唇を、寄せる。

ゆっくりと、安らかに少年は草笛を吹き、不思議に音と音の間にメロディーが生まれ、旋律が二人の少年を、草原を優しく抱きこむ。
薄日の光が紅茶髪の少年を照らし、光の中に消えるように、青髪の少年は悲しいと感じた。
手を伸ばす。
さびしいせなかに、さわれようとおもった。
でも。
(伸ばしても求めても手に入れないモノ)
手が届くまで少年は拳を握り込み、つかめたのは冷たい気流だった。
気配に気付いた様、紅茶髪の少年は吹くのを止め、振り返って笑顔を見せながら、
「ヨハン」
少年の名前を呼んだ。
切なく、ヨハンは微笑しながら目を
閉じた。

ゆっくりと目を開く。
海の特有な匂いが鼻に届き、全てを包み込む響きがヨハンに伝う。彼は手にあるヴァイオリンの箱を見つめ、目を細める。
『ヨハンは、誰かに聴かせたいんだと感じたぜ』
『十代は、『人』に聴かせたくないのよ』
ふとジムやアメジストの言葉を思い出す。


「人に聴かせたくないからきこえないって…普通ありえないだろう?」
『あり得るわよ』
あっさりと返事するアメジストに、ヨハンは「え?」としかいえなかった。
『ヨハンと十代はカードの精霊が見えるでしょう?でも、全ての人々が見える訳ではない。その『違い』も、普通でしょう?』
「そりゃあそうだけど…だって見えない人も居るし」
『そうよ。でも、そこが『本題』なの。例えば、ヨハンは他の人と一緒に居て、私と喋り始めても、周りの人々には私の姿も見えないし、声も聞こえない。でもそれは、私が『存在してない』訳ではない。ただ、皆が私のことを見えないだけ』
「…つまり、俺は十代の演奏が聞こえないのは、俺と十代の間に『違い』があるってこと?」
『精霊が見える人はね、精霊と人間の間に立つ者ともいえるわ。確かにその者達は『普通』と呼ばれる人間とあまり違いがないけど、彼等は人間と違う存在・精霊が見えることができる。うーん、人間の世界では、『超能力』というモノかしら?』
「まぁ…なんとなく意味は分かるけど。…じゃあ、十代は何かの力を持っているってこと?」
何故か、それを聞いたアメジストは黙り込んだ。
「…?アメジスト」
『……確かに、十代は『人に聴かせたくない』と思いながら演奏してきたわ。でも多分、ヨハンは『聴こえない』だけと思う。』
「はぁ?」
『言ったでしょう?あれは心の曲だって。…精霊が見える者は、ある意味』

『人々が忘れていたこころの姿が見えるよ』


ますます分からなくなってきた。
(学校はサボろう。こんな頭で行っても何を聞いても入らないし)
少しアメジストに騙された気分で、ヨハンは再びさっき話し合った言葉を考え込む。
十代は自分と同じ、精霊が見える人だけど自分とは『違い』があるってことだろう。
確かに人々は其々違うところがある。性格、姿、行動、声…皆も自分しか持っていないモノがあるから、世界は豊かになる。
…。
十代は、自分のメロディーの音が操れるってことか。
『人に聴かせたくない』と思いながらヴァイオリンを弾いたから、そのメロディーも『人』に聴かすことができない。アメジストの言うとおり、精霊が見える者は精霊と人間の間に立つ者だとしたら、二つの種族の間に立つ者も『人間』と違って、何かの不思議な『力』を持っているってことだろう。
『違い』から生まれた『力』は十代に使われ、十代が弾いたメロディーに入り込んだ。
ここまではヨハンはなんとか分かるようになった。
だが、彼はどうしてもわからないところがある。
『心の曲』、『聴こえないだけのメロディー』と、
『人々が忘れていたこころの姿』。
「アメジストのヤツ…何を隠しているんだ」
思わずヨハンは頭を抱えた。
『力』について話すと、アメジストは急に黙る。まるで何かを隠しているように、言っては駄目みたいな感じだった。
岩の上に座り、ヨハンは黒い箱を開ける。
弓とヴァイオリンを引き出し、優しく弦を撫でてみる。
「…誰かに聴かせて欲しい、か」
思うと、そうだったかもしれない。
小さい頃、アークティック校の校長に預けられるときから…毎回、楽器や音楽に触れると、彼はいつも同じ夢を見てしまう。
いつも夢の中に、二人の少年がいて、ヨハンは青髪の少年で目の前には紅茶髪の少年がいた。
草笛のメロディーを聞きながら、小さな痛みと共に一つ気持ちが彼の心に灯る。
―――――彼の『本当の』笑顔を見せたい と。
楽器の勉強のきっかけも、それだった。
もし自分もメロディーが弾けるならきっと夢の少年も笑ってくれる。そう思いながら、ヨハンはピアノやフルートを勉強し始めた。(ピアノは楽器の基本と言われたから、一緒に勉強した)
いつから、ヨハンもこのことを忘れていた。
(そういえば、宝玉獣達に出会ってから忘れていたな…俺)
ヴァイオリンを上げる。
顎に寄せて、指先を弦の上に置く。
「…十代」
夢の景色と重なり、ヨハンは二人(夢と現実)の少年の笑顔を思いながら 弓を、
弦に擦った。

