指を、糸に触る。

沈む音なのに落ち着いて、少し思い出しているような、過ぎてしまった時間を懐かしく思い返す気分みたいに、シンプルな旋律は小さな空間に漂う。
言葉や台詞もない、音楽と映像しかない映画を見ている気持ちだけど、何より静かにその和やかさは心に響いてくれる。
気分転換か、ベッドに座るヨハンは自分のためにギターを弾いてくれる吹雪に、微笑しながら目を閉じた。
『ヨハンー!腹減ったぜ、一緒にドローパンを買いに行こう!』
友の笑顔を思いながら。


少年はぞっとした。
何かの誕生みたいに悲鳴が森に響き、不安の予感が胸に騒ぎながら少年は足を出し、森の方向へ奔った。
はっきりと悲鳴の場所はわからない。直感に任せ、少年は木に傷付けられることなく走り、周りを見渡す。
いつの間にか汗の感覚が背中に伝わる時だった。
走る足音が聴こえる。
と耳に流れ込んだと思いながら頭ごと振り返ったら、一人の少年は彼と打ち合った。
「っと、だいじょ…ってオイ!」
自分を無視してすぐに去ろうとする少年にエドは怒りを覚え、少年の腕を掴んで足を止めさせた。
「謝らなくてもせめて人の顔を見て、………ぇ?」
血のような赤き制服が視線に入る。
その色に似合う、少しずつ紅くなっていく紅茶の髪。
そして怖れて振り返る琥珀の両眸。
「十代?」
「…え、ど……?」
ふと一つの考えが頭に浮かぶ。
さっきの悲鳴は、…
「どうしたんだ?」
「っゴメン、ほっといてく…」
「そんな事する訳がないだろっ君は今の自分の顔、見ていたのか!」
十代は黙った。
片手はヴァイオリンを持っているまま、彼は俯いた。
「こわい、んだよ…」
「怖い?」
「……オレは、『自分』が怖いんだよ……!」
何かを怖がっているように肩は震えていて、エドは想像もつかなかった。
さっきから、十代の様相は彼が知っている十代よりかわっている。
以前も子供っぽく感じたが、今の彼はまるで子供みたいだ。
自分の心を閉じる、小さい子供。

――――――お父さぁ…!

一人の子供の姿を思い出す。
脱げた上着を十代の肩に掛け、彼に小さな微笑をあげる。
「紅茶でも淹れようか?ドローパンもご馳走するぞ」
「エド…?」
「安心しろ。君の情けない顔はもう慣れているよ」
「…なんだよそれー」
思わず苦く笑ったが、すぐに少年は恥ずかしそうにエドに笑顔を咲けた。

あの後、エドは自分の船に十代のために紅茶を淹れてやった。
「苦ぇー」と十代は思わず言ってきたが、彼らしいとエドは思った。
十代の話を聞いてやった。彼は自分のせいでヨハンを傷付けたと、もしかしたらもう友として居られないと言った。
十代にとって、ヨハン・アンデルセンは失いたくない親友だろうとエドは思った。
昔の彼と同じく、破滅の光に操られた友・斎王を失いたくないから迷っていた。どうすればいいいのか、何をしたら失わずに済むか、
エドも迷っていた時があった。
「アイツはそういう奴じゃないだろう?」
エドは十代に言った。
「アイツは、君と同じデュエル馬鹿なんだろう?」
「そりゃぁ…そうだけど」
「アイツは君を大切にしていると僕は思うよ。君の話によると、君を追い掛けないのはきっとアイツは知っているんだ。今の君にとって大切なのは落ち着くってこと」
正直、自分のこの言葉に自信はない。
エドはヨハン・アンデルセンの事知らないし知りたくもない。だが今の彼にとって、一番のことは目の前の少年の気持ちを落ち着かせるってことだ。
「もし君が本当に自分のせいだと思ったら、彼に謝ればいい」
「う…うん」
だからエドは信じようと思った。
「きっと大丈夫よ。お前の、」

――――親友だろう?

