それはある日のことだった。
「ヨハンーデュエルしようぜ!」
「おーっ!」
いつもの楽しみ。
「ヨハンー腹減ったぁー」
「オイッ十代!それは俺のドローパンだぞ?!」
いつもの対話。
「なぁヨハンー一緒にサボろうぜ!」
「今日は無理だろー」
いつもの生活、いつもの俺達。
とっても平和な日々だった。
でも俺はちょっと変った気がする。
「ヨハンー!来たぜ!」
「十代?どうした…って。なに、そのドローパン山は…」
「えへへートメさんがくれたんだ!一緒に食べようぜ!」
「お、おう!」
最近、十代といると胸が痛くなる。
十代を見るとイライラしてしまう。
俺にはわからない。
彼との時間は楽しい。彼との日常は喜ばしいことなのに何故頭が眩暈する。
「ヨハァーン、助けてくれぇー」
「!って抱きつくな!びっくりすんだろ?!」
「んなことはいいから助けてくれー!」
何故だろ。
彼の声、彼の動き、彼の表情。
全ては綺麗に聞こえるのに。
「どうしたんだ?まだ俺の部屋まで来ちまって」
「だってヨハンは最近、レッド寮まで遊びに来ていないだろう?ちょっとレポートに分からないところがあるから、聞きに来たぜ」
「あー…そっか。わりぃ」
「ヨハンはオレを避けているかと思ったぜ」
「んな訳あるは、」
「じゃあヨハン!レポート手伝ってくれぇー!」
「…話、聞いている?」
「うん!」
瞳で彼を見つめるとムカつくなる。
彼の存在に何故か目が離さなくて、彼を。
「…はぁ…わかった。手伝うよ」
「やったぁー!ヨハン、大好きだぜ!!」
…視線から離させたい!
「俺、……俺は!好きじゃねぇ!」
―――…気付いた瞬間は既に言葉が伝わった頃だった。
ハッと我に返り、自分がやってしまったことに気付く青髪の少年は口を覆い、恐れながら目の前に座る紅茶髪の少年を見る。
そして明るい琥珀の瞳が揺れる刹那に、
永遠の後悔は青を塗り掛けた。
Our Allegro
――…前に進む不安定な一歩
(片手はバランスを壊れている)
思わず何度も目を瞬いてみる。
が、見えるモノは同じで、蒲公英色の眸はやっと目の前の視線は本当だと分かり、瞳の主は言葉を紡いだ。
「十代?」
呼び声に気付いただろ、テーブルに伏せる少年はゆっくりと顔を上げる。
「あ、おはよう。明日香」
琥珀色の目にいつもの明るさはない。
「おはよう。どうしたの?」
「ん?」
「疲れそうな顔をしているわ」
「あ、あぁ。ちょっとデッキを構成していて、ついに晩くまでやっちまってさ」
「それはいつも、あなたの側にいるある方と関係しているかしら」
「え…」
「おはようっス!アニキ!明日香さん!」
「!おう!おはよう、翔!」
少年と少女の対話は切られ、水色の少年・翔は二人に向かいながらご挨拶を告ぎ、十代も彼に応える。
先ほど見せた顔は嘘のように。
少女はまゆを寄せた。
「ねぇ十代、午前の授業が終ったら予定はある?」
翔が自分の席に戻る同時に明日香は十代に問う。
「え?んっと、クロノス先生に提出するレポートはまだ終わってねぇから、帰ってからやろうと思ったんだけど…やっぱりわかんねぇよレポートの書き方なんてー」
「じゃあ私、午後に弁当を作って手伝いに行くわ」
「マジで!」
「えぇ」
「やったー!明日香、だいす…」
言葉は止めた。
兆しもなく、突然続かなくなる言葉に明日香は頭を傾く。
まるで言ってはいけないことを言い出したように少年は始めに目を大きく開いて、そしてゆっくりと
顔を伏せて視線を逸らした。
授業を始まる音は学園に響き、沈黙のまま疑問を喉に戻しながら少女は自分の席に着く。
何か足りなくて、彼の隣の席は空いていた。
始まり音は耳から離れてゆく。
真っ青な空を見つめながら一人の少年は学園の屋上に臥せる。
微かな風は青に見える碧緑の髪糸を揺られていた。
(…なんだろ)
(どっかで見たことがあるような…この天空)
まるでどこかに同じ景色を感じた様、少年はゆっくりと目を細める。
どこか似ていてどこか違って。
届くのは自然の香りで
感じるのは草の柔らかさで
聞こえるのは鳥の唄で
見えるのは雲がない綺麗な空 と、
一人の少年の顔。
『まーたここで昼寝か?』
後ろに立ちながら自分を見下ろし、黒き石のピアスと共に紅茶髪の髪は風の中に踊り、
『本当に太陽の下に寝るのが好きだな、ヨハンは』
少年は緩やかに微笑った。
何度目だろう。
幻覚と夢に現れるこの紅茶髪の少年は彼の親友と同じ顔をしていて、
彼を見ると自分はどうしようもなく
彼の親友に、分からない焦りを抱いて心が操られる。
『目覚めろよ…目覚めてくれよぉ、じゅうだい!』
伝うことがあっても腕にいる者はもう目覚めることがない
…静かに、
涙は自然で頬に落ちた。