それは突然の衝撃だった。
信じられないと伝わっている水色の両瞳に、狭いベッドで眠っている二人の姿が映る。紅茶髪の少年と、青髪の少年。
ふと午後の事を思い出す。後輩の剣山と共に十代のアニキを見舞いに行くために、二人はレッド寮まで向かった。だが部屋に探す人物が居なく、周りにも彼の姿が居なかった。仕方ないと思い、夜に彼はイエロー寮に戻り、食事をした。
だがやはり心配と感じ、彼が部屋の窓からレッド寮の方向を見た時だった。
二つの影はレッド寮に向かっている。
一つは黒くて見えない影だが、一つははっきりと見えた。
――――シルバーのような銀色の髪
デュエルアカデミアに一人しか思いつかない髪の色。疑問が浮かび、彼・翔はイエロー制服を着けながらレッド寮まで走った。
二年間ずっと通っていた部屋への道。いつも通りに十代の部屋の前に着き、ドアを開こうとした時だった。
知っている声が聞こえた。
「……これは万丈目グループが調査した結果のレポートだ」
「あぁ」
「ヘルカイザー!俺様のモノを自分の物遣いに……」
初めに彼の兄の声が聞こえ、続いて万丈目とエドの声も聞こえた。
しばらく外で盗み聞くと、騒ぎの中にある人の声が聞こえた。
「落ち着けよ、エド」
ヨハンの声だった。
一瞬、煩かった騒ぎがあっさりと消えた。
好奇心のせいか、何故彼らは夜に十代の部屋にいるか興味深く、翔は入れずに外で聞き続けた。
そして少しだけ、聞いてはいけない気がした。
ある言葉を聴いた瞬間。

「…王位を受け継ぐため、人間界に自分を磨くって…」

思わず翔は扉を開いた。
「どういう、こと?」
突然現れた人物に部屋の人達は一瞬驚いたが、彼は気にしていられなかった。
「どういうこと!さっき聞いた話はな…っ!」
続く言葉は目の前の景色を見たと同時に喉に戻る。
昼にずっと探していた人がベッドで眠っているが、そこが問題じゃない。同じベッドに彼と手を繋いで眠っている人がいる。空のような、海のような髪色を持つ少年。
「…なんで、ヨハン君がここにいるんスか」
「!翔、おちつ…」
「なんでコイツはアニキと一緒に寝ているんだ!」
少年を止める手が一歩遅れてしまい、翔は亮としれ違ってまっすぐベッドの隣まで向かい、
十代をヨハンから離そうとした。
(なんで)
(なんでボクがこんなに怒るんだ!)
「!やめろ、翔!今のは事情があるんだ!」
「なんで万丈目君はこんなに平気なのさ!アニキがどこもわからないモノに取られているんだぞ!」
「だからおちつけ…」
(ボクは認められるか!)
(アニキは、アニキは…!)
抵抗している間にも翔は十代の服を離さず、二人の少年の手が離れる時だった。
「―――っ?!」
ヒクッと。
眠っている筈のヨハンがあの瞬間に十代の手を掴んだ。
そして。
「…お前達に奪われてたまるか」
「!翔、手を放してやれ!」
「でも!」
「早く放せ!」
「うっ…」
不服だが、亮の言うとおりに翔は手を離すと、ヨハンは十代を自分に引っ張り、包むように少年をギュッと抱きしめた。
まるで大切な子供を護っているみたいに。
「…俺は、お前を護るんだ。十代」
まるで大事な人を恐怖から離すみたいに。
眠りながら自分を抱きしめるヨハンに十代はゆっくりと手を上げ、
(ボクには分からない)
(アニキが自らコイツを選ぶってことなの?)
二人は手を繋いだ。

カードの柔らかい光を気付かず

 

恋歌・ の二章目
初めて繋がる暖かい、小さな手

 

「…ぉし!これでこっちの掃除は終った!」
目の前の卓の椅子、部屋が綺麗になったことに満足したのか、青髪の少年は嬉しそうに笑顔を咲かせ、穢れた手を気にせずに汗を拭く。
汚くなった手ふきを水に入れ、洗いながらヨハンは隣の部屋に声を掛けた。
「十代ーあっちは終ったか!」
「もうちょっとー」
自分より高い、子供の声が彼に応えた。
「まだ片付けてないのはどこ?」
「んっとー残りは外の庭ー」
「わかった!」
手ふきの片付けが終わり、ヨハンは水桶を持ち上げ、家の外に出る。

