今思うと、あのときは伝えればよかったと後悔していた。
性別を忘れ、身分を気にせず、単純に一人の男として伝えばよかったと。
でも正直、何を伝えたかったか少年は覚えていない。
ただずっとずっと彼は何かを大切な人に伝えたい。伝えるべきだと。
あの日、彼は親友の少年に、一つのことを伝えた。
いきなりの事に相手は驚いた。でも伝わった彼は何故か懐かしい感じがする。
『やっと』、って感じた。
まるで遥か昔から伝えたかったような、こんな気分だ。
彼の言葉を理解していないだろう、親友の少年は愕いた顔だった。
彼も少し恥ずかしく感じて、『また明日』って言いながら帰った。

丁度、あの日からだ。
次の日に彼が知っている遊城 十代は消え、もう一人の『十代』となった。
今思い出すと、ちゃんと伝えればよかった。

『失くしてしまったら、
もう伝えることができない』
水の中に、心の奥から声は届いていた。

じゅうだい。じゅうだい。
―――――お前に会いたい

水の外に赤き姿の者が見える。
迷いも無く、彼はその者に手を伸ばし、

水から目覚めた。

詠唱と恋歌・ の六章目
時を繰り返していく戦い

 

「……っ?!」
いきなり紅茶髪の少年は抱きしめられた。
悲しそうに魘されているヨハンを見て、彼の様相を心配する少年は彼に近づいて手を伸ばすと相手は自分の手を掴み、抱きしめた。
思わず目を数回瞬いてみる。
「えっと…ヨハン?」
自分を抱きしめる腕から震えが感じられて、少年は彼の背中を撫でる。
「ヨハン?どうしたんだ?大丈夫か?」
「十代」
「?ん、オレだよ?」
「十代」
自分の名前を呼び続け、少年・十代は頭を傾ける。
「怖い夢でも見たか?ヨハ、」
「じゅうだいっ」
切ない声と共に青髪の少年は顔を上げた。
自分より大きな手は彼の顔を触り、悲しそうに歪められる顔は琥珀色の眸に映る。
少しだけ、十代も彼の顔を触った。
「怖い夢を見たか?」
酷くやさしい声。彼を心配している口調だ。
「……。お前が無くなった夢だ」
「オレ?」
「あぁ」
「何寝ぼけていんだよ、ヨハン」
思わずプッと十代は吹き笑う。
「オレはさっきからここに居るんだぜ?」
「……プッ…アハハ、それもそうか」
少し呆れたがヨハンも笑ってしまい、二人の笑声は小さな空間に響く。
「―――…十代」
自分の顔を触る手を握り、ヨハンは優しく十代の腕を自分へ向かせ、
緩やかに近づいていく…

「…―――アニキになーにをしようとするんだっフリルめぇぇえ――――!!」
だが突然横から自分へ投げられた盆と共にダイレクトアタックされてしまったヨハンは飛ばされ、十代から離れた。
「いててて…何をするんだ!翔!」
盆に打たれた頭と水に濡れた髪を撫でながらヨハンは後ろを振り返る。予想外に翔や万丈目、亮とエドも入り口に立っていた。
「おう!みんなも来たのか」
「さっきから居たんだよ、十代」
「アニキ!大丈夫っスか!」
俺の心配はどうなんだ!
まったくヨハンを無視して十代のところまで行く翔。いつもの反応に慣れたんだろう、十代は笑いながら翔に「大丈夫だぜ」を応え…
……応え?
ハッとヨハンは十代に振り返る。
血のような紅き長さではなく、いつも通りに紅茶色の短い髪。少し悲しみに映る瞳ではなく、元気で輝いている琥珀色の眸。
そして、太陽のような明るい笑顔。
「……じゅう、だい?」
「?おう、そうだぜ?どうした、ヨハン」
自分に頭を傾く十代にヨハンはエドの方向を見る。
視線が分かったエドは頷いた。
(元の十代に、戻ったか)
「ヨハン。目が覚めたらすぐに着替えでもしろ」
手にしたバッグをヨハンに投げ、万丈目は彼に喋りかける。
見ると、いつの間にか自分は保健室のジャージに着替えていた。

 

