少し、変な感じだと少年は思った。
いつもと変わらない日々。いつもと変わらない朝。いつもと変わらない生活の筈だ。でも、少し足りないと感じる。
…となりは、空いているからだろうか。
(今日も、いないか)
チラリと隣を覗く。
不思議だ。となりの者と出会ってまだ一カ月くらいだけで、三年生になる前に彼の隣には青髪の少年はいないのに、今の彼にとって青い姿がとなりに居ないと、
…落ち着かない感じにする。
(一体、どうしたんだろう)
十代にはわからない。
ある日からヨハンは彼を避け、彼の前に姿を現れなくなった。少しの前に偶然でレッド寮で彼と会ったが、何故か自分を見た時点にヨハンはすぐに去った。
十代も階段から落ちた明日香を心配するため、彼はヨハンを追いかけることもできない。
いや、できなかった。
(そういえば、いつからだっけ…)
ヨハンとこんな風になっちまったのは、いつ頃だろう?

光の暖かさでゆっくりと目覚めていく。
フロアに置かれた服を拾い上げ、腕に取ると小さな香りは布に残っている。
…香水だ。
(…あまり好きじゃねーな。前の方がよかった)
ベッドに振り返り、華奢の者が眠っている姿が視線に映る。
長い茶髪はシーツに広がっていた。
(あぁ。何故だろう)
―――何人を抱いても、足りない
彼は進んでいるはずなのに、いつの間に
少年の足元は止まられた気がした。


Our Allegro
――…停まれた混乱な第三歩
(バランスが消えた先)



「では、私は先に失礼するね」
「…あぁ」
服を着替えてドアを閉め、少女の足音はドアから離れるとヨハンは何故かほっとする。カーテンを開き、眩しい太陽は部屋に暖かさを与えてくる。
…こころは、冷たい気分のままだが。
(くそ)
ベッドに伏せながら手のひらを頭に置く。
彼は一体、どうしちまったんだろ

頭にある少年と少女の影像は浮いていく。
あの日から、ヨハンは変わった。
少年と少女が一緒にいる姿を見ると彼は理由なしにイライラする。…理由は簡単だ。
彼は、少年にある感情を持っているからだ。
それはヨハンが一番認めたくない感情だった。

――――……彼は
あの人が好きなんだ。

夢と同じように、ヨハンは紅茶髪の少年にその感情を持っている。違うのは多分、その深さだけだと彼は思う。
夢にいる『ヨハン』は、信じられないほど夢の『十代』を想っている。
(おまえは俺だけのモノだ)
(おまえは俺だけを見てくればいいんだ)
(おまえの体、魂、命さえ)
(おまえのすべては俺だけのモノだ!じゅうだい!)

思い出すだけで恐ろしい。
夢の筈なのにリアルすぎで、ヨハン自身さえ鳥肌が出てくる。
もっと信じたくないのは、彼は夢の『ヨハン』と同じ、
十代を想っていることだ。

ヨハンは、自分は何かを間違っているじゃないかと考え始めた。
現実に近い夢だから、彼は夢に影響されて夢の『十代』と同じ顔の人に気持ちを向いた。所謂錯覚だろう。

たまに聞く話だ。
例えばテレビを通して尊厳する人がいる。ある日、自分の近くに偶然で尊厳する人とそっくりな方と出会って、自分は尊厳する人への気持ちをそっくりな方に向き、尊厳は恋情に変化するかもしれないだが…
正直、この理由で別れた人は多い。
人々は間違うからだ。そっくりな人がいても同じ人ではない。だから同じ感情はダメで、恋情になっても、それは本当に恋情という気持ちだろうか。

きっと彼も、夢に影響されたせいで親友である・十代に変な感情を持つことになったんだ。
ヨハンは思う。
いや、思いたかった。

だから女の子と付き合い始めた。
彼は、自分は普通の男の子だと証明したかった。結果は確かに予想通りだ。
ヨハンは女の子に興味を持っている。
相手を触る気持ちもあるし、お互いの行為に体と精神も満たされていることは確かだ。
わからないのは、感覚の部分だ。
(はじめてじゃない気がする)
覚えている限りにヨハンは確かにこの年ではじめてではない。だが行為を続くと彼は何か懐かしい感覚を思い出す。
むかし、すごく昔の頃にもあった気がした。

――――湧いてゆく
闇の奥に閉めた扉の向こうに『チリーン』と縛る音が響き回す。
開くと同時に白き光は照らし、赤と黒に塗られた鉄鎖は輝きながら冷たさを肌に伝わる。
華奢な体と両腕はただ、ただ上から縛られ ゆっくりと光の先に顔を上げる。
湧いてゆく。こころの奥、魂の中に眠る記憶
琥珀の両眸は静かに青髪の少年を映り、相手は緩やかに口を開き、言葉を…