十代のために信じようと思った。
思ったのに。

『うん!ありがとな、エド!おかげですっきりしたぜ!』 やっと取り戻した笑顔は再び、失ってしまった。
「たすけて…」
「――…じゅう、だい…」
肩に泣く少年をエドは抱きしめる。
さっきみたいにわらってくれた少年はまた、
消えた


「…何かあった?アイツ、と」
「…ぅ――…、ひくぅ…」
人の気配に気付き、エドは少年を抱きしめながら廊下の裏に行き、影に隠す。
一人の男性は保健室に向かっている姿を見かけた。
(あれは確か…)
「…ン、に…」
鳥みたいな小さい声が聞こえ、エドは腕の中にいる少年を見る。
「オレはヨハンだけには、言われたくなかった…!」

彼は聞くことしか、できなかった



ヒクッと肩を触る。
「どうしたんだい?傷が痛い?」
演奏が終わり、相手の気持ちが落ち着いたと思い、吹雪がギターを弾く指を止めようとした時だった。
まるで何かに引っ掛かったようにヨハンの肩は一瞬震える。
「いいえ…違います」
少し服を開き、ヨハンは左肩を吹雪に見せる。
小さな古い傷跡は現れた。
「これは?」
「子供頃からあったんです。いつ怪我したかわかんないけど、年に一度くらい痛くなります。でも、ここデュエルアカデミアに来てから回数は増えたんです」
「痛くなる時、何かの共通点があるかもしれないから傷の記憶が頭に伝わったかもしれないね」
「傷の記憶?」
うんうんと吹雪は頭を頷く。
「これについて何も覚えていないかい?」
「いいえ、まったく」
「うーん…もしかしたら、この傷はヨハン君にとって大切なことを意味しているから、頭が覚えていなくても体はこの傷を覚えているため、共通点っというきっかけで体の記憶が目覚め、君に痛みの信号を与えたと思う」
「共通点…」
「何か、思い当たるところはないかい?」
少し視線を移し、ヨハンは考えはじめる。
ヨハンには両親との記憶がない。記憶の始まりは、独りっぽちの街だった。
確かにその頃から傷跡はすでに肩にあったが、この傷に関して何もわからないし、ある頃まで痛みなんてなかったから彼も気にしてな……
「……―――――」
目は静かに開く。
「?ヨハン君?」
吹雪の呼び声が聞こえないかのようにヨハンは沈黙。
(確かこれは、あの頃に痛くなった記憶が…)
指先で傷跡を触る瞬間、跡から閃光のような影像が指先から、脳裏に流れ込む。
『   』
一人の姿と共に呼び声が聴こえる。
あたたかいと思われる両手は雨に濡れ、冷たい温度なのに目の前の者はあたたかい笑顔を見せている。
青さと黄昏の瞳に映って…
「っ…!」
一瞬、痛みでヨハンは我に返った。
「大丈夫かい!ヨハン君」
「…っはい、大丈夫です…」
(また、あの人か)
音楽に触るといつも見えてしまう。
夢の中で自分の隣に居る少年。
いつも切なそうに草笛を吹いて、それでも自分を見る時はいつでも優しい笑顔で、紅茶髪みたいにあたたかさは伝わってくる。
(一体誰だよ、あの人は)
顔は見えてきた気がするのに、目覚めるとすぐに忘れてしまう。覚えているのは赤に近い紅茶色の髪。……
…?
(誰かに、似てないか?あの髪色)
いつか昔、独りっぽちで街にいた時に、見たことがあった気がする。
短い紅茶髪のこども、
『    』

