青と蒼 1




ネオドミノシティ。
かつては童実野町と呼ばれていた街である。
以前に海馬コーポレーションがデュエルモンスターカードの大会・バトルシティを開催し、世界中のデュエリストを集めてデュエルキングを決めた以来、町は大きく変化していた。
初代デュエルキングや伝説のデュエリスト達の育つ町であり、世界中のデュエリスト達が町に入り込みながら暮らし始めた。
そして、いつの間にデュエルは童実野町の政治手段の一部となり、町の中でデュエルは全てだと思われるようになっていった。
突然増えていく町の人口と世界にデュエルの強さを示すため、デュエルの町である童実野町に相応しい場所と人も集め始め、童実野町は海馬コーポレーションと共に新たな童実野町を作る事にした。
新たに作られた町は、ネオドミノシティと名付けられた。

数えられない程のビルと擦れ違いながらヘリコプターは進む。
その中の一つの建物に青年は目を細める。
見た目は少し違ったが、覚えがある会社の名前だ。
「あれは海馬コーポレーションのビルです」
ヨハンの視線に気が付いたのか、イェーガーは少し振り返り彼に声を掛ける。
「…随分と変わったな。昔の屋上は円状だった気がするが」
「ある晩、屋上が突然爆発してしまったそうです。元のまま復旧することもできず、仕方なく新しいビルを建てたようです」
「…爆発?事故?」
「さぁ。かなり昔のことでありますし、目撃者も居ませんので、詳しい情報は分かりませんが…記録書によるとその晩、屋上で妙な事が起きていた様です。」
「ふーん」
「当時の海馬社長はとてもお怒りで…犯人を捜し出し、必ず相手に生き地獄を見せる、と」
(そりゃ怒るな)
犯人は彼の大切な会社(のビル)をぶっ壊したのだ。怒らない人がいればヨハンもぜひ会ってみたい。
なんとなく、その『犯人』の正体は分かる気がするけれど…

再び窓の外に向き、いつの間に下の景色はビルから海にかわっていた。
その様子から、ヨハンは海を通ってどっかに行くんだろうと思っていた所だった。
「着きました」
イェーガーの言葉にヨハンは振り返る。
外を覗くと確かにヘリコプターは高度を降ろしている。
(海の上なのにシティに近いところってことは…人工に作られた島、あるいは離島か)
イェーガーの案内にドアは開かれる。
最初に目に入ったのは大きな屋敷だった。
海の上に人工で創られた島。一つしかない屋敷と広くて綺麗に仕上げられるガーデン。どこを見ても金持ちのようなイメージで青年は思わずため息をつく。
だが、足元が地面に着く瞬間に考えは頭から飛び出した。
…不思議な雰囲気を感じた。
(力か?…いいや、それもある。でもちょっと違う)
―――何かが眠っている
「彼を連れて参りました。長官」
屋敷の扉の外にいる一人の男にイェーガーは頭を下げる。
男はヨハンの方に向かい始める。
風の中に長い白髪は舞い、青き姿を捉えると彼は口元を上げ、慎重に近づきながら両腕を上げた。
「お待ちしておりました。ヨハン・アンデルセン様」
「……。」
(意外と鍛えている身体だ)
腕、足や全身も服に覆われているためはっきりとは見えないが、彼は目の前の人物からそれを読み取った。
穏やかに微笑する口元とは反対に、目は観察している様に自分を睨んでいる。
何かを探し、何かに警戒し、…何があってもすぐに片づけることができる二つの瞳。
あぁ、そうだ。こいつは次の瞬間に自分を殴って捕まえてもおかしくない戦闘状態に入っているだと、ヨハンは感じた。
『ヨハン』
(…今とこは大丈夫だ。手を出すなよ)
「わざわざこちらまでお呼び立てして申し訳ありません。どうしても直接でお話したいことがありまして、ご無礼をお許し下さい」
「無理矢理、俺をここに呼び出したのは、お前か」
「はい。私はレクス・ゴドウィンと申します。ネオドミノシティの治安維持局長官をしております」
「そんなおエライさんが、俺になんの用だ」
「貴様!口を慎みなさい、」
「お前に聞いていない」
一瞥に殺気を含ませ後ろのイェーガーを睨む。
イェーガーが黙ったのを確認すると、ヨハンは再び視線を目の前の男性に戻した。
「俺に何を『手伝わせる』気だ?」
「そうですね。では単刀直入に申し上げましょう。」
緩やかに小さく笑み、ゴドウィンはヨハンに尋ねる。
「貴方も、『赤き竜』の存在は知っていますね?」
「…………。」
「沈黙は肯定と見なしてもよろしいですね?」
瞬間、兆しもなく風がゴドウィンを通りすぎる。
小さな傷と共に一滴の血が、その頬に落ちた。
「…これだけですか?」
『!貴様…っ!!』
「アメジスト」
アメジスト・キャットが飛び出す前に、ヨハンは手で制す。
ゴドウィンは続けた。
「貴方の『力』はこの程度ではない筈です。自由に異次元に行き来し、次元を歪める力がある貴方ならば、私を一瞬で殺せるはずです」
「…今の俺にはもう、自由に使える『力』がない」
小さな呟きにゴドウィンは眉を寄せた。
ヨハンは溜め息をつくとチラリと後ろのイェーガーを覗き、歩を進めた。
「案内しろ。」
「こちらの話を聞いて下さるのですか?」
「俺に見せたいモノがあるんだろ?――――この地下に」
「ええ。…ではこちら」
一人で行くと手でイェーガーに伝え、ゴドウィンはヨハンを屋敷の中に案内する。
いくつもの認証を解除してエレベーターに乗った瞬間、まるで何かを気付いたように青年は目を瞬いた。
(…強くなっている)
力の、流れが。
奥に近付くほど流れは強くなってゆく。見えるけど見えないモノは空気から肌に、骨に、…魂に共鳴している。
やはり、これはあの『力』か。
「ヨハン・アンデルセン様」
目的地に着き、自動扉は開いたものの二人は動かない。
何故かゴドウィンはヨハンに振り返り、彼に三枚の伏せカードを渡す。
ヨハンは首を傾げた。
「私の力では足りませんが、貴方なら見せることができます」
「…俺は変なモノを甦らせるつもりがない」
「ここにはもう、何もありません」
ここにはもう、過去という名の幻しか残されていません
少し考え込み、やがてヨハンは三枚のカードを受け取ると、エレベーターの外に足を進め、
「――――……。」
目を閉じた。

