あれは若さが作り出した血迷いだと、青年はずっとそう思っていた。
自分の故郷に戻り、王位を継承し、国を統べ、共に平和を望む女性と結婚し、幸せを世界に与え。
彼は王として出来ることをやった。
国も、世界も彼を竜王として認めた。例え戦争はまだどこかにあっても、国は平和だった。
でも彼は、青年は幸せではないように見えた。

―――あなたは自分の幸せを手に入れなかったよね?
一人の女性の部下は王である青年に言った。

竜王として青年は幸せだった。国を統べる女王に相応しい妻を持ち、忠誠する部下達が居て、お互い信用する弟も自分を手伝ってくれて、国の人々も幸せの笑顔を持っていた。
竜王は幸せだ。
…だが青年として、青年は幸せを手に入れられなかった。
人間の世界について学ぶために故郷から離れ、まだ少年である青年は闇に包まれた世界で、一人の子供と出会った。
欲望の闇に包み込まれた人間の世界。そこで自分も闇に操られるところに、自分を闇から止めてくれたのは自分と同じ種族、『翼』を持つ子供だった。
人間と竜族から生まれた混血児。名前は、不思議な名前だった。
あの日から、少年は子供と一緒に暮し始めた。
子供との生活は短い時間だった。でも、幸せだった。
お互い不器用で、不注意で、いつも怪我したり喧嘩したり、自分達しか知らない話を交換して、違う種族なのに二人は家族のように暮していた。
〈ほら、持ってやるよ〉
〈い、いいんだよ!自分でも出来るんだよ、このくらい〉
〈はいはい。……さぁ、一緒に帰ろうか〉
〈おうっ!〉
例え少年に成長していく子供は青年の部下じゃなくても、家族じゃなくても、同族じゃなくても、名前しか知らない他人でも、性別が同じでも、
青年は少年を誰よりも大切と思っていた。

「『竜王様。…いいえ、ヨハン』」
女性は一歩を進み、窓から流れる風にピンクの長髪が舞う。
「『あなたは最近、よくここにいるよね』」
「『あぁ。ここの景色は一番いいだぜ』」
「『ヨハン。私達の前で、嘘を付かないでほしいわ』」

なのに、青年はある事実を知ってしまった。
少年は青年が一番、大切してはいけない存在だった。
種族、性別、世界、血…
少年が持つモノは、青年が受け入れてはいけないモノだった。

「『あなたは見ているわ』」
ゆっくりと瞳を閉じ、髪が首飾りの紫水晶
(アメジスト)宝石と共に揺れ動く。
「『この大地と空を通して、遠い所に居るあなたの大切な、人を』」

――――――十代

〈ごめん、な……〉
俺は俺としての幸せを手に入れる資格がない
〈ごめんな。約束…もう果せなくて〉
アメジストよ。……俺はな、
〈さよならだ、十代……。〉

俺は大切な人を自らの手で  『ころ』した

 

詠唱・ の四章目
忘れられないソレは  誰よりも純粋な感情

 