 

初めて十代と出会った日に、ヨハンは十代の誘いで彼の家に暮し始めた。
だが初めに、ヨハンは十代の家を見た瞬間言葉も出すことができなかった。
森の奥にいる小さな家…と言いたいが、家とはいえない廃屋だった。
壁の表はボロボロで汚くて、奥を覗いてみると卓や椅子も古いし、寝台や寝具も同じくらいだった。
確かに廃屋は思ったより堅固で雨が降って来ても大丈夫そうに見えるが、やはりヨハンには少し衝撃を与えたらしい。
(こんな廃屋に、子供が一人で住んできたのか?)
一瞬、ヨハンは何故こんな子供に背負わなければいけないと思うが、直ぐに自分の甘さに気付いた。
精霊界にいる彼は王族だった。例えヨハンはモノを見下ろすつもりが無くとも、王族の世界にいる彼は下の世界を見えるはずがないし、王族の身分もそれを許す筈がなかった。
ふと彼の母の言葉を思い出す。
彼には経験が足りない、と。
「大丈夫?ヨハン」
後ろにいる十代は心配そうにヨハンを見上げる。
琥珀色の瞳はまるで宝石のように澄んでいた。
「無理ならいいよ。ぼくの家はボロボロな家だし、無理しなくて…」
「十代は、」
十代と同じ目線まで腰を下ろし、ヨハンは彼に問う。
「ずっとここに、一人で?」
「うん。両親はいないの」
「金とかどうすんだ?まさか盗むんじゃ…ねぇよな?」
少し自信がない質問だが、幸いに子供は頭を左右に振った。
「しないよ。ぼく、金なんて持っても使えないもん」
「じゃあ生活…メシ、ちゃんと食ってんのか?」
「自分で植えているよ。ほら」
小さな両手が自分の服を引っ張り、家の後ろまで連れられると、そこに小さな庭があった。
庭には其々違う植物が植えられ、葉や花も植えていた。ヨハンには見たことないモノばかりだが、多分食えるだろう。
「これは全部、十代が植えていたのか?」
「うん!冬の時は凄く大変だけど、今は春だから大丈夫だよ」
「…凄いな」
「えへへ」
恥ずかしそうに十代は笑う。
ヨハンも彼を見ながら微笑した。
「んじゃっ!これからメシは二人分になるし、もっと植えとこうか」
「え?でもヨハン、いいの?」
「何か?」
「うちはボロボロな家だよ?」
「ん。見ればわかるじゃん?」
「だってヨハン、金持ちでしょう?」
「…分かるか」
「服や鞄を見ればすぐに分かるよ。だっていい布地だもん」
子供なのに鋭いな
「んーでも、十代と暮す方が色んな事が分かる気がする。それとも俺がここにいる事、十代は嫌か?」
「え?」
「十代は嫌って言っても俺は怒らないから、素直に言っても良いぜ」
「…………」

あの時、一瞬だけど。
ヨハンは今でも覚えている。あの瞬間に子供に現れた、表情。
「…ぼくはもう、ひとりにもどりたくない」
「っ?!」
一瞬だけだった。
「う、ううん!ヨハンがここに住みたいなら、住んでもいいよ!」
「あ、あぁ。ありがとう、十代」
だが次の瞬間に子供は笑顔に戻り、先程に見せた表情はまるで幻像のようだ。
(さっきのは、)
(なんだ?)
大きな服の下の、小さな黒い輝きを気付かずに。

 

