青と蒼、赤と金 3



穏やかな香りが静かに漂ってくる。
覚えのある香り。今まで見てきたモノ、感じたモノ、どんな記憶であったか…あの日の衝撃で、思い出せないけど…
この香りに、少し懐かしさを感じた。
たくさんの紙や本の山の下に埋もれながらも機械を打つ男。
慌てて山から紙と本を持ち上げる黒髪と金髪…二人の男。
隣に仕方ないと微笑む女性。
そして、機械を打つ男の隣に置かれたコップの香り。

あの香りは遊星が父親に対する、はじめての印象であった。

「……………。」
自分の視線より高い椅子を見上げる。
チラリと部屋の外を覗き、宝玉獣のエメラルド・タートルがリビングに眠っていることをと確認し、蒼の子供は椅子の足を掴んで跳び上がる。(毎日は違う宝玉獣が出て くる)
椅子の上にたどり着き、子供は椅子を近くにあるテーブルまで動かし、先程置かれたコップに近づく。
少し違うけど、確かに彼が知っている香り。
彼の父さんの香りだ。
「……?」
ふとテーブルのある写真立てが目を付く。写真立てはいくつか置かれているけど、何故かある一個に興味を持ち、その写真立てを手に取る。
ふたりの少年の写真が蒼の両眸に映っていた。
「………ヨハン」
赤の少年と青の少年が嬉しそうに笑いながらカメラに笑顔を向ける写真。年齢は少し違うしもう一人も知らないけど、青の少年は間違いなく彼の養父・ヨハンだ。
では、赤の人は…。
「…このひと…」
「俺の大切な人だ」
手にある写真は取られ、遊星は後ろに振り返る。いつの間に、ヨハンは彼の側に来ていたようだ。
「ヨハンの、たいせつなひと?」
「あぁ。遊星もいるだろ?」
ゆっくりと頷く遊星だが、『でも…』と子供は悲しそうに目を細めた。
「とうさんは、たいせつ。でも、とうさんのけんきゅうは…」
「…………。…なぁ、遊星の父さん…不動博士って、どんな人か覚えているか?」
少し話を変え、写真立てを戻しながらヨハンは遊星に問う。
しばらく考え込むと遊星は頷き、青年は微笑んで別に淹れたコーヒーを取り、ベッドの上に腰を下ろした。
「いつも、とうさんはいそがしい。かあさんもいそがしい、けど、とうさんはもっといそがしい」
「そうだな…不動博士は責任者だし」
「でも、とうさんはいつも、やさしい」
「お?博士は遊んでくれるからか?」
その言葉に遊星は首を振り否定すると、何故か小さな笑顔を浮かべた。
「あそびはしていない。でもとうさんは、じかんがあるといえにもどる。ほんのすこしでも、かえってぼくとかあさんを、あいにくる」
どんなに忙しくても。
一分しか家に戻れなくても。
父さんは家に戻ってくる。毎日も少しの時間を使って、家に戻る。
いつも彼と一緒に居られるのは母さんだけど、毎日も父さんに会えると凄く嬉しくなる。
一日の楽しみは、父さんが家に戻る瞬間であった。
「研究があるのにちゃんと毎日も家に戻るか。…凄いぜ」
「うん。たまに、かあさんはぼくをけんきゅうしょまで、つれていってくれる。でも、いつもおかあさんがおこる」
「ん?なんで?」
「かみとほんが、やまになってるって」
「……ぷっ…」
思わず笑みが口元から漏れ出す。
なんとなく想像がつく。不動博士はモーメントの責任者で科学者だから、たくさんのことをやらなければいけない。そのため、彼は研究室のデータや論文、報告などをあ ちこちに散らかすに違いない。
寧ろ、キレイな研究室があれば彼も見てみたいくらいだ。
「ヨハン」
「うん?」
「どうして、」
一旦口を止め、遊星は続けた。
「とうさんは、あんなことをした?」
「――――……博士は、あのようなことはしたくなかった」
「でも!」
少しずつ平静さを失う遊星にヨハンは立ち上がる。テーブルにコーヒーを置き、子供に近付いて同じ視線の高さまで腰を下ろす。
『ポンポン』と、青年は遊星の頭を撫でた。
「『博士のせいじゃない』って言っても、遊星は納得することができないだろうな。確かに、博士はその研究の責任者だ。この事実は消えない。…でも遊星、これだけ覚 えてほしい」
「………。」
「お前の父さんは、誰よりも人々に笑顔を与えたかった科学者で、遊星…お前の立派な父さんだ」
「ぼくは、わからない……」
「今は分からなくてもいいんだ。大事なのは、父さんを信じることだ」
「…しん、じる?」
「父さんとの絆を信じるんだ。子供まで父さんを信じなければ…誰が、」
博士のことを信じる?
濡れた大きな眸を揉む。この子は強い。身体は小さくても、心は大人より強い。
だからヨハンは心配するのだろう。
この子の未来は、ずっとこの事実を背負って生きるしかなくなるだろう。
夢を見て、幻覚を見て、嫌なことを聞いて、悲鳴を聞いて、
…死ぬまで繰り返される残酷な生き方を。
「…きず、…しんじ、……、…………っ…」
否定できない。でも、納得もできない。どうしようもできない。
何も応えず、遊星は顔を伏せて部屋に出る。小さな姿の背中を見つめ、ヨハンは溜め息をつき、
「……大人でも難しいけど、な」
テーブルのもう一つのコップと写真に視線を向けた。
『自分まで信じなければ、誰が信じる?』
自分が言いだした言葉なのに、何故か説得力がないとヨハンは感じる。
…自分は信じているのか?
あの人を。
何も言わずに自分の元から離れた伴侶を。
「……味がない」
コーヒーの味にヨハンは眉を寄せる。
いつもと同じ淹れ方をしているけど、不味いどころか…味を感じなくなっている。
以前は好きだった。…いいや。
(十代が淹れてくれたコーヒーが好きだったんだ)
ふと部屋の外に視線を向ける。
季節により変わっていく風景。
今は少し寒いけど、まもなく春が訪れるだろう。
春が過ぎ、夏が過ぎ、秋が過ぎ、冬が過ぎて一年が経ち、季節はまた繰り返す。
彼はいくつの季節を、過ごしてきたのだろう。
(…十代。何故)

何故、俺の元から離れたんだ?



