ここ数日、彼はずっと悲しい夢を見てきた気がする。
凄く切なくて悲しくて、夢なのにリアルに感じて胸まで痛む気がする。
そして同じ言葉は毎回頭の中に回っている。

『…それでも貴様は 、コイツと一緒にいることを選ぶか』

毎晩それに目覚められ、どこか痛くて、
「誰だろ?」
十代は手を胸に置いた。

 

詠唱と恋歌・ の終焉
新たな始まり

 

「あ!アニキ、おはようっス!」
「おはようドン!十代のアニキ!」
「おう!翔と剣山か、おはよう」
「今日は珍しく早いじゃないか、十代」
「あぁ!今日の万丈目は相変わらず真っ黒じゃねぇーか」
「サンダーだ!」
いつも通りに教室に着き、十代は席に着きながら仲間に挨拶をした。だが何かが足りなくて、周りを見渡すと彼は気付いた。
「なぁ。ヨハンは来てねぇか?」
「まだ来てないっスよ?」
「迷ったんだろ?アイツはどうしようもない方向音痴だからな」
「まさかー」
「いやいや。森の中で迷った方が確実だドン!」
「森の中に意外と危ない動物はたくさんいるじゃないスか!ほら、前にはサルの事もあったんだし」
「もしかしたら海港までたどり着いて、そしたら偶然に船に乗ってしまって今頃は海のどこかにいる……なんちって☆」
アハハと冗談に笑う十代達だが、笑顔はすぐに停止した。
(…何かありえそう)
確かに一階から二階へ行くだけでレッド寮から離れる方向音痴のヨハンならありえる!
「オレ、やっぱヨハンを探してくる!翔、後は頼む!」
「えっちょっとアニキ!もうすぐ授業が始まるっスよ!」
「先生に迷子を捜しに行きますって行ってくれ!じゃなぁー」
相手の返事を待たず、あっという間に廊下から消えた十代に翔は思わず溜め息を付く。
「まったく…アニキったら、そんなにヨハン君が好きなのか?」
「似た者同士だ。デュエル馬鹿をほっとけ…」
「本当にただのデュエル馬鹿か」
三人共頭ごと振り返ると銀髪と白いスーツが視線に映る。
エドだ。
「どういう意味だ?エド」
「アイツらには僕達が勝てない絆がある。誰よりも深く、重い絆だ」
普通の人は勝てるはずがない。
彼は彼のために全てを賭け、彼は彼との約束を守るために最期まで守り続け、転生していても想いは魂に残るほど、
彼らの間に入れる人はいるだろうか?
「あの二人を応援するなんて珍しいじゃないか、エド」
「応援?勘違いするな」
思わず口元をあげる。
「手間が掛かるモノこそ、手に入れる価値があるぞ?」
「うわぁ…今日のエドはすっごく危ない感じがするっスね、剣山君」
「俺もだドン」
「では僕は先に失礼するよ。……、そうだ」
チラッと教室の前にある立つ姿を見かけ、エドは去ろうとしたが何かを思い出したみたいに足を止め、翔や万丈目と剣山を見る。
「ヨハン・アンデルセンに会ったらあいつに伝えてくれないか」
楽しみにしているようにエドはニヤリと笑った。

『ちゃんとアイツを守れよ、馬鹿兄上!』…と。
「やっぱり寒いっスよ今日のエドは!!」
「気持ち悪っ!」
「まったくザウルス!」
思わず悪寒を感じた三人だった。

 

◇ ◆ ◇

 

「お前」
手にある調査報告からエドは隣の亮を見る。
「随分と楽しそうだ」
「まぁな」
淡々と応え、エドは再び目を報告に通した。

『闇』に襲われた人々の意識は戻った。
嵐が去ったように『闇』と接触がある人々は全員無事に意識を取り戻したが、竜王や『闇』に関する記憶は何故か消された。
しかも人間だけじゃない。万丈目と一緒だったカードの精霊・おじゃまグリーンとブラックも竜王の事について記憶は無くなった。
特に万丈目や翔は十代の事件が始まった以後も一緒に事情を調べていたため、彼らは数日の記憶を失ってしまった。
忘れていなく、はっきり事情を覚えているのはエド、ペガサス会長、亮とカードの精霊・おじゃまイエローのみだった。
本人であるヨハンと十代も、そのことを忘れた。
「ところで、『闇』の力…あの『ユベル』っというカードと十代のことについて調べてきた」
「ほぉ?結果はどうだ?」
「予想通りだった」

 

精霊は人間に転生するため、魂の中に精霊を意味する『力』の部分を分けなければ転生はできない。曾て『ヨハン』と『十代』は人間に転生したいと願った。願いは叶えられ、『光』と『闇』の力は其々の石版に封印され、二人とも人間に転生することができた。
だが、『闇』の石版はペガサスに発見されてしまい、たった一枚デザインしたカードは『闇』の力を得て、ペガサスを通して転生した『闇』の主・遊城 十代を見つけた。
始めにペガサスは十代がカードに選ばれた者と思い、十代にカードを譲った。それは始まりの悲劇だった。
生まれ頃から転生前の記憶を持っている十代は年に一度だけ『十代』になる。その日に『十代』は『闇』の力を持つカードを使い、人々の力を奪いながら倒れさせた。
あの後に、元に戻った十代は両親にペガサスところへ連れて行かれ、両親の頼みでカードは宇宙へ飛ばされた。たが、丁度十代を連れてきた処には『闇』の石版を調査しているところだった。
十代を見かけた『闇』の石版は十代の前に破れ、中の力は彼の体に入り込んだ。そのため、『闇』の意志である・覇王は『闇』のカードが手になくても『闇』の力を持っている訳だ。
『闇』のカードはいつ地球に戻るか分からないが、多分長い時間が経っても戻ることはないだろう。
二人はそう思った。