小さな風と共に光は指先に現われ、ゆっくりと三枚のカードを上げるとカードは光を吸収し、青年の手から離れて彼の周囲を回り始める。
少しずつ速度は速くなり、再び手を上げるとカード達は動き止め、下げた瞬間にカードは闇に飛びこむ。
多くの焔が灯台に命を吹き込む。
闇はカード達の光の前に消え去れた。
「……――――っ」
灯台と入れ違いに、石の扉が開かれていく。
だが扉の向こうを見た刹那、ヨハンは少し目を歪める。
問題は古代に作られた灯台じゃない。奥にある建物だ。
ふと思い出す。
『彼』が彼に言ったあの言葉。

あれは決して誰かの手に利用されてはいけない。
…だからオレはあの力に「命」を与え、小さな心をあげた
――――誰にも、これを使わせないために


思いもしなかった。
強く拳を握り込み、ヨハンは後ろの人物を睨む。
「何故、こんな遺跡がまだ残っている」
「…………。」
「この遺跡の元にある『力』で、何をするつもりだ」


これはかつて、全てのモノに生命を与えた「闇」が残した小さな『命』。
五千年…それより遥かな昔、ずっとこの地上に眠り、戦い、守り続けた『神』。
人々は神を―――――赤き竜と呼び、

赤き竜に祈りを捧げた場所。それが青年と男性の前にあるこの建物・遺跡の正体であった。

ハッと何かを気付いて手を上げ、ヨハンはカード達を呼び戻す。
画を見た瞬間に目を細め、ゴドウィンにカードを投げつけた。
「まさか俺に向かって言うんじゃねぇよな?」
青年は叫んだ。
「俺の力で、赤き竜を眠りから目覚めさせるつもりか!?」
「確かに、最初はそう考えていました」
カードを受けとめ、ゴドウィンはヨハンを見た。
「貴方もご存知でしょう。この地上に、神・赤き竜ともうひとりの神は戦っていました。赤き竜は神の印を持つ者や五体の龍と共に戦い、もうひとりの神・邪神をこの地上に封印しました。ですが、この封印は五千年ほど経つと封印が破られると伝えられています。あと少し…あと二十年もない間に、封印は解けてしまうのです」
「…それで、赤き竜を甦えらせるつもりか?てめぇは知っているのか!赤き竜の力は…」
「知っています」
大きく見開かる青き瞳にゴドウィンは続く。
「赤き竜は異次元に行く力と、異時空に行く力があることは、知っています」
「!」
「始めは私も思っていなかったのです。私はただ、赤き竜は、この地上がこの世界が現われる同時に生みだした『神』と考えておりました。…もし、あの島の遺跡に残された文献を見つけなければ」
(あんバカ!何故キレイに処分しなかったんだ!)
「この力は危険だと私も知っています。もし何かを間違ってしまった場合、我々の世界も過去や未来が変えられてしまい消えさるでしょう。ですが、私はもう手段を選んではいられないのです。邪神の分身――――ダークシグナー達と戦うためならば、赤き竜をも利用することを迷いません」
「……まるで戦いはすでに始まっているとでも言う口調だな、お前」
ふとわかったように遺跡を見て、ヨハンは口を開いた。
「神の印を持つ者・シグナーはすでにこの世界に現われたか?」
「――――はい」
「お前か」
「…何故そう思うのです?」
「左腕」
彼にカードを投げ、相手がカードを取る瞬間にヨハンは感じた。
少しだけだが、その動きに違和感があった。なによりヨハンはこの島に入ってからあるモノに共鳴している。