瞬間、唐突に頭から痛みが襲ってきた。
「ぅっ」
「ヨハン君?!大丈夫か!」
(何なんだ)
『わすれろ』

(誰だ!俺に声を掛けた奴は…!)
「すぐに校長先生に連絡してくる!ヨハン君はここにいろ!」
少年の状態に不安を感じ、吹雪はすぐに校長と連絡を取るために保健室から出て、静かな空間にヨハンは一人となった。
『ヨハン』
いつの間にかアメジストがデッキから現れ、ベッドに上がる。
「…、アメジスト…っ」
『ヨハン、私の言う通りに目を閉じて』
自分のとヨハンの額に合わせ、ヨハンは彼女の言う通りに目を閉じる。
アメジストも目を閉じた。
『大丈夫。私達はあなたを守るよ』
まるで祈りのように彼女は告げる。
『どこに居ても、どこの時代でもあなたを悲しみ、苦しみから守る』
(…痛みが、下がっていく)
不思議と思うくらい、先程はから頭を壊そうとする痛みは段々軽くなっていて、まるで吸収されたみたいに痛みは消えた。
額から離れ、ヨハンは目を開けながら頭を撫でる。
「…痛くない」
『それはよかったわ、ヨハン』
「ありがとう、アメジスト」
小さく微笑し、アメジストもヨハンに笑顔で応える時、何かに気付いたみたいにはっとドアを見つめ、すぐに姿を消した。
視線から消えたと同時に、ドアが開いた。
一人の男性は少年の翠緑の瞳に写る。
「元気そうだな、ヨハン・アンデルセン君」
「プロフェッサー・コブラ」
入ってきたのはウエスト校からきた特別講師、プロフェッサー・コブラだった。
疑問が浮かぶ。
(アメジストはこいつに警戒しているのか?)
「森の中で倒れたと聞いたが、大丈夫そうだな」
「…ご心配ありがとうございます」
「そうだな…デス・デュエルは続いているが、戦士にも休憩が必要だ」
「?」
「もうすぐあるイベントを発表する。君も参加するといい」
「はぁ…」
不気味と思うが、ヨハンは疑いながら一応返事をする。
(企画……?)
ひっそりと帰ってきた吹雪は部屋の外に立ちながら聞いていた。

一つの目は、全てのことを覗く。


「ホットミルクだ。ゆっくり飲め」
こくりと頷く少年はコップを取り、無言のままゆっくりと飲み、温かい液体が喉に流れ込む。
チラッと少年の様相を見て、エドは前のソファに座る。

少年は何も言わなくなった。
まるで糸が切られた人形の様、銀髪の少年の腕の中で一人の名前を呼んだ後、十代は何も喋らず ずっと沈黙のままだった。
一応、エドは再び十代を自分の船まで連れてきたが、どうやら衝撃は先ほどより大きいらしく、笑顔や、表情さえ見せてくれなくなった。
(ヨハン・アンデルセン)
ぐっと指を強く締めこむ。
『ヨハンだけには、言われたくなかった』
きっと何か言われ、何かを聞いたんだろう。エドは思う。
先ほどの彼はまだ笑顔があった。確かに不安はまだ少年の心に残っているが、答えは未確定のため、彼は自分が考えた答えを考えず、相手のことを信じようと決心した。だから彼は想いを固めるとき、笑顔を見せることができた。
だが今の彼は違う。
知りたくもない答えを知り、信じていた事が裏切られ、確定的な返事を貰った彼はショックを受けたようだ。
(アイツに会わせるべきじゃなかった)
エドは後悔した。
少年と一緒にヨハンを探しにいく時、他の生徒から「ヨハン・アンデルセンが倒れた」と聞き、十代は温度が急に下がったみたいに焦っていた。
彼は本気でアイツのことを心配していた。だからエドも十代に自分のことを気にせずに行けと言った。
どんな事があろうと、ヨハン・アンデルセンはきっと十代を傷付けないと信じていた。…信じていた。
でも結果、十代はより傷付けられた。
一緒にいけばよかったと、行かせなければよかったかとエドは後悔した。
顔を上げ、エドは十代を見つめる。
「…じゅう…」
ブルルルゥー…
口を開けたと同時に携帯が鳴いて、震える音にエドはため息をつき、受信のボタンを押す。
「はい。………スポンサーか」
立ち上がり、少し十代と離れるところで話す。
白い波紋は広がる。
「今から、か。…せめて明日まで延期には出来ないか?」
『あなたが仕事を置いていくってことは、大切な事があるよね』
「……あぁ」
少し後ろの少年を見て、エドは表す。
「大切な事なんだ」
ゆっくりと十代の肩が動く。
『わかったわ。でも明日の午後までは必ず戻ってくださいね』
「ありがとう」
通信を終らせ、エドは再びチラリと十代を見ながら、彼の方向に進み、
少年の前に跪く。
「今日はここに休め。帰りたくないだろう?」
コップを見つめながら少年は頭を縦に振る。
「それともレッド寮まで送ろうか」
軽く左右に振る。エドは小さく苦笑う。
「じゃあ君が好きそうなステーキでも準備しよう。それとも食べたいモノとかあるのか?奢ってやるよ」
『後で、差し入れでも持って来るよ!エビフライは無理だけど、何が食べたい?』
「……――――っ」
ある少年の言葉を思い出す。
つい今日聞いた事なのにとっても懐かしい。まるで何ヶ月、何年前に聞いた声と言葉みたいな…
「………エド」
驚いたようにエドは振り返る。
「…ここに、居てくれ」
――― 一人にしないでくれ
「………。…あぁ、いいぜ。今日は付き合ってやるよ」
開けた扉を閉め、エドはソファに戻る。
一瞬だけ、十代は顔を上げた。
ヨハントオナジ オレヲオイテイカナイデクレ