「……………。」
はじめに目を瞬き、続いて目を閉じて再び開く。
何か間違ったではないかと首を左右に振り、目覚めようと眸を開くと…
先程と同じ、部屋は嵐が去ったような景色になっていた。
「……………。」
「じゅ、じゅうだいおにいちゃんがこわい…」
「後ろしか見えないのに、なんでだろ…こ、こわっ」
ドアの後ろに覗きながら子供達は姿を隠す。背中の青年と一緒に暮らし始めてから少しの時間を経っていたが、青年の怒りを表にする姿は初めてだ。
チラとドアから顔を出し、再び青年を覗いてみると…
「――――ジャック・アトラス」
「ひっ!」
…青年は口を開いた。
「アイツはどこだ?」
「え、あの、その…」
「僕たちは、ななななにも…」
直接呼ばれた訳じゃないのに、青年の背中を見ると心が怯えてしまう。慌てて説明しようとすると、十代は溜め息をつき、窓の外へ跳び…
「「あ」」
まっすぐに森の中へ走り、鳥たちは逃げるように飛び立つと、
森の奥から恐ろしい子供の悲鳴がまっすぐと子供達の耳に刺し込んだ。

「はーなーせー!」
激しい叫びは屋敷の外へ広がっていく。
捕まえた子供を逃がさないよう、十代は彼を椅子に縛ることにする。
少しやりすぎだじゃないかともう一度溜め息をつくと、十代は先程と同じ質問をした。
「ジャック。何故オレの部屋をめちゃくちゃにしたんだ?」
「………フン」
「ジャック!いいかげんに話しなさい!」
「まぁまぁ、マーサ。ここは任せろって」
そろそろ理性が切られる女性を宥め、改めて十代はジャックを見る。
青年の視線を気付き、まるで逃げるようにジャックはすぐに目をそらした。
(でも、どうしたんだろ?一体…)
ふと最近のことを思い出す。
マーサの屋敷に引っ越す前、十代は時々ジャックを見に来た。二人の関係はいいとは言えないけど、少なくともジャックは話してくれるし、人の目を見ながら喋る子だ。
彼は逃げない。例えどんな相手であろうと、彼はきっとまっすぐに相手を睨んで立ち上がる。
でも、今は違った。
十代がマーサの屋敷に暮らし出した時から、ジャックは何故か彼を避けていた気がする。話し掛けると逃げるし、好きなカップラーメンを出しても反応…はするけど、自 分と目を合わすと逃げてしまう。
自分は、何かジャックが嫌がるようなことでもしたのだろうか。
(記憶にねぇけどな…)
きっかけはともかく、これ以上マーサに迷惑をかけちゃいけないし、この雰囲気で暮すのもお互いに辛い。ならば…
「ジャーック」
「…なんだよ」
「理由を教えてくれ。」
「フン。……、…十代に、おしえることなんてない」
最後の応え。
最後の応えに十代は目を閉じる。まるで家族と別れる戦士のように拳を握り、十代は決心を固め、ジャックを解放した。
「マーサ。オレ、やっぱ出ます」
「「!」」
青年の言葉に全員が絶句する。
目をむくマーサに十代は頭を伏せ、部屋に戻ってカバンを取る動きに冗談ではないと分かると、マーサは彼の腕を掴んだ。
「十代さん!どうしてなんだい?!理由を言ってくれないと、アタシは手を離さないよ!」
「そうだよぉ〜おにいちゃん〜」
「おにちゃんがいくのがやだー」
「おにいちゃんのりょうりがだいすきだよぉーいかないで…」
マーサに続き、屋敷の子供達も一人ずつ十代を追い、逃がさないように足を抱きしめる。
十代は苦笑した。
「気持ちはわかるけど、オレがここにいたら、困る人がいるからさ…」
「こまるってなんだよ」
ゆっくりと青年の前まで歩き、ジャックは顔をあげて彼を睨む。
「おれのせいだとでもいうのか?!」
「おまえのせいってなにも…」
不思議なことを聞こえたように、十代は首を傾ぎ…
「ジャックは、オレが嫌いだろ?」
子供に小さな衝撃を与えた。
「―――――おれのきもちなんてしらないくせに!」
「!」
前触れもなく服ごと掴まれる青年。ケンカするつもりかと予想した時、ある音で考え止められる。
…何かを切る音だ。
「!じゃ…」
「おれのきもちなんてしらないくせに、しったくちにするな!」
手を伸ばす時はすでに遅かった。
気付いた瞬間にネックレスは外され、子供を掴もうと伸ばした手はモノを掴めず、微妙に寂しさは手に残る。
指輪を握り、金の子供は大人の声を無視して走っていく。
小さな姿は遠くなってきた。
「ジャック!こバカ!早く十代さんに返しなさい!
ジャック!!――――…」
震えながら首に触る指先。
女性の声はすでに聞こえない。隣にいる気がするけど、今の彼はまるで宇宙に捨てられたようだ。
(ゆび、わ)
何も聞こえず。
(ここになにも、ない)
何も感じず。
(なにもない)
首に何も残っていない。過去も、思い出も、なにもかも…
(指輪が、)
『お前は俺のモノ、俺はお前のモノ』
はじめてつけられた銀色の指輪。
今でも記憶にある。恥ずかしそうに、でも幸せそうに自分に聞いてくるあの人…
『…俺と、結婚してくれ』
『―――…うん』

――――――ヨハン!

ひとりの青の姿が浮かび上がる。
何かを掴むように、何かを見つけたいようにネックレスの位置を握りしめながら、
赤の青年は子供の方向に走り出した。


――――…今思うと、彼も自分が何をしているのかわからない。
青年は自分が見えるところに居て、自分が暮らすところに暮らし始めた。それが嬉しいはずなのに、あのことを聞くとこころは何かに刺されたようにむずむずする。
ずっと青年の…十代の服の下に隠された、ネックレス。
あの指輪を見てから、彼はおかしくなってきていた。
いつの間に十代の言葉を聞かなくなり、彼に多くの迷惑をかけたり、彼が作った料理を食べなかったり、貸してくれたデュエルマガジンも読まなくなり、十代の目から視 線を逸らした。
何故か彼は怖くなってきたのだ。
十代の目を…まっすぐと人を見つめて相手を見抜くあの眸を見るのが、こわくなってきた。
なぜだ。
なぜなんだ。
『おれのきもちなんてしらないくせに、しったくちにするな!』
相手が分からないのは、自分の方なのに!
「はぁ…はぁ、…く…っ」
海の近くまで走り、あまりの走り方で子供は苦しそうに息をする。何度も喘ぎ、ようやく息を落ち着かせると周りを見渡る。
そしてこの場所に目を細めた。
「は…、また、ここか」

