腕を、下げる。

手の動きと共に澄んだ音が現れ、鍵と弦の共鳴に余韻は静かに信号となり、指揮の統率で演奏者は弓を上げながらメロディーを創り出す。
優しく柔らかい音色。まるで自然に包まれる緑の森の中で樹の息が聞こえるかのように、穏やかに沈む音がこころの奥まで届いていく。
目を閉じると風や、森の音色も聴こえる気がする。
小さい頃、コンサートに連れられたヨハンは思っていた。
命に落ち着く気持ちを与えられる音楽は大好きだった。
だが、
「……こ、れは」
今のヨハンに過去の思い出が殺された気持になった。
思わず彼は動けずに目の前の景色を見つめた。

弓が弦に擦ると同時に清らかな音色が現れ、メロディーが耳に伝う瞬間にヨハンは衝撃を受けたようだ。
落ち着くリズムに何かが自分の中に飛び込んで体中を巡っていて、優しいメロディーなのにたくさんの気持ちが一瞬にして心から次々と湧き上がっていく。
現れた感情がいっぱい過ぎでヨハンはまるで言葉や意識を失った気分で、胸は熱い。
気付いたら一つの雫が頬に落ちた。
(違い過ぎる…次元が違い過ぎる)
思わず感じる。昔連れられたコンサートの演奏と、目の前の紅茶髪の少年の演奏の違いは、
大きすぎる。
涙が出る程『感動』する演奏を聴くのは、彼は初めてだった。
『ルビっ!』
我に戻ったヨハン。気付いたらいつの間にかデッキに居るはずの宝玉獣達は護るようにヨハンの側に立っていた。
『ヨハン!気をつけなさい!』
「アメジスト?どうした…」
『もうすぐ来るよ!』
何が?とヨハンが聞こうと思う刹那、彼は再び言葉を失った。

―――――来ないで。
始めは純粋な演奏。
動きと共にメロディーの音が大きくなり、弓とヴァイオリンの弦から黒い空気が浮き、やがて空気は急速な風となり目を閉じながら弾く少年の周りを包む。
足元から巻き込みながら上へ向かい、守護霊のように黒い風は少年の上に集まりながら一つの影の背中となり、影は頭ごと振り返り、
「…っ!!」
二つの黄金の視線がヨハンを睨んだ。

一つの目が大きく開く。


(何なんだ)
(なんなんだ、これはっ)
『!ヨハン、逃げろ!』
目の前の景色に思考を取られたヨハンに影は風となり彼に飛びかかり、襲われる瞬間にペカサスは彼の前に立ち、
『くっ!』
「!ぺカサス!」
黒い風に縛れてヨハンから引き離された。
最初は何かを確かめるように宙に浮くペカサスを黒風は縛りながら緩やかに動くのだが、何かに気付いたのと同時にペカサスは『ぐはっ!』と地面に落とされた。
「『ぺカサス!!!』」
『くっそこの闇野郎!』
信号のようにトパーズ・タイガーが跳びだすと共に黒い風は襲いかかりを始めた。
じゅうだい いとしいジュウダイ
台風みたいに黒い刃は正面から翔けて、宝玉獣一同で各々の方向に避け、アメジストとトパーズはお互いに頷きながらトパーズの背中に乗り、
刃へ飛び出した。
爪が風を切り裂いた。
『やったか…、!?』
だが切られた部分はすぐに修復されながら、新たな刃は切られたところから生み出され、一瞬でアメジストは捕まれながら空へ飛ばされ、
『ぎゃあぁー!』
地面へ捨てられた。
『アメジスト!この…』
『トパーズ、退け!ヨハン、俺の後ろにいろ!』
ヨハンの前へ立ち、アンバーは集中する体勢に入り、他の宝玉獣達は頷き、体は光となっていく。
『吾が力の証・宝石のアンバーよ!吾ら宝玉獣の力を集めて一つとなり、新たな路を開けよ!』
召喚されるように宝玉獣は次々と光となり空へ飛び、アンバーの額にいる宝石に吸い込まれていく。
黒い刃も力を集めるように風は中心を包み込んで一つ大きな黒い刃となった。
『――――宝石の陣・琥珀!』
合図となり、ヨハンが伏せた瞬間最後の光は宝石に入り込み、刃は彼らへ飛ぶと同時にアンバーは黒い刃に吼え、
宝石から強大な光は刃へ飛びながら突っ込む。
疾風は周りの全てを巻き込んだ。
「っうわぁっ!?」
伏せたとはいえ、突然な衝撃によってヨハンは嵐に引っ張られそうだが、体は草地から離れる瞬間にアンバーの鼻につかまれた。
『大丈夫か!ヨハン!』
「た、助かったぜ」
(っ?何故アンバーは俺に触れるんだ?)
「!そうだ!十代は…!」
衝撃波のせいで視線は沙や埃、草の破片に覆い隠され、灰色の情景を見つめながらヨハンは地面に降りた。
その瞬間だった。
ヤット ミツケタ