「もう大丈夫かい?ヨハン君」
「あぁ。もう大丈夫です、吹雪さん」
コブラが去り、吹雪は保健室に戻ってしばらくの時間が経つとヨハンは少し安心した様にほっとする。隣に置いている制服を取り、ベッドから立ち上がった。
「これからブルー寮に戻るかい?」
「いいえ。謝りに行きます。…あの人に、謝らないと」
「謝る?傷付いたのはヨハン君なのに?」
「……俺が、アイツを追い詰めたせいです」
足を扉の前で止め、ヨハンは懐かしいように、扉を通して一人の顔を思い出す。
「本当はアイツ、俺を傷付けたくなかったと思う。でも、アイツのことに俺は何一つも知らない気がしたから、あいつを追い詰めて知ろうとしたんだ。…その結果、俺はアイツを傷付けた」
今でも瞳の奥に残っている。
後悔と恐怖に塗られた琥珀色の両眸は激しく揺れていて、恐れながら自分を見つめる目は怖いと言っていた。そして少年は悲鳴を上げた。大地が泣いているみたいな、大きな悲鳴の声。
彼は走り出した。自分の視線から離れようと。
もう会えないと一瞬、ヨハンは思った。だから彼は十代を追いかけたかった、が
動く瞬間に痛みが全身に流れ込み、視界が眩暈となったヨハンは、倒れた。
「だから、俺はアイツに謝りたい。ゴメンって」
「では君を傷付けたことは、『あの人』の本意ではないっと?」
「あぁ。俺はそう信じています」
「『あの人』が逃げようとするなら?」
「その時はそのときに考えます。では吹雪さん、付き合ってくれてありがとう」
「…ねぁヨハン君。一つだけ確認したいんだけど」
扉が開く時だった。
「?なんですか?」
「『あの人』が怖いって今、思っている?」
「………。」
少しの沈黙。
質問が終わり、時間が流れるとヨハンは頭ごと振り返って、青き視線は吹雪を見つめた。
「アイツを失うことこそ、俺にとって一番怖い事です」
少し呆れる。
保健室から奔り出した姿を見つめ、吹雪は思わずに眼を開いた。
「…胸キュンポイント八十点だ、ヨハン君」
クスと笑う吹雪。
だがすぐに笑顔が消え、先程にヨハンが使っていたベッドを見つめ、目を細めた。
「……十代と闇の力、か」
きっとあの子だろう。
ヨハンは相手の名前など言っていなかったが、ヨハンからの言葉や話を聞くと、思いあたる人間は彼と一緒にいる少年…遊城 十代しか思いつかなかった。
(あの子も、闇に関係しているのか?)
十代は何度も闇と戦ってきた。だが吹雪は気付いていなかったし、感じられなかった。少年から闇に関する気配はなかった。
だがもし、ヨハンを傷付けた人が本当に十代だとしたら、

――――ヨハンの何かが 十代の闇を引き出したのか?

