あいつと会うまで、オレはずっとひとりだった。
アイツと出会って、暮して、オレは初めて自分は独りじゃないと思った。
この小さな幸せがずっと続くと思った。

でもオレは不安ばかりだった。
アイツは人間ではなく竜族だ。…いいや、最初から知っていた。知っているから一緒に暮すことを選んだ。
問題はオレ自身なんだ。
オレは、人間でもなく精霊界の住民でもない。
オレは正体がわからない、化け物なんだ。
『闇』の力を持つ、モノに恐れる存在だ。
アイツは、オレは人間と竜族の間に生まれた混血児としか知らなかった。ずっと『闇』と戦ってきた精霊界の住民である彼が知ったら、どう思うだろう?
だから怖くなった。オレはまたひとりになってしまうことが怖くて、怖くて
それでもヨハンに伝えることができなかった。

そしてある日、ヨハンと別れる日が来た。
彼は何かを気付いたみたいに『用事』で一旦自分の世界に戻るって。
あぁ、遂にこの日が来た。オレはそう思った。
オレの顔に不安を抱いたか、ヨハンはオレに約束をした。

「『すぐに、帰ってくるよ』」

彼は帰ってくるだと。
オレは嘘だと知っていた。知っていたのに
しって いたんだ。
「『オレ、ここで待ってやるぜ』」
ヨハンに安心して戻れるよう、オレはいつも通り笑った。アイツの背中が視線から消えるまでオレは笑顔のままだった。
ヨハン
ヨハン
「『よ 、はん』」
なぁ オレは頑張った?
オレは、おまえの前にちゃんと笑ったか?
「『ヨハァ…っ』」
ごめん なさ   い

―――オレはもう、自分の体の闇を抑えられない

ごめんなさい。
さよならだ。

だから もう帰ってこないでくれ

 

 

詠唱・ の三章目
繋がれた過去に失った日常(現在)と、未来

 

「シニョールオブライエンー!」
「はっ!」
「シニョールジムー!」
「Yes!」
「シニョールヨハンー!……シニョールヨハンくんー!居ませんかーい?」
出席帳から顔を上げ、クロノスはいつもヨハンが座る席を目に通してみたが、やはり席は空席だった。
「シニョールヨハンは居ないノーネ。…では次、シニョール十代ー!」
だが、次の名前の返事も返ってこなかった。
「先生、アニキは来てないんス!」
「そうなノー?あ、思い出しましたノーネ!校長センセイから、話はききマーシタ」
「校長先生から?」
「では次!シニョール天上院…」
『校長センセイから、話はききマーシタ』
何故か翔はこの言葉について少し気になった。
「そういえばアニキ、もう元に戻ったかな?」

 

毎年に同じ時期、年に一度変ってしまう少年。
初めは、翔も酷く驚いた。
隣の者は室友の隼人ではなく、動物のコアラと間違ってしまうくらい。
「アニ、キ?」
彼は目の前の少年を見つめる。
黙然の彼。
まるでボーっとしてるように見える顔。でも何かを探しているみたいに空を見つめる眸。つい昨日にデュエルしてくれた少年と同じ人間だと思い付くことができなかった。
寝惚けているかと翔は思った。でも違った。
少年の目に一つの暗い雲もなかった。いつもより綺麗に見える琥珀の眸は優しく、柔らかく、愛しく、寂しく、悲しみながら微笑している彼に、翔はすぐに分かった。
今の感情を表す十代は、いつもの十代じゃないと。
後に校長に呼ばれ、隼人やもう一人のイエローの生徒(名前は忘れた)と一緒に知らされた。
十代は生まれてからこんな体質になったらしい。原因は不明だが、一日置いていけば次の日に戻ると。
そのためか。DAに入る一年目、校長は翔達に十代ではない『十代』と一緒に行動して、彼の安全を守ってほしいと頼んだ。
守れと言っても何もなかったけど。
確かに少年はよく気付いていない間に姿を消したりどっかに行っちまうけど、彼はただ歩いたり停まったり、草原で昼寝したり空や海を見たり…など。危険なことはしなかった。(もちろん、させるつもりはない)
長いと感じた短い一日が終わり、目覚めると目の前にいるのはいつもの十代だった。
「おはよう!翔、隼人!」
「おはよっス、アニキ…。…ねぇアニキ。昨日のこと、覚えてる?」
彼は分からない様に少し頭を傾ける。
「昨日?何が?」
「覚えていないんだな」
いつもの十代が戻ってきた。
校長の言う通りだった。次の日には昨日のことを覚えていない、いつもとおりの十代が戻ってきた。
本来、翔は原因に興味深いが、彼は何故かその話題を避けることにした。
聞いてはいけないと、彼はそんな気がしていた。
「後でドローパンを買って剣山くんと一緒にアニキを見に行こうか」
そう言いながら剣山にメールを送信した後、
「…くん、シニョール万丈目くーん!…万丈目くんいないノカーイ?」
「……」
『前言撤回!剣山、すぐに教室から逃げて来い!』
『無茶なこといわないでほしいドン!』
思わずすぐに返事した剣山だった。