ふと少し思い出す。
確か彼は森の中で十代と気を失った筈だが、仲間が彼達を見つけて保健室まで連れていき、そしてその間に先に目覚めた十代は元の十代に戻ったんだろう…とヨハンは考えながらバッグを開く。
彼の制服だ。
「なぁ万丈目…」
「サンダーだ!」
「はいはい。サンダー、すぐに着替えろって?」
「まもなく、ペガサス会長がお前を迎えに来るんだ。さっさと準備して着替えろ!」
「迎えって?」
「レインボードラゴンだよ!ヨハン」
心臓は大きく跳ねる。
十代の方向を見て、まるで自分のことみたいに彼は嬉しそうに話していた。
「ペガサス会長がレインボードラゴンの石版を
見つけたって!ヨハンを現場まで連れてやるんだぞ!」
青色の眸はゆっくりと開いていく。
「…虹、…レインボードラゴンの石版?」
「そうだぜ!やったじゃねぇか、ヨハン!レインボードラゴンのカードが完成できるぞ?!」
だが興奮している紅茶髪の少年とは対に何故か青髪の少年は少しだけ愕く。
不安を意味する汗が頬に流れる瞬間を銀髪の少年の視線は映した。

 

夢の竜王は『闇』との戦いを終らせた。
竜王は『闇』を封印して、『十代』と別れた。彼は竜王の義務を守り続け、平和は精霊界と人間界に戻った筈だ。
だがなんだろう?
何かを忘れた気がする。

(危険なモノを、何かが)
海港の前に少年は空を見る。
着替えを終わり、もうすぐペガサス会長が着くと鮫島校長はヨハンに連絡した。ヨハンが無事に海港に着く様、鮫島はヨハンに警備をつけ海港まで連れていった。
真っ青な空と海。
腰のケースに手を伸ばし、ヨハンはデッキを取り上げる。
「…アメジスト。」
反応はない。
「トパーズ、サファイア、コバルト、エメラルド、アンバー、ルビー」
一つ一つ少年はデッキの宝玉獣達の名を呼ぶ。でも反応は来なかった。
精霊が見えるヨハンは宝玉獣以外のカードの精霊達も見え、相手と対話することもできる。だが、数日前に十代の事件が起こってから、ヨハンは宝玉獣達の声が聞こえていなかった。
手をデッキの上に置くと確かに精霊達の気配は感じる。確かに宝玉獣達はここにいるが、声をかけても反応はないし、少し弱っている気がする。
まるで眠っているようだ。

 

彼はもっと早く気付くべきだ。
夢の…、宝玉獣の本体は竜王の涙から生み出した宝玉、あらゆる竜王の分身でもある。竜王は光を意味する存在で、『覇王』は闇を意味する存在。
もし十代の事件で宝玉獣達が弱くなったってことは…彼らは十代の『闇』に反応しているってことか?
だがそこに謎は残る。
竜王は『闇』を封印した筈だ。つまり十代の体にはすでに『闇』は存在していない。ならば何故反応する?
ふと気付く。
例え自分は本当にあの竜王であって十代はあの頃の覇王であっても、二人は遥か昔の存在だ。精霊にも命がある。
二人の肉体は既に居ない。肉体ではなく、別のモノに反応してしまうだとしたら…
「…魂ってことか」
肉体が残っていなくても魂にその力の『特性』が残っていれば、それは通じる。
もしかしたら、ヨハン自身の魂も『竜王』としての力の特性が残っているから、まだ宝石の状態の宝玉獣のカードが転生した彼に反応したかもしれない。
逆に、『闇』の特性を持つ十代の前には反応ができなくなる。
「…ハッ。遂に頭がおかしくなったか、俺」
嘲笑っているようにヨハンは口元を上げる。

 

ここ二日間、彼はずっと竜王の夢を見続けた。
別に彼は前世の『十代』の話を信じない訳ではない。ただ、自分から夢を見て彼は衝撃を受けた。
夢のはずなのにそれは現実で、かつて起きていた事件。ヨハンは分からなくなってきた。
例え昔の彼は竜王であっても今の彼はヨハン・アンデルセンだ。前世のことなんて今の彼と関係ないのに、竜王の気持ちと感情が彼に襲い掛かっている。
『今』ここにいる彼は、一体どっちのヨハンだろ?

