これからのページは竜王パロ『二線上のアリア』の話にある、『平行線上の恋歌』の最終章だった話です。いわゆる外伝です。
竜王の最期を書かれている話です。
正直、見たくない方は見ない方がいいと思います。そのままスルーしてください。

かなり謎で切ないので…。















彼はずっと見ていた。
兄がどれだけあの人を想っているか、どれだけあの人を大切にしているか、彼は知っている。
そして、あの人のことも。

 

真っ青な色。
まるで世界を抱きしめているように広がる空は澄んで微風は静かに唄い、翼は開く。
僅かな赤と混じる青糸は鈴の音と共に舞ってゆく。
青年が腕を上げると、気付いたように一匹の鷲が上に停まる。
小さく口元をあげながら青年は再び露台の外を見る。
世界の果て。空の向こうへ。
「『竜王様』」
後ろに銀髪の青年が近づく。青年は振り返らずに鷲を見て、風は青色の髪を撫でていた。
「『エドか。どうした?』」
「『竜王…いいえ、兄上。貴方に頼みがある』」
紅き姿の者は舞う。
「『何だ?』」
「『あの人を忘れてくれ』」
「『……』」
まるで翼を開いているように織物は者と共に唄い、風の中に揺れて行く。
「『…エド。俺は竜王の役目を忘れていないぜ?』」
「『はい。知ってます』」
「『想いさえ、俺には許されていないってことか』」
「『…あなたは竜王です、兄上。…証・虹の鈴と共に、我々精霊界の全てを統べる王です』」

彼は知っている。見ている。
だからもう、見ていられない
「『あなたには王妃様がいます。あなたと共に未来へ向かう人がいますよ』」
「『…知っている。』」
それでも彼の兄はきっと諦めないだろう
きっと、最期まで彼は空を通して、世界を通して、向こうにいる大切な者を見つめるだろう
竜王である義務と誇りさえ、あの人のために捨てることができる兄だから
「『…もう止めてくれ、兄上』」
花のような紅茶の長髪と飾りの青い宝石は輝く。
「『例えあなたがどう想っていても、貴方達の手は…』」
鷲は離れる。
掴むことができないと伝えている様に、鷲は翼を開き、
「『もう、離れていたよ』」
ヨハンの手からはなれた。

 

どこかに、羽根は降っていく。
まるで暖かさを感じたかのように、紅茶髪の青年は羽を拾い、空を見上げた。

 

恋歌・  の『 』章目
記憶の想い

 

「お前、大丈夫か?」
琥珀色の眸が視線に入る。思わず銀髪の青年は目を瞬いた。
苦しそうに座り込んだ自分を心配しているのだろう、紅茶髪の青年は彼に近づき、彼に声をかける。
「?喋れないのか?」
少し迷うが銀髪の青年・エドは頷いた。
『闇』が封印されてから、人間界と精霊界は少しずつ平和に戻り始めた。
二つの世界を繋げる道は既に閉じたが、再び『闇』を現せないよう、時々エドは使者として人間界に向かって様子を見に行ってくる。
でも次元と種族が違うため、人間界の空気に慣れないエドは疲れやすい。
少し道に座り込むと一人の青年が彼に声を掛けた。
エドは言葉を失った。

――――相手はかつて、彼の兄が全てを賭けて救った人間だった。

「あ、じゃあ聞こえか?オレの言葉。こ、と、ば」
できるだけゆっくりと言葉を伝えながら口を指す。
聞こえないなら頷きなんかしないよ…思わず心の中でつっこんだエドだった。

兄のヨハンと違い、エドは人間界の言葉について上手くはない。使者の仕事を請け、彼はできるだけ人間界の言葉を習った。…だが、以前の事件もあり、人間と関しない方がいいと思う彼は人間界では喋れないことにした。

(まさかよりによってコイツに会うとは…)
思わずため息を付き、エドは青年に頷く。
すると青年は小さく笑い、彼に手を伸ばす。
「?」
「ここに座ったら余計に苦しいぜ?ここは暑いし。涼しい場所を知っているから、一緒にいこうか?」
本当に警戒心のない人だ。エドは思う。
彼と兄のことについてエドは詳しく知らないが、一言だけ兄から聞いたことがある。
『優しい馬鹿』と。
少し苦く微笑み、エドは彼の手を取った。
「あ、そうそう!」
思い出したように青年は肩を並べるエドを見て、自分を指す。
「オレは十代。よろしく!」
明るい笑顔は飾りの青い宝石と共に輝き咲いた。

