
気持ちを…星ほど数え切れない感情を旋律に入れ込むこころの音色は、
まるで人生そのモノだった。
―――――遊城 十代の中には『封印』があるおかげで、我々が求める『力』が現われない
「!今の遊城 十代の力は、ほんの一部もないってことか!」
―――――一部?
兆しもなく、笑い声は広がる。
―――――もし彼は『封印』がなければ、…コブラ。君とこの島の人間はすでに意識をなくしたかもしれないよ
「!!」
――――何故デュエルではなく音楽で彼の『力』を引きそうとするか教えてあげよう。『力』を持つ者の音楽は持つほど影響を与える。『力』は肉体ではなく、精神や魂に存在しているからだ

元々、才能がある子供なら人間に感情を与えることができる。
だがこの子…十代だけは違うよ。
彼がしたければ彼の『音色』を聞いた全ての命を奪うこともできる。
彼の音楽は『力』そのモノ。

『魂の言葉』なんだ



「――――…おふ、らいえん…」
「!待て、十代!」
扉が開かれる前に止まる指先。
恐れながら後ろに振り返ると、ドラムから立ち上がるオフライエンの姿は琥珀色の眸に映り始まる。
一滴の汗は十代の頬に落ち、オブライエンはまゆげを寄せた。
「どうしたんだ?」
「っ…わ、わりぃ。邪魔した、な」
「俺が怖いか?」
再び止められた。
何も気づかれずに自動扉のスイッチを押してここから逃げるつもりだが、いきなり降りかかってくるオブライエンの言葉に肩は跳ねた。
「怖いって、なんのことだ?」
「何があったか知らないが、…十代」

今のお前は俺より、人間を怖がっている気がするんだ

(…流石、というべきかな)
知り合ってからすでに分かっていたが、オブライエンは自分や他のみんなと少し違う世界に育ち、違うところに成長してきた。
彼の知識や実力も当然だが、――――直感も凄く鋭い。
だから自分はこの時だけ、あまり彼に会いたくなかった。
恐れながらチラリと振り返るんだが、何故か立ち上がっているオブライエンは自分の方向に向かず、隣に置いているカバンに行く彼に十代は頭を傾く。
オブライエンはドラムスティックを取り出した。
「自動扉のロックはまだ掛けている。座れ」
「え?…あ、あぁ。…ってオブライエンは練習の途中だろ?オレがいたらじゃ、」
「逃げてきたんだろ?」
鼓の音を確認しながら調整し、オブライエンは続く。
「お前は、音楽室に近づかないと聞いている」
「…聞か、ないのか?」
(来たくないのに来ちまった理由を)
「…………」
一旦顔を上げて少年を見るオブライエン。「フッ」と小さく笑い、バスドラムのペダルに足を置いて目を閉じた。
「十代は入る前にここは『音楽室』だと分かっていたか?」
「……いいや」
ゆっくりと視線を逸らし、十代は目を細める。
オブライエンは微笑んだ。
「なら俺が聞く必要はない。――――どんなときでも、」
少しずつ両腕を上げ、青年は瞳を開き、
「人間は音楽を触る理由が要らない」
二本の棒は下げた。


―――――少し彼らしい音色と
目を閉じながら少年は感じた。
まっすぐで、誤りがなくて、まるで仕掛けたミッションのように一つ一つの音は其々の役目を果たして嵐を創り出す。無駄がないその正体は感情や温度がないはずなのに、嵐の…風の中に何かと共鳴する。
その激しく揺れる嵐の旋律の中に。
(まるで、どこかの民族の儀式のようだ)
空気を揺れ、風を動け、心を響け、天空を歪め。
胴と棒の震えから伝わってくる。激しいメロティーに破壊はなく、ただそれを伝えて叫びたい。一日の終わりと一年の始まりに一生の永遠を。
…あぁ、そうだ。
それはメッセージだ。
喜び、悲しみ、苦しみ、憎しみ、楽しみ…長くもなく短くもなくその人生を、彼らは儀式を使ってそれを旋律にかえて、自然と世界に伝わるんだ。
嵐のようにいきなり現れ、突然消え去る焔(命)の熱情を。

「一瞬で始まって、一瞬で終わってしまう『生き方』」
メロディーが終わる同時に呟きは青年の耳に降りかかる。
懐かしいと思わせるように少年は口元を上げ、
小さく苦笑した。
「本当に、オブライエンはすげぇーな戦士だぜ」
「…俺は戦うときに戦うだけだ」
ドラムスティックをカバンに戻し、オブライエンは十代を見た。
迷わずにまっすぐな視線で。
「それは戦うべきならば、だ」

