闇の中に一つ、ひとつの音が届いていく。
手を伸ばせば届く程のところに、声が聞こえた。
「…つを起せ!っていうかこいつ、なんでレッド寮に十代と一緒にねてい…」
「うるさいぞ、万丈目」
少しの話が聞こえるが、煩い。
「お前の電話のお陰で僕はわざわざデュエルアカデミアまで来たんだ。今何時と思っているんだ?夜にも眠らないブラックサンダー」
「っ貴様ぁ…!俺様は万丈目サンダーだ!お菓子みたいに呼ぶじゃない!」
「で?早く説明してください。僕は君と違って忙しいんですよ、せ・ん・ぱ・い」
「ああぁあぁだから俺はこいつが嫌いなんだぁ――――!」
「エド、これは万丈目グループが調査した結果のレポートだ」
「あぁ」
「ヘルカイザー!俺様のモノを自分の物遣いにするなぁ!!」
本当にうるさい。少し静かにしてくれないか?
「『…不確定ですが、我々は以上の調査により一つの可能性を報告します。声音の中に言われていた名前の発音は、インダストリアル・イリュージョン社の社長・ペガサスが数年前に見つけ出した宝石達と共に置かれていた石版・虹の竜の存在を指す文章の中に、虹の竜の名前と思われている発音とそっくりです。よって、我々はその声音の中に言われていた名前は同じモノのことを示していると信じています…』……―――っ、んだと…これは信じられるか!」
…あぁ、懐かしい感じがする。
この声…誰だっけ?
「万丈目グループをバカにするな!本当でなければ俺様は貴様に連絡でもすると思うか!」
「ならばお前は信じるか!もしそれが本当だとしたら、虹の竜…レインボードラゴンの正体は、そこに寝ているヨハン・アンデルセンその者だぞ!」
『ヨハン』
……あ。思い出した。この声は…
「エド!おちつ…」
「落ち着けよ、エド」
瞬間、騒ぎが聞こえなくなった。あぁ、俺の声が聞こえたか。
「少しうるさいぞ、兄上に寝かせてくれよぉー…」
「ヨハン!寝惚けるなっ早くおき…っんー!」
「待って、万丈目。こいつの様相がおかしい」
「んぅー!んん――っ!(貴様!手を放せぇー!)」
「……今、なんて言った?ヨハン・アンデルセン」
やはりうるさい。エドは誰かと一緒にいるだろうか。でも目を開くのも面倒だな…
「ぅんー……お前な、兄に向かって何言ってんだよ?弟だろう?俺の」
「「――――っ?!」」
「何寝ぼけた事を言っている!」
「あぁー…もう寝かせろよ。あとで母上に会いに行くから、母上に伝えてくれ。俺は行くって…」
「…どこへ?」
弟も相当寝ぼけてきたか、俺は仕方なく答え、
また夢に入り込んだ。

「…王位を受け継ぐため、人間界で自分を磨くって…」
意識は段々薄くなって、俺は闇を見えた
自分を抱きしめる 優しい闇

 

恋歌・ の一章目
闇と光との出会い

 

「『いい加減に起きてください、兄上』」
景色が瞳に移るより一つの声が耳に襲ってきた。
カーテンが開かれた音と共に眩しい光が顔を照らし、空の色と近い青髪の少年は突然入り込んだ光に不満を思ったか、眉を顰めながらベッドから上半身を起こす。
「『…エドぉー勝手に人の部屋に入るなと何度も言ったじゃねぇか…』」
「『兄上がまだ母上に返事していないせいだよ?それに『入れ』と言ったのは兄上なんだぞ?』」
「『……言ったか』」
「『言った』」
「『んー…覚えてねぇーよ』」
髪を抓みながら応える青髪の少年。エドと呼ばれた少年は溜息をつき、光によって銀色の髪は輝いていた。
「『どうでもいいが早く起きてくれ、ヨハン兄上。朝のご挨拶はまだだろう?』」
「『わーってる……、…ん?エド』」
何かを気付いたようにヨハンは顔を上げた。
「『俺、お前に伝言してなかったか?』」
「『伝言?何のことだ』」
「『俺、お前に言っただろ?『あとで母上に会いに行くから、母上に伝えてくれ。俺は人間界に行く』って』」
「『まだ寝ぼけているのか?兄上』」
夢、か。弟の脱力した顔を見てヨハンは思った。
考えてみると寝ぼけているかもしれない。
確かに弟のエドに伝言を言った気がするが、エドの呼び方が違うし、周りにも知らない声の人々が居た。
「『そっか。まぁそうだな、エドは俺を名前で呼ぶはずがないし』」
「『僕が唯一の実兄に向かって名前を呼ぶわけがないだろう?褒め言葉として頂くよ。兄上』」
「『悪かったな』」
ベッドに降り、手早く朝の清めを済むとネマキを脱ぎながら新たな服を腕に通し、腰帯を締める。
ぐちゃぐちゃとなる髪を整理し、ヨハンは飾りを付け、目を開く。
「『行くぜ。エド』」
「『はい、兄上』」
二人の少年は扉を閉めた。