 

「『―――……できるだけ世界中を見回してみましたが、『闇』の姿は無さそうです。詳しくは報告書に…』」
「『そうか。ご苦労、エド』」
人間界の調査報告を受け、エドは報告書である石をエメラルドに渡し、ヨハンは目を通す。
「『人間界と精霊界の空気は違うため、疲れたんだろう。しばらくは休んでいい』」
「『はい。竜王さ……いいえ、兄上』」
いつもと違う呼び方にヨハンは報告書・石の映像から顔を上げる。
だがエドは何かに迷っているみたいに、言葉を出さなかった。
「『竜王様、ワシは先に失礼する。貴方もそれを読んだ後に休んでおくれ』」
エドの迷いに気付いたのだろう、年上のエメラルドは緩やかな笑顔を見せ、扉を閉めた。
「『どうした、エド』」
「『………』」
二人っきりの空間になっても黙るエド。ヨハンは静かに、目を伏せた。
「『人間界で、』」
ドキッと肩が跳ねる。
「『彼に会えたか』」
「『……………は、い』」
長い沈黙の後に銀髪の青年は口を咬みながら応えた。
「『申し訳ない。しかし僕は決してわざと会いに行ったんじゃない!あれは本当に事故で…』」
「『俺はお前を責めるなんて言ってない』」
ハッと顔を上げ、ヨハンはただ視線を逸らして、露台の外を見つめている。
エドは立ち上がった。
「『エド。』」
「『はい』」
「『何故俺はお前を責めると思う』」
何故、と。
エドは口を噛んだ。
「『彼は兄上の大切な人だからだ。』」
「『……。俺は、こっそりと彼に会いに行くお前を怒るとでも思ったか?エド』」
思わずクスクスと笑ってしまい、ヨハンは語る。
「『エド。お前は一つ大切な事を忘れていないか』」
「『?』」
「『彼は、俺の想い人という存在にほかならない。…記憶を失った今の彼は、俺の片想いの相手でしかない。…いいや、どっちも同じだ』」
「『え…』」
外を見つめる青い眸。
「『手に入れることも、会いに行くことも、俺には許されていない。…俺は竜王の道を選んだ。ならば俺にできることは一つしかないんだ。』」
時間の流れに明るく輝いていた瞳は落ち着き、柔らかく、優しく空を見つめている。でもどこか悲しい、切ない揺れが目の奥に残っている。
(彼の幸せを祈り、見守ることしかできない)
「『彼は、元気か?』」
「『…はい。昔の兄上が言っていた通り、『優しい馬鹿』でした』」
「『プッ……そうか』」
懐かしさに視線を逸らし、鈴の音色に耳を傾ける。
「『……それでいい』」
少し、鈴の音は悲しそうに聞こえた。
(元気で、本当によかった)
(十代)

小さな優しい、でも悲しい笑顔。
銀髪の青年は兄の表情を見て、言うことができなくなった。
片想いではないと。
(兄上。アイツは、)
記憶を失ったわけではないと。
(十代は今でも兄上を…!)

待っているんだ、オレは
「?」と振り返るエドに十代はクスッと笑い、草地から立ち上がる。
「オレにもわかんないけど、毎日毎日オレはここで何かを待っているんだ。」
彼は子供の頃の記憶を持っていない。
気付いたら自分は少年の姿で森の中の木屋に暮していた。でも、何故か心の奥に何かが足りないと思っていた。
そして感じた。何かが来ると。
木屋の外に出て、周りの森を見つめ、幻のように戻る人の姿が頭に浮かんだ。
「正体なんてわかんねぇし、何故ここで待たなければいけないのかオレにもわからない。…でも、」
青い宝石を握り、十代は目を伏せた。
「オレは、ここで待ちたいって思った」
何かが戻ってくる。
きっと戻る。そしてその『者』に、何かを伝えたい。
何か大事な、大切なことばを。

彼は、相手に伝えたい。

きっとそのときだろう。
元気で、明るくて太陽みたいに咲く笑顔は悲しい色に塗られているのに、彼は優しい瞳をしている。
命を抱きしめる、宝石のように柔らかな光の琥珀の両眸。

エドが初めて、光に惹かれた時だった。

◇ ◆ ◇

 

