夢の俺は、ずっと何かに苦しんでいた。
何かを選ばなければいけないモノがあるけど、それを選んでしまうと大切な人を失ってしまう、こんな苦しみ。
それでも俺は選ばなければいけない。
…何故だろう?
夢の俺は楽しんで十代と暮していた。そのはずなのに十代はいつも俺が気付かないところで悲しそうな表情をする。切なくて悲しくて、いつも自分に見せてくれる明るい笑顔はまるで嘘の鏡のように、十代は無表情だった。
俺は一回だけ、あいつに聞いたことがあった。
さびしいかって。
十代は頭を傾けながら応えてくれた。
「『ヨハンはここにいるから、オレは寂しくないぜ?どうして?』」
逆に俺に聞く十代はある意味凄いと思った。
いいや、話はそこじゃないけど…。
だが、俺にはわからない。
夢の俺は十代が寂びしがらないよう、旅や出かける時には色んな話を聞いて、帰った頃に十代に教えた。
十代も知らない話が聞けて喜んでだ。彼はいつも俺が言っていた旅の話を喜んで聞いてくれた。
何故だろう。
夢の俺は十代と一緒に暮していて幸せって感じたのに、俺は悲しい気持ちしか思い出せないだろう。
いつも俺に笑顔しか見せていないのに、何故俺はアイツの泣く顔しか思い出せない。
十代。

「…く探せ!」
遠いところから足音と声が聞こえる。覚えがある音声だ。
(万丈目…?)
「アイツは方向音痴だ!きっとどこかで迷ったに違いない!この万丈目サンダーの推理だ、間違いなどいない!」
(余計なお世話だぜ、万丈目よ)
「僕は君の推理なんて信じられないけど、まぁ確かにヨハン・アンデルセンが道に迷った可能性は高い。翔、亮。分けて探そう」
「じゃあボクはこっちを探してくるっス!」
「わかった」
「俺様の話を聞けんかぁ――!」
エドに続いて翔や亮の言葉や音声が届き、探していることが分かったが、体はだるい。
「ちくしょ!せっかくペガサス会長からレインボードラゴンの連絡があったっていうのに」
っ?!
(レインボー?…レインボードラゴン?!)
ずっと求めていた連絡が来た。心臓はいつもよりワクワクしている。目を開いて万丈目に聞こうと思う時だった。

――――ヨハン。

懐かしい声だ。……あぁ、十代の声だ。
(十代…?)
「今は何も考えなくていい」
優しい口調と自分の髪を撫でる指先、そして頭の後ろから温かい温度が感じられる。
…十代の上に、臥せているのか?
「ゆっくり寝て良いぜ。まだ、時間はある」
まるで母に撫でられる気分だ。何より優しい指は自分を抱きしめ、柔らかい口調と共に暖かい気持ちが伝わってくる。
晴れた空で木の下に、緩やかな風を感じながら眠っているようだ。
「…じゅうだい…?」
「ん。オレだよ、ヨハン」
目はだるくて開けないけど、何故だろう?今の十代は凄く優しく感じる。
「夢を、見たんだ」
不思議だ。先ほど万丈目達の声も聞こえたのに、今は何も聞こえない。
風に揺られる葉の音、そして天空の光しか感じられない。
「どんな夢?」
「…お前と一緒に暮していた、夢だった」
「へぇー」
「でも、何故か凄く悲しかった」
「オレと暮すのが嫌からか?」
クスクスと十代は笑いながら俺の髪を指で遊ぶ。
「そうじゃねぇよ。でも、」
少し複雑な気持ちに俺は苦く笑った。
「なぁ、十代」
「ん?」
「もし俺が居なくなったらお前はどうする?」
髪を遊ぶ指先は止まった。

「――…お前の名前を呼ぶよ、ヨハン」

(どこにも行けず)
(どこにも飛べず)
「でも最期まで笑ってお前の名前を呼んで、お前を待ち続ける」
「……なんで真面目に答えるんだよ…っていうか待つってなんだ?居なくなったってことはもう戻らないことだろう?バカ十代」
「だってヨハンの顔、面白いし」
「ひでぇな」
「もう少し休もう、ヨハン」
ゆっくりと指は自分の顔を撫でる。
「おやすみ、ヨハン」
「…ん。おやすみ、十代……、……ぁ。」
そういえば、十代は今 日本語を喋っている…のか……