新たな音色が耳へ、届いた。
『……!!』
優しい旋律は一つの音で重くなり、落ち着くはずのメロディーは一気に激しくなり、まるで平和な町が戦争の匂いに気付き、混乱しながら人々の心が無言の悲鳴へ変って
いたみたいに。
「じゅ、うだぃ 、…」
霧は消えて、
ヴァイオリンを弾いている少年とその者を守る黒い風は青い眸に映った。

宝石の光と共に突っ込んだ黒い刃は散らかされる瞬間にヴァイオリンが旋律を変え、変化したメロディーがスイッチのように黒い刃は風に戻りながら主である少年の元へ向かい、壁を作りながら彼を守っていた。
「じゅう、」
『十代!落ち着くんだ!俺達はお前の敵じゃない!お前『達』もいったじゃ…』
「!アンバー・マンモス、危ない!」
一つ目の主音。
予兆もなく、黒い風は拡げながら海みたいにヨハンとアンバーへ襲う。
ミツケタ ヤットミツケタワ ジュウダイ

二つ目の主音。
「アンバー・マンモス!」
『ヨハン!十代をめざめ、  』
ふたりは避けた。が、二人の行動を感じ取った風は地面を覆う刹那に方向を変え、ヨハンを捕まえようとするがアンバーはその隙にヨハンを無理矢理で他方へ推し、
瞬間もなくアンバーは少年の視界から姿を消された。
「…、…………っ」
三つ目の主音。
目を閉じながらヴァイオリンを引く少年の前に、一部の黒い風は姿となった。
少年と同じような身長、同じような髪型、少し違う服の模様、…そして慈悲はなく、
輝く黄金の両眸。
「『   』」
黒い風はヨハンを、見つめ 言葉を表した。
「『傷付けるな』」
(何なんだよ これは)
「『―――十代を、傷付けるな!!』」
(もう止めろ 止めろ!)
風はヨハンに向かい、
一つの目は再び大きく開く、
瞬間の前。

「もう止めろっ十代ぃっ!」
黒い風は止まった。
「頼む、もう止めてくれ!こんな…」
青き少年はほえた。

―――こんな悲しい音色を、もう引くなぁ――!!

「……………、ぁ…」
目を開いた十代。
旋律が消え、黒い風や黄金目の少年も間もなく消え去り、風が退かせた地面に倒れた宝玉獣達の姿が居た。
弓は、下げた。
「………」
手にいるヴァイオリンを見て、少年は周りを見る。
衝撃によってメチャメチャに傷付けられた木と草。
弓を見て、宝玉獣を見る。
意識失っている彼達。ある人の大切な家族たち。
真っ正面のヨハンを見る。
いつの間にかボロボロとなった彼の服。腕に彼に相応しくない赤色が付いていて、愕然で自分を見つめる綺麗な筈の青い瞳ににごりが付く。
ゆっくりと、
「……ぁ、ぁぁ…っ」
ゆっくりと、
「…じゅう、だい」
「――あぁああああぁあぁぁああ――――――――!!!!」

琥珀の瞳は澄むを失った。



Second Beat 〜第二拍目〜
こわれていく音色と、こころ




うごく。
静かに鼓動はうごいて、心音はきこえる。
みずの中に、おとも無く。

ウゴイテイル。
聴こえた、『彼』の音

生物のように広がる神経。
死亡と思われる色に塗られて、神経の中心から小さな痕が綺麗に切られ、ゆっくりと左右に開く。
一つの目は現れる。
感じるよ、『君』の息吹
じゅうだい

