鍵を、一つ下げる。

当たり前のようにシンプルな音が響き、翔は指先を放して音を止めた。少し迷っているような彼に、剣山と万丈目は近付く。
「どうしたドン?丸藤先輩」
「剣山くん」
「何だ?まだ楽器を決めていないのか?翔」
「そりゃあそうスよー」
軽く苦笑いし、翔は目の前のグランドピアノを見て思わず溜め息する。
「どうしてアカデミアは音楽の授業なんてあるんだよ…」
デュエルアカデミア。
名前通り、デュエルリストを育むために造られた学園。しかし、デュエル以外にも社会、化学など日常生活として必要な授業も必修として生徒達に課せられていた。もちろん、音楽もその一つ。
「デュエルリストが一番大切なものはカードと手。その指先、腕、肩にいつも最高の状態を維持するため、柔軟性も必要とされている。それを習得するためには楽器を演奏するのが一番…」
「僕が聞きたいのはそんなことじゃないッス!どうして歌は駄目かってことッスよ!」
歌なら僕はできるのにっ!と翔は付け足した。
「安心しろ。音楽の理論はともかく、演奏は難しくない。簡単に弾けば合格できるだろう?」
「万丈目先輩は何をやるドン?」
「まだ決めていないが…まぁ、この万丈目サンダーだ!楽しみにしているがいい!」
「はぁ…でも思ったより、」
ふと剣山は万丈目の後ろの方向を見る。
「まだ決まってない人が多いドン」
ざわざわと集まる生徒達。

デュエルアカデミアは年に一度の音楽演奏テストしかない。大体の生徒達は毎年六月から楽器を選択し、先生達の授業を受けるが、生徒達はほぼ独学で体得するに近かった。(元々の原因は、音楽を担当する教師が行方不明となったため、残りの教師は基本しか教えられないためだ)
その代わり、どうしても演奏したくない、または弾けない人は演奏しない代わりに、音楽の理論テストで高得点を取れば合格できる。
だが珍しいことに、生徒達はテストより演奏を選んでしまう。理由は、その理論テストの問題があまりにも難しすぎるからだ。
例え簡単なものしか弾けなくても楽器を弾くことさえできれば合格できる。それが今、生徒全員が音楽教室に集まっている理由である。
「僕、やっぱり演奏を諦めて筆記テストを受けよっかなぁ…」
「丸藤先輩っ忘れたドン?!あのテストは明日香先輩でも合格点を取るに苦労したザウルス!」
「でも演奏せずにテストを受けた生徒も居るじゃないんスか!」
「あれは勇者だドン!それに合格できた生徒は僅かしか…」
「でも満点を取った奴はいる」
その瞬間、三人は黙った。
「しかも、アイツは二年間連続でクロノス先生から満点を取ったぞ?今でも信じられない」
「万丈目先輩も合格しかできなかったからドンー」
「五月蝿い!」
「僕も!最初は嘘と思ったンス!だってあの人だよ!ア…」
カシャー
自動扉の音と共に教室の騒ぎが止み、生徒達は自然に視線を扉に向けた。
「や、…やっと見つけたぜぇ……、ルビー…」
『ルビー』
ヨハンだった。
苦しそうに息を弾ませている、また道に迷ったのかと生徒達はすぐに分かった。
「ヘイ!ヨハンー!」
すぐに彼に声を掛けたのは、ヨハンと同じ留学生のジムだった。
「またロストしたか?」
「音楽教室がどこなのか分からなかったから、…はぁー疲れたぜ」
例え普通の教室でもあなたは迷ってしまうでしょう…と、見事に生徒達の心の声は一つになっていた。
「それより、もう決めたかい?演奏に使う楽器」
「ジムとオブライエンはもう決まったか?」
「ミーはカレンが好きなハーモニカだ」
「ギャオー」
「オブライエンは親に教えられたドラムスだそうだ。アモンはあまり興味なさそうだから、来てないぜ」
「おぉー!皆早ぇなー俺も早く決めないと……ぁあ、」
音楽の教室を見渡すと、グランドピアノと共に翔達を発見し、ヨハンはピアノの方向に向かった。
「やぁ!翔、剣山、それに万丈目!」
「サンダーだ!」
「道、迷ったんスね?」
「いやぁーそれはもうー」
「ヨハンはもう楽器を決めたドン?」
「ああ!これにしようかなーと思って」
彼は視線を翔の後ろのピアノに向けた。
「ピアノ弾けるんスか?」
「俺は王子キャラだから勿論、弾けるぜ!」
「「「うぜぇっ!」」」
アハハハー
会話も半分に、ヨハンはグランドピアノの前に座った。椅子の高度を自分に合わせて、指が汚れていないことを確認し、彼は鍵盤を見る。
(そういうば、本当に久しぶりだぜ…人の前で弾くとか)
少し懐かしい気持ちで鍵を撫で、足をペダルに置く。口元を少し上げ、ヨハンは
指先を鍵に落とした。