(おやすみ、ヨハン)
あっという間に再び眠る少年に赤色に近い紅茶髪の少年は優しく微笑する。
「『……また、夢に会おう』」
涙の雫は青色の髪に落ち、静かに流れ
顔に降った。

もうすぐだよ ヨハン
オレの幸せ(夢)の終わり

 

 

 

 

 

恋歌・ の四章目
さよなら

 

蜂蜜で作ったお茶を木杯に淹れて食卓に置き、十代は沈黙のまま目の前で考え込むヨハンをチラリと見る。
手紙を読んでから、ヨハンはずっと黙ったままだった。
彼はあれから何も言わなかったが、先ほどの言葉を考えてみるとヨハンの母が倒れたっていう知らせだろう。
だが何より、十代はヨハンが竜王の子であることを思わなかった。
始めて出会った頃、十代はヨハンが精霊界から来た竜族の子を知ったけど、どこの竜族なのか分からなかった。
確かに竜王も竜族だが普通の身分の竜族もあり、貴族の竜族もいる。ヨハンはただ、自分の片親と同じ種族で金持ちであることしか知らないし、知らなくても大丈夫って思ったから十代は深く考えずにいた。思わなかった。
まさかヨハンは竜王の子で竜王の継承者だとは、彼は本当に思ったことはなかった。
もし初めにそれを知ったら、彼はどう選ぶだろう?
彼は今と同じことをするだろうか?彼はヨハンを救うのか?ヨハンを『闇』から助けずに無視するか?
それとも、最初から…
「俺の母は、」
静かに現れるヨハンの言葉に十代は我に返る。ヨハンは続けた。
「……いつも、厳しい方だ」
生まれ前からヨハンの母はすでに竜王だった。彼がまだ子供の頃に人間界と精霊界の扉を閉めてから竜王は一人で『闇』の封印を続けたため、竜王の体は弱くなった。
そのためか、竜王は自分の子であるヨハンとエドには厳しい。
子供の頃から継承者は決まっていたが、竜王はヨハンを優先せず、二人に色んなモノを教えた。竜王になるためではなく、彼達の母は精霊界の平和のために二人に其々の学問、知識、礼儀と剣術などを学ばせた。
今思うと、ヨハンは彼の母とゆっくり話すことがなかった。
竜王と部下としてではなく、母と子としての対話。
「…ゴメン、十代」
「え?」
いきなりの謝罪に十代は疑問を抱く。
「言ってなかったな。俺は、竜王の子って」
「…オレも、ヨハンに言ってなかった」
「?」
「オレは混血児って、知っているだろ?」
「あぁ」
少し言葉を噛んで十代は続いた。
「……ヨハンはもう気付いていると思うけど、オレの片親は竜族なんだ。父は会ったことなかったんだけど、母には少し記憶があった。オレをこの森に捨て置いたのは、オレの母だ。混血児のせいで皆もオレを見て『バケモノ』って言うしさ、だからずっとこの森から離れて…町に行くのが嫌なんだ。…ヨハンに会った日まで」
「?」
「実はな?ヨハンが人間界に来た時、オレは見たんだ。空から現れた、少年の姿に変身した虹色の竜って姿」
思わずヨハンは目を瞬く。
「オレは片親以外の精霊界の者を見るのは初めてだ。だから興味深くてワクワクしちゃってさ、初めて町まで行ったんだ。で、ヨハンと出会った」
初耳だ。
考えてみると確かにおかしくはない。
今まで人間と精霊の混血児は居なかったため、ヨハンは混血児について詳しくないが、もし半分の血は精霊界のモノなら精霊が見えてもおかしくないだろう。
普通の人間は精霊など見えない。ヨハンが知っている限り、精霊を見える者は人間界のある方しか…
考えは急に停止する。
今、彼は何を考えようとするだろう?
「…十代。一つ、聞いていいか?」
迷いながら少年は十代に手を伸ばし、ゆっくりと彼の手を握る。
「この腕輪は、お前の親が残してくれたお守りだって言ってたな?」
「…うん」
「……、お前にこれを残した親は、…」
まるで審判の質問の様に、ヨハンは切なく問うた。
「お前の親の精霊は、誰だ?」

「――――…今はまだ、教えない」
優しく、でも確実にヨハンの指を自分の手から離させ、十代は微笑う。
「ヨハンが帰ったら、教えるよ」
「っ…」
「ヨハンは竜王様…母の具合が心配だろう?早く帰ってやれよ」
「でも十代。俺は、」
「オレはここにいるよ」
静かな拒絶。
「オレは、ここから離れない」
(本当は一緒に居たかった)
「いってこいよ、ヨハン」
(全てを捨てて、この子と一緒に居たかった)