「『エド』」
竜王の部屋から出るところを後ろから呼ばれると、そこに二人の女性が居た。
「『アメジスト、王妃様』」
ピンク色の女性とお腹が膨れている女性だった。
「『竜王様と面会しましたか?』」
「『はい。少し、話がありまして…』」
ゆっくりとエドに頷き、お腹を撫でながら王妃は部屋に戻る。王妃は無事に戻ると知り、アメジストは慎重に扉を閉めた。
「『何があったの?エド』」
「『え?』」
楼閣に戻るために二人は一緒に廊下を歩く途中、アメジストはエドに話を掛ける。
「『凄く複雑な顔をしているわ』」
「『……アメジスト』」
「『うん?』」
少し迷うが何かを決心したようにエドは彼女に問う。
銀色の眸には真剣な眼差しが宿っていた。
「『人を好きになるってことは、一体どんな気持ちだ』」
だが質問された事は衝撃だった。
(こ、この子…真面目な顔なのに…)
思いもしなかった言葉だからだろうか、アメジストは思わず呆れた顔をして、少しだけ笑声が口から漏れる。
「『好きな人でも出来たの?エド』」
「『違います』」
(あらら…エドったら本当に真面目な子だわ)
敬語と共に即答され、アメジストは小さく溜め息を付いた。
「『どうしたの?急にそれを聞いて』」
「『ただ、僕は兄上の気持ちが分からない』」
「『?ヨハンの?』」
「『…あぁ。やはり、僕には分からない気持ちだ』」

ゆっくりと部屋に入る王妃に気付いたんだろう、ずっと露台に座っていたヨハンはすぐに彼女の側に向かい、柔らかい椅子に座らせる。

「『兄上は今も人間界にいる『あの人』のことを想っている。アメジストも気付いてるんだろ?』」
「『もちろんだわ』」
「『兄上は今でも『あの人』が大切だと言っている。でも、兄上には王妃様が居るじゃないか』」
「『ええ』」
「『しかも王妃様を選んだのは兄上自身なのに、何故王妃様を裏切るような言葉を口にするのか、僕には分からない』」

ゆっくりと座らせ、微笑む王妃にヨハンは少し口元を上げ、指をお腹に触れる。
優しい音と動きを感じる。

「『ヨハンは確かに王妃様を愛しているわよ』」
「『ならば、』」
「『でも、それは『竜王』としての愛情であり、ヨハン自身の愛情ではないのよ』」
「『…、…えぇ…?』」

負担にならない様、ヨハンは王妃のお腹を抱きしめ、耳をお腹に近づける。
新たな命の音色を聞きながら、二人は微笑した。

「『竜王として、ヨハンは自分と共に平和を望む女性を選び、彼女と結婚したわ。ヨハン自身は彼女を愛しているのではなく、竜王の伴侶として彼女は相応しい人物だから、竜王は彼女を選んだの。…王妃様もそうだわ』」
「『王妃様も?』」
「『王妃様も、ヨハン自身は彼女を愛していないと分かっているわ。でも、王妃様も例えヨハン自身は彼女を愛していなくても、竜王として彼女を王妃として選ぶなら、彼女も王妃として竜王を愛し、平和のために彼と共に一生を過ごそうと…』」
「『―――…それは、統べる者の義務ってことか』」

 

思えばよく聞く話だ。
例え王は王として相応しい人物だとしても、伴侶もそれに相応しくなければ国を統べることができない。
伴侶は王が愛している人であっても、王妃になれないなら国はただ平和を失うだけだ。
だから王には難しい事だ。
愛する人であり、伴侶にふさわしい人物を見つけるのは酷く困難だ。
寧ろ、運命や奇跡がなければ、ありえない話に近い。

 