 

海が好き。
窓の外を見つめる『十代』はそう言っているように見えた。
「海が好きか?」
「『うーん、ちょっと違うかな』」
少し嬉しそうに少年はヨハンに微笑み、まるでいつもの十代だった。
「『空も好きだぜ。色はオレの好きな色なんだ』」
だが彼は十代であり、ヨハンが知っていた十代ではなかった。
「そっか。…あ、ごめんな。すぐに戻る」
「『あぁ!早く戻って来いよ』」
「わーってるよ」
軽く笑い返しながらゆっくりと扉を閉めた瞬間、ヨハンは力を失くしたように地面へ腰を下ろす。
『ドン!』と一発の拳音が響いていた。
「無駄に自分を傷付くことはやめろ、ヨハン」
「…本当に、」
青い髪はぐちゃぐちゃとなり、糸の間からヨハンはエドに向く。
「分からないかよ。今の十代の、言葉を」
「…昨日も言ったはずだ。さっき、お前と十代の対話に名前は言ってなかったんだろ?だから僕も分からない。僕が分かる部分はお前の名前だけだ」
「だったら何故俺が分かるっていうんだ!」
「…聞きたいのはこっちだ。だがもし、今の『十代』は生まれてからずっとお前の名前を呼んでいることが本当だったとしたら、…ヨハン・アンデルセン」
まっすぐに指先はヨハンを指す。
「お前は、十代がずっと求めていた『唯一』なんだ。」

誰も望まない世界にずっとずっとお前を呼び続けた
羨ましいくらい、彼はお前しか望んでいなかった
『聞きたいのはこっちだ』
言葉通りだ。お前は一体何者なんだ
ヨハン・アンデルセン
「過去を話して貰おうか、ヨハン」
「俺の過去?」
「僕は必ず見つけ出す。お前と、」

十代との繋を。

「っ、そう言われても俺には大した過去など…」
…ん?
何かを気付いたようにヨハンは言葉を止め、
エドは彼に疑問を抱いた。
「…どうした?」
「………何が、違う気がする」
彼は後ろの扉を見る。
しばらく見つめると分かったみたいにヨハンはハッと力を強く、扉を開きながら叫んだ。
「――――十代っ!!」
「…?!」
続いてエドが中を覗くと、ベッドに座ってたはずの、紅茶髪の少年の姿はなかった。
風はシャっと窓に入り込む。
「くそっ!やはり出てきやがったか!」
「気付いたのかぁ!っここは地面からかなり距離が、」
「空から跳び出してデュエルアカデミアに降ってくるお前が言うか!」
「っ何故お前がこのことを知っているんだ!」
エドの言葉を無視し、ヨハンは「十代を探しにいく!」と医務室から走り出した。
廊下から響く足音は遠くなり、姿が見えなくなった時にエドはあることを気付いたように呟く。
「……確かここの周りは、森と海しかないんだっけ?」
方向音痴の彼は生きて帰れるか?