――――B.A.D.エリア。
ゼロ・リバースの事故により一番多く巻き込まれた場所。ここは廃墟しか残されず、サテライトやシティの人達もここに近づこうとはしない。彼らにとってこの場所の奥 は、残酷な事故を起こしたモノ・モーメントが残された場所なのだ。
ジャックもまた、家や両親を、このエリアで失っている。
「…ダイダロスブリッジ」
顔をあげ、ジャックは近くにいる未完成の橋を見つめる。
サテライトとシティは事故により海に分断された。その間に一人の男が橋を作ろうとしていた。
はじめはひとりだったけど、いつの間にサテライトの人々もその男と共に橋を完成させようとした。…が、それはできなかった。
セキュリティがその男を止めようとした。ゼロ・リバースの件でシティは、サテライトとシティを繋ぐことを許さず、二つの場所を再びつなげようとする男を逮捕しよう とした。だが、追い詰められた男はバイクを乗り、未完成の橋に駆け抜けて飛び…行方不明となった。
あれ以後、この橋はダイダロスブリッジと呼ばれ、あの男も伝説の男と思われ橋と共にサテライトの希望の象徴となっているが…ジャックにとって、これはまた別の形の 絶望にすぎない。
サテライトの人々にとって、シティに行くのは無理だと。
希望はないのだと。
「…………。」
チラと周りに誰も監視していないことを確認し、ジャックは少しずつダイダロスブリッジに登る。
ゆっくりと端っこまでたどり着き、ジャックは真っ直ぐにその先…ネオドミノシティを見つめた。
(どうせおれはこどもだ)
(こどもで、なにもできないやつで…)
力強く拳を握り、下の海を覗くとシティに向かって腕を振り、
「かえるばしょがあるのにそれをすてるヤツがきらいなこどもだ!」
指輪を海へ捨てる。
…そのときであった。
「っ!?」
指輪を掴む小さな手を握る手。
ハッと振り返ると、息を喘ぎながら彼を睨むひとりの青年がいた。…十代だ。
「は…、…――――なにをしているんだっ貴様はぁ!」
思わぬ怒鳴りに子供の耳を刺し、一瞬その冷たさにジャックの肩を震わせた。
彼はいつも余裕そうに見えた。自分と違って大人であり、どんなことがあっても冷静に分析し、解決できる。
彼と知り合ってまだ短い時間だからかもしれないけど、彼が表情を崩す所は見たことがない。
見てみたい。
指輪の話をすると、アイツにかけられたすべての鎖が解除される。アイツのすべてが見たい。そして憎い。
まだ持っているのに持ち物を捨てて無い振りをするこいつが、憎い!
「…っはなせ!」
青年の手を振り放せ、ジャックは手を海の下に向かせる。
中には十代の指輪が握っていた。
「ジャック!それを返せ!それは…」
「おまえのたいせつなもの、だろ?」
口元を歪めて子供は続いた。
(しっているさ。だからこそ、おれはわからないんだ)
「ならなぜここへきた?!なけるばしょがないっていったくせに、なぜかえれるばしょのようなめで、このゆびわをみるんだ!」
「ジャック、それはおまえに関係な…」
「おれのきもちもしらないくせに!」
(しらないくせに、しったくちにするな)
「おれはこころをひらいた!ならきさまはどうだ!きさまは、――――おれたちにこころをひらいていたのか?!」
じぶんもこころをひらかないやつに、…―――おれはどうしんじればいいんだ!
塩と鉄のにおいと共に響く鉄材の響き。
打ち切られた橋の上に立つひとりの子供とひとりの青年。海の風に赤に近い髪は揺れ、まるで踊るように舞う。風が止まった瞬間、まっすぐと子供を見つめる青年は口を 開いた。
「いいだろう」
「っ…?」
「ならば、一番分かりやすい方法で分かり合おうじゃないか。…『これ』で」
コートを開き、十代は中にあるモノをジャックにあげると子供は目を見開いた。
サテライトには滅多に残されていない、デュエルディスクだ。
「おまえが、シティからもってきたのか?」
「いいや。これはあるデュエリストがくれた物だ」
コートの裏から自分のデュエルディスクを取り、腕に着けながら十代はチラリと後ろのサテライトを覗き、小さな声で答えた。
「オレが一番尊厳しているデュエリストがデュエルをやめる時…オレにそのデュエリストとしての『誇り』をくれた。…応えなかったけどな」
十代の言葉に首を傾げたが、ジャックは考えないことにしながらデッキをディスクに着けると、十代はケースではなくコートの裏ポケットからデッキを取り出すことに眉 を寄せる。
彼のケースに入れているデッキは彼の普段のデッキじゃなかったのか…?
「ケースのデッキをつかわないのか?」
「ん?あぁ、使っちまったらバレるから、使わない」
「??」
「さぁ、準備はできたか」
気付かない様にケースにある一枚カードをデッキのある一枚と交換しながら軽く話を変え、十代とジャックはデュエルディスクを起動し、五枚のカードをドローする。お 互いも目線を合わせ、口を開ける。
「「デュエル!」」
風が二人に鉄の響きを送り始めた。
はじまりの、音を。

