夢(前世の前世)編


少年は、眠ろうとしなかった。
少し硬いベッドの上に臥せ、彼はただ古い天井を見つめる。真っ暗な部屋に、月が優しく柔らかい光を与え、まるで女神に抱き締められている気分だった。
が、少年は眠ろうとしなかった。
ベッドの後ろの壁から、小さな音が耳に届く。
少し、割れ易い瓶が石の地面に滴る音。
液体を呑む音。
生き物の息。
少年は、ヨハンは、
ただ聴くしかできなかった。

どれくらい時間が過ぎたんだろ。
何個の瓶がこの場に増えたんだろ。
何回目の鳥の鳴き声がしたんだろ。
少年も知らないトキの中に、
彼は聞こえた。

小さな、呼び声。
「……ヨハン…」


少年は起きた。
ベッドから降り、部屋から出た。暗い廊下に二、三歩あるき、隣室の部屋のドアをロックなしで開いた。
「…十代」
ヨハンは名前を呼んだ。
開けたドアの向こうには、彼のと同じくシンプルな部屋だった。
同じタイプのベッド、テーブル、椅子。彼と同じように、『一人』の者が部屋にいて、違うのは、
その者はベッドの上に座っていた。
後ろの窓から月光が紅茶色の髪を照らす。
ヨハンは、周りの空き瓶を見渡して、
「もう飲むな」
あの者に喋り始めた。
「もう充分飲んだんだろ?」
「…たまにはいいだろ………」
男の子の声。
ヨハンに応えるよう、彼も喋った。
「オレだってたまに飲みたい気分があるんだよ」
「お前な…今、自分はどれくらい飲んだか知ってんのか?」
(もう何度も飲んだだろ?)
「……ごめんな」
男の子・十代はヨハンに謝った。
「起しちゃったん、だろ?…ごめん」
「………」
(何故俺に謝るんだ)
(俺が聞きたいのは、こんなんじゃない)
「眠れないんだ。寝ても何だか不安ばかりで、眠くても寝れなくて…だから酒で自分を酔わせようと思って…」
(ああ。知ってる)
(だって俺もお前も…今日、『アイツ』に会ったんだから)
「…不安の原因は、『アイツ』だろ」
(出来れば、俺はお前の支えになりたい)
「……」
無言のまま、十代は頷いた。
(でも無理なんだ)
「十代」
一歩、一歩とヨハンは少年に近付く。
手を伸ばす。
(俺にも、叶えたい『願い』があるんだ。だから、出来ない)
ゆっくりと紅茶色の糸を撫で、前髪に指を通してから頬を触る。
(俺は、)
「十代」
少しずつ、少年は顔を上げる。
鳶色の目がヨハンの碧緑の瞳に映った。
「…俺は、弱いお前なんて要らないぜ」
(そういうお前を傷付ける方法しか知らない)
「知ってる」
(こういうお前を責める方法しかできない)
「ならば強いお前が、オレを寝かせてみろ」
十代は口元を上げ、
(そういう方法しか、お前に触れられない)
「ヨハン」
悲しそうに笑う。

(お前は、既に『アイツ』のモノで、お前の血と繋がって生まれた子と、子を生んだ女性のモノになった)

「…馬鹿だ」
腰のバッグから二つ瓶を取り出し、ヨハンは小さな声で呟く。
「俺も、お前も …馬鹿野郎だ」
(だから俺は、 お前の人生の最後がほしい)
一気に飲み、ヨハンは顎を傾かせ、十代の唇を覆う。

(―――お前の命と同時に、俺に『破滅の光』の支配から解放される『自由』が欲しかった)
(十代)
ゆっくりと体を倒す。あわてずに、緩やかに口唇を開け、暖かい温度が重なるところに伝わる。
道がひらく。
雫みたいに、僅かずつ液体を喉の奥に流す。髪をサラサラと指の間に広げ、後頭部は小さな力で固定されていく。
軽く、お互いの腕も背中を回す。
まるで儀式の一つよう、二人もそれに酔い、溺れていく。
短く、でも長く感じられる時間が永遠に終わらなければいいと思った。
永遠であれば、よかった。

『ゴクッ』
命の最期を告げる鐘の音の様、最後の一滴が咽喉に届き、口元から一つの露が流れ、
シーツに滲みる。
重なる唇が離れた。
「…ある薬草から作られた薬だ。ゆっくり寝られる」
「……そっか」
同時に、二人は目を開く。
「お前を、あの時まで生かしてはおかねぇからな」
「そうだな…。じゃあ今のお前が、俺に出来ることは?」
「なんだぁ、今から俺に殺されたい?」
「…いいや」
十代はゆっくりと目を細める。
「オレは、お前と共に生きたいと、願いたい」
(例え誰に何を言われようと、お前にとってオレは憎らしい『正しい闇』・覇王の半身しかないかもしれなくても、)
緩やかに、ゆるやかに眠れた。
「…オレは、」
お前の側に居たかった



軽く、ヨハンは自分の唇を触る。
触感と少し苦いの味が、未だに残っている。
「…酒は苦いのに、お前の口唇から甘い味がする」
でも、少し甘い気がした。

前髪に、柔らかい、優しい口付けを、ヨハンは十代に捧げた。

…この甘さは 愛しいと感じた





オレはずっと知っていた。
お前はオレを心配して、寝ていないことにも最初から気付いていた。
でもオレはお前に支えられる資格がない。
オレはお前を裏切った、お前がオレへの感情を。
オレはお前の『モノ』になってはいけなかった。

『正しい闇』の半身として、オレはやらなければいけないことがある。
ならオレも闇の半身として、お前に オレの最期の『命』を与えよう。
お前に、自由になってほしい。
何処へでも自由に飛べる、虹の竜になれ。
お前なら きっと…

「…、ヨハン」
でも最期の時には、お前に伝いたい。
例えオレ達は傷付きながらでしかお互いに触れられなくても
例えオレはお前と共に生きられなくても、

オレの最期


「… き、……だよ」

お前でよかった



少年はぱっと目を開ける。
夢を、見てた。




なぁなぁ、ヨハン
うん?なんだ?十代
前にオレ、酒を飲んだの日のことなんだけど
ドキ!っえ、な なに?
何がさぁー変な夢を見た気がしたぜ
夢?
えっと、確か………んー

ヨハン、もしもだけどな
おう。何?
もしヨハンはどうしても手に入れたいモノがあって、それを手に入れるためにオレを犠牲しなければいけなくなったら、お前はどうする?
はぁ?んなの決まってんだろ?

俺は、お前を犠牲にしてまで手に入れたいモノなんていないぜ?
『もう手に入れたから』
安心しろ!俺は、『今度こそ』絶対にお前を守ってやるからさ!
『二度と後悔しないために』
…おぅ!何だかわかんねぇけど!すっきりしたぜ!
さぁ!デュエルをしようぜ!
おぉ――!


兆しの夢。
夢(過去)と現実(現在)が繋ぐ日々は、
もう 遠くない。




前世編・ヨハ十『夢と現実の繋ぎ  夢(前世の前世)編』    修正:PNKさん

前世パロのヨハ十です。現実(現在)編と繋いで、こっちはヨハンが見ていた夢の内容です。
意味不明になっていますが、いつか前世パロを書きたいですね…そして、その前世の前世に繋がる話を全て一冊にしたい 笑。
……いつか そうしたいですOTL


2009.01.19