 

精霊界。
人間界と別の次元にいる、もう一つの世界。人間界は人間が暮している世界のように、精霊界は其々の精霊達が暮している。
かつて、二つの世界は一つだった。だが、ある異変で一つの世界は二つとなり、精霊と人間は分かれ始めた。

異変が起きる前に、人間界と精霊界には其々の世界を統べる『王族』がいた。
彼らは世界の平和を望み、平和の時間のために二つの『王族』は混沌の元凶・『闇』を共に封印し続けた。
だが、世界が二つに分かれた共に人間界の『王族』が行方不明となり、人間界は統べる者を失った。精霊界を統べる『王族』はまだ残っていたが、人間の世界を統べる『王族』を失ったため、闇は封印を解け、人間界を覆いこみ始めた。それを気付いた精霊界の『王族』の王・竜王は人間界と精霊界を繋ぐ道を閉じ、精霊界は『光』の力を守ることができた。
精霊界の『王族』。彼らの世界に光を与えるひとりの女性・竜王。彼女は二人の子を生む同時、自分の色を七つの宝石に変り、精霊界を守る七つの精霊に命を与えた。
そして彼女の子供達に一人だけ、彼女と同じ特性を持っていた。
どこでも自由に飛べる、七つ宝石を操ることができる虹の竜。
――――名は、ヨハン。
王位を受け継ぐ者・竜王の息子だった。

◇ ◆ ◇

 

大きな露台から外の世界を瞳に映る。
精霊界全体を見届ける程高い山の上に、世界を統べる『王族』の城がいた。最高の楼閣に、ヨハンの母…竜王の部屋があった。

慎重に扉を開く。
見慣れた景色と共に涼しい風は感じれ、少年は露台の方向に振り返ると、大きな白い紗幕の向こうにひとりの女性の姿が見える。
彼はゆっくりと紗幕の前に跪いた。
「『ヨハンなの?』」
「『はい、母上。ご挨拶晩くなってしまって申し訳ない』」
女性の影は動いていなかったが、まるでヨハンの気配を気付いたように女性は問う。少しの緑と赤に混ぜ合わせる青髪は涼風と共に舞う。
「『もう、決まりましたか?』」
「『はい。―――精霊に認められる竜王になりますよう、俺は人間界に自分を磨きます』」
「『そうですか』」
「『その前に、一つだけお聞きしたいことがあります。母上』」
ヨハンは顔を上げる。
「『人間界と精霊界。二つは本来一つの世界で、人間と精霊達も一緒に暮してきました。だが人間界の『王族』が行方不明となったため、『闇』は再び現れたんです。確かに、お互いの世界の事情も自分の目で確かめなければいけないと俺は思いますが、母上は他のことを気にしていると感じました』」
「『えぇ』」
「『母上は、』」
少し言葉を止め、ヨハンは再び続ける。
「『人間界を助けたいんですか?』」
女性はクスと、口元を上げた気がした。

「『いいえ。例え本来、二つの世界は一つの存在であろうと、精霊界には精霊界の定めがあり、人間界には人間界の定めがあります。私達は人間界を見守るしかできませんわ』」
「『では、』」
「『あなたのためよ、ヨハン』」
「『……俺、ですか?』」
笑顔の言葉と鈴の音が耳に届いた。
「『あなたは近い将来、竜王になる者です。あなたも竜王になるために、たくさんのことを勉強してきました。でもヨハン、あなたはまだ若い。あなたはまだ外の世界を自分の眸で見たことがない、自分の体で感じたことがないわ。私はあなたに見て欲しい。きっと人間界に暮す経験は、あなたの将来に有利になると信じております』」
「『…ありがとうございます、母上』」
「『では、―――我が子よ』」
再び顔を女性に向かい、いつの間に母のような優しい声は消え、王の真剣に厳粛な口調は少年に伝わった。
「『人間界に行きなさい。素晴らしい王者になるために』」
「『はっ!竜王様!』」
竜王の証、『虹の鈴』の音色と共に。