疑問に応えたのは、空間の沈黙だった。



…十代。
ん?
静寂がしばらく船を包み込むと、エドはソレを砕いた。
「君はヨハン・アンデルセンと何かあったんだ?」
「………」
「では逆に聞いてみよう。…君のヴァイオリンの事と関係あるか?」
「っ?!」
「アイツから聞いたんだ。テーブルに置いてるヴァイオリンは、君のモノだと」
「………」
「確かに僕も君がヴァイオリストであることに驚いていたが、何故君は自分の演奏を人に聞かせたくないみたいに怖がるのか分からない」
「…………」
「…君がヴァイオリストと聞いて、僕は思い出した。デュエルアカデミア創設以来、前例のない音楽の理論テストで二年間連続に満点を取った天才生徒が居たって聞いた。少しだけその生徒に興味を抱いたが、君だとは思わなかった」
「……。」
「…何故みんなに、ヴァイオリスト…いいや、演奏を聞かせたくないんだ?」
「エドは、」
少し迷いながら、十代は語る。
「『人』を傷付ける音楽を、聴いたことある?」

―――――オレの音楽は 人を傷付けるモノだ

昔、独りの男の子供がいた。
忙しい両親に喜ばせるために、生まれた頃から音楽に興味を示した子供はヴァイオリンを始め、時間を気にせずに精一杯練習した。
短い間に、偶然にも子供の演奏を聞いた人々は彼を天才と呼び、たくさんのコンサートで演奏させた。
彼の両親は喜んでいた。
親の笑顔を見ることができて、子供も幸せだと感じ、以前より頑張ってヴァイオリンを引いていた。
たった数年の間に、子供はソローをするまでになっていた。
初めてのソローに子供は緊張していた。でも両親を喜ばせるために子供は自分が持つ感情と気持ちを、音楽に変えようと決心し、ステージに立った。
そして彼は、ヴァイオリンを引いて
異変が、起きていた。

始まりは普通通りだった。
だが演奏している間に、旋律と共に黒い霧が現れ、その霧が段々風となり、『人』を襲った。演奏している子供は目を閉じているから気付かなかったが、彼は悲鳴が聞こえて目を開くと、…そこはすでに 歪んだ両親の顔が居た。
演奏会は中止され、両親は口外を防ぐために金でこのことをテレビからもみ消した。

それでも両親は子供の異変を確かめたくて、無理矢理子供に演奏させた。子供は演奏したくなかった。目の前に優しかったはずの両親は怖い目で自分を見ているから、演奏したくなかったが仕方なく、いつも通りに引いていた。
子供はすぐに、後悔した。
演奏会の時と同じく、黒い風が現れて両親を襲おうとした。そこで両親は子供からヴァイオリンを奪い、子供の目の前にヴァイオリンを壊した。
泣いている子供に、もう二度と音楽をやらせないと。

ショックを受け、大好きなヴァイオリンが無くなった子供はずっと泣いていた。その時、何故か両親は子供に一パックのカードをくれて、それがデュエルモンスターズと出会うきっかけとなった。