暖かい腕が背中に回る。
大切に、でも怖がらないように、青髪の少年は紅茶髪の少年を抱きしめた。
「…必ず戻ってくる」
自分と違う音色の心臓の音が響いている。
歯や口唇を噛む声が聞こえている。
「約束する。…すぐに、戻ってくるよ」
(だから泣きそうな顔をしないでくれ)
自分を抱きしめる腕、頭と髪を触る指は震えているのに、この力は優しくて強くて、
放すと消えるような。
「……おう」

あぁ。十代は思った。知った。
ヨハンはもう 戻らない。

 

――――……
血は白き光となり、呪文に描かれた一つの輪環は目の前に現れる。
コバルトの鷲はヨハンの肩に止まり、ヨハンは振り返る。
後ろにいるのは苦く笑う十代だ。
…心が痛くなっていた。
「すぐに、戻ってくるよ。だからそんな顔すんなよ!俺、約束を破ったことねぇだろう?」
指で少年の頬を軽く押すヨハン。少し不満になったか十代はムッとした。
「いつものことじゃん?方向音痴のせいで一日で着けるはずの町に着くのが三週間後になっちまった事もあったんだし…」
「うっ…」
見事に図星を刺された。
「と、とにかく!俺は戻ると言ったらぜってぇ戻る!…だから、待ってろ。お土産も一緒に持って帰るからさ」
「……おう」
自分の頭を撫でるヨハンに十代は頬を緩める。
「オレ、ここで待ってやるぜ」
「あぁ。………なぁ十代」
輪環に進む足先を止め、ヨハンは再び十代に振り返った。
「俺が、戻った時になぁ?」
少年は頭を傾いた。
「ん?なんだ?」
口元を上げる。
「俺が戻ったら、俺に言ってくれ。―――……」

緩やかに空は微笑をする。
眩しい笑顔で、優しい笑顔で、暖かい笑顔で、まるで
空の太陽のように…

「おかえり、って」

それは、ヨハンが残してくれた輝き。
彼のために残した優しい光。

十代の最後の『幸せ』だった。

(また話そう、ヨハン)
手の腕輪を握りながら十代は消え去った次元の扉を見つめる。
黒き光は輝かしくなっていく。
「よ 、はん」
(また暮そう。また旅の話をしよう。また、一緒に居よう)
震える指先を強く掴め、寒がるように少年は自分を抱きしめる。
ゆっくりと腰を下ろした。
「ヨハァ…っ」
(ごめん なさ   い)

―――オレはもう 自分の体の闇を抑えられない

「ゴメン。…ごめんなさい、ヨハン」
あの頃のように。
自分を救うために血に塗れたヨハンへの謝りの言葉のように少年は続いてつづいて、伝い続いて。
(オレが寂しくなりたくないからお前を傷付けた。オレのわがままでお前を『闇』に巻き込んだ。…さよならだ)
輝いていく黒き光。
(お前はもう自由だ、ヨハン。だから、もう帰ってこないでくれ)
でないと、オレは…
『ガシャっ』と腕輪に傷痕は表れ黒き光は、

 

(オレはヨハンをころしてしまう から)
(オマエノスベテヲ 喰イコム)
大きな黒い翼となり少年を包み込み、闇の中に黄金の両眸は目覚める。
『闇』は微笑した。

◇ ◆ ◇

 

