突然だ。
ドアが開く瞬間に思いつかない人は目の前にいた。
思わずお互いを揺れる瞳で見つめるが、声は出せない。
できない。
「!ヨハン!」
先に動いたのは青髪の少年だった。
始めに十代が突然目の前にいて驚いたため呆れたようだが、すぐに何かを気付いて彼は一歩を下げ、
体ごと振り返って走り出した。
「ヨハン!待ってくれ、ヨハン!!」
「!十代!」
相手を追う十代は部屋に出て、それを見た部屋にいる少女は同じく外に出る。
流石にいつも体力テストに高点を取っているだろう、十秒もないのに少年がすでに階段に下がっていて、明日香は思わず焦る。
彼女も階段に下がる頃だった。
「ちょっと待ちなさい!じゅう…」
『   』

遠いところに去っていく紅茶髪の背中。
少し向こうにいる者を追いかけるようにゆっくりと足元を歩き出す。背中の主はただ一歩、一歩で歩いて、目の前から遠くなっていくその者に、視線の主は手を者に伸ばす。
届かない、届けない。
『さよなら』
まるでその距離を気付いた紅茶髪の少年は頭を振り返り、
『―――…』
「うっ…!」
「!明日香……!」
階段で倒れていく少女を救うため紅茶髪の少年は振り返りながら彼女を救い、
友への一歩を捨てた。

『さよなら、明日香』
眩暈の中に、彼女は頭に擦れた映像で聞こえた気がした。
自分を抱きしめる腕の温度を感じながら。


Our Allegro
――…後ろと離れてゆく沈黙な二歩
(加速する硝子のバランス)




事情は少し前のことだった。
約束通りに明日香は十代の手伝いにレッド寮に着き、お土産として手作り弁当をあげ、二人は一緒に食事を始めた。
「うめぇー!さっすが明日香だ!」
「ありがとう。久しぶりに作っていないから少し心配したけど、聞いて安心したわ」
「明日香は本当にすげぇな!料理もうめぇしデュエルも強くて成績もトップだしさ、今更だけど本っ当に凄いぜ」
「あなた、今まで私を何と思っているの?」
「え?んーっと…」
箸を噛みながら考える十代。
「明日香は仲間って思っているぜ?」
(予想通りの答えだね)
彼ならそう応えると思ったが、やはり自分が考えた答えと同じだと彼女は少し苦く微笑う。
あっという間に弁当は空っぽになり、アフターに水を飲みながら二人はレポートを始めた。
「…あら」
少し内容を読んで驚く。
「十代、これ」
「ん?」
レポートを見ながら明日香は聞く。
「十代は自分で書いたの?」
「そうだけど?え、何かまずい?」
「ううん、凄いわ」
彼女は頭を左右に振り返った。
「誤字はあるけど、内容は凄く面白いわ。本当にレポートの書き方を知らないの?」
「明日香も読めばわかるだろう?文章になってないって」
「それはそうだけど…」
チラリと十代を見て、明日香はレポートに戻る。
「ちゃんとした文章に書けば、みんなはきっと驚くのに」
「ん〜…前にも教えられたけど、やっぱり上手く書けないぜ」
「ヨハンに教えられたね?」
ヒクッとシャーペンが止まる。
「なんでヨハンの名前が出てくるんだ?」
「十代」
真っ直ぐな視線に十代はゆっくりと顔をあげる。
「一体どうしたの?」
「だから、なんでヨハンのことを…」
「あなたが考え事をすると、いつもこの顔よ?」

彼女は知っている。
元気で笑顔を咲く彼は悩むことがあると、いつも視線を人から逸らしてデュエルに集中する。(でも話すといつも通り)
朝で彼との対話は普通だった。
だが、ある言葉にすると彼はすぐに口を止め、瞳は少しだけ自分から逸らした。
話を掛けるといつも通りなのに。

無意識に周りに心配させない様、彼は一人で全てを抱いていた。

「少なくとも私達はこの三年間、付き合ってきた仲間だわ」
「っ……みんなも、気付いていたか」
「今は私だけよ。多分」
「……そ、っか」
ホッとしたように十代は肩を緩める。
「心配かけたな。わりぃ」
「別にいいわ。ヨハンと喧嘩でもし…」
「でも、」
優しく相手の疑問を止め、少年は苦く笑った。
「本当に大丈夫なんだ。ちょっとした喧嘩だけだし、たいした事がないぜ」
「十代…」
「心配かけてゴメンな?すぐに元通りに戻るから」
「じゅうだ、」
「ちょっと飲み物を探してくる」
再び止められた言葉。
まるで逃げるように少年は立ち上がり、部屋のドアに向かう。