「エド」
最後のページを読み終わる時だった。
亮はエドに問った。
「お前は以前の記憶を消さないって聞いている」
「…あぁ」
調査報告を閉め、エドは報告を亮に返す。
「僕の勝手だろう?」
「お前が以前の記憶に惑わされるのではないかと考えたぞ」
「馬鹿な話だ」
…あぁ。例え普通の人があの二人の間に入れなくても彼は違う。
彼には重なっている『二つ』の思いを持っている。
「僕を誰だと思っているんだ?ヘルカイザー亮」

彼には、彼なりに者を守る手段がある

相手の笑みに亮も思わず「フッ」と笑った。
「それは失敬した。以前より狡くなったぞ、エド。いつかまたお前とデュエルできるなら楽しめそうだ」
「奇遇。僕もだ、ヘルカイザー亮」
お互いを見ながら同時にクスッと笑い、二人は肩を並べながら廊下に進んだ。

 

『…それでも貴様は 、コイツと一緒にいることを選ぶか』

「うわぁーわりぃ、十代!迎えに来てくれてありがとな」
予想通り、見事に森で迷ってしまったヨハンはまた新たな危険に落ちる前に十代に助けられ、二人は改めて普通の森の道へ向かった。
「助かったぜー今日の朝はさぁ、ペガサス会長からもうすぐレインボードラゴンのカードが完成するって聞いたから、ワクワクして道を見てなかったー」
普通に歩いても迷うイメージがするぜ、思わずこっそりで十代はツッコんだ。
「でもヨハンって本っ当にすげー方向音痴だな。オレだって毎日は森で迷わないぜ」
「ハハハハ!きっと前世の俺もとんでもない方向音痴だ!」
「あり得るなぁー!」
清やかな笑声は森に響き、近いところに外からの光が見え、十代とヨハンは向かう。
二人は海岸にたどり着いた。
「おうっ!海かー」
砂浜を歩きながら少年達は海を見つめる。
時に優しく、時に厳しく、時に激しく、時に悲しく、時に明るく…まるで人の感情を響く音色を感じているように十代が耳を傾けている時だった。
「なぁ十代」
突然、ヨハンは発問した。
「海が好きか?」
まるでどこかに聞いたことがあった質問だった。
「うーん、ちょっと違うかな」
少し嬉しそうに少年はヨハンに微笑む。
「空も好きだぜ。色はオレの好きな色なんだ」
まるでどこかで聞いたことがあった答え、どこかで見たことのある笑顔。
ヨハンは彼に、手を伸ばした。
「十代」
「ん?」
「好きだよ」
「……、え?」
「何がここ数日、俺とお前も熱で寝惚けちまってさ、記憶はなかったんだけど覚えているか?数日前、俺がお前に言ったんだろ?『好きだよ』って」
確かに十代は覚えている。ここ数日について記憶はなかったが、数日前のことは覚えている。
突然の言葉で、たった一言で。
あの日の彼の心臓の音は酷くうるさくて、自分さえ誰なのか分からなくなった。
「別に、俺は十代に俺の気持ちに応えて欲しい訳じゃない。ただ、十代。認めて欲しいんだ。俺をただ一人の『人間』として、お前の隣に居られることを認めて欲しい」

『…それでも貴様は 、コイツと一緒にいることを選ぶか』

頭に夢の質問が再び湧く。
『例え目の前の者がいつかお前を地獄へ落とすであろうと、いつかコイツはお前の敵になろうと、お前はまだコイツの手を取り、コイツを選ぶか?』

始めに少年は驚いたが、すぐに彼は笑ってしまい、意味がわからないヨハンは頭を傾く。
そして十代は顔を上げた。
(聞かなくていい質問だ)
彼も同じく、ヨハンに手を伸ばした。
「オレも」
少し恥ずかしそうに十代は笑う。
「オレもただ一人の『人間』としてヨハンの側に居られ、ヨハンと共に前へ進めるなら、オレは
お前を選ぶ」
呆れたか、物凄い表情を出したヨハンに十代は「プッ」と吹き出して、次にヨハンも我慢できず、二人は爆笑する。
身守るように七人は微笑み、静かに消え去り、カードは緩やかな光を表す。

笑声は水の奥に小さな波を作り、黄金の両眸はゆっくりと伏せていき、
少年は眠りに堕ちてゆく…




遠くない未来に、水の奥にいる少年はきっと再び目覚めるだろう
近い道の先に、『闇』の力はきっと宇宙から戻るだろう
それでも二人の少年は前へ向かうだろう
お互いを認め、背中を合わせ、手を繋いで

新たな未来へ走り続く
二人のアリア。