十代・LP4000。    ジャック・LP4000。
「オレの先攻。ドロー!…フェザーマンを、守備表示で召喚!【守備力・1000】」
一枚のカードを守備に置き、円状のひかりに一つのモンスターが現れ、モンスターの姿を見てジャックはあるプロのデュエリストを思い出す。
これは、あのプロと同じデッキ…
「おまえ、ヒーローデッキなのか?うしろのもそうなのか?」
十代がわざと使わないケースのデッキを指し、十代は微笑みながら一枚のカードを取る。
「まぁな。カード一枚伏せて、ターンエンド」
「おれのターン!ドロー!…X―セイバー・エアベルンをしょうかん!【攻撃力・1600】」
手札から一枚のカードを召喚し、フィールドに現れる。十代の守備モンスター・フェザーマンを指し、ジャックは命じた。
「X―セイバー・エアベルンよ!フェザーマンをこうげき!」
エアベルンはフェザーマンと戦闘し、その攻撃によりフェザーマンは消えて墓地へ送られた時、十代は手を上げた。
「この瞬間、トラップカードを発動!〈ヒーロー・シグナル!〉」
「!」
「自分フィールド上のモンスターが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、自分の手札、またはデッキから「E・HERO」という名のレベル4以下のモンスター1体 を、特殊召喚することができる。――――ワイルドマンを攻撃表示で特殊召喚!【攻撃力・1500】」
伏せたトラップカードを発動し、デッキから一枚のカードを選び、十代はE・HERO ワイルドマンを特殊召喚した。
「ジャック。こんな程度じゃオレのライフを削ることができないぜ」
「くぅ…ターンエンド」
ターンを終了し、ジャックは十代を睨む。
まるでその視線を気付いていないよう、十代はチラリと手札を見て、ドローの準備をした。
「オレのターン!ドロー!……いくぜ、ジャック!魔法カード〈融合〉を発動!」
ドローしたカードを手札に入り、十代は魔法カードを発動し、手札の一枚モンスターカードとフィールドのモンスターを選んだ。
「手札のエッジマンと場のワイルドマンを融合し、ワイルド・ジャギーマンを融合召喚!――――来い!」
回る黒き穴にふたりのモンスターは入り、白き光と共に新たなモンスターが現れ、青年はその名を呼んだ。
「E・HERO ワイルド・ジャギーマン!
【攻撃力・2600】」
光を飛び散り、モンスターはジャックの目の前に表れ、まるで睨まれるようにジャックは肩を跳ねる。
が、彼に反応させる時間は与えていなかった。
「こうげきりょく2600…!」
「行くぜ。バトル!ワイルド・ジャギーマンよ!X−セイバー・エアベルンに攻撃!」
ワイルド・ジャギーマンとX―セイバー・エアベルンの戦闘によりX―セイバー・エアベルンは破壊され、ジャックに1000ポイントのダメージを与える。
衝撃が過ぎ、ジャックは腕を下げて十代を睨んだ。
「サレンダーはしなさそうだ」
「あたりまえだ!こどもでも、おれはデュエリストだ!どんなにまけようと、さいごまであきらめない!」
「…そうだ。それこそデュエリストだ」
クスと笑い、十代はターンエンドと宣告した。
十代・LP4000。    ジャック・LP3000。
「…おれのターン!ドロー!」
一枚のカードをドローし、カードの表を通してジャックは十代を覗く。
まだ数ターンしか経っていないけど、明らかに相手は余裕を持っているし、戦略も自分より上だ。
彼は近くにいる子供や数名の大人としか戦ったことがない。勝ち負けもあるけど、目の前の人は明らかに今まで戦った者たちよりも上の実力を持っている。
(だがおれはここでまけるにはいかない…!)
彼は負けてはいけない。
相手の本当のことをわかるまで、…―――彼は、
「おれは、しるまでまけない!魔法カード〈クロス・ソウル〉をはつどう!」
先ほどドローした魔法カードを、フィールドに発動した。
「このカードはあいてフィールドじょうのモンスター1体をせんたくし、じぶんのモンスター1体のかわりにせんたくしたあいてモンスターを生け贄にささげることがで きる!おれは、ワイルド・ジャギーマンをせんたくし、リリースする!」
指しこまれた十代の場のモンスターは消え去れ、代わりにリリースされたワイルド・ジャギーマンはジャックの場にひかりとなり、そのひかりの中に一つのモンスターが 現れた。
「ギガ・ガガギゴをこうげきひょうじで召喚!
【攻撃力・2450】」
「ギガ・ガガギゴ…。なかなかいい戦略といいたいけど…ジャック」
自分のフィールドを見て、まるで痛みもなさそうに十代はジャックに口元を上げた。
「どんなモンスターを召喚成功しても、オレに攻撃できずダメージを削らなければ、おまえは勝てないぜ?」
「く……」
確かに相手の言うとおり、ジャックは攻撃することができない。〈クロス・ソウル〉は相手のモンスター1体を選択し、生け贄にささげることができるけど…発動した ターン、バトルフェイズは行うことができない。
例え十代のフィールドはがら空きになっていても、彼は攻撃できない。
仕方なくジャックは「ターンエンド」を宣告したが、今の状況は彼に有利だ。
相手の場には伏せカードがなく、モンスターもない。どんなカードが出ても、彼は対戦できる自信がある。
(つぎのおれのターン…)
チラリと自分の手札の一枚カードを覗き、ジャックは口元を上げる…
「ギガ・ガガギゴ…」
時であった。
「?」
ジャックを見ず、何かを見つめるように別の方向を見る十代。彼の視線に合わせると、十代は彼の場のモンスター、ギガ・ガガギゴを見ていることがわかった。
「ジャック。おまえは知っているか?ギガ・ガガギゴはどんなモンスターか…」
「は?」
「ギガ・ガガギゴ。本来は正しきな心を持つモンスターだったけど、そのモンスターは強大な悪に立ち向かうため…手術をした。色んな肉体改造を行い、強い力を手に入 れたが、…それに代価が必要だった」
「…なにがいいたい」
「……………。」
ジャックの質問に応えず、十代は指をデッキに伸ばし、カードをドローすることにした。
「オレのターン。ドロー!………」
チラっとドローしたカードに目を細め、十代は手札に入れて一枚のモンスターカードを、
「モンスターを裏側守備表示で召喚する。ターンエンド」
裏側守備表示でターンを終了する。それを見てジャックはニヤリと笑った。
「もうてがないのか?十代!」
「……。おまえのターンだ。」
「…クッ」
(なんなんだ。この余裕な顔は)
「おまえがこないなら、おれがしょうりをもらうぜ!」
一面に無表情をする十代にジャックは不機嫌になり、カードをドローした。
「おれのターン!ドロー!…魔法カード〈古のルール〉をはつどう!」
すぐにドローしたカードを手札に入れ、ジャックは先ほど考えていたカードを発動した。
「このカードは、じぶんの手札からレベル5いじょうのつうじょうモンスター1体を特殊召喚することができる。おれは、千年原人をこうげきひょうじで召喚!
【攻撃力・2750】」
デッキから名前にあたるカードを取り、魔法カードの効果により千年原人はジャックのフィールドに召喚された。
ギガ・ガガギゴ【攻撃力・2450】と千年原人
【攻撃力・2750】。そして相手のフィールドは伏せたモンスターカード一枚のみ。
勝利に確信し、ジャックは口元を上げてギガ・ガガギゴに命じる。
「ギガ・ガガギゴ!あのふせカードをはかいしろ!」
そして宣告とおりにギガ・ガガギゴは立ち向かえ、その伏せカードを攻撃したのだが…破壊された前に、カードは開き、
「!?」
伏せカードの正体はモンスターのダンディライオンだった。【守備力・300】
「ダンディライオンの効果を発動!このカードが墓地へ送られた時、自分フィールド上に綿毛トークン2体を守備表示で特殊召喚することができる!――――来い、綿毛 トークン!【守備力・0】」
モンスターの効果により2体の守備モンスターをフィールドに召喚され、まさかの事態でジャックは口を噛んで千年原人を1体の綿毛トークンに攻撃を命じた。
二体の高レベルモンスターが自分の場にいるのに、相手の戦略で向こうのフィールドをがら空きにできず、プレイヤーにダイレクトアタックことさえできない。
ほらな?と十代は悔しそうに自分を睨みながら「ターンエンド」を宣告するジャックに微笑した。
「オレをさっきのターンで攻撃できれば、おまえは有利になるのにな。どうだ?力があるのに何もできない気分は」
「う…っおまえが綿毛トークン1体しかのこっていない!つぎのターンがきればおれは…」
「つぎ?とはなんだ?」
思わずニヤリと青年は笑いを上がる。彼らのようなデュエリストにとって、『つぎ』という言葉はない。
今のデュエルが、彼らの『今』の全てだ。
「オレのターン。ドロー!…ジャック」
ドローしたカードの正体に口元を上げ、十代はジャックと視線を合わせ、
「見せてやろう。デュエルは、一瞬で勝負を逆転できるモノだということを!――――魔法カード〈死者蘇生〉を発動!だがオレが甦るのは、ジャック!お前の墓地の X―セイバー・エアベルンだ!」
「?!」
青年の言葉に反応できず、デュエルディスクから一枚のカードは十代の方向に飛び、モンスターカードのX―セイバー・エアベルンは彼の手元になり、十代のフィールド に攻撃表示で甦えた。
「おまえっ!おれのモンスターになにをするつもりだ!」
「そして、スパークマンを通常召喚!
【攻撃力・1600】」
「!」
X―セイバー・エアベルンにもかかわらず、また別のモンスターを召喚する動き。
フォールドには三体のモンスター。綿毛トークン
【守備力・0】、スパークマン【攻撃力・1600】と
X―セイバー・エアベルン【攻撃力・1600】。二体は十代の通常モンスターだけど、一体はジャックのチューナーモンスター。
(!まさか…)
ふとさっき、青年がケースから一枚のカードを取り、今のデッキに入れて別の一枚を取り出すのことを頭に浮く。
相手のデッキは融合や生け贄を捧げることで高レベルモンスターを召喚するデッキ…いわゆる、それは昔のデッキだ。
ならばさっきのカードは。
「ビンゴだ」
手札から一枚のカードを取り上げる。
はじめはゆっくり、続きに素早くカードを振り、まるで剣に切られたように風はまっすぐとジャックに襲い、子供を鉄の上に膝を屈する。
十代は微笑んだ。
「レベル1の綿毛トークンとレベル4スパークマンを、レベル3のエアベルンにチューニング」
お互いに頭を傾ぎ、綿毛トークンはスパークマンと共に空に飛び、五つの星となり数個の円が現れる。
円に包まれるエアベルンは三つの星が体内に表れ、五つの星はモンスターの中へ飛び込み、
星達は直線になると大きな光を現わし、
「…!」
真っ赤な両眸はジャックを睨んだ。
「この焔はすべてを焼き尽くす…求めることができれば求めるがいい!」
少しずつ光は真っ赤な両眸により赤く塗られ、やがて燃え上がるように光は焔となり、大きなツバサを開き…
「――――シンクロ召喚!現れろ!レッド・デーモンズ・ドラゴン!」