ヨハンは分かっている。
眠る王妃の髪を撫で、静かにヨハンは目を伏せる。
『例えあなたがどう想っていても、貴方達の手は…
もう、離れていたよ』
彼は知っている。すでに理解していることだ。
ヨハンは自らの意思で十代から離れ、自らの手で十代の中にある、自分との記憶を消した。
そしてヨハンは故郷の精霊界に戻り、竜王を継ぐんだ。
彼と十代はすでに違う世界の者…いいや。最初から二人は違う者だった。
ただヨハンは夢を見たかった。
自分自身の幸せを見つける夢を、彼は見たかった。
『兄上…いいえ、竜王様!貴方はもうすぐ生まれてくる、自分の子供に見せるのですか!父上である竜王は母を見ず子供を見ず国を見ず、ずっと別の世界にいるある人間しか見ない父上を、貴方はこのような父上になるつもりですか!?…このような父上を、子供に信じさせるのですか?彼らの父上は国の平和を愛する竜王だと、本気で思ってくれるんですか?』
弟の言葉にある記憶を思い出す。
最後までエドは知らない。宝玉獣の者も知らない。
彼が側に置いていきたかった人間は、彼と兄弟だと。命を『闇』の器に与えたのは彼らの母である竜王と人間の世界王だと。『闇』により強い力を与えたのは、彼らの母がそれを恐れて人間界に捨て置いたからだと。
そして彼も、『闇』を爆発させたのだと。
ヨハンは誰にも言うことができない。できなかった。
恐れているからじゃない。…彼にとっても、複雑だからだ。
彼が尊厳している竜王である母上は『闇』を恐れ、自分が誤った罪から逃げ出すために『闇』の器…自分と繋がっている子を捨てた。
彼女の子として、竜王を継ぐ者として、……
彼女に対する気持ちはどんなモノになっているか、わからなかった。
(一つだけはっきりわかる)

―――彼は、自分の子に同じ想いをさせたくない。

(忘れなければいけない)
(もう気にしてはいけない)
優しいキスは王妃の額に贈り、かつての頃にある少年に贈った時と同じと感じながらヨハンは目を伏せた。
もう 過ぎたことだ…
「『読み終わったら休もうか』」
卓におく報告書の石の一つを手に置き、再び映像を現させる。
記憶されている映像は人間界のモノだ。
「『にしてもエドも苦労したな…何回も人間界に行ってそれを調査してきたんだ』」
(あいつは人間が嫌いなのにな)
苦く笑いながら映像を続く。
相変わらず貧乏な景色は見える。だが、彼が知っている頃より笑顔は人々の間に咲いている。
平和は、少しずつ人間界に戻っていく。
思わずヨハンは頬を緩める。
…はずだった。

映像に一人の姿が映っている。
赤に近い紅茶色の長髪の踊り子。
「……――――」
青眸はゆっくりと見開いていく。
腕にいる織物と共に鈴の音は舞い始め、澄む音色は微風の中にゆっくりと響き、まるで地上を抱きしめているように優しい旋律は唄う。
踊りはまるで空への捧げのような。
「な、…ぜ」
中性に見える線条の体が創り出す踊は酷く不思議に感じる。空から現れた使者が人々を導くみたいに、
琥珀色の両眸は優しく見える。
「、……」
ゆっくりと腕を上げる。
伸ばすと触れるように、伸ばすと近くに居れるように、伸ばすと彼を
抱きしめれるように。
「じゅうだ、」

 

映像は消えた。
報告書は終った。映像も終わりに向かって消えた。
なのに、手は酷くさびしい感覚がする。
あれは映像だけなのに。あれは現実のモノではないのに。
「…じゅう、だい…」
何故みせた
何故彼を忘れようとする時にその姿を見せたんだ

 

初めて子供と暮す時、彼は料理を作ってくれたが合わない味に思わず黙ってしまった自分に子供は笑う。
植物を植えることがなくて、水のやりすぎで植物の元気がなくなっても子供はただ苦く笑って、もう一回教えてくれた。
悪夢で寝られない子供のために一晩中彼を抱きしめ、寝息が聞こえるまで彼は子供の背中を撫で、子供は眠りながら自分の背中に腕を回した。
道に迷って長い時間帰ってこなかった日。いつの間に少年となった子供は彼を見た瞬間に彼を殴って、泣きながら彼を抱きしめて「おかえり」って言った。

 

…あぁ。
何故だろう。
忘れたいのに、頭から湧いてくるのは彼との思い出ばかりで。

忘れたい。忘れたくない。
久しぶりにまた見えた彼の姿を恋しいと感じる。抱きしめたくて、触りたくて。
―――何故俺はできない?