――――本当は話したい。
でも逆にどこから話せばいいのか、彼さえわからなくなってきた。
『……俺は!好きじゃねぇ!』
ヨハンは怒りを彼に向かった。
十代はわからない。彼は何を言って何を悪いことをしたか、何がヨハンに怒らせたか彼にはわからない。
謝りに行っても、訳のわからないことで謝っても本当に許されるだろうか?
だがそれ以上、あのままヨハンと何も話せずに沈黙を続くのが、
嫌だと思った。
(謝りに行こう)
レポートが終わったら、ブルー寮に行こうと考えながら少年はノブを回せ、
ドアを開く。
「…っ?!」
「?!」
だが思いつけない景色は目の前にいる。
「……、…っ」
さっき頭に思っていた、あの人。
ヨハンが、
「!ヨハン!」
だが我に返ったヨハンは一歩を下げ、すぐに去った。
まるで自分から逃げるために。
「ヨハン!待ってくれ、ヨハン!!」
「!十代!」
後ろから明日香の声がしたが彼は気にすることがなかった。
逃げている。
目の前の人は自分から逃げていて、
消えている。
「ヨハァ…、?!」
青い背中に手を伸ばす瞬間、何故か彼は何かを気付いたみたいに頭を振り返った。
足が力を失ったように
足がなくなったように
階段から落ちる一人の姿が琥珀の瞳に、
「!明日香……!」
少年はすぐに向かって落ちる彼女を守った。
相手を傷付かないため十代は明日香を抱きしめたが、重力で彼も地面に落ち、
「くっ…!」
背中は衝撃を受けた。
「いって…明日香、大丈夫か」
頭を撫でながら上の少女に聞く。
だが返事は返ってこない。
「…明日香?」
軽く肩を揺らしても反応はない。
「…!明日香、オイしっかりしろ!明日香!!」
意識は失った。
「明日香!っすぐに鮎川先生のところまで…!」
彼女を背中に抱き上げようとするが、彼女の足に触る刹那に指先は迷う。
伸ばす場所を変え、彼は彼女を横抱く。
チラッと青髪の少年が去る方向を見て、十代は学園に向かった。



――――……
黄昏に塗られた空の下に草原と岩の上に走る足。
歩きにくい地上に走り続け、山と森に隠された家にたどり着く。
足音が止まる瞬間にドアを開き、目の前の景色は視線に入る。
簡素なベッドに一人の女性は臥せていた。

――――『   』!!

もう一人の者は女性の元に向かいながら彼女の手を握る。
まるで呼び声を聞こえたように両瞳は静かに開き、優しく相手を見つめて小さな笑顔を咲く。
両足は動いていない。
少しずつと女性の手を優しく、でも力を強めに握り、紅茶髪の少年も苦く笑いながら彼女の上半身を上がらせ、
お腹は大きく見えた。
(やめろ)
(なんだよこれは)
手は動いていない。
心配そうに女性を見つめる少年はドアに立つ者を気付いていないみたいにただ彼女と話し、視線を気付いていない。
一緒に古い家まで向かった彼を気付いていない。
(おれをきづいてよ)
(おれをわすれるな)
(おまえは、…―――)

彼は、青髪の少年の存在を
ワスレタ

「……っ?!」
はっと目覚める。
恐れながら左右を見ると見覚えがある空と地上から離れている地面が視線に入る。
先ほど、彼が昼寝していた学園の屋上だ。
「ちょっと暑いな…」
髪を整理しながらヨハンはチラリと顔を上げる。
まだ5月で春は終わっていないため天気は涼しいが、長い時間の間に太陽の下にいると確かに暑くなる。
額に浮く汗を拭きながら立ち上がるとルビーは肩に現れた。
『ルビー…』
「ん?どうした、ルビー」
『ルビルビィー』
「大丈夫だ。変な夢を見ただけさ」
『ルビー!』
相手の頭を撫で、うれしそうに鳴くルビーにヨハンは微笑う。
おまえは、おれのモノだぁ…!!

先ほどの夢を思い出す。
十代達が酒を飲んだ晩から、ヨハンは変な夢を見続けていた。毎回も違う景色で違う流れだが、見る視線と夢の彼の隣には、必ず一人の少年はいる。
その少年は十代とそっくりだった。
初めはただの夢だと思っていた。だが夢が続くとヨハンはそれはただの夢じゃないだと気づいた。
夢のはずなのにリアルに感じる気持ちと視線の主の気持ち。そして何より、彼はひとつ恐ろしいことを知った。
夢の彼は、夢の少年・彼の親友と同じ顔を持つ『十代』にある感情を持っている。
その感情は、相手のために周りのモノを全て潰すもの……
(なんて恐ろしい感情だ)
思わず頭を抱く。
ヨハンはその感情がわからない。
元々人と深く付き合わないためか、彼にはそういう感情で人を見ることはなかった。確かに分校の知り合いからはそのような話題を聞いたことがあった。だが自分のことじゃないから彼には分からなかった。
相手は普通の人ではないなら今更だ。
(相手は男だぞ!)
――――自分も男なのに

夢だが現実の彼まで影響されている気がする。
でも、彼は決して夢のようにあの人にこのような感情を持っていない。
(そうだ。十代はただの友達だ。親友だけだ)
彼はあの人にこんな感情を持っていない。
あのような感情を、
おまえは、おれのモノだぁ…!
十代!!


