始めよう。

「たくっなんで俺が…」
『すまないニャー十代くん』
「うぇっ」
レッド寮の一階にある部屋のドアを開けると、久しく使われていない部屋からたくさんの粉塵が一気に飛び出して、思わず紅茶髪の少年は煙に咽る。
「ゴホっ、ゴホンッ……もうー」
電気を付けようとしたが、反応がなくて壊れたと思われた。
十代は仕方ねぇーなと隣の光る玉(先生の魂)と一緒に暗い部屋に入り込んだ。
「ファラオォーどこだぁー?…何でファラオがいきなり先生の部屋に戻るんだ?」
『そんなの、私も知らないノニャー』
「大徳寺先生ならここにいるのになー…とりあえず、早くファラオを見つけてヨハンとデュエルしたいのによぉー」
もう少し奥に入り、広いとは言えない部屋のテーブルの下で十代はファラオを見つけた。
「おぉっ!ファラオ!見つけたぜー」
「ニャ――」
逃がさないように猫を抱かかえると、一つの黒い物が十代の瞳に映った。
「これは…」
猫を放し、注意深くテーブルの下から取り出すと、それは黒くて硬い箱のようだ。
『ああ、懐かしいニャー』
「大徳寺先生のか?このヴァイオリンの箱」
『そうなノニャー…って、あれぇ?十代くんは知ってるのかい?』
「まぁ、な」
埃を拭き、少年はゆっくりと箱を開けた。
予想通り、一つヴァイオリンが目の前に現れる。
「へぇ……」
まるで懐かしい過去を思い出すよう、十代は優しく楽器を撫で、緩やかに箱から出す。
軽く弦に触れてみる。かなり古そうに見えるが、音にはまだ少し綺麗な響きが残っていた。
魂である大徳寺は十代の行動を見て、少し驚いた。
「弦はまだ大丈夫そうだ。久しく弾いてないけど、毎日調律して少し弾けばきっと元の音色に戻るだろ…っとは言っても、今の先生は無理だなー」
思わず軽く笑う十代に、大徳寺は目を瞬く。
『十代くん、弾けるのかい?ヴァイオリン』
「昔はちょっと…な。同じ第一ヴァイオリンだし」
「ニャー」
『どうやらファラオは久しぶりに聴きたいって言ってるノニャー。そりゃあそうだニャ…昔、森に迷った子猫のファラオは私のヴァイオリンを聞いて戻ってこれたノニャー』
「そうなのかー」
「ニャ〜!」
『ファラオが聴きたいって。十代くん、お願いできるノニャー?』
「……ぇ」
心の糸が引っかかったような様子の十代。彼は暫く黙り、チラッと足の下のファラオを見た。
「…わかった。でも…大徳寺先生、頼みがある」
『何なノニャー?』
「レッド寮の周りに今、人がいるかどうか、確認してくれないか?」
『ええ?』
「…皆に聴かせたくないんだ」
『そりゃあいいけどニャ…でも、どうしてなんだい?』
「『不幸』を」
少し強くヴァイオリンを握り、十代はいつもと違った、寂しい笑顔を見せる。
「『不幸』を、『人』に与えてしまうからさ」

それは 少し哀しい、寂しい旋律

『大丈夫なノニャー今、みんなも学園にいるノニャー』
「そっか。…じゃあ、久しぶりに弾くぜ」
「ニャー」
少年はゆっくりと、弓を上げる。

でも何より優しい 美しいその曲は、

『…メロディー』
「え?何か言ったか?アメジスト・キャット」
『ヨハンにはまだ聞こえないわね』
まったく話がわからないヨハンは肩のに乗っていた精霊のルビーを見た。ルビーもアメジストが言っていたモノが聞こえ、幸せそうに耳を傾けている。
「だから何が聞こえたんだ?俺には何も…」
『曲だよ』
彼女と同じ方向に向い、学園の屋上からヨハンはレッド寮を見る。
『これは精霊に関わる者にしか聴くことのできない、心の曲だわ』

永遠に心に残るでしょう
始めよう

曾て弾けなかった 一瞬の円舞曲



聴衆者

魂・ 大徳寺
猫・ ファラオ
精霊・ アメジスト、ルビー






Introduction 〜序奏〜
静かに響く、懐かしい音色


修正:PNKさん


『人』に 聴かせたくないんだ

2009.01.05