「『王は国を守る者…』」
そうだ。俺は王だ。精霊界を統べ、平和を与える王者・竜王だ。
なのに何故愛する者を触る幸せさえ手に入れな…
〈手に入れたいのかい?〉
「『?!』」
ドクッ
心臓が大きく跳ねた。
〈ならば手に入れてよ〉
(誰だ!)
心臓の位置を触る。心臓はいつもより違って、跳ね音は少し速い。…彼の心臓の音じゃない。
そして直接頭に入り込む声。
頬から汗の滴は落ちた。
(闇か?)
〈流石竜王と呼ばれる方。すぐに分かるじゃないか。…僕は『ユベル』。災いを意味する、ユベルだ〉
うふふと不気味な笑みが届く。
〈竜王よ。あの子が欲しいだろう?僕には分かるよ?だって僕は君の中の『闇』であり、君の本心だよ〉
(去れ。てめぇの誘惑に俺が落ちると思うか?)
〈つれないね……でもそういう強いところが、
十代が君を好きになった理由なんだよね…
そうだろう?〉
ヨハン
(―――っ黙れ!)
一瞬、十代の呼び方で動揺したヨハンに『闇』は口元を上げ、ゆっくりと彼の耳元に近づく。
〈ずっと欲しかったのに、どうして我慢するんだい?…君は王なのに、どうして手に入れたいモノを望まないの?君はその子を想って…〉
どこから現れる、竜族のような腕は後ろからヨハンの首を伸ばし、彼の顎を上にむかせる。
まるで天使の甘い言葉のように『闇』は伝わった。
〈好きでもない女を抱いてきたのに?〉
瞳が伏せる瞬間に腕は二つとなった。
(…もう一回言ってみろ)
銀色の剣を『闇』に刺しながらヨハンは睨む。斬られた腕は霧のように形が消え去り、『闇』は笑う。
〈僕はただ真実を言っているだけだよ〉
(どうせてめぇは俺の体から逃げ出したいだけだろ。俺はお前に体を譲るつもりはねぇし力をお前に渡すつもりもない!…俺は竜王だ。この精霊界に平和を与える存在だ!)
〈自分の幸せさえ手に入れない王は人々に幸せを与えることができるのかい?〉
(俺はてめぇのようなモノに説教されるヤツじゃない!)
何故か『闇』はクスクスと笑い始める。
〈予言しよう、竜王。いつか君はきっと僕に体を譲って、君の弟から貰った剣はやがて血に塗られ…〉
ゆっくりともう一つの腕を上げ、長い指はヨハンを指した。
〈君はこの平和を自らの手で、壊すよ〉

 

竜王は確かに『闇』の封印に成功した。結果は違う方向に向かってしまっても、竜王の封印は完璧だった。
『闇』は現れた。
銀髪の青年がその原因を知るのは、既に全てが結末に向かった頃だった。

 