「―――――」
突然、目の前にいる人物が視線を彷徨わせる姿に蒼の子供は首を傾げる。
どうしたのだろう、と子供・遊星は本を閉じ、チラリと青年を覗いてみる。
理由もなく。
前触れもなく。
ただじっと窓を通し、外のどこかを見つめ続ける。
信じられないと、青の両瞳は見開かれながら青年は呟きを、震えた。
「……じゅ、だ  い」
彼の伴侶がいる方に向きながら。


…鼓動が、聞こえる。
はじめは小さく、時間の流れにゆっくりと心臓は跳ね、飛びだすように大きく跳ねる。
黒き焔に包まれる赤き龍。焔のツバサを開くと炎は吸収されたように消え、血よりもなお黒いドラゴンは姿を現す。
命が誕生する瞬間の様に、ドラゴンは空に叫び…
「くぁ…!!」
響きは耳を、身体を通してまっすぐ子供の心臓に刺さり込んだ。
「な、なんだ…!このモンスターは…!」
「レッド・デーモンズ・ドラゴン。世界でたった一枚しか存在しない、貴重なカードだ【攻撃力・3000】」
レッド・デーモンズの頭を撫で、十代は再び立ち場に戻る。
彼は千年原人を指した。
「!」
命令もなく、レッド・デーモンズはすぐに千年原人と戦闘し、攻撃力が低い千年原人は破壊され、「ぐは…っ!」とジャックは250ポイントのダメージを受けた。
「く…どういうことだぁ!」
彼は十代の宣言を聞こえていない。モンスターに攻撃を命じなければソリッドビジョンはないはずだ。
なのになぜ。
レッド・デーモンズはプレイヤーの指示なしに動くことができる。
「このモンスターには、魂があるんだ」
まるでジャックの心を見抜いたように十代は「ターンエンド」と宣言し、ジャックを見た。
「このモンスターはプレイヤーが考えることを理解できる魂が持っている。でも、これは誰にでも使えるカードじゃない。――――王者の鼓動を持ち、強い心を持つ者に しか使えない」
「…なにがいいたいんだ、じゅうだい!」
「好きに想像するといいぜ」
(おれはつよいこころをもたない者だといいたいか!)
「ならばおまえはあるというのか?!おまえは、キングとでも?!」
この言葉に相手は言い返すと思ったが、不思議に青年はただ小さく笑う。
誰も聞こえないよう、十代は呟いた。
「昔は確かに、そう呼ばれたけどな」
「…?」
「おまえのターンだ。ジャック」
十代・LP4000。    ジャック・LP2750。
「おれのターン!ドロー!…」
(いまはしゅびをかたまらないと…)
「ギガ・ガガギゴをしゅびひょうじにする。おれはカード2枚を伏せて、ターンエンド」
十代の顔を覗き、ジャックは二枚のカードを魔法・罠ゾーンに伏せてターンを終了する。十代もすぐにドローし、再びギガ・ガガギゴに指をさす。
レッド・デーモンズは攻撃に向かい、焔の中にギガ・ガガギゴは破壊された。
「ジャック。ギガ・ガガギゴは力を手に入れるため、何を失ったと思う?」
話は再び少し前の話題に戻り、何故かジャックはイライラする。
彼は一体何を言おうとしている…自分は、ただ力しか求めないとでも?
「いいかげんにしろ!十代、きさまはなにをいいたい!おれのデッキから、力しかみえていないとでもいいたいのか?!」
「―――いいや」
思わぬ返事に子供は眉を寄せる。彼を否定するでもない。ではなぜこの話を繰り返し続けるのか?
子供の疑いを取り抜き、青年は目を閉じ、開き、応え始めた。
「ギガ・ガガギゴはひとりの隊長に庇われ、命が助けられた時から正しき心を目覚めた。でも、ギガ・ガガギゴは強大な『悪』と立ち向かうため、多くの肉体改造を行 い、『悪』と戦える強い力を手に入れた。皮肉なことに…彼は心を失った」
皮肉ではないのか?命が助けられてはじめて正しき心に目覚めたギガ・ガガギゴはその『悪』と戦うため、再び心を失う。
ならばギガ・ガガギゴは繰り返しているだけではないか?
心を失い、自分を失い…ギガ・ガガギゴはただ、『悪』と戦うために『力』を求めただけなのに?
「おまえのデッキは確かにパワーデッキ…いわゆる『力』を求めるデッキだ。でもその上に、おまえは『力』を求める理由は『救う』こと。」
「?!」
「ジャック。おまえはこのデッキを通し、なにもできない弱い自分を捨てて『力』を手に入れ、弱き者を助けたい。―――ギガ・ガガギゴと同じようにだ!」
「ふざけるな!!」
胸は大きく跳ねる。
十代の言葉に反応し、心臓がうるさい。目は操られたように大きく開かれて動けない。
何故だ。
彼はその言葉通りに見抜いたとでも言うのか?
……いいや、ちがう!
「おれが力にまけるなど…ありはしない!」
相手はすでにターンエンドに終了したと分かり、ジャックはドローする。チラと来るカードの表を覗き、見つかったようにジャックは目を瞬いた。
(きた!)
「おれは、サファイア・ドラゴンをこうげきひょうじで召喚!【攻撃力・1900】」
一枚のモンスターを召喚し、再びフィールドを固めるつもりだと思う十代だが、ジャックの次の動きに十代は目を細めた。
そして予想されるとおり、ジャックは一枚の伏せカードを発動した。
「モンスターが召喚されたしゅんかん、罠カード〈激流葬〉を発動!このカードはモンスターが召喚されたときにはつどうすることができる。フィールドじょうにそんざ いするモンスターをすべて破壊しろ!激流葬!」
カードから嵐が舞い始め、青のひかりは津波のようにフィールドを襲い、サファイア・ドラゴンに続きレッド・デーモンズ・ドラゴンのカードは破壊されていく。
十代と目を合わせ、レッド・デーモンズはジャックに向かって叫びを上げ、小さな光となり消え去る。
口を噛みながらジャックは最後の一枚伏せカードを開いた。
「そして、永続罠〈正統なる血統〉をはつどう!じぶんのぼちにそんざいするつうじょうモンスター1体をせんたくし、こうげきひょうじで特殊召喚することができる! よみがえれ!千年原人!【攻撃力・2750】」
墓地から一枚のカードが戻り、ジャックはニヤリと千年原人を召喚し、さらに手札からもう一枚のカードを発動した。
(これでかてる…!)
「さらに千年原人に〈デーモンの斧〉をそうびすることにより、千年原人のこうげきりょくは1000ポイントアップ。」
(…バカな子だ)
「よって千年原人のこうげきりょくは、3750!」
「……ふーん」
「かんけいなさそうなへんじをするなー!」
頭に痛みが襲う。いや、本当に頭が痛いとジャックは実感した。目の前の人は本当に状況をわかっているのか?
彼の場にモンスターはなくなり、伏せカードもない。さっきと似たような状況だけど、今の自分のモンスターの攻撃力はさっきより上だ。
簡単に越えられるはずがない。
「このしょうぶはおれがもらうぞ、十代!ターンエンド!」
「…力だけで、オレを倒せるとでも思っているのか?」
(さっき、おまえが〈デーモンの斧〉を装備する前にオレを攻撃すればよかったんだぜ。ジャック)
「なにがわるい!おまえができるならやってみろ!フィールドがら空きのおまえは、どうやっておれをたおせるというのだ!――――力こそが!」