 

「ヨハンー!」
呼び声が耳に届き、少年は振り返ると紅色の姿は視線に入る。
十代だ。
「よかったー間に合って」
走ってきたのだろう、息は少し速い。近くまで行く十代にヨハンは頭を傾く。
「どうしたんだ?」
「ん?あぁ、ヨハンを見送ってやろうと思ってさ」
「はぁ?俺、ただ石版を見に行くだけだぜ?」
「んっと」と言いながら十代は続く。
「いや、だからさ!オレも丁度ヨハンに聞いてみたいことがあるから、ヨハンがカードを手に入れる前に聞こうと思って」
「聞きたいことって?」
「ヨハンは言ったよな?初めて会った日に、レインボードラゴンの石版を見つけたいって」

ヨハンと十代が初めてデュエルアカデミアに出会った日、ヨハンは十代に言った。
宝玉獣達に出会った瞬間。そして、出会ったと同時に感じたこと。

「…あぁ。俺は宝玉獣と出会った時、俺に輝いてくれたカードの光で俺は見たんだ。七つの宝石を持つ虹色の輝きの光る・白き翼の竜」
「だからヨハンはレインボードラゴンに会いたいのか?」
「…んー……ちょっと違うな」
チラリと隣の十代を見て、ヨハンは再び視線を海に戻す。
「俺は、レインボードラゴンに会ってレインボードラゴンの力を手に入れ、何かを守りたいんだ。」
木の後ろで少年達は耳を傾く。
「…なぁ、十代。俺、言ったよな?お前が無くなった夢を見たって」
「ん?おう」
「夢の俺はさぁ、すっげぇー変なキャラだぜ。俺は精霊で、しかも正体は精霊界の王様になるレインボードラゴンだってさ。自分を磨くために人間の世界に行って、そこで俺はお前に会ったんだ」
「オレ?」
「うん。初めて会ったお前は子供だったぜ?俺達は一緒に暮していて、『十代』も今みたいな年に成長したんだ。…夢の俺は、『十代』と暮して凄く嬉しそうに見えた。でも、」
顔を上げ、少し悲しそうにヨハンは十代を見た。
「夢の『十代』は自分を恐れていた。原因は…そうだな。『十代』は少し、みんなと違うところがあって、その『違い』が『十代』を苦しめたんだ。で、夢の俺は『十代』を助けたいから、『十代』の『違い』を消したんだけど、代わりに俺がお前と別れなければいけなくなった」
「夢のオレはヨハンと離れたのか?」
「あぁ」
「オレは幸せだった。なのに?」
「…――――え…?」
思わず目を瞬く。
紅茶髪の少年はクスっと笑った。
「だってさぁ、夢であろうとアレはオレだろ?今のオレなら、きっと幸せと思うぜ?いつもヨハンと一緒に居られるなら、オレはすっげぇー嬉しいぜ?幸せだなーって」

『お前と出会ってよかったと伝えられますように
お前の名前を呼ぶよ、ヨハン』

 

深い水の奥から湧いてくる。
一つ、一つの言葉。気持ち。
記憶の思い出。

「お前の名を呼ぶ」
鳶髪の少年に向かい、まっすぐに青髪の眸は彼を見つめる。
ヨハンは十代に、
「例えお前と離れようと、最期に俺はきっとお前の名前を呼んで、…十代」
手を伸ばした。
「お前に会いに行く」

 

銀髪と鳶髪の少年達が目を見開いた瞬間だった。
空から轟音が聞こえると同時にヘリは海港に近づき、風は嵐のようで海から波は現れる。
草と水が舞い始めるとヘリの扉は開いた。
「ヨハンボーイ!お待たせしましたデース!」
シルバーのような長髪は風に舞い、ヘリの音の下でペガサスは喋る。
「…っさぁ、詳しくは乗ってから話しマショウ!」
チラリと十代を見たペガサスはすぐに視線を逸らし、ヨハンに手を伸ばす。
はじめにペガサスの手を握ってヘリに乗ったが、ヨハンはすぐに体ごと振り返り、
「十代!」
彼へ。

「待ってろ!」
約束を。
「必ず戻ってくる!だから何があろうと!」
風の音で少年の言葉は届くはずがない。
「俺を待ってくれ!」
それでも彼は続ける、つづいて
「今度こそ!必ず!」

彼は伝え続けていた。

 

――…思うと、もし少年はある事実を知っていたら、彼はきっと十代から離れることはないだろう。
ヨハンは竜王が封印したはずの『闇』に食い込まれたことを知らない。
竜王は『闇』に操られ、自らの手で精霊界を滅ぼしたことを知らない。
竜王は最期に精霊界から消え、人間界に向かったことを知らない。
もしエド達が彼に隠していなかったら、ヨハンはきっと止めに残るんだろう。

時を越えた、『闇』を目覚める瞬間を。

 

 

