現実(現在)編


とりあえず、ドアを閉める。
「…………」
ちょっとさっきまでの行動についてヨハンは考え込む。
(えっと、確か俺はいつも通りレッド寮に行って…うん、ここはレッド寮だし。じゃあ俺は部屋を間違ったかな?…でもこの番号は確かに十代の部屋だし…あれ?)
ヨハンは少しドアを開けて覗いてみた。
いつもより人数が多い十代の部屋を歓声が包み込む。自分以外の留学生や、十代の弟分とブルーの女王と王子(自称)も居る。だが、問題はそこではない。
問題は周りの空きビンだ。
「…何で十代の部屋で皆アルコール飲んでるんだ…?」
思わず周りに人が居ないかと確認し、ヨハンは部屋に入った後すぐにドアを閉めた。
「ヨハン!レート過ぎるぜ」
「ジムも飲んでるのか!」
「俺の国では、十八才から飲めるんだぞ?オブライエンもアモンも予想以上に飲めるぜ」
「戦士は情報収集のために、沢山飲まなければいけない」
「今度は一緒に飲もう。美味いワインは知ってるよ」
「カレンも久しぶりに飲めるから喜んでるぜ!ヨハンは飲めないのか?」
いや俺も確かに飲めるけど…でもここの国は飲酒は二十才からだろう?
「あ、よはーん」
「うげぇっ!」
ヨハンが来たと気付き、十代は彼にダイレクトアタックしに飛び出した。
見事にヨハンは頭を地面に打った。
「十代!酒くっせぇ!」
どれだけ飲んだんだ!
「あぁ〜ヨハンの分も残、ってるぜ〜…ぇへ」
チラッと懐にいる十代を見て、そして前を見る。
「あすりん〜やっぱり僕と一緒にデビューしようー二人が組めばきっと美しいスターになれるよぉ〜」
「兄さんは黙って!私は教師になるわよー」
「天上院君!僕をあなたの生徒にさせてください!いや、一生の伴侶としてあなたの傍に…!」
「黙りなさいっ!」
「剣山くぅーもっと飲みたいぃー」
「いいだドン!一緒に飲むザウルス!代わりに聞いてくれよ!恐竜はさぁ〜」
「ボクだってぇー」
…俺がトメさんとこに行っていた間に何があったんだ?一体…
「ジム、オブライエン、アモン…ちょっと説明してくれないか?この状況…」
「実は、ヨハンがトメさんとこに行った後に僕達がレッド寮に来たんだ。丁度良い酒が手に入ったから、一緒に飲もうと思って」
「みんなも飲んだことがないから、かなりハッピーだぜ?最初、トゥモローガールも止めたけどトゥモローボーイに飲ませたんだ」
ああ…確か吹雪さん、二十才だっけ…いやいやそういうことじゃなくて!
「これ、先生にバレたらまずいんじゃねぇ?」
「普通は来ないだろう?レッド寮まで」
狙ったのか!
「よーはーんー」
じっとしていてもう我慢できないか、十代はヨハンを自分に向き合わせる。
「ヨハンは飲まないのかー」
アルコールのせいで少年が頬に触る指はいつもより温かい。
「…酔ったな、十代」
「えへへぇ…だって美味しいぜーちょっと苦いけど、いっぱい飲んだら気持ちよくなっちゃってー」
「それは酔ってるってことだよ…」
思わず溜息を漏らした。

まさか少しの間、トメさんとこに行っていただけでこんな状況になるっているとはヨハンは思ってもいなかった。
「先生が来たら絶対ヤバイ…」

「消灯出席を取るノーネ」

瞬間、皆が息を呑んだ。
?!
まさかそれを言ったばかりにすぐに会話の中心人物が現れるとは思わなかった。
(ちょっ!どうしよう!バレたら俺達留学生の状況もヤバイぜ!)
(とりあえず誰も居ないように隠れよう)
「く、クロノス先生?!何で今夜はここに!」
「シニョール達の寮生活を見たくなったノーネ」
こういう時だけ来るな!
少しずつ足音が大きくなり、ジムやオブライエンはすぐに場に散乱しているビンを回収し、ベッドの下に置く。アモンや吹雪(実は醒めている)はベッドから毛布を取って皆を部屋の隅に隠した。
ヨハンも毛布を受け取ると、電気を消し十代と共にテーブルの下に隠れた。
足音がまた大きくなる。
「ん…ヨハン」
(じゅ、十代今はちょっと静かにして!)
(苦しいー暑いー)
(あああぁーとりあえず今はちょっと良い子にしてくれよ!なぁ!)
ギュッと十代を抱き締めるヨハン。
心臓の音がはっきりと耳に届く。
(…ヨハン、ドキドキしてる)
(誰のせいだと思ってんだよ!)
(なぁーヨハンはさぁ〜)
(…なんだよ)
足音が近付く。

(キスしたこと ある?)