次元の向こうに着いたヨハンは虹の竜から少年の姿に戻り、数年ぶりの故郷の景色は視線に映る。
久しぶりの故郷の風だ。
少し変った町の建物、多くなった森と自然の色、そして記憶と同じ姿で山の上にいる・『王族』の城。
だが風の香りは前と少し違った。
(少し濁った気がする)
何かに混じられたように風は少しかわった匂いになり、かつて記憶に残る清澄な風はいつの間に消えていた。
先に主の元へ戻れとコバルトの鷲に伝え、ヨハンは自分の翼を開いて城まで行くと思うところだった。
(!殺気!)
留る処から飛び出す瞬間に赤き矛はさっき自分が居た位置を刺し、ヨハンは顔を上げると同時に再び矛は自分に向かう。
(!この矛の色は確か…!)
避けながらヨハンは翼を動き空中に飛び上がり、空の最果てに竜の上に立つ一人の姿があった。
自分と同じ年に見える、銀髪の少年。
「『エド?!』」
ヨハンの弟・エドだった。
「『よくも精霊界に侵入した、『闇』の気配を持つ者よ』」
(?!)
だがヨハンの話を聞こえないようにエドは手を上げ、指先から血の雫はゆっくりと落ちる。血が肌から離れる瞬間に雫は矛となり、あっという間に数本の紅矛はエドの周りに現れた。
「『吾らの世界に侵入することを後悔するがいい。―――いけ!』」
手を振る同時に紅矛はヨハンへ飛びかかった。
(オイオイ久しぶりに戻ってきた兄上への挨拶はこれかっ?!)
自分を襲う矛にヨハンは翼を舞って避け、矛の雨の中に飛びながら腰の剣を抜いて矛を二つに切り、半分切られた矛は血に戻って地面に落ちた。
「『!その剣は…!』」
だがエドはヨハンの剣を見つめながら揺れていく。
「『お前!何故兄上の剣を持っている!』」
「『はぁ?』」

銀の輝きを閃く刃。それは昔、ヨハンが正式な継承者として認められた頃にエドが彼に贈った物だった。
始めにエドは兄に似合う青色の剣を贈ったが、ヨハンはそれを拒み、代わりにエドがいつも使っている剣が欲しいって返事した。
エドには構わなかったが、彼は理解できなかった。何故兄上は自分の古いモノが欲しいと。
届いた応えは、彼を驚かすモノだった。
〔エドは俺の兄弟だからだ〕
〔?〕
〔エドは俺の兄弟であり、俺の部下だ。もし兄である俺が竜王として間違った道を選んでしまったら、それを止めるのはエド、お前だけだ〕
〔何を馬鹿なことを言っているんだ?兄上〕
〔まぁ聞けって。…エド、俺にとってお前は俺の一番信用している人だ。だから俺はお前の剣をつかって、お前と一緒にこの国を守りたい。〕
〔……。たく、僕の兄上って本当に馬鹿だ。そういう台詞は将来の王妃様に言え〕
〔アハハハ!顔は赤いぞ、弟よ!〕
〔兄上!〕
正直、エドはヨハンが羨ましかった。
同じ竜王の子でありながらエドは竜王の力を継いでなく、彼は弟であるため継承者になれるはずはないからだ。
エドはヨハンに負けない自信はある。例え知識や剣術であろうと彼は竜王に相応しいくらい持っていると信じていた。だが、彼は継承者になれなかった。
それでもエドは兄のヨハンを憎んでいない。例え羨ましくても、ヨハンはエドが尊厳している兄であることに変わりはない。
彼は兄のように人間を認める心はなかった。
だから彼は兄の力になりたかった。自分は竜王になれないなら、竜王になる者の隣に立たせる者になろう。竜王の一番の力になろうと。
エドは継承者であり兄であるヨハンに認められた時、本当に嬉しかった。