――――…ん!
「ヨハンっ!」
「っ?!あ、わりぃ。どうした?」
「水!みず!!」
「みず?……げっ!!」
ようやく記憶から我に帰ったが、ヨハンは目の前の景色を見て思わず頭を抱える。
植物に水を掛けている間にボーっとしたせいで土地は全てを吸い込めず、水は上に溜まってしまった。
なにやってんだ、俺…
「わりぃ…」
「う、ううん!大丈夫よ、多分!ぼ、ぼくがやるから、ヨハンは水を取ってくれない?ぼく、一人じゃいっぱい取れないし」
「あ、あぁ。川はどこにあるんだ?」
「えっと、ここからまっすぐに行けば着くよ。周りにはたーくさんキノコがあるけど、取らないでね」
「なんで?」
「食べるとお腹が痛くなるもん」
「そっか。分かった!すぐに戻るぜ!」
「うん!いってらっしゃーい」
「…――――」
だが、何故かヨハンは驚いた顔していて十代を見つめ、子供は頭を傾けた。
「どうしたの?ヨハン」
「ん?…あ、なんでもない。じゃあ行ってくる」
「?うん!いってらっしゃーい」
背中を向け、ヨハンは手を振りながら桶を肩に掛け、先程に十代が教えたと思われる道に進んだ。
…が。
「………。」
どこを見ても真っ緑の景色。後ろを覗いてみても木と草と葉、左に右や前も同じ景色が視線に入る。
あぁ、ヨハンは思った。
「迷った、…か?」
彼が本当に、どうしようもない方向音痴だと感じた瞬間だった。

  ゆっくりと足元を進む。
「よいしょっと」
庭の片付けを終らせ、十代は野菜と水を鍋に入れると二つの石を擦る。石の間に小さな火が現れ木材が燃え始める。
火が鍋の下まで届き、子供は納得できたように笑った。
静かに影は大きくなっていく。
「あ、そうだ。ヨハンの寝具も洗わないと…えっと、寝具しんぐ…」
騒がないように、
子供が奥まで行くと分かり、モノは口元を妖しく上へ歪め、徐徐に子供の背中に手を伸ばした。
「…っ?!」
だが子供に触る一瞬、まるで目の前から姿を消したみたいに子供の姿はなく、手につかめたのは空気だった。
「あなたはヨハンじゃない」
「!」
ハッと振り返って、モノの目の前に十代はすでに彼を見つめていた。
まっすぐな琥珀色の両眸。
「誰?」
「ちっ!ただのガキと思ったが…所詮、ガキか」
言葉がまだ理解できない間に後ろに大きな影は表れ、
「っ…!」
衝撃と共に痛みが後ろから降ってきて、十代は地面に倒れた。
「ただのガキの相手に何やってんだ、てめぇは」
「すまない、兄貴。まさかこのガキがおれの存在を気付くとは…」
「どうでもいい。早く金を探せ!」
「は、はっ!」
「う……」
足の下の子供にまだ意識が残っていると気付き、兄貴と呼ばれる男は片手で十代を取り上げた。
「まだ意識が残ってるか?ガキ」
「…は、なせ…」
「ほぉー」
まるで相手を調べているように男はジーと十代を見つめ、
ニヤリと笑う。
「なかなかいい顔をしているじゃねぇーか?ガキ」
笑顔はまるで闇のバケモノのもののようだ。
「この顔ならいい値段になれそうだぜ。いい商品をみつけたな」
「…だれ、か…」
震える腕を自分のスカートに伸ばす、中にある物を握り、全身の力で
「おまえ達の商品になってたまるか!」
「!」
ナイフで男を斬り、腕から血の雫が数滴に落ちる。
だが次の刹那に子供は投げ飛ばされ、衝撃で子供は「かっ…!」と唾を噴き出されながら地面に倒れこんだ。
「このガキィ…!オイ!ガキを一緒に連れて行け!手と足を縛って来い!」
荷物のようにもう一人の男に十代を投げ、手早く子供の四肢を縛った後に兄貴と呼ばれた男は彼の顎を上げる。
意識が既に朦朧している瞳に男は笑った。
「お前は後悔するぜ、ガキ!俺様が教えてやろ、誰が貴様の主なのか…」
撫でるように指先は頸の肌を触る。
「貴様にはもう自由なんてねぇってことも!」
(じゆう)
一瞬だけ、誰も見えないところに口元が上げる。
(じゆうはとっくにきえたぜ?)
子供は笑った瞬間に、小さな黒き輝きは服の下に現れた。

 