力こそが王者になれるのだ!

…あぁ。聞こえる。
ディスクのデッキと墓地を見つめ、青年は悲しそうにデッキを撫でる。
聞こえる。精霊の悲しみ。
王者を待ち続け、素晴らしい王者になれる人物を見つけたのに、その人が精霊の想いを裏切り、傷付けた。
この子は気付いていない。
自らの力で精霊を倒した彼は、自らの言葉で精霊を傷付けたことを。
…青年は、この機会にカードを彼にあげたかったのに。
「力こそ全て。…いいだろう」
「?!」
…さむい。
突然、氷のような冷たさが肌を刺し、血液に回り込む。橋の上に立っているからじゃない。何か睨まれるように、何かに喰い込まれるように、身体は恐怖で震えていく。
さむくてこわい。
動かず、まっすぐに自分を見つめるあの琥珀色の両瞳が、怖い。
「ならば、オレも本気を出させてもらおう」
おまえに、攻撃しなかった後悔する機会を与えよう。
「いまはほんきさえださなかったとでもいうのか…?!ふざけるな!」
「だからどうした」
「!」
「オレのターン。ドロー。…バブルマンを守備表示で召喚。」
一枚のカードをドローし、手札からモンスターを召喚する十代。明らかに怒るジャックにスルーし、十代は続けた。
「このカードが召喚に成功した時、自分のフィールド上に他のカードが無い場合、デッキからカードを2枚ドローする事ができる。…魔法カード〈ミラクル・フュージョ ン〉を発動。」
モンスターの効果により2枚のカードをドローし、手札に入れる代わりに一枚のカードを発動した。
「このカードは自分のフィールド上または墓地から、融合モンスターカードによって決められたモンスターをゲームから除外し、「E・HERO」という名のついた融合 モンスター1体をデッキから特殊召喚することができる。オレは墓地のフェザーマン、スパークマンと場のバブルマンを融合!――――現れろ!」
墓地から2体のモンスターが現れ、バブルマンと視線を合わすと曲がる黒き穴に飛び込み、黒き穴は白き光となって一つの影をつくりだす。
十代はその名を呼び上げた。
「融合召喚…テンペスター!【攻撃力・2800】」
光が消え、1体のモンスターは青年のフィールドに現れた。
が、ジャックは笑い始めた。
「これだけか。十代、おまえがいう本気とはこれだけのことか?!」
「…未だオレのライフに1ポイントも削れないおまえに、言われたくないぜ」
「な…っ!?」
「カード2枚伏せて、ターンエンド」
罠・魔法ゾーンに2枚のカードを伏せる十代。きっとそれは彼の状況を逆転するカードだとジャックは思うが、相手の言葉に殺意が湧く。
確かに青年の言うとおりだ。どんなモンスターや戦略をやっても相手のフィールドをがら空きにすることができるけど、まだ彼のライフポイントを削ることができていな い。
言われてみれば、青年は明らかに自分の戦略を見抜けてきた。そこにジャックは悔しく感じる。
彼と、目の前の人との距離を。
(おれはまけない…)
「おれはしょうらい、キングになる男なのだ!―――おれのターン!ドロー!」
…キングになっても、何も手に入れない。
(力を手に入れても、助けられないモノもある)
この子はまだわからない。パワー(力)を手に入れても、欲しがるモノは失われる。
ジャックも、彼も。
「ならば来い!おまえの全力でオレを潰してみろ!ジャック・アトラス!」
「いくぜ!千年原人よ【攻撃力・3750】、テンペスターに攻撃しろ!」
ジャックの命じられた宣告により千年原人は動き始め、まっすぐとテンペスターに攻撃を仕掛ける。
「――罠カードオープン!〈魂の結束-ソウル・ユニオン〉!」
そのときであった。
「相手の攻撃宣言時に自分の墓地から「E・HERO」と名のついたモンスター1体を選択し、ゲームから除外して発動する。このターン、攻撃を受けるモンスター1体 の攻撃力はこの効果でゲームから除外したモンスターの攻撃力分アップする!」
「!」
「E・HERO ワイルド・ジャギーマンを墓地から除外して、テンペスターの攻撃力は2600ポイントをアップする!【攻撃力・5400】」
「!しまっ…」
「さらに速効魔法〈決闘融合-バトル・フュージョン〉を発動!」
すべての反応はすでに、遅かったのであった。
「このカードは、自分フィールド上に存在する融合モンスターが戦闘を行う場合、そのダメージステップ時に発動することができる!その自分のモンスターの攻撃力は、 ダメージステップ終了時まで戦闘を行う相手モンスターの攻撃力の数値分アップする。よって、千年原人の攻撃力3750ポイント分、さらにテンペスターの攻撃力が アップ!【攻撃力・9150】」
「――――…こうげきりょく、9150…」
目の前の景色を見つめながら絶句する。あまりの出来事で彼は反応することができず、返す言葉もない。
彼はすでに攻撃と宣告した。すべてはすでに遅くなった。
青年はすでに知っていた。この結果も、彼の攻撃も戦略もすべての動きも!
「力こそ全て。…おまえは、そう言っていたな?」
「…、………」
「ならば受けるがいい。…それが力しか求まない者の結末だ!!」
千年原人はテンペスターに攻撃した。が、力を手に入れたテンペスターは千年原人を受けず、自然の本能により反撃し、千年原人は攻撃に耐えられず破壊され、
「くぁああ――――っ!!」
5400ダメージの衝撃はプレイヤーに襲った。
「…今のおまえに、キングはなれない」
(預けることも、できない)
十代・LP4000。    ジャック・LP0。
オーバーキルにより、ジャック・アトラスはデュエルに負けた。
相手の1ポイントも、削れずに。
「………そ んな、ばかな……」
衝撃により橋の上に座り込む、震えながらジャックは自分の手を見る。
彼は勝てるはず。彼は勝てるはずなのに、一瞬の間に全てを失った。モンスターと、2千以上のライフポイントを。
たった一瞬で。
「そんな、ばか…なっ」
(これが、こいつのつよさ)
(わずかなしゅんかんでデュエルをぎゃくてんする、ほんとうのデュエリスト)
デッキとデュエルディスクを裏コートに収め、レッド・デーモンズ・ドラゴンのカードを見て落ち込むジャックを覗く。
まだ時ではないと感じ、ため息をつきながらカードをケースに戻し、ジャックに近づいたとき…
その一歩で、橋は動き出した。
「「?!」」
ダイダロスブリッジは未完成の橋である。その先端は多くの衝撃を耐えられない。ひとりの大人とひとりの子供の重さ程度は耐えることができるが、デュエル中の衝撃や 気流には耐えられなかったらしい。橋は不安定に揺れる。
突然の揺れにジャックはバランスを保てず、近くにある鉄柵を握ると、小さなモノはズボンのポケットからぬけだす。
「…―――――」
時がとまったかのように。
ゆっくりと回転、跳ね、飛び上がる…銀色の円は小さな破片の壁により高く跳ね上がり、橋を離れ、
指輪は…―――
「よはっ、」
「おとさせるかぁーっ!」
青年より素早く伸ばす小さな手。
思ったより落ちる速度は速く、子供は橋から飛び、指輪を掴まえると守るように強く握り、大きな水の音は空に響く。
青年は走り出した。
「ジャック!!」
ケースやコートを脱ぎ、ダイダロスブリッジの上に置くと青年はまっすぐと空へ、海に飛び込んだ。
ひとりのこどもの目を映しながら。
(!いた!)
少し深いところで子供を見つけ、十代は彼を掴んだのだが、ジャックの顔を見て目を見開く。
ジャックは既に意識を失っていた。
(まさか、泳げないのか!?)
泳げないはずなのに、後のことを気にせず彼より先に海へ飛び込む子供。本当にこの子はバカだと十代は実感したが、今はそういう場合ではない。
上を見上げ、子供を連れて海の上まで泳ぐ。水面から顔を出すと十代はすぐに空気を吸う。
口を噛んで一滴の血を流し、息と共に含むと子供に近づき、重なっていく…