「『竜王さ…兄上の具合が?』」
少し呆れた様にエドはエメラルドを見る。
「『兄上は風邪でも…』」
「『いいや。体調はいいんだが、ただ何かを抑えているみたいに、いつも苦しい顔をしているのジャ』」
「『…兄上は中に?』」
「『あぁ』」
「『そうか。…失礼するよ、兄上』」
二回叩いて扉を開く。
いつも通りに露台の前に青髪の青年は座っている。エドは近づきながら「『あにう…』」を呼ぼうとする時、小さな動きが視線に入る。
…青髪の青年の手は、僅かに震えている。
「『兄上?』」
声に気付いたんだろう、ヨハンは外から視線をエドに振り返った。
「『…あぁ。エドか』」
ホッとした様にヨハンは微笑み、エドはまゆを寄せた。
「『どうかしたのか?兄上。具合は良くないと聞いたが…』」
「『ちょっと疲れただけだ。大丈夫だぜ?』」
「『よかったら僕にも見せましょうか?エメラルドまでにはならないが…』」
「『いい』」
軽く、優しくエドの手を振り、ヨハンは苦く笑う。
「『ただ疲れているだけだ』」
兄上…?
「『エドは、』」
エドの反応から逸らすヨハン。弟がまだ反応していない間に彼は再び言葉をつむぎ始めた。
「『俺を憎んでいないのか?』」
「『…はぁ?』」
思わず呆れてしまう質問だった。
「『いきなりどうしたんだ?』」
「『本当は、エドはなりたかったんだろ?…竜王に』」
一度だけ目を瞬いてみる。
ヨハンは続ける。
「『エド。もし、お前が俺の弟じゃなくて、俺の兄ならお前はきっと竜王になったんだろう。俺よりお前は冷静で優秀だ。…最近、思うんだ。俺が居なくなっても、お前はきっと平和を人々に与えることができる』」
「『断る』」
あっさりと断ったエドにヨハンは少しだけ驚いた。
「『なんで?』」
「『この馬鹿兄上…まさかここ数日もずっとこれを考えていたんじゃないよな?』」
「『いや、そうじゃねぇけど…』」
「『竜王は貴方だ、兄上』」
真っ直ぐにエドはヨハンを見つめた。
「『以前も言っていたように、僕はあなたみたいに精霊界だけじゃなくて、人間界まで平和を与えたいと思わない。僕はこんな素晴らしい心を持っていな…』」
「『今のエドなら、きっとできる』」
一瞬、肩は跳ねた。
「『…どういうこと?』」
「『好きな人』」
指先は動く。
「『好きな人、出来たんだろう?エド』」
指でエドの眸を指しながらヨハンは笑う。
「『エドの目が柔らかくなったから分かるぜ?…昔のお前はまだ人を好きになったことがないから、全てを捨てても何かを守りたい気持ちが分からなかった。でも、今のお前ならきっと分かる。何を守りたいか、その者のために何をしたいか…エド、もう分かっているだろう?』」
「『――――…兄上は、知っているのか?僕の、好きな人』」
「『いいや?』」
彼は頭を傾ける。
「『どんな女性なのか知らねぇけど、エドの好きな人ならきっと素晴らしい女性だなーって思うぜ』」
…少し複雑な気分だ。力が抜けながらエドは思う。
もし彼の好きな人の正体を知ってしまったら、兄であるヨハンはどう思うだろう?
きっと、愕くに違いない。
「『ただ、』」
続く言葉にエドは顔を上げる。
そして呆れた。
「『エドの目は昔の俺に似ているって感じた』」

……悲しく切なく、複雑そうに青髪の青年は笑顔を咲いていた。
「『叶われない恋歌を、唄っている目だ』」

 

彼は本当に知らないだろうか。
兆しもなく、エドは目の前の者が恐ろしいと感じた。
そのまま聞くと兄は弟の好きな人が知らないって言っているのに、瞳と言葉の内容からすると兄はその者の正体を知っているように感じた。
彼は本当に知らないのか、それとも知らない振りをしているのかエドはもう分からない。
でも一つだけはっきりすることができる。
「『――――この馬鹿兄上ぇ!』」
突然、銀髪の青年は兄を殴った。
「『え、エド?!』」
「『今すぐ!すぐに人間界にいけっこの馬鹿兄上!』」
「『はっ?!』」
まだ反応できない間にエドは既にヨハンの服を掴め、彼を睨んだ。
「『ここで頭を使うなら行動でやってくれ!兄上があの人を忘れられない理由は、兄上は彼に果たせなかった約束があるからだろ?!だったらあの人に会いにいけ!そして約束を果たして戻ってこい!今の兄上は、竜王になる資格がない!』」
「『…―――っ?!』」
「『僕が尊厳している兄上はやることがあれば行動する者だ!方向音痴で正直者、それでも彼は僕が尊厳する兄だ!約束を果たせたいなら行け!そして戻って僕等の竜王になれ!…そうすれば、兄上はもう迷うことがない。あの人は永遠にあなたの側に、あなたの思い出の中に生きることができる』」

 

…思うと。
確かに彼はその時に気付いた。
彼はずっと十代を思い出にすることができなかったのは、彼に果たさせたかった約束があるからだ。
だから忘れたくなくて、空の向こうの世界を見つめていた。
彼は十代を忘れたくない。彼は十代に恋歌を唄っていたからだ。
だが彼も気付いている。
それはすでに、過去の話。それはすでに、過ぎたこと。
彼もいつか、忘れなければいけないと知っている。
でも弟の言葉に彼はやっと目を覚ました。
思い出であろうと、彼は自分の心の中に生きつづける。
ならば、これでいい。

彼はもう、十代を巻き込まずに済む。

 

でも同時に、後の事だが。
『闇』を甘く見ていなかったら、十代を会いに行くと決めていなかったら

……未来はきっと、今みたいにならない。

 