ヘリが飛び去った方向を見つめる十代に翔は慎重に声を掛ける。
「アニキ」
「……。」
だが返事は来なかった。
(ヨハン)
(ヨハン)
「…なんでだろ」
「アニキ…?」
(お前はまた オレを置いていくのか)
「なんでヨハンはいつもオレに、彼がきっと破る約束をするんだろう」
静かに一滴の雨は降っていく。
手を胸に置き、小さな心臓の音が体に伝わる。
違う、別の心臓の音。
「さてと、戻ろうか!翔!」
「!う、うん!そうだね!今日はエビフライっスよ、アニキ!」
「おうっ!それは楽しみだー!」
一瞬だがいつも通りの十代に戻り、いつもと同じ笑顔をする彼に翔はホッとし、二人はレッド寮に向かう。
「おじゃまグリーン」
いつも通りの景色を見ながら木の後ろに隠す万丈目は精霊の名前を呼び、名の主は腰間のデッキから現れた。
「イエローはちゃんとヨハンの制服に居るよな?」
『大丈夫だよぉ、アニキ〜!うちの弟は通信器と一緒にヨハンのアニキの制服の中にいるぜ!』
「ならばいい」

ヨハンに洗濯した制服を返す前に万丈目は自由に姿を表せる精霊・おじゃまイエローのカードと万丈目グループが作った小さな通信器を裏のポケットに置いた。
本来、できれば彼も人のプライベートを盗み聞きたくはないが、今はそれを言う状況でないと彼らは思う。
ある事実を知ってしまったから。

 

―――十代は昔、『闇』を意味する竜の姿でデザインしたカードを持っていると。
「譲ったって…ペガサス会長はデュエルアカデミアに来る前の十代を知っていたのか!」
「万丈目君!会長に無礼な口調を、」
『いいのデース、校長センセーイ』
気にせずと伝え、映像を通してペガサスは万丈目を見た。
『ハイ。私は十代ボーイを知ってイマスが、彼はきっと覚えていないんデース』
「覚えていない?」
「どういうことですか?ペガサス会長」
『…始めから話しマショーカ。それは私がある日、世界中に旅をしている時デシタ。あるところに私はまるで呼ばれているように精霊の存在に気付き、不思議なところに辿り着きマシタ。そこには『闇』のイメージを意味する、双頭の黒き竜が描かれている石版がありマシタ。デザイナーとして私は興奮し、すぐに石版に描かれている文字の調査を始め、双頭の竜をカードにデザインし、『ユベル』と名づけマシタ。…デスガ、カードはある事件を起きマシタ』
「ある事件?」
『カードは、持ち主を選んでイマス』
「「っ?!」」
『ヨハンボーイに譲った宝玉獣と同じように、ユベルも自分が選んだ持ち主しか反応しないデース。発見してから一年、私は童実野町に向かったとき、ユベルはある子供に反応しマシタ』
「もしかして、その子はアニキっスか!」
ペガサスは頷く。
『ユベルは反応したため、私は十代ボーイに譲りマシタ。ですが恐ろしいことがオキマシタのデース!彼に上げて数日後、十代ボーイに恐ろしいことがオキマシタ。それは―――…』

 

思い出すだけで頭が痛くなる気がする。
信じられない。むしろ、話が繋がらない。
「焦るな、万丈目。今はヨハンの反応を待つことしかできない」
頭を振る万丈目に亮は彼に言いながら少し遠いところを見つめる。
遠くなっていく、レッド寮に戻る十代と翔の背中の姿だ。

 

◇ ◆ ◇

 

竜王は『闇』を封印した。だが時間は流れ、竜王は体内の『闇』に操られ、自らの手で精霊界を滅ぼした。その後のことは誰も知らないが、おじゃま三兄弟の話によると竜王は人間界に落ちて亡くなったらしい。
でも、人間界に『闇』が現れた話はなかった。
あくまで仮説だが、もし竜王を操った『闇』が竜王と共に亡くなったとしたら、確かに人間界に『闇』は現れるはずがない。
竜王の魂は肉体とともに死んだから。

ならば、
ペガサスが言っていた話はどうなんだろう?