だからだ。
「『闇め…お前、やはり兄上の力を奪ったか!』」
兄上に信用されている証は闇に使われる事を、エドは耐えられなかった。
「『やはりって…ちょっと待てよ!エド、』」
「『闇ごときに兄上の力を奪われてたまるか!』」
ヨハンの言葉を耳に通じないエドは再び腕を上げると地面に落ちた筈の血は一気に飛び上がり、
「『!』」
分散された血は刺となりヨハンを襲った。
「『いい加減にしろ!エド!』」
「『っ?!』」
一瞬にヨハンは力を剣に入れ刃を刺に振り、切られた刺はまるで吸収されたようにヨハンの手に移り、一つ石となった。
「『お前の血をこんな下らない事で無駄に使うな!』」
思わず目はヒクッと動く。
「『何故お前はそれを知っ、』」
「『エド!』」
疑問の間に一人は二人の近くに飛びかける。
コバルトと彼の鷲だ。
「『『コバルト!』』」
「『エド!話は鷲から聞いたんでぃ!落ち着け!コイツは『闇』じゃない、ヨハンだ!』」
「『なんだと!』」
「『何の話だ!コバルト!』」
「『その前に聞きてぇことがある!』」
ヨハンの疑問にコバルトは彼を問った。
「『お前はヨハンか!』」
「『あったりまえだろ!俺は第一王子でありながら精霊界一の方向音痴のヨハンだ!』」
「『あっちゃ〜…これは確かにヨハンだぜぇ』」
普通、自分の恥ずかしいところを言うかよ…
チラリとコバルトはエドに頷き、それを分かるエドは手をヨハンの方向に開き、そして指を握りこむ瞬間にヨハンの手の石が爆発してしまい、
「『!エド、何をす…』」
「『じっとしてくれ!兄上!』」
血はヨハンの周りを包み込んだ。
《あの体に宿る力よ!吾のモノとなり血となり、吾の命令に従え!》
少年を包んだ血は大きな球体になり、まるで言葉に反応しているようにヨハンの心臓は大きく跳ねていく。
(なんだ!この痛みは…!)
《出てこい!―――その体に宿る『闇』の影よ!》
指でヨハンの方向を切り去る刹那、球体は突然暴れてヒビが現れる。始めに小さなヒビが大きくなり、すると一瞬、球体は爆発してしまい、
破片と共にヨハンは球体から離れた。
「『ヨハン!』」
衝撃により落ちていくヨハンをコバルトは彼を肩まで預かり、指先の黒い光が破片に吸収され、地面へ堕ちながら砂塵になって空に消えた。
「『兄上!大丈夫か!』」
全ての破片が消えたと確認するエドはすぐにヨハンを自分の竜に乗せる。
「『いってぇー…一体どういうことだ?』」
まったく事情を掴めないヨハンは二人を見る。お互いに相手を覗い、エドとコバルトは語り始まった。
「『先ほどはすまない、兄上。さっきの兄上の全身は、『闇』に宿られているに見えたんだ』」
「『―――っ?!』」
「『俺っちも鷲が教えてくれていなかったら信じられねぇとこでぃ!!ヨハン、さっきのおまえは俺達の目には、『闇』の影しか見えない』」
「『だから僕は自分の血で、兄上の体にいる『闇』を退かせた』」
エドにはある能力が持っている。
竜族でありながら竜王やヨハンの力と違い、エドは自分の血で『闇』を吸収することができる。吸収された血は武器となり自分の意思で敵に反撃することができるが、『闇』を吸収した血はエドの体に戻ることができない。
そして、一つ大切な理由がある。
武器として使ってしまった血は体に戻ることが出来ず、エドの体も使われた分の血を自我回復することができない。
そのため、エドは特別な理由で無ければ自分の血を武器として使わない。
「『ちょっとまて!俺は知らない間に操られたってことか?』」
「『説明は後にする!兄上、今は僕と一緒に母上のところまで行ってくれ!』」
ハッと我に戻る。
(そうだ。彼はその方のために戻ったんだ)
「『母上は大丈夫か、エド!』」
だが返った返事は逸らした視線だった。
彼はエドの肩を掴める。
「『エド、教えてくれ』」
「『………。…母上、は…―――』」
…少年の目は揺れていた。

 

どこかに懐かしい鈴の音が耳に届いている。
綺麗な音色。まるで自然への感謝を含める言葉のように鈴は優しく唄い始め、微風は緩やかに地上と空を抱きしめる。

―――ヨハン。

優しく自分を抱きしめ、自分の名前を呼ぶ声。
あぁ、何故か彼は思い出す。
子供の頃に、自分を優しく抱きしめてくれた、彼の母との記憶。

 

静かに其々の宝玉獣達に顔を合わせながら通り違い、ヨハンは扉の前に止まる。一番小さい子であるルビーは扉に寄せながら座っている。
彼女は泣いている。
ゆっくりとルビーを自分の肩に預かり、暖かい涙は服を濡らす。無言のままにヨハンは彼女の背中を撫でた。
ルビーをアメジストに頼み、ヨハンは扉の隣に立つ老人・エメラルドを見る。
彼の視線の意味が分かるのだろう、エメラルドは頷き、慎重に扉を開いた。
…数年ぶりの景色だった。
昔とかわらない大きな白い紗幕。昔とかわらない部屋のつくり。昔とかわらない露台と届いてくる風。そして露台から見える世界の景色。
何もかもかわっていない。
かわったのは、…
「『……母上』」
音を出せない様、ゆっくりで青髪の少年は寝床の上に臥せる女性に近づく。
僅かの紅色に混じる青髪は広がる。
女性はヨハンに微笑した。

――――竜王様はもう長くない

竜王の医師であるエメラルドは、そう告ぐんだ。
「『おかえりなさい、ヨハン。待っていたわ』」
「『母上…』」
できる優しく女性の手を握る。いつの間にか、ヨハンの記憶と違った手の温度。
…細くて、冷たい。
「『あなたの帰りを待っていたわ。…もう、ときは来たね』」
「『母上…』」
切なく、彼は母を呼び続けた。