まさに大事なことを言ってしまったエド。
三十秒後、青髪の少年は見事に道迷ってしまったことはまた、別の話。

 

「ねぇアニキ、何を調べているのぉ〜?」
「うるさい、黙ってろ」
自分の視線の前に遊ぶおじゃまイエローを隣に移動させ、万丈目は集中力をパソコンに向ける。
カタカタとキーボードを打つ音が続き、彼は自分の学生通信帳をパソコンと繋ぐ。ポケットから携帯を取り、慣れた指である番号を押した。
「俺だ。…あぁ、お久しぶりです」
「誰に電話をしてるんだぁ…?」
「ひょっとして、彼女ぉー?」
「シー!お兄さん達静かにしてぇよ〜!」
「あぁ。実は頼みたいことがありまして、兄さん達の力が欲しいです。……。はい、今からある音声を兄さんのメールアドレスに送ります。その音声の中の言語を、調べて欲しいです」
「なーんだぁ、兄弟への電話かぁ…」
「「シー!」」
『そうか。分かった、結果は後日連絡する』
「ありがとうございます。では」
回線が切れ、いつもの口調と違うせいか、万丈目は思わずホッとしたように緊張を解いた。
「もしかしてアニキィ、お兄さん達に十代のアニキのことを頼むのぉ〜?」
「貴様がもっと知識を持っていれば頼まずに済むことだぁっ!!」
「だって、だってぇ――」
涙目で万丈目に許して欲しいという期待の視線を送るおじゃまイエロー。
だが兄であるブラックとグリーンは事情を知らないため、分からない顔しか出来なかった。
「どういうこと?イエローよ」
「あ、兄さん達はまだ知らないよねぇ。実は…」
コソコソと話し始め、これ以上部屋の奥に居る三つのパンツを見たくない万丈目は再びパソコンに向い、調べ始めた。
カタカタとその音は部屋に響き渡る。
暫くすると騒ぎは後ろから現れ、やっと説明が終ったと万丈目は思った。
「そっかぁ〜竜王の話かぁ〜」
「そうだよぉーブラック兄さん、まだ覚えているのかぁ〜?」
「あの話は有名だな〜何しろ、竜王様が闇に落ちたきっかけは人間に恋をしたからなぁー」
一瞬。
カタの音は予告もなく、消えた。
「そうだったのかぁ、ブラック兄さん」
「オレも覚えているなー……本当かどうか知らねぇけど、竜王はまだ竜王になる前に、確か人間の世界に居た一人の人間を闇から救い出すために、自分を闇に捧げたとか…」
「捧げ?」
「あの人間の代わりに、闇を受け入れたってことなんだよぉー」
竜王は竜王になる前に
人間の世界に居た一人のため
「でもあれは竜王になる前なら…あれ?でも竜王様はちゃんと竜王になったじゃなかったのぉ〜?」
「俺もわかんねぇよ。自分が闇を封印することに成功したと思ったじゃねぇ?だから自分が知らない間に闇に操られ、精霊界が滅びたのかも」
闇を受け入れ、闇に操られ、自分の世界を自分の手で滅ぼそうと
守りたかった一人の人間
「おじゃまブラック、グリーン」
パソコンから指を離し、黒髪の少年は振り返る。
「古代の頃、精霊界の住民と人間の世界の言葉は違うか?」
まさか
まさか
「んー、あまり覚えてないけど…俺達もただ聞いただけなんだし、」
「知ってる全てを話せ」
まさか
アイツが竜王で
十代が

―――『   』

そんなはずが!

緑の影は交錯していく。

「?どうしたの、剣山くん。今は万丈目ルームに行くんスよ?」
急に足を止まった剣山に翔は頭を振り返る。
「いや……何が」
野生の本能が覚醒した肉食動物のように、剣山は森の奥を見つめながら動静を探す。
「…誰かが、あの奥に居るドン」

多くの緑葉は分け生れ
暗い影は一ずつと繋ぎ

「『覚えているか、ヨハン』」
少年はゆっくりと呟く。

交錯する音はやがて歌となり
詠唱し始める

「…じゅう、だい…」
「『オレとお前が約束したあの、日』」

 

それは人々に知らされていない物語
再び響いていく二人だけの、
二線上のアリア

 


詠唱・ の三章目
繋がれた過去に失った日常(現在)と、未来
これは過去への道であり未来へいけない路。でも俺の選ぶべきミチは、