白い花は純粋で神聖だった。
ゆっくりと半透明な紗を取り、男と女は永遠の約束を誓い、証である指輪をお互いにつけさせ、
優しく口付ける。

偶然で、旅の時に十代はこれに気付いた。
偶然で、家に帰る途中にヨハンはこれに気付いた。

彼は足を止める。
彼はバイクを止めさせる。

ゆっくりと教会の階段から降りる男と女。手を繋いで、二人も心から喜ぶような、幸せな笑顔を咲かせていた。
手を上げ、女性は手にした花束を空に飛ばす。
『花束を手に入れる人は愛する人と幸せになれる』
沢山の女性が集まり、花束が投げられるのを待っていた。まるで戦いのように彼女達は花束に手を伸ばす。
思わずヨハンは「すっげぇ…」と小さく言葉を紡ぐ。
帰ろうかと考え、ヨハンが再びバイクに乗ろうとした時だった。

後ろから騒ぎが耳元に届く。
誰かが花束を手に入れたんだろうとヨハンは振り返った。

「………。…ヨハン?」
「………。…十代?」

花束は、ある青年の手に届いた。



花の祝い



「驚いたぜ」
家に着き、ヨハンは十代に温かい緑茶を淹れたカップを渡す。季節はまだ秋だが、ヨハンが暮している家は町と少し離れているため、室内の温度は街より涼しい。
買い物や交通も少し不便だが、彼の家族・宝玉獣達に自由に過ごさせたいという気持ちが、彼がこの家を選んだ理由である。
「まさか十代と同じ町にいるとはな」
「つーかっヨハンは何であそこに?ここより少し離れているだろう?」
「あー……ちょっと、な」
目を移し、ヨハンは自分の緑茶を飲む。
隣の花束と共にお茶の匂いが届く。
「十代は?」
「旅の途中だから、色んなところに行ってるぜ。そしたら今日、教会の結婚式が見えたからちょっと見に行ってみた。オレ、本物を見るのは初めてだし」
「ふーん」
「…綺麗だな」
ふと思い出す。
愛する人と永遠の約束を誓う一つの儀式。
賛美歌は神聖な祝福を与え、人々の祝いの中二人は神へ誓いをたて、証である指輪を交換し、
儀式の終わりに二人は口付ける。
祝いの花は、女性のドレスと同じく白で美しくて、純粋な気がした。
なにより 十代はお互いに誓うことができる男と女が羨ましいと思った。

「……ああ。そうだな」
チラッとヨハンは十代を見る。
「そういえば皆は?」
「宝玉獣達か?どっかに遊びに行ったぜ」
「大丈夫か?一緒に行かなくて」
「大丈夫だぜ。ここの周りは、俺しか暮していないし」
それもそうだな、最後の一口を飲み、十代は「ごちそうさん」と伝え、ヨハンにカップを渡す。
「また、旅に出るか?」
「…ちょっと泊っていい?」
「もちろんだぜ!」
当たり前のようにヨハンは笑う。
十代は小さく笑い、荷物をいつもの部屋に置き、エサをカバンから出したファラオにあげた。


卒業して、数年の時間が流れた。
十代は卒業式が終った晩、皆の前から姿を消して旅に出た。
彼らしい行動と皆も何となく気付いたか、生徒達や先生達も寂しそうに笑いながら、彼を見送る。
ヨハンも同じだった。

彼は自分の故郷に戻り、町から離れた一軒の家を買って暮し始めた。
元々親がいないヨハンは子供頃からアークティック校の校長に預けられ、学園の寮に暮らさせていた。彼は学費免除の代わりに、数年間アークティック校のトップを続けていた。 将来のためにヨハンも数年間、色んなデュエル大会を参加し、チャンピオンとなり賞金を貯めた。それがきっかけでペガサス会長と出会い、ヨハンは大切な家族と出会うことができた。
卒業した今、プロであるヨハンは町と離れて暮しているため、仕事やデュエル大会の日にバイクで行くことにしている。