(本当は知っていた。それでもお前に会いたいと)
「またここに座ってんのか、エド」
ゆっくりとコートを着く青年は顔を上げ、鳶色の瞳と太陽の下に輝く紅き長髪は瞳に映る。
「?どうした?」
戸惑いな視線に気付いたんだろう、十代は頭を傾けながら聞くが、相手は「なんでもない」と頭を左右に振り返って、改めて青年に微笑する。
「暑くないか?」
「……。」
青年は頭を振った。そうかっと小さく呟き、十代は彼に手を伸ばす。
「ほら、行こうぜ」
「……。」
(近くにお前の顔を見て、お前に近づきたいと)
ゆっくりと相手の手を握り、青年は立ち上がり、コートの奥に僅かの青糸が見えた。
(お前は幸せになっているか、確かめたかったよ)
(十代)

「オレさ、ずっと思ったんだけど」
?と地面の草から顔を上げ、青年は少し前のところに立つ十代を見る。
「エドはオレが待っている者とすっげー似ているんだ。そんな感じがする」
(彼は忘れているのに)
「時々感じるけど…なんでだろう?今日のエドは、」
(彼は覚えていないのに)
「まるで『アイツ』みたいな気配がする」
「……――――」
「エドがアイツなら、いいのにな?」
静かに立ち上がり、腕を心臓に置く。
「そしたらオレは会えるんだ。ずっと待っていた者が目の前にいたら、オレは何かを伝えたい。」
(なのに彼の心の中に記憶は生きている)
「会えれば、いいのにな」
久しぶりに見えた目だ。青年は思う。
昔より成長していて細くなった代わりに柔らかくなった琥珀色の両眸。遠い空の向こうを見つめ、優しく、柔らかく、愛しく、寂しく、恋しく、悲しみながら笑顔を咲いて行く彼の瞳は鏡のように純粋を輝く宝石の様な、
…綺麗に感じた。
(あぁ。そうだった)
ふと青年は思い出す。

彼はその悲しみながら笑顔を咲かす彼に惹かれたのだ。
自分の心を隠す彼に、惹かれた。
「……、…」
(十代)
少しずつ心臓の位置を掴み、汗は手に伝わる。
(時間はないけれど)
(楽しかったぜ)
「?もう帰るのか?え…」
優しく引っ張れる腕。
羽を触っているように、大切なモノを守っているように、
青年は紅髪の青年に腕を回し、抱きしめ

揺れるコートに青い髪糸は太陽の下に現れた。
(またお前に会えて、よかった)
(ありがとう)
「愛している」
小さな呟き、静かな恋歌。

次の瞬間に相手を腕から放し、紅髪の青年が我に返る間に、目の前はすでに者は居なかった。
まるで幻覚の様。
「……、……ぇ…?」
でも腕と肩には残っていた。
あたたかな、優しい感覚。
そして、懐かしい気持ち。
『必ず戻ってやる』
ゆっくりと目は見開いていく。
『約束する。…すぐに、戻ってくるよ』
彼は、語った。
「… よ、  は…ん?」
『俺が戻ったら、俺に言ってくれ。―――……』
おかえりって。

 


…以下の記録は、竜王の弟・銀髪の青年が石版に記録し、彼の兄への言葉だった。

 

親愛なる兄上へ

貴方がその石版を目にかかるときがあれば、きっとそれは兄上が転生し、再び『闇』に関わる頃だと思う。これから兄上に話す事は貴方が大切な者と再会し、精霊界に戻った頃の貴方・竜王のことだ。
精霊界に戻った竜王は『闇』に操られた。
確かに竜王は『闇』を封印した。封印も完璧の筈だった。
僕が思うが、多分『闇』は再び現れる理由は竜王自身の問題だ。
竜王はまだ若いため、若き心や感情は不安定だから力を自由に操ることができず、『闇』はそれを狙った。
…もしかしたら、最初からその運命は決められていたのかもしれない。
竜王を操った『闇』は竜王の手を借り、次元の力で精霊界を壊した。竜王の次元の力は巨大だ。そのため、精霊界は分裂され、人間界を加えて、次元は十二次元になった。
精霊界の人々は竜王の手によってころされた。
宝玉獣達はすぐに竜王の異変を気付き、『闇』と戦った。が、やはり竜王の力にたどり着かない宝玉獣は次々と倒れ、王妃とお腹の子も亡くなった。
僕も竜王と戦った。
だが、残念ながら僕も竜王を倒すことができなかった。
兄上。覚えているか?
兄上が人間界に向かう前に、すでに自分の体の『闇』はもう抑えられないと思っているだろう、兄上は僕にある事を頼んだ。