 

「『もう行くのか?兄上』」
片付けが終わり、カバンを持って部屋の扉を閉めた同時に声が聞こえ、ヨハンはエドを振り返った。
「『あぁ。最近、母上の体調は悪そうだから暫く母上を頼むぜ、エド』」
「『言われなくても母上を守るよ。…なぁ兄上。兄上は人間をどう思っているんだ?』」
「『どうって?』」
「『……いいや』」
質問を諦め、チラリと兄であるヨハンの顔をみると、何故かエドは溜め息をついた。
「『まぁ、バカ兄が行くと決めたから僕は止めないけどな』」
「『聞こえたぞ、弟よ』」
実兄に向かってバカ兄とは何だ!
「『…兄上が、』」
廊下に居る一つの窓に足元を止め、突然言葉を中止したエドにヨハンは彼を見た。
(僕は人間が嫌いだ)
(闇を怖がりながら逃げ出した人間なんて)
「『兄上が人間に絶望しないよう、祈ってやるよ』」
少し呆れたか、始めに少年はエドに何度も目を瞬いたが、すぐに分かったように弟に背中を向け、
「『またな、エド』」
口元を上げながら手を振る。
少年は窓の壁に足をつけ、外へ飛び込んだ。

《吾等の父である青き空よ!吾の願いを聞き、望みを叶え》
地面へ堕ちながらヨハンは指を切り、古代の言語を唄い始める。
《ここで扉の開きを望む!吾が虹の竜・ヨハン!》
瞬間、滲み出した赤い雫は白き光となり、次々とヨハンの周りを包み込め、
呪文に描かれた一つの輪環は現れた。
《吾が名の下に開けよ!―――人間界に繋ぐ・ 次元の扉!》
腰の剣を抜き、刃は輪環に斬った一瞬
まるで硝子のように輪環は引き裂かれ穴となり、破片は地面に堕ちる少年を抱きしめ、刹那に少年の姿は竜になりながら穴の中に向かい、
光と共に竜は空と地面の間に消えた。
「『我が子よ。貴方の無事を祈ります』」
少年の去る姿を碧緑の両眸に写り、女性は手を胸の上に置く。
「『…貴方に、『闇』に出会わない様と、祈ります』」
小さな震えは長く細い指先に現れ続けた。

『いいえ、『闇』に出会ってください、私の子よ。そして闇を、――…』
小さな揺れに、鈴の音色が響いていた。

 

七色の光とすれ違っていく。
飛び続け、虹みたいに七つの色の光は闇の中に輝き、まるで糸の世界に入り込んだように竜はまっすぐに進む。
やがて小さな光が前に現れ、少しずつ近づけると光は大きくなり、竜は飛び込んだ瞬間、
光の後ろに大きな空と地面が青き両眸に映る。
消えていく穴の光と共に竜の姿は消え、青髪の少年は現れる。
遠いところに、ひとりの瞳に青髪の少年の姿は写された。
「『着いたか』」
矢のような速さで地面へ堕ち、ヨハンは鞄から一枚のコートを出す。
鞄のしめ縄を歯で噛み、ヨハンは両手でコートの左右を握り、風で開いたコートはまるで羽のように空に浮いた。
(…建物がある。人間界の街か)
雲とすれ違い、近付いている地上に町が居て、茶色の街の周りに少しの緑色が見える。森だろうか。
暫くの時間を掛け、ヨハンが町の外の地上につき、コートを着けるところだった。
「『―――――っ!?』」
信じられないくらいに、視界はまるで霧のように黒い息に包み込まれていた。
「『や…み』」
少し迷いながら一歩ずつと町に入る。
周りの『人間』は見えないのだろうか、まるで霧を気付いていないように普通に歩いている。だがヨハンは違う。
彼は精霊界の竜族で光の力に属する者、闇の気配を敏感に気付く種族だ。
(これが人間界…か)
もう一度周りを見渡る。
人間が居る街だが決して綺麗とはいえない街。ゴミは道の上に置かされ、壁は汚い水に塗れされたため色が変ってしまい、服がボロボロの子供や大人も道に座っている。なによりヨハンにとって酷いと思うのは、闇の霧に包み込まれた町だった。
(空から見る時、まったく気付いてなかったのに)
「『っ……駄目だ』」
(気持ち悪い……)
光の最大の敵・闇。光の種族にとって闇は毒しか感じられないヨハンは苦しそうに巷間に入り、手を口に押さえながらコートの帽子を脱ぐ。
『兄上が人間に絶望しないよう、祈ってやるよ』
「『エドの奴に中られたぜ、くそっ』」
ふと弟の言葉を思い出す。
人間が嫌うエドと違い、ヨハンは人間界に来るまで人間を好きだとは思ってないが、嫌いとも思っていなかった。弟はそれに気付いただろう、彼は兄のために嫌味の忠告をしたんだ。
―――人間に絶望してしまう、と。
「『マジで嫌な弟を持ったな、俺…』」
「オイィ、そこの兄ちゃん」
「『……?』」
自分が精霊界に使われていた言語と違うため、しばらく経つとヨハンは声の主が自分に話しかけていると分かり、顔を上げる。
同じ年に見える二人の少年が居た。
「旅人か?兄ちゃん」
「……何の用だ」
「おおっ!言葉が通じるか、よかった」
人間界の言葉を喋り始めるヨハン。二人は助かったように口元を上げた。
「兄ちゃん。初めてだろう?この町に。おれ達が案内するぜ?」
「それは結構。俺は三人より一人で回りたい」
「そう言わずに、兄ちゃん。ここには恐ろしいバケモノが住んでいる町だぜ?」
一瞬、髪色と同じの青い眉が顰められた。
「バケモノ?」
「特になぁ、にーちゃん」
歪んでいるように笑い、少年はヨハンのカバンをチラリと見た。
「兄ちゃんみたいな金持ちの者なら、きっと襲われるぜ?」
「こえぇーんだぜ!おれも見たんだぞ?」
「……へぇー…」
僅かな黒い霧は二人の少年からヨハンに漂ってくる。
あぁ、なるほど。ヨハンはある事に気付き、口元をゆっくりと上にあがり、
(俺を騙そうとする愚かな人間め)
「…いいだろう」
まるで面白そうな遊びが見つけたように笑顔は歪んだ。
「場所を案内しろ」