『あの日、ユベルのカードを使った十代ボーイの周りに起きたことデース。十代ボーイに触れた人々は次々と倒れ、まるで力が奪われたように意識を失いマシタ。目撃者である両親は、ユベルのカードから黒い影が見えたと。…そしてあの晩、偶然がありマス』
「!まさか…」
『…ハイ。十代ボーイがもう一人の十代ボーイになった日と同じデース』

 

もし。
もしヨハンを選んだ、『光』を意味する宝玉獣と彼達の主・レインボードラゴンがヨハン・アンデルセン自身…或いは彼の分身だとしたら、
十代を選んだ、『闇』を意味する双頭の竜・ユベルは遊城 十代自身…あるいは彼の分身ってことになるのか?
だがそこに謎は再び増えていく。
竜王と共に死んだ『闇』は何故再び現れ、十代の元へたどりつく。

 

「だが、ペガサス会長!もし話がそうなると、十代の体内にまだ『闇』があるってことか!」
『それを確認するため、私はヨハンボーイを現場まで連れていきたいのデース』
「?」
『石版の一部の文字は解析できマシタのデスガー……申し訳ない。内容について私は言えマセン』
「え?」
「ペガサス会長?!」
申し訳なさげにペガサスはただ顔を下げながら目を閉じる。相手の表情を見て亮はふと思った。
「一つだけ申し上げたい」
全員も亮に振り返った。
「『闇』の竜・ユベルが描かれていた石版は今どうしてる」
『……流石、カイザー亮というべきデース』
なるほど。
相手の応えに思わず口元を上げる亮だが、同時に
汗は降って来た。

 

―――……恐ろしいモノだ。
興奮と共に緩やかに歪んだ微笑を表せ、亮は鼻で笑うが、まったく分からない万丈目は不満げに眉を寄せた。
「何が可笑しいんだ?カイザー」
「まだ気付いていないのか?万丈目サンダー」
二人の話に耳を傾けながら銀髪の少年はレッド寮の方向を見つめる。
「ペガサス会長は、目覚めさせるつもりだ」
紅き姿は既に居なくなったのに、エドは目を離すことができない。

「時を越えた、全ての記憶と力を」

まるで何かを気付いたように
何かが聞こえたように…

心臓は跳ねていく。

「――…レインボードラゴンの石版に未来が書かれている?!」
信じられないようにヨハンは調査報告から顔を上げる。
「ハイ。レインボードラゴンの石版に今の十代ボーイのことも、ユーのことも書かれている」
ヘリから降り、いつの間に夜の色は景色を塗り上げ、小さな星は川のように空に輝く。
「そして、石版にユーへのメッセージがありまして、私は鮫島校長センセーイに言うことが出来ませんデシター」
「俺への?」
大きな布に包まれたところに入り、警備とすれ違って地下への階段に進む。
「竜王の兄弟だそうデース」
「っ?!」
「兄上へっと書かれていマース」
「でも!調査報告に書いたんじゃないか!あの頃の竜王は『闇』に操られ、精霊界を滅ぼしたんだろ?!おじゃまイエローや他の精霊から聞いた話でも、残された精霊も少ない…」
「これについて詳しく書いていない。でも、竜王…再び転生する兄上のために、この石版に文字を残されたそうデース」
数回の警備を通って、ペガサスは最後の階段を降り、後ろのヨハンを見る。
そして、口をあけた。
「『         、  』」
「っ…――――?!」
突然の言葉に心臓は大きく跳ねる。
聞いたことがないのに懐かしく感じる発音。
わからないのに頭が勝手に分かってしまう言語。
この呼び方、は…
緩やかに安らかに響いていく心の音。
「…ユーの大切な人のために、目覚めなさい。ヨハンボーイ、……いいや」
目の前の布を開き、見惚れた様
「光の竜王・虹の竜(レインボードラゴン)よ」

碧い両眸は大きく開かれた。

石版の中の七つ宝石が嵌められている・白き翼を持つ竜。
―――かつての、自分。

 

『アイツを助けてくれ、兄上』
緩やかに倒れていく人々に少年は水髪の少年を触る。
恐れながら開かれた暗い水色の瞳は指に覆かれ、冷たい温度に感じながら眩暈は襲っていく。
水髪の少年は信じられないように目の前の者を呼び、
「アニキ、なんで……」
意識は真っ黒に塗られた。
「――…力を頂く」
離れた指先に小さな黒い光が残り、少年は指を心臓に触る。
静かに、水の奥に届いていく。
(時を越えようとお前はきっと俺を目覚めさす)
ゆっくりと彼は口元を上げ、
「お前は約束を破り続け、彼に伝えない限りに」
かつての王のように黄金の眸は目覚める。

きっと、アイツは今でも兄上を待っているだろう。そうならば果たせて行ってくれ
…十代は最期までお前を覚え、お前のためにまた『闇』を自分の体に戻したんだ
兄上

七枚カードの輝きに石版は光を照らし、
夜空に白き翼は開いた。


詠唱と恋歌・ の六章目
時を繰り返していく戦い

終らせよう。そして向かおう。過去から、未来へ