懐かしい気がする。
十代を探しに行くために医務室から走り出したヨハンだが、見事に道に迷ってしまった彼は思わず落ち込む。
探しに行きたい気持ちはあるが、いつも大事なときに自分の方向音痴が発動してしまうせいで道が分からなくなり、素直にいうとヨハンは本当に泣きたい気持ちになった。
顔を上げ、もう一度周りを見渡す。
葉と緑の間に見える青い空。眩しい太陽から伝わってくる暖かいひかり。デュエルアカデミアには自然な景色なのにヨハンは懐かしい気持ちを湧き出す。
(すっげぇー気持ちいい)
まるで以前に同じ気持ちを感じたことがあったように、彼は一旦目を閉じ、再び開く。
少し目の前の右にいる小さな道を視線に移る。
『――――あそこに』
『彼はあそこに、待っている』
頭に現れる想いと共にゆっくりと進み、暫く歩き続け、ヨハンが森から抜けた瞬間、
一人の少年の姿が瞳に映った。
「……じゅう、だい」
森の外は山の上だった。
緑に覆い被された空は一気に広がり、下から振ってくる風は紅い糸を撫でるように揺れる。紅き髪の少年はヨハンを気付き、彼にふわりと笑う。
「『おっ!ヨハン』」
「あ、あぁ…」
とりあえず相手を応える…じゃなくて!
「って十代!勝手に逃げ出しちゃ駄目だろ!」
「『え?何のことだ?』」
「ナニって、お前なぁ……」
分からない顔をする『十代』にヨハンは手を頭に置きながら左右へ振り返る。
「…怪我とか、ないか?」
「『ケガ?なんで?』」
「まぁ無ければいいんだが…とにかくもう勝手に人の前から消えたり、すんなよ!お前はまだ病気があ…」
予兆もなく、青髪の少年の言葉は止まった。
(病気)
急に思いつく。
今の十代は彼が知っている十代ではなく、別の言葉…つまり、別の記憶を持っている『十代』。あらゆる、もう一人の『十代』ってことだろうか。
だったら…
「なぁ、十代」
「『なんだ?ヨハン』」
「ここってどこなのか知っている?」
「『え?んっと…』」
少し考えると『十代』は何かを気付いたみたいにヨハンを見る。
そして、苦笑した。
「『…えっと、わりぃ!オレ、忘れちゃったみてぇー』」
「………。はい?」
そっちきたか!
思わず二度目の泣きたい気分がヨハンの心に表れた。
(落ち着け…うん、落ち着け。ヨハン・アンデルセン)
「じゃあ十代。万丈目…翔や剣山のこと、分かる?」
「『だれ?』」
(皆の記憶はないか…)
「…デュエルモンスターズ」
試しにヨハンはある名前を語る。
「分かるか?この名前」
「『?』」
予想通りに『十代』は首を傾げた。
「『なにそれ?あ、わかった!ヨハンが町で聞いた新しい話か!なぁヨハン、今回はどんな話なんだ?』」
「ちげぇーよ」
「『えー違うか?』」
「後で教えてやるから、今は静かに座ってくれ」
「『ちぇっ。ヨハンのケチ』」
「…今なんか言ったか、じゅーだい?」
「『いいや、なんでもなーい』」
他の方向に視線を向ける『十代』にヨハンはクスと笑い、相手が気付かない間に少年を見つめる。
ゆっくりと目を細めた。
(でもこれで分かった)
十代の記憶は、ある時代に止まっている。
考えたくないが、もし十代は年に一度だけ、別の言葉や記憶を覚えられているなら、多分その記憶は『遊城 十代』のモノではなく、もう一人の『十代』…前世の『十代』のモノだろうとヨハンは思った。

 

昔、彼はある幻想本を読んだことがある。
全ての命には魂がついている。肉体が亡くしていても魂が生き残り、新たな肉体を捜し続け、新しい肉体と共に新たな命を手に入れることができる。新たな命を手に入れた同時に昔の記憶は失くすが、僅かな例外に昔の記憶を覚えている魂もいる。
その例外はどういう風に昔の記憶を覚えているかわからないが(元々これは幻想本から読んだ話だし)、今の『十代』の事情を考えると、昔の記憶…つまり前世の記憶がまだ魂に残っているため、『遊城 十代』は時々『十代』に戻ってしまっている。
(だがこうなると謎はまた増える)
不安定な時期に思い出すではなく、年に一度、しかも毎年の同じ時期に十代が変るとしたら、それはその時期で前世の『十代』にとって何かのきっかけがあるってことだろう。
そして、自分と関係しているきっかけ。
(分からないのに頭が自動的に教えてくれる、知らない言葉)
(そして知らない言葉にいる俺の名前・『ヨハン』)
「…前世の俺は十代を知っているのか?」
そして、

――――前世の俺と十代の間に、何があったってことか

「って何考えているんだ、俺…」
幻想本を読みすぎかと思い、少年は一旦自分の考えを片付けようと目を閉じた時、
何故か『十代』はヨハンを見つめていた。
まっすぐで、柔らかく優しい琥珀の両眸。
「『覚えているか、ヨハン』」
「…じゅう、だい?」
少しずつ、一歩一歩『十代』はヨハンを驚かさない様に近づき、
「『オレとお前が約束したあの、日』」
指先は頬の肌に触った。
オレはあの約束を果したい
あの約束を果たせる言葉が欲しい

大事に守るように青髪の少年の頬に手を置き、少し冷たい温度なのに暖かさが流れ込んでくるとヨハンは感じた。
紅髪の少年は口を開いた。
「『…――――約束を果たせる、コトバ』」
頂戴?