……なぁ?『闇』に操られたことも気付かず愚かなモノめ
「―――っ?!」
ハッと後ろに体ごと振り返る。
周りは緑しか見当たらないが、何かを気付いたようにヨハンは何度も自分以外の気配を探し続け、青色の眸は不安げに揺れてゆく。
冷たい汗は顎から落ちってきた。
(今のは、なんだ?)
一瞬しか感じられなかったが、確かに後ろから強大な気配が感じれ、背中を通っていった。氷のような風雪のような、全てを滅ぼうとする冷たい感覚…そう、まるで殺気だ。
「気のせいじゃ、ねぇよな」
やはり早く帰った方が良さそうだ、ヨハンは思ったが…
「…何故、また迷ったんだぁ――――!」
何度も路を間違い、ようやく川を発見して水を取ったヨハンだが、帰り道も分からなくなり、再び森の中に迷っていた。
「こういう時にルビーがいればいいのになーなんちって」

小さい頃からヨハンは方向音痴だった。
彼の母上・竜王はヨハンとエドを生むと同時に七つの宝石に命を与えた。七つの宝石に七つの魂、其々の性格や能力も違い、彼達は母上の下に精霊界を守り続けていた。
その中に、一人だけ特別な能力があった。
宝石・ルビー。彼…というより彼女に思われるルビーは遠い所が見える。建物に壁や物を構わず、彼女は人や物を透して世界の全体が瞳に見え、聞くことができる。力はあまりなかったが、戦いに彼女の能力は大事な戦力である。
道に迷った子供のヨハンも彼女のお陰で無事に居られる時もあった。
「ルビーは母上…竜王の使いだしな」
特別な能力であるため、宝石・ルビーは現任竜王のためしか力を表さない。ヨハンの母上もいつも宝石を大事に離れずに持っている。
「ルビーが居ればよかったな…って、何考えているんだよ!俺」
(頼むばかりじゃねぇか)
思わず頼りにしてしまったと自分の甘さを感じるヨハンは頭を左右に振り、再び帰り道を探そうとした時だった。
(…ぁっ!)
声が耳に届いた。
(コイツ、おれを噛みやがって!死にてぇか小僧!)
(大丈夫かっ兄貴!この…!)
森に入り込んだもの達か
二人の足音が耳に入っている。少し遠い所だが耳がいい少年には歩調や音の重さで相手を想像することができる。
少し耳を傾けてみた。
二つの足音で一つはしっかりと地面を走っているが、もう一つは少し軽い感覚。まったく危機感なしに危険な場所を歩く音みたいだ。
だが前者は少し違う。
足早でもしっかりと地面を歩いているってことは、周りのことを警戒しているのだろうが、二人の息もかなり荒い。
何かに焦って急いでいるのだろう。
「俺には関係ねぇけどな…」
人間のことを学ぶためにヨハンは人間界に来たが、人間界と精霊界には其々の法則があり、できるだけヨハンは違う世界の事情に関わりたくなかった。
彼は決めたんだ。
もし関わることになると、それはきっと…

だが、ヨハンは考えを停止することになった。
帰り道に向かう彼に聞こえた
(………はぁ、なせぇー!)
「――――っ十代?!」
一人の子供の、声。

『もし関わることになると、それはきっと…』
なんて誇りと共に決めたことはすでに少年の頭から消え去った。
今の彼には、『早く走れ!』としか考えることができなかった。
(十代っ!!)

 

はなせ、はなせ

「布でも持って来い!ガキの口や目を閉じてやる!」
「なるほど!何も見えなくなるとガキも怖くて落ち着くんだな、流石兄貴だ!」
(はなせ!はなせ!)
両手は後ろに縛られ、口が封じられた子供は視覚まで奪われないため暴れ、不安定に頭を振り続ける。
だが男の手によって無駄に終りへ向かう。
「やっと怖がりになったか、小僧!」
(はなせ。たえられなくなる)
小さな暗い光は輝いていく。
「真っ黒な闇に堕ちやがれ!」
(はなせ、はなせ…)
少しずつ、一段ずつに、
瞳が闇に覆い込まれ 光は、

――――ハナセェエエエェー!