巷の奥に三人を覗く小さなこども。
ヨハンはまだ気付いていない。闇に包み込まれている町に分からないだろう。闇はいつも、
彼を見て 近づいている

 

(なんなんだ)
力を無くした体は草の上に倒れこむ。
「きさま…ぐぁっ!」
「何だ、もう終わりか?」
(何なんだっこいつ!)
重く感じる瞳を辛く開き、眩暈の視線は二人の少年を映る。
緑の輝きを持つ剣は青髪の少年に何度も襲おうとするが、まるで遊んでいるように少年は自分を斬る前の瞬間のみに攻撃を避け、隙に刃を使わずに剣の柄で相手の腹部を撃ち、
「がっ…!」と唾液が吹き出された。
「いい加減に俺の金を諦めたらどうだ?」
「だ、…れがぁ!」
「やれやれ」
彼らは一体何を襲おうとしたんだ。倒れた少年は嬉しそうに避けているヨハンを見ながら思う。
久しぶりにこの町に来た旅人。滅多見当たらない空の青色の髪と瞳。シンプルだが鞄の作り方やコートの布地をみると彼等はすぐに分かった。目の前は金持ちの旅人だと。
だから何も知らない旅人を森まで連れ込み、騙して金を奪おうとした。この町に起こる生活の辛さを教えようとした。
だが今はなんだ?
見た目は弱そうなガキと思ったのに遊ばれているのはヨハンではなく、自分達だった。
「ちくしょ…!」
気付かない間に全ての力で腕を上げ、近くにいる自分の剣に手を伸ばそうとした。
だが触る前の瞬間、一つの足が手を踏むことによって邪魔された。
「わりぃな。お前達に使わせると面倒なんだ」
(今だ!)
再び倒された少年はチラリとヨハンの背中を見つめ、彼は剣を握りながらヨハンのほうへ走り出し、刃を彼に向ける。
「死ね!」
足先で少年が取ろうとする剣を取り上げ、後ろの刃が自分に触る瞬間にヨハンは体ごと振り返えりながら剣を抜き、
「っ?!」
少年の剣は衝撃によって空へ飛ばされた。
「剣を握る力が足りねぇーよ」
「ぐはっ…!!」
いつの間にヨハンの拳は既に彼の腹を撃ち、反応もできずに痛みは全身に流れ、少年は苦しそうに倒れた。
(こいつ…!つよ、い……!)
「だから面倒だって言ってんだろう?」
汗一つもなく、詰まらないと言っているみたいに溜め息をつくヨハン。彼は鞄を取る時だった。
「…ぁま、なに…者」
ヨハンは振り返った。
王族の特性だろうか、無表情のままヨハンは自分に倒された二人の少年を見下ろし、青色の眸は影に暗く塗られた。
まるで黒い霧のように。
「知りたいか?」
ニヤリとヨハンは笑う。
風は揺れていく。
「吾は光に属する者・竜族の子であり、空を統べる者」
腕を上げる瞬間、太陽の光の下に伸びていく影はより大きな影が背中に現れ、白き両翼は少年達の前に表した。
そして、琥珀色の瞳に。
「名は、――――ヨハン」