だが彼は口止めた。
碧緑の瞳が揺れることを気付いた、瞬間。
「『…そっ、か。覚えて、いないんだ』」
「え?」
「『―――……いいや』」
苦く笑いながら手はヨハンから離れ、
「『なんでもねぇ』」
冷たい暖かさは風と共に消えた。

 

少しずつ思い出す。
彼と別れる前の、彼との約束。
彼との最後の対話。
『すぐに、戻ってくるよ。だからそんな顔すんなよ!俺、約束を破ったことねぇだろう?』
『いつものことじゃん?方向音痴のせいで一日着けるはずの町に着くのが三週間後になっちまった事もあったんだし…』
『うっ…と、とにかく!俺は戻ると言ったらぜってぇ戻る!…だから、待ってろ。お土産も一緒に持って帰るからさ』
『……おう。オレ、ここで待ってやるぜ』
『あぁ。………なぁ十代。俺が、戻った時になぁ?』
『ん?なんだ?』
『俺が戻ったら、俺に言ってくれ。―――……』

『    』って。

「…十代」
「『ん?どうした、よ…』」
空に透る青い髪は視線に入り込む。
頭をヨハンに振り返る一瞬、彼は自分の肩に預ける。
片手は優しく『十代』の頭を撫でた。
「『…ヨハン?』」
「ゴメン」
何故か謝罪の言葉は『十代』の耳に届いた。
「『?なんでヨハンが謝るんだ?』」
「……ゴメン、な?」
(お前が言っている約束が分からなくて、ゴメン)
しばらく撫でるとヨハンは頭を上げ、『十代』に手を伸ばした。
「さぁ、戻ろうぜ?十代」
「『?……おうっ!』」
少し頭を傾けたが、『十代』はすぐに嬉しい笑顔を咲き、ヨハンの手を取った。

―――だが少年は気付いてなかった。
『十代』がヨハンの手に触った瞬間、一人の異変は二人となり、
(…―――――っ?!)
な、…に?胸が…。

『でも、お前が先に言うなよ。俺が先に言うから、お前は返事してくれ』
『あのコトバの、応え』

魂は響き始めた。

 

『ブルルル!ブルルルルル…――――』
「ああ、うるさい!誰だ!」
段々煩くなった電話音声を止め、苛々とする万丈目はベッドから起き、携帯電話を取った。
「誰だ!今は何時だと思っ、」
『準!!』
「!に、兄さん達、どうしたんですか。こんな晩い時間に…」
『お前が頼んだ音声の件、調べてきたんだ!……お前、どこであの音声を手に入れたんだ』
「?どういうことですか?」
『お前が送ってきた音声が喋っていた言葉、我々が調べてみたら、とんでもないモノが出てきたぞ』
「とんでもないモノ?」
『全ての解析はまだ完成していないが、中にある言葉…いいや、名前か。あれはペガサス会長がある伝説の宝物を見つけた時、石版に書かれていた古代文字にある名前と同じ発音だったぞ』
伝説の、宝物。
まさか
「……宝玉、獣」
『そうだ。―――七つの宝石から生まれた宝玉獣達の主・レインボードラゴンの名前と同じ発音なんだ!つまりその名前は、―――レインボー・
ドラゴンの本当の名前なんだぞ!』

 

初めて二人が手を繋ぎながら眠る夜に、ヨハンはある夢を見ていた。
遥かの昔、人々に知らされていない物語。
彼と、あの人の

二人の物語


詠唱・ の四章目
忘れられないソレは  誰よりも純粋な感情
だが今の俺には思い出せない。それでも俺はアイツを救いたい。彼に、笑顔をあげたいんだ