「くっ、」
「てめぇっ!」
唐突に飛ばされた仲間が視線に入る同時に叫ぶが聞こえ、男は頭ごと振り返って腰の刀を抜き、二つの刃は擦り合った。
「誰だ貴様は!」
「それはこっちのセリフだっこの野郎!」
止ることなく、続いて斬りにくる剣に男は防ぐことしかできなくなり、ヨハンが再び力を込めながら刃を自分に向かう瞬間を掴み、男はヨハンに刀を振った。
だが予想していたヨハンはその一瞬に跳び刃を避け、相手の肩を支えとして一気に男の後ろへ跳んで、
「しまっ…!」
子供の前にたどり着いた。
「貴様!狙いはこのガキか!」
「十代、大丈夫か」
男の言葉を無視し、ヨハンは後ろの十代に手を伸ばすが、思わず言葉を失う。
「んんっー!」
「っ…!?」
抵抗する子供は自分以外の手を気付き、頭で触ろうとする手を振り、
…こば、んだ。
「十代!俺が分からないのか!」
「無駄だ!」
背中に刀が降ってきて、ヨハンは「ちぇっ!」と舌打ちしながら十代を抱きしめ、攻撃を避け距離を離れる。
「んー!んんーっ」
「…ごめん」
抱きしめられても激しく抵抗する十代をゆっくりと少し遠い処の草地に臥せさせ、口に手と足の布や縄を外したが、子供が自分の目の上の布を外そうとする時、ヨハンに止められた。
「今は見なくていい」
「だ、だれ…っ」
「俺がいいと言うまで、外すなと約束してくれ」
自分より暖かい手は頭を撫で、十代は顔を上げる。
緩やかに赤くなった腕を優しく触れ、手は自分の耳に置いていた。
「すぐに、おわるから」
最後に聞こえたのは酷く優しい口調だ。
小さく、子供は頷いて、耳を覆った。
「……さぁ」
一旦十代の頭を撫でた後にヨハンは立ち上がる。だがそれを見ていた男は刹那、逃げたい衝動が頭に現れる。
「きさ…ぎぁあ――!」
闇の中にいる子供には見えていない。
「十代に何をしようとした?あぁ?」
「お前…な、なんだっこの背中のモノは…、くっ!」
「兄貴!てめぇ…くはぁっ…!!」
闇の中の子供には聞こえていない。
「十代を売るつもりなんだろ?俺は聞いたんだぜ」
「ばけ…バケモノめ!」
「…あぁ、そうだ。それで?どうせ俺はお前達にとってバケモノにしか見えない」
「きぁあっあぁああー!!」
何も見えていない、聞こえていない。
「だけど、この子は違う。俺を『人』として見てくれるこの子はお前達とは違うんだ」
「ぁ…兄貴っ!」
「…お前達に奪われてたまるか」
「!…や、やめろ」
「だから俺はこの子を護る」
なのに。
涙は降っていて続いて。
とまらない。
「やめろ!やめてくれ!」
「―――俺自身の、誇りを捨ててもだっ!!」

あぁ。どうしてだろう?
どうして かなしむんだろ う…

「よ、はん…」
どれくらいの時間が経ったんだろう。ゆっくりと布は外され、耳に置く手は触られる。
緩やかに握られながら離れた。
「終ったぜ、十代」
久しぶりに両眸を開くと、青色の髪と瞳は視線に現れ、少し切なくて苦い笑顔が見える。思わず涙が再び堕ちてきた。
「よは、ん」
「ごめんな、怖かったんだろう?」
少しの紅色が肌についている。
「触らない方がいい」
短い指は途中に止まり、少年は語った。
「お前にこんなモノを、…触らせたくない」
「…ごめんなさい」
「お前が謝ることじゃないよ」
「ごめんなさい」
「十代っ」
「ゴメン…ヨハン、ごめん……」
「じゅうだい…―――!」
包むように少年をギュッと抱きしめた。
まるで大切な子供を護っているみたいに。
「…俺は、お前を護るんだ。十代」
まるで大事な人を恐怖から離すみたいに。
自分を抱きしめながら震えるヨハンに十代はゆっくりと手を上げ、二人は手を繋いだ。
服の下の黒い光はゆっくりと消えた。
(ごめん。ごめんなさい、ヨハン。お前まで巻き込んで、)
―――ごめんなさい

 

少年は自分に約束した。
他の世界の事情に関わらない。これは彼の誇りであり自分への約束だった。
だが彼は破った。
『もし関わることになると、それはきっと…』
『王族である自分の義務さえ、
捨てる覚悟の時だろう』

初めての血塗れと共に。


恋歌・ の二章目
初めて繋がる暖かい、小さな手
自分の義務を忘れた訳じゃない。でも俺はこの手で守りたかった。この小さな手の、主を