命の鼓動はゆっくりと、元の旋律に戻り始めた。

「どうしたんだ?」
ずっとある方向を見つめる子供にひとりの少年は声をかける。ハッと我に返り、オレンジ色の子供は橋…ダイダロスブリッジの方向を指した。
「あそこで、だれかがとんだぜ?」
「おう?もうひとりの伝説の男かー」
「でんせつの、おとこ?」
聞いたことがない呼び方にオレンジ髪の子供は首を傾げる。「あぁ!」と答え、少年は続けた。
「伝説の男。シティに捨てられたサテライトの中で、唯一シティに立ち向かった男だ。ほら、あそこの橋が見えるか?」
「うん」
「あの男はサテライトのために、たった独りで橋を作ろうとした!あんな距離は無理だってのに、独りでやって…いつの間にサテライトのみんなが集まって、一緒につく ることになったんだ。でも…」
「でも?なんだ?」
「ネオドミノシティは危険だと考え、セキュリティはあの男を捕まえようとした。他の人々が絶望したとき、彼はバイクに乗って、橋へと走った。いつか、人々もその橋 の続きに乗り、シティにいけるように…飛んだのさ」
「…――――と、んだ」
何故か頭に浮き出す。
彼らサテライトは跳べない鳥達だ。監査され、巣から逃げることが許されない。だが彼らはツバサがない鳥ではない。
いつか飛べる。いつかきっと巣から離れ、自由に飛べることができるようになれる。
「…おれもいつか、とんでみせるよ」
――――伝説の男のように。
「ははっ!お前は無理だな、クロウ!まずはチャリに乗れるようになれよ」
「う…うるせぇ!」
少年達が別のところでカードを探すと決め、場に離れる前にチラリと子供・クロウは再びダイダロスブリッジを見る。
さっき海へ飛び込んだ姿はすでにないが、代わりに水の跡がある。誰かが再び大地に戻ったことがわかった。