「……うん?」
何かに気付いたように、一人の少年(と猫)は廊下で足を止めた。


声は出せなかった。
まるで生きているみたいにメロディーは動く。少し速いけど旋律は明るく、楽しく踊っていて、温かくて元気な気持ちが教室を包み込んだ。
生徒全員も驚いた。
確かに音声はとても上手いとは言いにくい。間違った音も聴こえる。でも、
メロディーはちゃんと彼らに演奏者の気持ちを伝えてくれた。
綺麗で、純粋だった。
最後の鍵から指が離れ、曲が終わった瞬間に拍手が鳴り響いた。
「グッドだ!ヨハン」
「凄いよ!」
思わず明日香も拍手した。
「まさかヨハン君はピアノ弾けるとはね…」
その時。
彼女は小さな物音が聞こえ、自動扉を見た。
もしやと思い、彼女は外へ出る。
榛色の背中は一人の茶色の瞳に映った。



「十代!」
教室と違って、廊下は静かだった。
足音が止まり、赤い制服の少年は振り返った。
思った通り、さっきの音の主人は十代だった。
明日香は少し弾んだ気持ちで駆け寄る。
「明日香?どうした?」
「今年は来たわね」
(音楽の教室まで)
「いや、偶然だぜ」
「あなた、今年『も』演奏しないの?」
「ああ。俺、興味ないしー」
「興味がないのに、あなたは二年間連続筆記テストで満点を取ったのね?」
「運がいいんだよ、オレー」
十代はとぼけたように笑う。
「十代…」
「さっきピアノを弾いてたのは、ヨハンだったのか?」
「…ええ。皆も驚いたわ。そこまで上手じゃないけれど、」
「キレイだったぜ」
優しく、十代は遠く見る。
「すっげぇー久しぶりだぜ。あんなに心まで引っ掛かってしまうメロディーだとは思ってもなかった」
「…十、代…?」
「あっ!今日は、皆も楽器を選ぶのに忙しそうだから、オレは先にレッド寮に戻るぜ!明日香、また明日デュエルしようなぁ!」
「!待ちなさい、じゅ…」
続きを聞かず、早足な十代はあっという間に猫と共に明日香の視線から消えた。
(さっき)
(…なんだろう?この感じ)
理由は分からないが、少女はさっきあの一瞬に、
少年のもう一つの顔が見えた気がした。

「?そういうば…」
周りの生徒を見渡して、中にいるはずの赤い人影がないことにヨハンは気付いた。
「なぁ。翔、剣山、万丈目。十代は?」
「サンターだ!」
「あーアニキね、今年『も』演奏しないと思うスよ」
「マジ?理論テストを受けるってことだろう!?確かかなり難しいらしいってことは俺達の学園でも有名だったぜ」
「十代なら安心しろ」
「だって十代だぞ?」
「アイツはデュエルアカデミア創設以来、前例のない音楽の理論テストで二年間連続満点合格者だからな」
「………………、……ええぇ――――?!」
嘘だろ?!
すっげぇ――

…前半の反応は予想できたけど後半は流石に十代(アニキ)と似ているよ、ヨハン…
再びその場にいた生徒(ヨハン以外)は同時に頷いた。



本当に 心が引っ掛かれそうになるところだった
再び触りたくなってきた

十代。緊張してる?
ううん!そんなことないよ!ママ!
大丈夫だわ。初めてのソロだけど、十代ならきっと上手く弾けるわ。
うん!ボク、早く皆の前で弾きたいなー
頑張れよ!十代。
はい!パパ!
『十代くん』
「ん?何だ?大徳寺先生」
レッド寮に戻る途中、魂はまたファラオのお腹から飛び出した。
『今年は最後の一年なノニャ?』
「ああ!だからばっちりデュエルで楽しむつもりだぜ!」
『そうじゃないノニャー。最後に、本当に演奏しないノニャー?』
「大徳寺先生も聞いた…いや、『見た』んだろ?さっきの演奏」
十代は隣を見る。吹く風の中に蒼い海の匂いが混じっていた。
「人は駄目なんだよ。だからオレは、デュエルがいい」
『…私は人間じゃないって言いたいんだねー確かに死んだんだけど、私は人間なノニャー』
「ニャー」
『あ、ファラオが帰ったらまた聴きたいって』
「またかよー…オレはデュエルがやりたいんだぜ?」
面倒そうに言いながら、十代は少しだけ楽しそうに笑う。

アレから、何年振りなんだろうな?

――――イヤァァアァー!もう弾かないで!悪魔だぁ!これは悪魔の曲だわぁ!
――――もう弾くな!この化け物の子供が!

オレが初めて、『普通じゃない』と思われた日から



特別演奏者
ヨハン・アンデルセン

特別聴衆者
デュエルアカデミア生徒全員 & 生徒達の精霊
(留学生・ アモンは欠席)
鰐・ カレン
猫・ ファラオ
魂・ 大徳寺

聴衆者
(無)






First Beat - I 〜第一拍目のT〜
音色は純粋でも届かない所もある


修正:PNKさん

『人』は 駄目なんだ

2009.01.07