一瞬で過ぎるひとりの少年の影像。
十代は顔を下げた。
(分かってる)
(…オレだって、わかっているんだ)
こころが分かっているのに、身体はそれを離れている。
本当はあの人は何かを言おうとしていた。何かを伝おうと口を開いて、何度も自分を呼びかけていたのに、彼は逃げた。
自分に手を伸ばした、あの人から。
(でも、…)
「ここは好きに使え」
「………、……。え?」
思わず反応できなかったか、我に返ったらオブライエンはすでに自分とすれ違い、自動扉のロックを解除する彼に十代は頭を傾いた。
「オブライエン?」
「今夜まで、誰もこの音楽室に近づかない」
「??」
相手の言葉の意味が分からないまま青年は続く。
「俺が音楽室を使う時間は決まっている。この間は誰も邪魔しに来ない。あそこのカバンに緊急食糧は入っている、ゆっくり休むといい」
緊急食糧って…ここまで聞いて十代は思わず感心する。
いつも最悪の場合を予想して行動を取る。さすが戦場に生き残った戦士だ。
「それに、」
自動扉を開き、外に誰も居ないと確認するオブライエンは小さく呟き、
「俺はあの馬鹿馬鹿しい放送を納得できない」
閉じる音と共に沈黙は響きまわった。
あのごろから、どれくらいの時間が過ぎたんだろう

「…………」
自動扉のロックが起動していると分かり、改めて音楽室に振り返る。
先日のことのためか、それぞれの楽器は倉庫から持ち出され、生徒達に選ばせるように置かれている。…倉庫とはいえ、この音楽室の広さだとずっとこのまま置いても問題はないと十代は思う。
ふとある楽器は目に付く。
(…そういえば、アレはアイツが弾いたんだな…)

―――――元気で明るいピアノの旋律。
少ししか聞こえなかったんだけど、音色と弾き方、メロディーの気持ちを感じると十代はヨハンが弾いたと分かった。
同じ曲でも違う人によって感覚が違うように、なぜか十代はこういうモノには鋭い。初めて聞く旋律だとしても、相手は知り合いだと彼はすぐにわかってしまう。
まるで音を通して、相手の言葉…『魂の音色』が感じるようだ。
(…いいや)
……似ていたかもしれない。
何も恐れず、自由に弾く昔の自分に。
軽くピアノを撫でると腰を下ろし、静かに腕を下げる。
思ったより透き通る音は耳元に届き、少年は口元を上げ、
指先は鍵に触れた。
あのごろから、ずっと何かを求めていた
ずっとずっと、自分が欲しいものよりずっと欲しがるものがあった


―――――何かを伝いたかった。
(同じ曲でも、ヨハンのようになれないな)
同じ鍵を押しても、同じスピードで弾いても、やはり自分の音色は彼のと違って、自分の旋律には彼のような明るさがない。
あるのは、ただ伝いたくても伝えられない淋しさ。
おかげで旋律はかなり変な感じになってきて、自分さえ可笑しいと思うくらいだ。
それでも止めることができなくて、続くしかできなかった。
でも『そのモノ』はなんなのか、それを気づいたときはすでに遅くて
あれはすでに『あのモノ』を失った頃だ
だから悲しかった。すごく辛かった。

伝う勇気がないから逃げ、耳を押せて聞こえない振りをしてきた。
でも。
今度こそ伝いたい。離したくない。
今度こそ

何かを取り戻すように。
手を伸ばせば掴めるように。
一歩を進み、足を上げ、
やがて口唇は緩やかに、静かに開いた。
「じゅう、だい」
「っ?!」
聞こえるはずがないものが耳に届いたように顔を上げる瞬間だった。
指が鍵から離れる一瞬、目が見開く刹那、青の色が琥珀に映るとき、
逃げる両腕は二つの手に掴まれ、

紅茶の糸は漆黒の面に広がる。
「―――――…っな、ぜ」
信じられない様にチラリと自動扉を覗き、少年は問った。
「お前は ここに入れるんだ」
「…なぁ。十代、教えてくれ」
破滅を奏でる琴音とロックされている赤光と共に。

「何故お前はいつも笑顔のままで、泣きそうな音色を弾くんだ」
「よはっ、」
「何故、『このまま』で泣かない?」

―――――何故俺はお前の音色を聞くと 『自分』で居られなくなるんだ



…思うと、これはすべての始まりかもしれない。
『うーん…そうだね』

突然思い出すあの人の言葉。
『もし、僕の精神はある限界に越えると、僕の『表』は心の奥に堕ちてしまう。そうしたら僕の『闇』は『表』となり、今の僕は『裏』の存在となるよ』
もしそれを早く気づければ、後にあのような事件は起こらないかもしれない
目の前にいる、この少年の淋しさと人間に対する恐怖を気づけたら…

…さわるな
さわるな
さわるな!
…やがて限界を越えた『表』は叫び、

……ぅけて!――――兄さぁ…っ!!!

『裏』に存在する『闇の封印』は亀裂を生み、
黄金の瞳は目覚めた。



特別演奏者
オブライエン

特別聴衆者
十代

聴衆者
ヨハン







Second Beat - III 〜第二拍目のV〜
目覚める音色

『人』はこわいんだ、…にいさん

2010.11.03