―――――……優しい揺れでゆっくりと目を覚ます。
少しすっぱい香りと何故か濡れた感覚。試しに腕を動かしてみるけど、髪や服も濡れているため気持ち悪く感じる。
でも、不思議と寒くない。
(…あたたかい)
伏せているところは少し濡れているけど、何故かあたたかく感じる。まるで以前にも感じたことのある、懐かしいにおいがする。
少し軽く、ジャックは顔を上げると、赤に近い紅茶色の髪が眸に映った。
「…十代、か」
「目覚めたか」
背中にいるジャックが起きたと分かり、十代は一旦足元を止めて振り返る。
「頭は痛むか?他には?」
「んぅー…いや、だいじょうぶだ」
「それはよかった。…はい」
再び歩きはじめると青年は片手でコートの裏ポケットに手を伸ばし、あるモノを子供に渡す。
ジャックのデッキだ。
「…おれにかしてくれたデュエルディスクは?」
「ん?あぁ、コートの中に入っている」
「………。」
何か変なことを気付いたか、ジャックは改めて聞き続けた。
「十代のディスクは?」
「コートの中」
「さ、さっきつかっていたデッキは?」
「コートの中」
「おれにかしてくれたディスクは?!」
「だから言っただろ?コートの中って」
おまえのコートのポケットはブラックホールかよ!と思わずツッコみたくなるけど、この人は一般常識に通じないと分かりきっているため、静かに黙ることにする子供で あった。
(どんなヤツなんだ、この人…)
ため息をつきながら手を動かすと。ふと、首に紐のモノがないことに気づき、ハッと我に返った。ジャックは慌てて十代に尋ねる。
「十代!ゆびわは?!」
「ん?あぁ、これか?」
片手を挙げ、ジャックに見せる。
「コートはもういっぱいだし、また落としたらヤバいからな、指に付けることにしたぜ」
銀色の指輪がぴったりと指に嵌まっているのに、ほっとするジャックであるのだが…指輪を手に付けていることに機嫌を悪くする。
十代は苦笑した。
「なぁジャック。泳げないくせに、なんでオレより先に飛び込んだんだ?」
「…………、…これは、十代のたいせつなモノだろ?」
「…まぁな」
「おれはキングになりたい。もしひとりのたいせつなモノさえまもれなければ、キングになれないだろ?」
手のひらを開き、グッと握ってジャックは目を細める。
「おれは力をもとめたい。でも、じぶんのこころをうしなわず…弱者やこどもをまもれるキングになりたい。だから…」
再び小さな音が聞こえる。
少し跳ね、少し静かになる音。まるでいいモノを見つけた子供ように、コートからドキドキとした感覚が伝わってくる。
この子とあの『子』も、まだ子供ってことか…。いいや、バカかもしれない。
「…なにかんがえているんだ?おまえ」
「いいや。さっき人の指輪を奪った子供のセリフとは思えないなって」
「う……うるさい!………?」
ふと思い出す。彼は指輪を取るために海に落ちたはずだ。泳げないため、すぐに意識を失ったけど、少し感覚だけが残っていた。
口に何かの空気が吹き込まれたような…とジャックは一気に事情を理解し、顔を真っ赤にする。
「ジャック」
「な、ななななな…ななんだぁ!?」
「?これ」
一枚のカードをジャックに渡し、首を傾げながら受け取るのだが、表を見ると息が奪われたように目を見開く。
ジャックは十代を見た。
「なぜ?」
「オレじゃない。このカードが、おまえを選んだ。…でもジャック、一つだけ約束してほしい」
「?なんだよ?」
「今の子供のおまえにとって、このカードはあまりにも強すぎる。さっきのように、今のままのおまえでは『力』に喰われてしまうぜ?」
「…つまり、いまはつかわないほうがいいってことか?」
「あぁ。おまえが本当に、このカードが必要する時は必ず来る。それまでは、使えない様にしておく」
少し待ってほしい。
おまえが成長するまで、このカードはおまえを待ち続ける。
おまえがこのカードを必要し、このカードもおまえをキング(王者)と認めるまで。
無事に成長できることを祈るよ。
「…わかった」
「あっさりとだな。本当か?」
「おれはキングになるモノだ!やくそくはかならずまもる!!」
まっすぐに自分を見つめる両瞳に青年は穏やかに微笑する。「そうか」と応え、再び視線を前に戻すと、ジャックはチラリと彼を覗き、口を開いた。
「…おい、十代」
「ん?」
「なんで、ゆびわをつけてなかったんだ?」
「…今はつけてるじゃん」
「そうじゃない。んっと……」
少し考え込み、ジャックは迷いながらゆっくりと続けた。
「…つけるのがいやだから、ひもをつかってネックレスにしてたんだろ?」
「…………嫌、なはずがないさ」
そろそろマーサの屋敷につき、ジャックが恥ずかしさで暴れないように彼を地面に降ろすと、十代は手を上げて指輪を見た。
「でも、オレはこの指輪をつけたくなかった」
「…なんでだ?ゆびわのさきに、おまえがもどれるいばしょがあるのだろう?」
その言葉に十代はジャックを見る。
怒りでも、不機嫌でもない。ただ不思議に悲しく、辛く、切なく眉を寄せ、口元を上げる。
笑っているのに、目は泣いているように見えた。
涙がない、泣き方を使って。
「…確かにオレは、『力』を持っている。でも、この『力』のせいで…オレは失った。ギガ・ガガギゴと同じ」
――――オレは指輪の先を、裏切ったんだ

葉と草の揺れが響く。
濡れた身体に風はより冷たく感じる。でも、風より冷たく感じるのは目の前の青年の言葉だ。
あたたかいのに冷たい。優しいのに手加減しない。大人なのに時々少年に感じる
目の前の人は一人のはずなのに、二つの違う特性のせいでひとりに見えない。…そうだ。
まるで、同じ顔をする二人が同時にここにいるようだ。
「――――…おまえは、いったい、なにも…」
口を開き、今まで心の奥に隠していた疑問を口にする瞬間…
ドクン
…――大きな心臓の音色が青年と子供に襲い始めた。

「――――っ」
突然心臓を刺しこむ感覚にヨハンは胸を撫でる同時、同じモノを感じたように遊星はフロアに座り込む。
まさかと思い、ヨハンは遊星の腕を見ると、
アザは赤き光を輝かせていた。
(……きた、か)
窓の外に振り返り、青年は拳を握った。

「うぅ……」
「どうしたの?アキ」
「う、ううん…」
心配そうに寄る母に子供は頭を左右に振りながら微笑する。
「ちょっと胸が重くなっただけよ。大丈夫」
「本当に?」
「うん」
「じゃあまた痛くなったらちゃんと言って?疲れたら先に寝なさい」
「うん!…パパ、早く戻れないかな」
目の前に置かれるケーキを見つめ、子供は嬉しそうに笑顔を咲かせた。
胸を撫でながら。

「い、たい…」
「ジャック!大丈夫か?」
自分に手を伸ばす十代に「だいじょうぶだ」と伝い、ジャックは胸を撫でながらゆっくりと立ち上がる。
十代もゆっくりと立ち上がった。
「なんなんだ?この感じ…」
「―――…多分、命の音だ」
「は?」
はじめは大きな音。しばらくすると静かに跳ね、ゆっくりと音色を繰り返す。彼はその旋律を知っている。
…それは。

「フフフフ…」
真っ白な空間に怪しげな笑声は漏らされていく。
映像に映るふたりの赤ん坊を見つめ、者は口元を上げる。
「最後のシグナーは誕生し、シグナー達はネオドミノシティとサテライトに揃った。――――いけ、我がサイコデュエリスト達」
もう一つの映像が現れ、多くのデュエリストを映しだす。ゆっくりと目を開き、真っ白な光に包まれた眸は無表情でデュエルディスクをつけた。
「憎しみが『貴方』の運命の結末とは驚きましたよ……『ヨハン様』」
最後の映像が現れ、者はデュエリスト達にその映像を指した。
「赤き竜のシグナーを奪え!そして我らの力の起源・――――正しき光の器と魂を取り戻せ!!」
ある屋敷が映った映像。左上には屋敷の場所を教えたふたりの写真と情報。
名前は、…以前。
ヨハンと十代が養子達を連れだした施設の女達のものであった。

――――おめでとうございます!元気な双子です!
――――ありがとう。こども…子供を見せて。
――――名前は決めたかい?
――――男なら、龍亜。女なら、龍可にしましょう。
――――漢字が難しい名前じゃないか?
――――龍はね、子供の名前に付けると、子供達を守ってくれるの。
母との、約束だから。


残された腕。
金、蒼、薔薇、鴉の子供と、双子の赤ん坊。

『五人』のシグナーが同じ世界に揃った日であり、
青と赤の最後の雪の日でもあった。

はじまりと、終わりの風景。