「――――っ!」
視線にハッと我に戻る。
彼は今、何を思い出そうとするんだ
(夢だ…こんなモノはただの夢だ!ヨハン・アンデルセン!)
力強く頭を左右に振る。
顔を洗おうとベッドから立ち上げるヨハンだが、丁度その時だった。
一つの連絡は生徒専用のPDAに入った。
「…?」
内容を読みながらまゆを寄せる。
校長からだ。
「…あぁ、なるほど」
何かを分かったように少年は溜め息を吹き、新しい制服をクローゼットから取り出す。
チラリとヨハンを覗き、ある生物は静かに部屋から出た。


「説明させていただきますか?ヨハン・アンデルセン君」
やはりだ。
校長のテーブルの上に出席表は置かれている。文字ははっきりとは見えていないが、自分の写真が貼っているってことは彼の出席の事だろう。
少しだけ自分の直感に複雑な気分を感じるヨハンだった。
「君もご存知だと思います。留学生である君はもし出席率が足りなくなると強制に留学期間を終了させて頂くことになります。無論、病気や納得できる理由があれば、話しは別だが」
「………。」
精神的な病気ならありますけど。とヨハンは言いたかったが喉に戻した。
確かに彼にも知っている。留学生である自分は授業に出ないと状況と成績は酷くなるだけだ。もっと酷い話になると、分校の成績も影響される可能性もある。
でも、彼にも言えない。
言えるわけがないだろう?出ない理由は、
「遊城 十代君との喧嘩は関係していますかね?」
ヒクっと背中に置く指は動く。
「…何の話ですか?校長先生」
「君達のことは噂になっていてね、教師達にも心配させている。十代君と喧嘩した以来、君は授業に来なくなり、女子生徒達にも色んな噂が流れて…」
「校長」
静かに目を細め、ヨハンは鮫島を見た。
無感情な、青眸で。

「貴方は、生徒の個人生活を干渉する権利はありますか?」
――――それは、教師である貴方が口を出すことではない

まるでそう言っているような、
鮫島はまゆを寄せた。
「…よかろう。だが一つだけは覚えてほしい、アンデルセン君。君自身の事情で授業に出ない理由にしないでくれ。もしその状況は続いたら、貴方の留学期間は終了させていただきます」
意外と冷静で優しい校長だ。
ヨハンは思う。
「…はい。分かっています」
では失礼する、と少し頭を下げて、ヨハンは校長室から出た。

が。
『ルビー』
「?どうした、ルビ…、っ?!」
家族であるルビーの声を聞こえたヨハンだが、頭を回す同時に体は固まる。
「…あ、ヨハン…」
ルビーのとなりには、ある一人がいるからだ。
紅茶髪の少年が、
「!待った!」
逃げる前に相手の腕を掴んで、十代はヨハンを自分に向かせる。
「ルビーから聞いたんだ!ヨハンは出席のことで校長に呼ばれたって!…オレを見たくないからか?」
「っ十代とは関係ない。放してくれ」
「オレはバカだから、…なぁ。オレがヨハンに嫌な思いをさせた事をやったら謝る!だから教えてくれよ!」
まただ。また夢の景色が入ってくる。
彼のモノの筈の少年は彼のモノになってくれない。
彼のモノの筈の少年は彼を応えてくれない。
言葉を聞いた琥珀眸の少年は、ただ静かに再び目を下げて、
小さな声で応える。

「なぁヨハン!オレは何かをやっちまってヨハンを傷ついたんだろ?!だから、謝るから!ご…」
―――――ゴメン

「口に出すな!!!」
大きな叫びと共に二つ拳は少年の後ろを打つ。
壁の響きは廊下に流れていた。
「…俺の気持ちも知らねぇくせに俺に謝るな!俺にこの言葉を口に出すな!…なんで…」
手を震え、指先を握りこみながら少年にゆっくりと顔を上げる。
琥珀の瞳はまっすぐに彼を映っている。
ヨハンは、
「…なんで、お前は昔も今も、こんなに残酷なんだ…」
「ヨハッ、」
「『じゅうだい』」

手を伸ばし、優しく十代を抱きしめ
悲しみと共に口唇は重なり合う。


――――かつての夢(過去)の続きのように。



アニメ3期・ヨハ十『Our Allegro』
――…停まれた混乱な第三歩

2009.12.01