それは『彼』が初めて、自分以外の翼を見る瞬間だった

暗い霧が集めていく。
「つ、翼だと…っ」
怖がっている様、二人の少年の瞳は大きく揺れていた。
「貴様!アイツと同じバケモノなのか!」
「バケモノ、だと…?」
何かを気付き、琥珀瞳の子は手に居る花の花びらを一枚取り、口に入る。見付かれないように子は後ろからヨハンに近づく。
霧は少しずつと集めている。
「俺がバケモノならお前達はどうだ?」
ずっと腰に留めていた剣を抜き出し、美しく造られた銀の輝きを見せる刃は空気に触る。
「この『闇』を作り出したお前達『人間』はどうなんだ!……俺は本当に絶望したぜ」
ゆっくりと手を上げる同時、子もヨハンに手を伸ばし、
触れる瞬間だった。
「――――お前達『人間』に絶望した!!」
ヨハンは体ごと振り返り、剣を後ろに居る者を斬った。
…はずだった。
「ではどうして悲しむの?」
だがヨハンは動けなくなった。
(―――つば、さだと?)
自分と同じ、翼を持つ子供を見てから。
ヨハンは見ることしかできなかった。
小さな黒い翼がゆっくりと動き、琥珀色の瞳は少しずつと自分に近づき、自分より小さな手が顔に触りながら口唇と重なってい……
…っえ、
「―――何をするんだおまえはぁーっ?!」
「今だ!逃げよう!」
「おう!」
「!ちょっ、逃げるなっ野郎共!」
いきなりの口付けに頭の動きが止まってしまったため、我にかえった時は既に知らない子供にキスされて、二人の少年まで逃がされた。
「…はぁー…何やってんだ、俺…」
っていうか俺、なんであいつらに怒らなければいけないんだよ…
思わず石の上に座りながら落ち込むヨハン。子供は彼に近づき、小さな手は再び彼の顔を触った。
「……?…なんだよ」
子供は始めにジーっとヨハンの顔を見つめ、すると分かったように彼は小さく笑った。
「よかった、間に合った」
「は?」
「おにいちゃんはさっき、『闇』にくわれるところだったよ」
「…―――?!」
(まさかさっきの、)
ハッと自分の喉を触る。
段々消えているが、確かに少しだけ『闇』の気配が喉のところに残っていた。喉から柔らかい感じがする。そういえばと、先ほどの感覚を思い出す。
「…さっき、何を食わせたんだ?」
「魔を除く花の花びら。『闇』を体内から退けることができる花だよ」
「そっか。ありがとう」
「えへへー」
恥ずかしそうに笑う子供。彼の笑顔を見て、ヨハンは目を細めた。
「おにいちゃんは住む場所ある?」
「え?あ、いや。無いぜ?これから探すつもりだけど正体がバレたんだし、他の町へ行こうとおもっ…」
「じゃあうちに来てー」
「え?」
「ぼく、一人で住んでいる!それに大丈夫だよ。この町の皆はもう、慣れているの」
「慣れてる?何に?」
「ぼくが、さっきのにいちゃん達が言っていた
『バケモノ』なんだもん」
「………」
『闇』の存在を知る子供。
人間の筈なのに翼を持っている子供。
そしてなにより不思議と、
『闇』の気配が感じられない子供。

この子は一体…
「その前に一つ聞いていいか?」
「うん?」と笑いながらヨハンを見る琥珀瞳の子。
「お前の名前は?」
嬉しそうに子供は両手を開き、
名前を伝えた。
「十代。ぼくは十代だよ!」
服の下に、少し黒き色を塗っている環が小さく輝きながら。

 

あの頃の彼・未来の竜王はまだ気付いていなかった。
目の前の子供は彼と『闇』を繋がるきっかけになること

考えたこともなかった。


恋歌・ の一章目
闇と光との出会い
あの頃の俺は気付いていなかった。闇と光は既に出会ったんだ。そして、俺と十代も