………。
(はぁ?)
(さっきはさぁ〜…皆、そういう話をしていたんだぜぇ…)
(は、はぁ…)
(だからさぁ〜…ヨハンは、ある?)
(いや、今は…)
(ヨハン!ティーチャーが来たぞ!)
足音が止まり、微かな光がドアの向こうに人影を落とす。
すぐに、ドアから音が鳴り響いた。
『ドンドンドン』
と。

「シニョール十代、ここにいるノーネ?」
開かないようにと全員が願っていた。だが、一人だけ状況が分からない人間がいるようだ。
「はーぃ ぅんっ…」
(バカ!声を出すな!)
「うん?」
しまった。
「シニョール十代?いるのかーい?」
(返事するなっじゅう…)
「はーいぃ!今からドアを開けまーす」
(、十代!)

ヨハンは焦った。
腕から逃げた少年はドアに向い、ヨハンは

彼に手を伸ばした。

『酒は苦いのに、お前の口唇から甘い味がする』



……、…え?
俺は 何を『思い出した』んだろ?

ドアは開いていなかった。
向こうから騒音が聴こえる。
一人の悲鳴と猫の鳴き声がする。
でも俺は目の前の景色に呆れた。
「っ、……んぅ?!―――はっ、…」
鳶色の瞳は俺の目の前に居る。
重なるそこの内側から液体が流れ、顎を沿って首筋に落ちる。
驚いたよう、鳶色の瞳は瞬いた。
だが繋いていく時間と共に、その瞳は苦しそうに閉じた。
俺は、
『ゴクッ』
相手が喉にあるモノを呑んだと気付き、
笑いながら、彼の口唇を離した。

「っゴホ、ゴホン…」
「…―――――!?」
十代の咳で我に返ったヨハンはぞっとした。
(俺は、何をしたんだ)
ヨハンは毛布を彼から取ってやると、まだ咳き込んでいる十代を呆けて見つめていた。
指先で自分の唇に触る。
(俺 は、…何を)
手を伸ばせば届くところにある、少し量の減ったウォーターボトル。
ポケットに入れていたはずの、トメさんにわざわざ頼んで取り寄せてもらった、眠り薬が一錠なくなっている。
「…十代?」
ゆっくりと頬を触る。
十代から静かな息が聞こえる。穏やかに眠っている顔に、さっきの眠り薬を飲ませたことがわかった。
(何故…?)
少年にドアを開けさせないため、彼は少年を止めようと、手を伸ばした。が、
いつの間にか少年を押し倒して
いつの間にか毛布で自分達を皆から見られないように隠して
いつの間にかポケットの眠り薬を取り出して
いつの間にウォーターボトルを開け、水を飲んで
十代を寝かせようと キスした。

足音が遠くなって、ジムは毛布から立ち上がり、電気をつけた。
「大丈夫か?」
「あーびっくりしたッスよ!」
「本当だザウルス!」
「でも、ファラオが現れてよかったね。おや?万丈目くん、酔ったかい?」
「…………はぃ…し、師匠…天上院君を、僕にくださぁ…」
「駄目」
「兄さん、勝手に応えないで」
「?ヨハン」
呼ばれたヨハンは肩が跳ぶ。
「十代はどうした?」
「…あー…」
思わず気付かれないよう、眠り薬をポケットに戻し、ヨハンはオブライエンに告げる。
「寝たぜ」
「ハハハー仕方ないな、十代は。では俺達も早く片付けて、寮に戻ろうか?」
「今の状況からすると、クロノス先生は今夜、自分の部屋から出てこられないだろう」
「じゃあ片付け始めようか。ヨハン、十代は頼んだ」
「あ、ああぁ」

(これが、『衝動』ってことか)
肩に寝かせた十代に毛布をかけ、ヨハンは思う。
(気付いたらもうやっちゃった)
今まではそういう気持ちはなかった。
(『衝動』って、恐ろしいな)

少し疲れたのか、ヨハンも目を閉じて眠り始めた。


夢を、見た。
この頃、ずっと見ていた夢だった。
いつも夢の中に、『俺』は現代と少し違う時代の服を着て、柔らかいとは言い難いベッドの上で古い天井を見あげている。
何かを考えているように、何かを心配しているように、
夢の『俺』は日が昇るまで寝ることはなかった。