不気味に一人の男は目を見つめながら、口元を上げた。

やっと みつけた


静かに、少年は視界を開く。
白きに僅かな青い色の天井が眸に映り、二、三回目を瞬いてみると、彼は頭をゆっくりと隣に振り返る。
「お目覚めかい?ヨハン君」
同時に、一人の青年は彼の名前を呼んだ。
「…あなたは確か、『キング吹雪』と呼ばれたあの方…」
「おや?まさかその名前が知っているとは思わなかったよ。僕は天上院 吹雪。吹雪でいいよ、ヨハン君」
天上院 吹雪、あだ名『キング吹雪』。
数年前くらいのデュエル雑誌でヨハンはそのあだ名や顔を見たことあった。チラッとしか読んでいなかったが、確かあの頃に見掛けたのは一つのタイトル・『デュエルアカデミアに天才コンボ・カイザー亮とキング吹雪…』だった気がする。続きは読んでいなかったけど。
思い出しながら改めて相手を見る。濃い茶色の長髪と自分より高い身長、優しそうな表情。数年前に見ていた写真とあまり変っていないようだ。
「…どうして吹雪さんはここに?」
「その前に自分のことを分かってから聞いた方がいいと思うよ?ヨハン君」
「?」
一瞬言っている事が分からないが、何かに気付いた様にヨハンは自分の手を上げてみる。
痛みを感じる所には白い包帯が巻かれていた。
「……」
ふと、思い出す。
「…俺、倒れました?」
「らしいよ。僕も鮎川先生に聞いただけなんだから、よくわからないけど。」
「吹雪さんは何故保健室に?」
「練習のため、っと言おうか」
吹雪は手にいるギターを一旦ヨハンの視線に上げる。
「鮎川先生も丁度用事があったらしくて出掛けたからね。僕に鍵を預けてくれたんだ」
「…もしかして、よくここを使って明日香から逃げてきたんですか?」
「バレたか…ぁれ?知ってるかい?」
「いつも聞こえますよ。明日香の悩み言葉」
「あぁ、流石僕のアスリンだぜ〜」
思わず苦く笑う吹雪にヨハンも少し微笑し、再び視線を天井に戻る。
「…少し、聞いていいのかい?」
「はい」
「その傷は、僕が知っている『あるモノ』に傷付けられた傷に似ている。…いいや、感じるんだ。ほんの僅かの、『闇』の気配」
「『やみ』…?」
そうだな、と吹雪は少し言葉をつまらせ、また再開した。
「『闇』とは、人の心の奥にいる感情ってことかな?とっても不愉快に思われるから、人は自分の『闇』を誰にも見せないんだよ。もちろん僕も、アスリンにさえ自分の『闇』見せられない」
「嫌われるかもしれないからですか?」
「もっと簡単。…僕は、自分の闇が『怖い』と思うからね」
こわい ?
「僕はどうしてまだこの学園に居ること、知ってる?」
「一応、病気のためと聞きましたけど…」
「うん、まぁ似た物だよ。でも実は、僕は『闇』に堕ちたために、ずっと闇の中に閉じ込められたんだ」
「?」
「う〜ん……そうだね。『闇』とは、確かに僕達の心の奥にある感情だけど、簡単にいうと、その『闇』は主の裏の顔ってこと。もし、僕の精神はある限界を越えると、僕の『表』は心の奥に堕ちてしまう。そうしたら僕の『闇』は『表』となり、今の僕は『裏』の存在となるよ」
「それは、『闇』の気配とは何か関係あるんですか?」
「いいところを気付いたね、ヨハン君」
吹雪はニコッと笑う。
「『闇』は実際、人の感情ってことでしょう?ではもし、その感情が何かのきっかけで実体化となり、主の思うままに人を傷つけることができるなら?」
「…―――?!」
瞬間に、ヨハンは息を呑んだ。
「僕は昔、自分の『闇』ではなく、人々の『闇』に食われたことがあったよ。信じられないかもしれないけど、僕は聴こえたよ。…みんなの『闇』の声」
たすけて、たすけて!ぼくをだして!!
ひかりよ ここにはひかりをもつにんげんがいたわ!
からだをよこせ!おれはまだしにたくない

キエタクナインダヨ!!

「僕の運よく一応生き残ったんだけど、…今でも、あの時に聴こえた『闇の声』を忘れられなかった」
「実体化となって思うままに人を傷つけるって………そんなの、」
――――ありえる筈がないだろう?

とヨハンは言いたかった。
だが今の彼はアメジストや、先程の十代とのことを思い出す。
……ありえないなんて、
いえなくなった。
「信じてくれなくてもいいよ」
吹雪は苦く笑い、優しい笑顔は迷う青い眸に写る。
「………。では、」
少し沈黙すると、ヨハンは口を開いた。
「吹雪さんが言う通り、誰かその『闇』を操ることが出来る人がいるってことですか?」
「うん」
「………俺が、」
――――その『者』に、襲われたってことか

少しだけ、少年は言葉を終ると同時に、
自分の言葉を認めたくない気分があった。
「…本当に、気持ち悪い」
こんなことを思う自分が本当に
最低だな、…十代

一つの手は、扉の前から離れた。

「―――……ヶ…」
あれから オレはどうやってあの場から逃げてきたか分からない
オレは分からない
でも言葉はずっとオレの頭で再生している。
嫌なほど繰り返して繰り返して、
聴きたくないのに。忘れたいのにわすれられない。
『アイツはそういう奴じゃないだろう?』
自分に言ってくれた、あの人の言葉を思い出す。

走る足音が廊下に響き、彼は曲り角に入り、
「っと」
一人の少年とぶつかる。
シルバーのような銀色の髪は白スーツと共に彼の視界に入った。
「十代?どうしたんだ、この方向は保健室じゃ…」
一瞬、銀髪の少年は雫を感じた気がした。
指先で服を触ってみる。僅かな濡れが指に感じた。
改めてエドは顔を下げた彼を見つめる。
「…十代?」
「………ヶテ」

一番、聴きたくなかった
信じてた。信じたかった のに
『アイツはそういう奴じゃないだろう?』
銀髪の少年は彼に言っていた言葉、信じたかった
『人』にいわれても、
『アイツは、君と同じデュエル馬鹿なんだろう?』
『きっと大丈夫よ。お前の、』

――――親友だろう?

「ぁすけて、エド…」
ゆっくりと 静かに、
十代が顔を上げた瞬間に美しい銀は見開き、
たすけて

二つの手は少年を抱きしめた。

『気持ち悪い』
オレはヨハンだけには、
言われたくなかった…!



聴衆者
ヨハン
宝玉獣全員
(   )*名前不明
プロフェッサー・コブラ







Second Beat - I 〜第二拍目のI〜
破壊と守護のねいろ


監修:PNKさん


『人』にいわれても、アイツだけには言われたくなかった

2009.04.12