…彼は信じられない。
〔…もう長くない、だと…?〕
〔……はい。竜王様、…母上の命はもう長くない〕
〔何故だ!『闇』は人間界にしか現れていないだろう?確かに俺が人間界に行くまで母上の体調はよくないが、…この数年に何があったんだ?〕
〔これからの話は…兄上、真剣に聞いて欲しい〕
〔…あぁ〕
ヨハンが人間界に行った間に精霊界は色んな異変が起きた。
本来、精霊界には竜王が持っている封印もあるため、精霊界には『闇』は侵入されていなかったが、ヨハンが人間に行った数ヶ月…一年の後、精霊界に『闇』が現れた。
精霊達の心を操り、彼らの力を奪った『闇』の影はすぐに宝玉獣達に発見されたが、影はすぐに消え去れ、被害者に同じ影の姿のこと以外に宝玉獣は他の情報を掴むことができなかった。
思えば当然だろう。
あの影は、次元を越える力があるからだ。
ルビーの話を聞き、確かに全てはつながっている。
次元の扉を開ける力は竜王とヨハンしかない。もしも今の竜王が封印を続いている間に次元を越える『闇』があれば、精霊界にいないヨハンしか思いつかない。
だとしたら、可能性は一つだけだった。
人間界に向かったヨハンは『闇』に力を奪われたと。
エドや宝玉獣達は信じられない話だが、先ほどのヨハンの姿を見て彼らは確信できた。
もしかしたら心まで操られたことはないが、確かに『闇』はきっとヨハンと接触はあった。だから彼らの瞳にヨハンは『闇』の影に包み込まれる姿しか見えなかった。
『闇』は、人間界でヨハンと接触はあった。
〔『闇』と…俺?〕
〔兄上、できるだけ思い出してくれ!人間界に誰に会ったか、もしくは黒い光や力を触ったことがあるか、思い出してくれ〕
〔接触…〕
だがヨハンは信じることができない。
彼は一人しか、思いつかないから。
人間界で彼は一人とだけ、接触はある。
ある黒き光をする腕輪を持つ、一人の少年…

「『…母上、教えてくれ』」
ゆっくりと手を強く握り、ヨハンは彼の母を見つめた。
「『……あなたは最初から、ご存知でしたか?』」
「『………。』」
「『あなたは知っていますか。…人間界の王族の残りはまだ、居るってこと』」
白い指はヒクっと揺れる。
「『……あの子に、会えましたか?…十代、に』」
「『――――はい』」
「『ああぁ…』」
落ちていく涙の水。彼女は、泣き始めた。
「『きっと、それは運命だね……私が、あんな酷いことをあの子にしてしまったから、あの子が私の子に復讐しに来たわね』」
「『母上!教えてくれ。…何故十代の、あの子の中に『闇』は宿っているんですか?』」
「『……――――あの、子は…』」
一つ一つ耳元に届く言葉と事実。

聞いてはいけない。
…だが聞いてしまった。

ヨハンは知ってはいけないことを、
知った。

 

お前を待ってやるよ、ヨハン。
約束だぜ?

 

緩やかに青き両眸は開いていく。
かつて一緒に見ていた空。かつて一緒に話していた旅の話。かつて一緒に作った食事。かつて一緒に、
暮してきた生活。
「―――お前を待っていた。竜王の継承者」
空を覆う大きな黒き嵐は段々小さくなり、暗い風は守るようにゆっくりと腕を抱きしめ、主は微笑う。
紅茶色の髪は風に触り、紅くように揺れていく。血に塗られた紅き色。
青髪の少年はただ静かに手にいる剣を握り、
「名前を言え」
少年を睨んだ。
「我は『闇』の器―――人間の世界王と精霊の竜王の間に生まれた子・全てを支配し破壊する者。」
口元は大きく上げ、王を意味する黄金色の目は輝いていた。
「竜王の十番目の子。名は――覇王・十代」

あの、子は…私と世界王の子
あなたとエドの、弟よ

 

『おかえり、ヨハン』

「吾は竜王の子であり、精霊界を統べる新たな竜王・ヨハン。平和を潰す『闇』よ。貴様を、――ころす!」
青髪の下に僅かの紅色に混ぜる青髪の飾りと共に鈴は舞い始める。
悲しい鈴の音色を響く、光と闇の戦い。


恋歌・ の四章目
さよなら
応えてくれる彼はもう、いない