お陰で現実の俺は寝不足。
だからトメさんに事情を話して、眠り薬を貰った。(勿論、あまり頼っては駄目と言われた)

今夜も同じ夢を見た。
でも、いつもと少し、違ったようだ。

『俺』は何にを気付いたように、ベッドから降りる。
木造の門を開けたら、そこに暗い廊下がある。『俺』は隣の室の門を、ロックせずに開いた。
「…  」
『俺』はある名前を呼んだ。
自分にはわからない言葉だけど、『名前』を言った気がした。
部屋の中はシンプルな空間だった。
『俺』が居た部屋と同じタイプのベッドと、テーブルと椅子。ベッドの上にはヒトが座っていた。
後ろの窓から月光が照らして、そのヒトの髪は紅茶色だと分かった。
ヒトの周りに、瓶みたいなモノがあった。
「もう飲むな」
『俺』は喋った。
「もう充分飲んだんだろ?」
「…たまにはいいだろ………」
ヒトも喋った。
俺は、言葉が分かるようになった。
「オレだってたまに飲みたい気分があるんだよ」
ヒトの声を聞くと、男の子のようだ。
でも懐かしい。
どこかで聞いたことがある気がする声だ。
「お前な…今、自分がどれくらい飲んでるか知ってんのか?」
「……ごめんな」
男の子は謝った。
「起こしちゃったん、だろ?…ごめん」
「………」
『俺』は黙った。
「眠れないんだ。寝ても何だか不安ばかりで、眠くても寝られなくて…だから酒で自分を酔わせようと思って…」
「…不安の原因は、『アイツ』だろ」
(アイツ?)
「……」
男の子は無言で頷いた。
「十代」

(じゅうだい)?
俺はまだ反応できないままなのに、『俺』は既に男の子の前まで近付いていた。
『俺』の指はアイツの前髪に差し込まれ、頬を触る。
「十代」
アイツは顔を上げた。
鳶色の目が『俺』の瞳に映る。
「…俺は、弱いお前なんて要らないぜ」
「知ってる」
(こいつは、十代?)
「ならば強いお前が、オレを寝かせてみろ、」
アイツは口元を上げた。
「ヨハン」
(俺、と  十代?)
「…馬鹿だ」
腰のバッグから二つ瓶を取り出し、『俺』は小さな声で呟き、
「俺も、お前も …馬鹿野郎だ」
一気に飲み、『十代』の唇を、…………



「ってうああああぁあぁぁああぁ――――――――!!!」
「どうしたぁっ?!」
「ワッツ・ハップン!」
見事にとんでもない叫び声を上がり、悲鳴にしか聞えないジムとオブライエンはすぐに起きてしまった。
周りを見ると他の皆もヨハンの悲鳴で起きていた。
「大丈夫か?ヨハン」
「悪夢でも見たのか?」
「い、いや…そうじゃない、けど……っそうだ、十代は!?」
「隣に寝てるぜ」
ジムの言うとおり、十代はヨハンの隣でスースーと寝ている。
悲鳴があっても平気で寝られていられる十代にヨハンはホッとし、
相手の顔を見た瞬間、直ぐに顔を別方向に向けた。
「「?」」

なんっつー夢だあれはぁ――!!

それ以来、ヨハンはあの夢を見ることはなかったが、
しばらくの間、ヨハンは親友である十代を直視することができなくなってしまった。
でもそれは、また別の話。



オマケ

…なぁ、十代
どうしたんだ?ヨハン
前に、十代が皆と一緒に酒飲んだこと、覚えてる?
?あの晩どうかしたか?オレ、何も覚えていないけど?
…何も?
うん、何も
何をされたか、何をやったかも覚えていない?
えっ オレ、まずい事しちゃったか?
いやいやいや!そんな事ないぜ!うん!そっか!じゃあいいや!さぁデュエルしようぜ!
?訳わかんねぇけど、おぉー!

ふと、俺/『俺』は自分の唇を触る。
酒は苦いのに、お前の口唇から甘い味がする

…この甘さは 愛しいと感じた




DA編・ヨハ十『夢と現実の繋ぎ 現実(現在)編』    修正:PNKさん

DA編のヨハ十です。お酒の話ですが、何故か前世の前世設定も入っています ^^ でもヨハンの反応はそんな感じと思いますね…
普通、自分の友人にキスしてるっという夢が見たら絶対びっくりするよな…(ここのヨハンはまだ友情です 笑)


2009.01.19