「…―――!」
まるで何か聞こえたように、一人の少年は海の方向へ振り返った。


…当たり前だが、弾いた音色は酷かった。
「……やはり駄目かー☆」
ピアノやフルートは勉強したことあったが、ヴァイオリンについてまったく知らないヨハンはもちろん、弾き方も知らない。
(自分から言うもアレだけど、ほんっとうにひど、)
「まったく酷い音色ですね」
一人の少年の声が届く。
振り返って、白いスーツを着た銀髪の少年が碧緑の眸に映った。
「お前は確か…エド・フェニックス」
「ほう、名前を覚えていて光栄です。宝玉獣デッキのヨハン・アンデルセン」
「ペガサス会長から話は聞いている。Dヒーローデッキのエド・フェニックス。でも何故ここに?」
「聞いてなかったかい?僕は一応、ここの生徒ですよ。でも仕事が忙しくてね、中々来られませんよ。久しぶりに来れたと思ったら、ヨハン先輩の素晴らしい音色が聞こえましてね」
「敬語はやめろよ。それにお前の目、笑ってないぜ?」
バレたか、エドは口元を上げた。
「ではヨハン・アンデルセン」
フルネームかよ!
「君はヴァイオリンの練習をしているのか?随分古いヴァイオリンだ」
「俺のじゃねぇよ。これは多分、十代のだと思うぜ」
思わず、エドは目を瞬いた。
「十代が?…楽器を?」
「って、俺も聞いた時そんな顔をしたぜ」
「このヴァイオリンが、十代のか?」
「アイツの部屋で見付けたんだ。それにあの反応…」
(十代と関係ないとは思えない)
「十代…とヴァイオリン…」
ヨハンが思う同時に、エドも何かを考え始めた。
そのときだった。
一人の走る足音が考えを切り、二人も同じ方向を見る。
「…十代」
「十代?」
「エド…、それとヨハン …っ」
十代だった。
ずっと走ってきたせいか、喘息が激しく続き、汗が頬に流れる。十代は始めにエドからヨハンを見るが、ヨハンの手にある物を見て、
ハッと肩が震わせた。
「…まさか、さっきヴァイオリンを弾いたのは、ヨハンなの、か」
「…!」
まさか。
一分も弾いてなかったさっき、自分が弾いた音色が。
(ここはレッド寮と結構離れたのに!)
彼は聞こえたっていうのか!
色々を考え込んで、ヨハンはある事を決心し、目を細めた。
「十代」
彼は驚かせない様に十代に近づき、ヴァイオリンを渡す。
「お前と賭けをしたい」
ヴァイオリンの重さが両手に届く。
「俺がデュエルに勝ったら、俺に聴かせてくれ」
何を?と十代が思う瞬間、
「お前のヴァイオリンの音色を」
「――――っ?!」
死刑の宣告が。
「っ、 ぁめだっ」
「十代っ」
十代は頭を振り続ける。
「だめだ」
「十代!」
(だめだ。聴かせてはいけない)
(だって)
「こんなデュエル、オレは受け取れな…」

――――――演奏しないあなたは 一体何か残っているなのかしら?

再生していく。
ソロー演奏会の後、両親に聴かせろと言われて。彼らの顔が怖くて弾きたくないのに。
『演奏しないあなたは何か残っているの?』
責められ、本当は弾きたくないのに、怖くて弾きたくないのに。
『なら、あなたは…』
なんの意味もない子供だわ
「――――っ十代!」
少年は逃げた。
口唇をギッと噛み、彼は言葉を終えないままヨハンとエドの前から走り出した。
「じゅう…」
「ちょっと待て!」
追いかけようと足を動かすと同時、エドがヨハンの腕を掴んだ。
「一体どういうことだ!お前は何をした!ヨハン・アンデルセン!」
「こっちが知りたいんだよ!っ放せ!」
無理矢理掴まれた手を振り解き、腕に残された紅い跡や痛みを気にせず、ヨハンは「十代!」と呼びながら去った。
まだ何もわからないエドを残して。
「…十代がヴァイオリン…」
ふとさっきの話を思い出す。
「……十代は、ヴァイオリン・リスト…?」

(やめろ)
「十代!待てぇ!」
森に踏み込み、ヨハンは十代を追い掛ける。
流石というべきだろう。まるで自分の遊園地みたいに十代はスムーズに走って、木や草も彼を止めようとしない。同時にヨハンは時に止められてしまう。
少し続くと、二人の距離は段々離れていく。
「くそっ!ルビー!」
腰のカードケースからルビーは現れた。
ヨハンの肩から十代の方向に飛び、あっという間にルビーは十代の視線に入った。
『ルビィー!』
「!」
突然尻尾の宝石から光が輝き、急に放った光線で十代は足を止めた。
「十代!」
(もうやめてくれ)
やっと歩けば届く距離に辿りつき、十代はヨハンの方向に体を振り返る。
「っめろ」
思わずヴァイオリンを抱きしめる。
(もうやめろ)
「何故逃げるんだよ、十代!」
彼は頭を振り続く。
「お前の大好きなデュエルだろ!」
『ヴァイオリンはあなたの大好きなモノだったでしょう?』
(いやだ。駄目だ)
きっと同じだ。
同じことになってしまう。
『人』が聞いたらきっと、…

『いやだぁぁ!パパ、ママ返してかえしてぇー!』
『二度と こんな悪魔の音色を弾かせない!』
「…来るな」
『かえして!ボクのヴァイオリンを…かえしてぇぇえ』
オレの大好きなモノが、ヴァイオリンも デュエルも、
毀れてしま…

「――――来るなっ!ヨハァァァアァー!」
少年は叫び、ヴァイオリンをセットして弓を、
弦に擦る。


一瞬、一つの目が闇に開いた。



特別演奏者
ヨハン・アンデルセン

特別聴衆者
エド
十代
精霊・ 宝玉獣全員

聴衆者
夢・ ヨハン
現在・ ヨハン
宝玉獣全員
(   )*名前不明






First Beat - III 〜第一拍目のV〜
恐怖は悲鳴の音色を呼ぶ


修正:PNKさん

『人』が聞いたらきっと こわれてしまう

2009.02.16