十代と卒業以後の再会は、一年前の事だった。


「……オイ、じゅーだい」
久しぶりに一緒に食事しに出かけようと考えたヨハンだが、いつまでも部屋から出てこない十代に首をかしげ、まさかと思い、ドアを開けて見た景色は、
フロアの上でぐっすり眠っていた十代だった。
「寝るならベッドで寝ろよ。十代ー…風邪、ひいちまうぜー」
呼んでみたがやはり返事は返ってこなかった。
「じゅぅーだぁーいぃ?起きろぉー超大盛りのエビフライが目の前にあるぜ〜」
「んぅ〜…」
大好きな食べ物に反応が出る。が、手を伸ばして何も掴めないと分かり、十代は再び眠り始めた。
「…ちぇ」
(駄目だったか)
仕方ないと思い、ヨハンは十代の両腕を自分の肩と首に預け、起さないように彼を抱き上げる。
ドアを閉めた。
『あら、ヨハン』
『ルビー』
リビングに戻ってきたアメジスト・キャットとルビーは目の前の景色に目を瞬く。
『どうしてソファーに?』
「あー…いや、離れたくないっつか…」
『幸せそうに寝ているね、十代』
『疲れているみたいだな』
結局十代をベッドに横たえず、ヨハンは十代と共にリビングのソファーに座り、彼に毛布を掛け、自分の肩に預けた。
思わず十代の寝顔ににっこりするアメジストとペカザスに、ヨハンは苦笑いながら溜息をつく。
手で服の中の、二つのネックレスを触る。
「…お前はまた、すぐに出て行くんだろうな」
肩に手を置く。一年前と同じく、普通の大人より小さい肩だった。
「……俺はなぁ?休みが入った日、お前を探しに行ったぜ?」

宝玉獣と一緒に暮して、親がいなくてもヨハンは寂しくはなかった。
とっても普通な日常生活。
仕事やデュエルをやったり、休みの時は家に家族の精霊達と一緒にのんびりしたり、遊びに出かけったり、町まで食材の買い物をしたり…
つつがなく穏やかな生活だった。
寂しくはなかった。

でも時々、ヨハンは足りないと思った。
誰かと同じ景色を見たい
誰かと一緒に肩を並べて歩きたい
誰かを抱き締めたい
それは誰かとその人物を思うと、

彼はいつも、赤い背中の彼を思い出してしまう。

「…なぁ、十代」
(一年前の俺はお前を 待つと言った)
「俺はあの結婚式の男と女みたいに、お前と 誓いを、」
(でもやっぱり…俺)
「したかった」

お前と一緒に 旅でもしたいぜ






暁光が射し込み、暖かいヒカリが涼しくなった家を包み込んだ。
青年は袖に腕を通し、荷物を取り上げる。
「気をつけろよ」
「ああ」
十代はヨハンに応えた。
いつもそういう会話だった。
『お帰り』や『ただいま』、『行って来い』など二人は言わない。十代には帰る場所がないと無意識に思っているからか、ヨハンは考えていないからなのか。
まだ学生である二人も、そういう言葉を使うことは稀だった。

玄関まで行き、ヨハンは無言で十代を見送る。
だが、何かいつもと違うようだ。
「………」
ドアに触る前の瞬間に、十代は指先を止め、カバンを放す。
「?」
どうした?思うと同時に、十代はヨハンを振り返って足を進め、
ヨハンに抱きついた。

青髪の青年は目を瞬く。
「……十代?」
まるでネコのように、十代は自分より広い背中に腕を回し、首筋と胸の間に頭を預ける。
少し迷うが、ヨハンも十代の腰に手を回し、優しく背中を撫でる。
「どーしたんだ?十代」
「オレ、」
十代は小さい声で言葉を語らう。
「ここに来たら、邪魔?」
「ぉんな訳ねぇだろう?」
「また来ても、いいのか?」
「来る、じゃない」
ヨハンは少し十代を懐の中から離れ、前髪を触る。
「…帰るんだよ」
ほのかな微笑を咲き、十代は口を開く。
「喜びも、幸せも、」
「…悲しみも、苦しみも」
続くように二人はゆっくりとつづく。
少しずつ、指を重なる。
「共に分かち合い、」
「共に乗り越え、」
一つのネックネスを青年に着け、銀色の指輪が共に輝く。

「「永遠に愛する事を、誓います。…ぷっ」」

額を自分のと合わせ、思わず恥ずかしく笑ってしまう二人は緩やかに近付く……


必ず 帰って来いよ!
ああぁ、絶対帰るぜ!その時はオレに言ってくれる?


お帰りって




風が吹く。

テーブルに置かれた一枚の写真。
若く元気な二人の少年を写し、笑顔と共に 幸せの花は喜んでいるように祝い、咲いた。



未来編・ヨハ十『花の祝い』    修正:Orangeさん

未来編のヨハンと十代。ここに書かれていた一年前の話も書く予定です。ただその話は、もしかしたらオフにするかもしれません…まだ未定です。


2009.01.19