左右に頭を振る。
(やっぱり謝りにいこう。言い過ぎたのは俺だし…)
学園の中に戻ると廊下にいる時計を見る。
丁度昼の頃。午前の授業が終わってランチの時間になっている頃だ。
(あいつはどこにいるんだろう…レッド寮かな?)
少し考えたがレッド寮に向かうと決め、ヨハンはルビーに道を聞くところだった。
『ヨハン』
振り返るとアメジストは居た。
「アメジスト?」
『怖いの?』
「はぁ?」
思わず頭を傾く。
「怖いって、なんのことだ?」
『本当の『自分』に向くことは怖いの?』
ドクン

本当の自分。
少しだけ、ヨハンは心臓が大きく跳ねた気がする。
…何に?
『約束して、ヨハン』
一歩を近づき、アメジストはヨハンを見上げた。
『約束して。どんな時でも、自分を怖がらないで』
「…アメジスト?」
『自分を拒まないで。どんな時でも、あなたはあなただわ』
まるで催眠術に使われる呪文のように、何かを考えさせないのように、
彼女は言い続けていた。
『ヨハンはどんな風に変わっても、ヨハンだよ』


…初めにヨハンはアメジストが言いたいことが分からなかった。
だがこれからの事件がおきた後、彼は何故か分かっていた。
分からせてしまった。
「…っ?!」
「?!」
レッド寮で十代の部屋の前に迷うと、兆しもなくドアは開いた。
そして目の前には思いつかない人は、
…十代はいた。
「……、…っ」
突然すぎで声は出せない。何も思いつかない。
(そうだ。自分は謝りに…)
口を開き、声と謝りの言葉を出すときだ。
瞳は奥にいる一人の少女を映る。
夢の女性とそっくりな少女は目の前にいる。
十代といっしょに、

「!ヨハン!」
気づくとヨハンは走り出した。
まるで十代と明日香の視線から逃げるために彼は振り返すもなく、彼は奔った。
後ろから呼び声を聞こえたが彼は気にすることができなかった。
(何故逃げる)
(何故俺は逃げなければいけないんだ!)
ブルー寮の部屋まで戻ると少年は我に返る。
彼は何のために逃げるかわからない。でも部屋の少女と少年をみると、彼は何故か心の奥に変な気持ちが沸いてくる。
二人が一緒にいるところを見ると、むかつくなる気持ち。
(落ち着け。おちつけ…)

俺はこんな感情なんて持っていない
違うんだ。これは夢のせいだ。
俺は、…ちが…っ!


気付きたくない感情。
知りたくない気持ち。
だが彼はあの日に知った。

あの晩に、ある景色を見た瞬間に。
「…明日香からこの言葉を聞くと…オレ、カナシイ」
少年は、明日香が怪我をしたことを聞いで見にきただけで、茶髪の青年が去ったところを見て見舞う人はもう居ないって安心しながらチラッと見ただけなのに
まさか思いつかない少年・十代は中にいると思わなかった。
足が怪我した少女と一緒に。
「…明日香の怪我は、オレのせいだろう?だから、役に立てないなんて言わないでくれ」
まるでどこかに見たことがあった景色だ。
心配で怪我をした少女を見に来る紅茶髪の少年。そして同じく怪我をした少年のために包帯で手当てする少女。
どこかの夢…

どこかの遠い、遠い昔のときに、
青髪の少年の前に起きていた景色。
愛する人が、自分のことを忘れて好きな女性と一緒に笑顔を咲くところ…

――――違っ!!!!

頭を抱きながら廊下に座り込む。
信じられないよう、ヨハンは見開いた。
「ありえない…んなことあり得るか…有り得るかぁ…っ?!」

彼は夢の自分と同じ・あの少年に同じ感情を持っているっていうのか?
友達で親友で、…自分と同じ性別の男が、好きって言いたいか?!

俺は、十代が好きってことか!!

確かに考えると全ては繋げる。
相手にそのような感情を持っているから、自分以外の人が相手と一緒にいるとこをみるとむかつくなるし、何故か自分は逃げたい気持ちも、相手を独り占めしたくなることもわかる。
だが、

(認めない…認めるわけがない!)
ゆっくりと立ち上がり、青髪の少年は拳を強く握りこみ、
保健室から離れ去った。
俺は十代が好きだなんて、認めるか!!


血の跡を残して。



アニメ3期・ヨハ十『Our Allegro』
――…後ろと離れてゆく沈黙な二歩

2009.09.05