「人間を、襲う…」
「不思議なくらいに、その黒い風は『人』しか襲わないんだ。…『人』しか、襲わないはずだったっ」
「十代?」
ブルブルと震えていく握り込む指。
「オレはもう、わからない…っ」
『人』しか襲わないはずの風は精霊である宝玉獣達さえ襲ってきた。いいや、オレがやったんだ。オレが傷付けたんだ。
恐怖から逃げるために、『人』の前でひいてはいけなかったのにヨハンの前に引いてしまって、ヨハンと宝玉獣を傷付け…
「オレは、『人』を傷付けるためにヴァイオリンを引いた訳でもないのに…!」
誰か教えてくれ おしえてくれ
オレが引く旋律の中に一体どんな意味が…
「君のメロディーに伝えたいことがあると僕は信じてるよ」
はっと目を開く。
隣の少年に顔を上げると、彼は「ふっ」と笑った。
「昔、父さんがいたこと、知ってるだろう?」
ソファから立ち上がり、前のテーブルに置いているヴァイオリンに手を伸ばす。
「いつも仕事で忙しいけど、暇があれば、父さんはピアノやヴァイオリンを弾いてくれたんだ。僕も父さんに教えられ、たまに一緒に演奏する時もあった。…あの頃は楽しかった」
実感できる。
父さんと一緒に居られる喜び、父さんと一緒に同じモノを求める楽しさ、父さんと一緒に笑うことができる幸せ。
かつての彼も、親を喜ばせるために旋律を作り出した。
「ひけるか?ヴァイオリン」
「君ほどじゃないが…一応、デュエルスターは色んなことを習わなければいけないからな」
「エドってすげぇーな。流石だぜ」
「…君ほどじゃないさ」
少し弦を触ってみる。
確かに見た目は古そうに感じるが、弦の音には濁りのない、綺麗な透明感が残っている。思ったよりいいヴァイオリンだった。
「?このヴァイオリンは十代のか?」
「いいや。オレが大徳寺先生…えっと、昔のレッド寮の先生の部屋に見つけたんだ。以前、その先生が音楽担当だったらしいぜ」
「ふぅん。では、久しぶりだが失礼するよ」
「あぁ」
肩と顎にセットし、軽く息を吹くと少年は腕を動き、弓を弦に触らせ
始まりの長音で旋律は現れた。

まるで何かが聴こえた様に、青き髪の少年はある方向に振り返る。

自分とはまったく違う性質のメロディーだった。
少し涼しく、冷たい気分だが、音の奥に暖かさが感じれる。人に優しさを与えず、激しくクールな一面を見せているが、何か大切なモノに伝いたい気持ちは旋律の中に存在している。
隠されていても教えずに済んでも、気持ちはちゃんとそこに在る。
……あぁ。聞こえる。十代は耳を傾けながら思う。
これは素直になれない子の、大切な人へのメロディー。
かつての彼と同じように…

思わず、十代は軽くクスと笑い、微笑しながら目を閉じていた。


――――人は、何度の衝撃を受けると堕ちるんだろう

青い眸が開く同時に一つの目も開いていく。
大きな口元が上にあがった。
『全員の生徒に繋ぐ』
島の全体から一人の声が広がっていく。
『プロフェッサー・コブラから、一つの事を全員の生徒に伝う』
「?!プロフェッサー・コブラ…?」
「!誰だ!」
外に人がいると気付き、演奏を中止したエドはぱっと扉を開いて、一人の姿が二人の少年の目に映る。
「ヨハン・アンデルセンっ?!」
「よ、……はん?」
「………十代」
『デス・デュエルが続いて、みんなさんも少し疲れていると思い、私はあるイベントを準備しました』
一人の男性の声は続く。
『二日間後の夜に、演奏会を行っておきます。――――演奏者は、』
『かつて音楽天才と呼ばれているヴァイオリスト、遊城 十代!』


「「…っ!!!」」
「…な、…んで…」
(『人』に、知らされた。しらされ、…)
「…ヨハン・アンデルセン!貴様、まさかプロフェッサー・コブラに十代の事を言ったか!」
「っなんのことだ!俺はこんなこと一言も言ってねぇ!」
「僕は見たぞ!プロフェッサー・コブラがお前の居る保健室に行ったことを!」
「確かにあったんだけど、俺は何も言ってねぇ!十代、俺を信じて…」
「…いや、だ」
『そこで初めに、遊城 十代君の演奏を聴ける生徒…いいや、全員も参加可能です。一番彼の演奏を聴ける者に、――――』
少年は、
「オレはもう、信じられないんだぁ!」
『最高レベルのデュエルモンスターズのカードを、一枚差し上げます!』

逃げ出した。



特別演奏者
天上院 吹雪
エド・フェニックス

特別聴衆者
ヨハン
十代

聴衆者








Second Beat - II 〜第二拍目のU〜
裏切られた音色


監修:PNKさん


オレはもう 『人』を信じられない

2009.04.27