 

〈何があっても生き残れ、エド〉
〈…はぁ?いきなり何なんだ、兄上〉
〈いいから聞け。…もし俺が戻らなかったら…エド、お前は竜王になれ〉
〈兄上?〉
〈例え俺が敵になってお前のことも覚えていなくても、お前が生き残れば俺をころしてもいい。生き残れ、エド〉
〈断る〉
〈って断るのかよ!〉
〈僕に責任を譲るな。それは竜王の責任であり僕はただの部下…〉
〈だから聞いてよ。お前にして欲しい事は、俺達のことを未来に伝えることだ〉
〈……。…?〉
〈今のこと、竜王がやっていたこと、この時代のこと。〉

…未来の人々に教えろよ?これ以上同じの繰り返しをしてはいけないって。

 

…あぁ。僕はこの約束のため、兄上…竜王。
貴方をころした。
僕の体内にある、ほぼ全部の血を使って貴方を刺し、竜王の貴方をころした。

僕は血の力で兄上の貴方を取り戻し、僅かな命の時間しか残っていない兄上は人間界に向かい、僕も沢山の血を失くしたおかげで意識を一旦失った。

暫くの後、僕は目覚めた。
兄上。
僕は見たよ。
貴方と十代の最期。

 

貴方達は気づいていなかったんだが、僕はずっと目眩していながら遠いところで見ていた。
まるで双子の竜だった。
紅髪の青年の上に臥せていた青髪の青年は緩やかに微笑していた。紅髪の青年も笑顔を咲かせながら彼を抱きしめ、目を閉じた。
少しずつ『闇』は元の体に戻っていた。

あの頃の兄上は亡くなったから見れなかったんだろう。僕は兄上と十代の最期を見て羨ましいと思った。
涙が降っている。でも君達の笑顔は喜んでいて、幸せそうに笑っていた。
二匹の竜は翼を開き、お互いを抱きしめながら空の向こうへ消え去った。

僕は新たな未来を守るために生き残った。この命は兄上と、ある女性の腹の子がくれた命だ。
王妃は僕を助けるために最後の力を僕にくれた。確かに、彼女は最期まで竜王の王妃・精霊界の未来を守る者だった。
宝玉獣達は人間の姿に戻ることができないが、なんとか宝石の状態で命を留ることができた。分裂された精霊の姿・虹の竜と『闇』の双頭の竜は宝玉獣と共に其々の石版に封印した。

兄上。
もし貴方がそれを目にかける日が来るなら、きっとそれは十代の中にいる『闇』と関係しているに違いない。
ならば、兄上は竜王としてではなく、一人のヨハンとして約束を果たしにいけばいい。
正直もう面倒だ。早く果たしにいけ、この馬鹿兄上!
僕は最後の血の石を残すよ。

 

いつかまた会おう、兄上。
今度は一人のエドとして、兄上…ヨハンに負けない。

さらばだ。

 

ゆっくりと目覚める。
目に濡れるモノが付いていると気付き、指先で顔を触る。
小さな涙の雫だった。
「……。」
隣を見る。
気持ちよさそうに少年は眠り、紅茶色の髪はシーツに広がる。
青髪の少年は彼に手を伸ばす。

悲しい夢を見ていた気がする。
でもどうしてだろう。思い出せない。
だが。

「…じゅーだい」
優しく髪を撫でながら額にキスを贈る。
物語の終わりを迎えるように瞼は震え、琥珀色の両眸は目覚めていく。
小さな優しい光はカードから伝われ、まるで見守っているように優しく笑う。
緩やかに、青髪の少年は笑顔を現してゆく。
「十代」
「…ぁ。おはよ、ヨハン」
「あぁ。…じゅうだい」

ただいま

彼はやっと この手を掴むことができた


空の向こうに手を伸ばすように。

一歩、一歩ずつ青年は進む。怪我の痛みを抑えながら歩き、
緑の森を通っていく。
広がる青い空に紅き髪は風と共に舞っている。
琥珀と青碧はゆっくりとお互いを見つめる。
二人は向かう。
始めはゆっくりだった足音は段々速くなり、光の下に輝く
涙と共に紅髪の青年と青髪の青年は腕を上げ…

鈴の旋律で作られる物語


二人が唄う恋歌だった。