何かの力を持つ、人間の左腕から。
その気配は、少し目の前の男性と似ていた。
「シグナーを見分けるアザは腕にあると聞いている。それにさっきから俺はここに、ある左腕から力を感じていた。その左腕の気配とお前は似ている」
「流石です。…ですが、私ではありません」
「そうだな。お前がシグナーなら、…わざわざ結界から俺を連れだす必要もない」
「そうですね。では、本題に戻りましょう。――――私が貴方にお願いしたい、本当の要件を」
「?」
「実は『あの左腕』の主以外に、もうひとりはシグナーである可能性を持つ子供が見つかりました。それを、貴方の力で調べてほしいのです」
ここまで聞いてヨハンはまゆげを寄せた。
「アザはないのか?」
「ありません。ですが、あの子はシグナーである可能性は高いと私は思っております。」
「理由は?」
「……ゼロ・リバースの事故はご存知ですか?」
「…裏の話なら、少し」
詳しくは知らないが、確か何かの実験の暴走で元童実野町は一瞬の間に崩れ、多くの人々もその事故で命を無くしてしまった。だが社会はそれを隠し、表では自然災害とされている、とヨハンは聞いている。
「その事故の裏にはシグナーとダークシグナーの戦いが関わっているそうです」
「!」
「そしてあの実験を止めようとするひとりの博士がいました。実験が中止しようとする博士の存在はダークシグナーにとって邪魔以外の何物でもなかった。ダークシグナーは計画遂行のために、その博士を殺そうとしました」
「……あの子は、まさか…」
「…はい」

私に三枚の『龍』を託し、博士の一人息子――――不動 遊星です


―――――…ゆっくりと扉を開き、中に入り込む。
真っ白な壁とカーテンに包まれる部屋。白しかない小さな世界に違和感がするのは、おそらくベッドの上に眠る小さな子供の姿と隣に置かれている花だろう。
足元が部屋に入るときに青年は感じた。
…あの『左腕』と似たような力は目の前に眠っている。何かを守るように、ただ静かに側にいるという感覚。
確かに、これならゴドウィンが疑ってもおかしくない。
後ろの男は明らかに、何かを感じているだからだ。
あの『左腕』の主との関係のせいだろう。
「彼を発見したのは、ゼロ・リバースの一年後でした」
「どこで?」
「海の上です。正確には、海に隔てられたサテライトとシティの間というべきでしょう。どうやら博士は脱出ポッドを使ってこの子をシティまで送りたかったようですが…ゼロ・リバースの衝撃で出来なかったようです。ポッドもかなり危険な場所に流され、回収すら困難になるところでした。…むしろ、その中にいる者がまだ生きているとは思いもしていませんでした」
「……なるほど。それが疑う理由か」
ゴドウィンにカードを出せと示し、ヨハンは三枚のカードを手に取る。
「一年間も脱出ポッドに生きてられる赤ん坊なんて、どう考えてもおかしすぎる」
生命維持装置がついていても、例え大人はできても赤ん坊では無理だ。生まれて間もない子の構造は少年や大人と違うし、何より脱出ポッドの生命維持装置は一年ところが、半年間も使えるはずがない。普通ならとっくにしんでいる。
それでもこの状況で生きられる赤ん坊がいたら、きっと何かがあるに違いない。
カード達を見つめ、チラリと子供を見るとヨハンはある一枚のカードを取り上げ、子供に投げる。
「?!」
突然、となりの花は爆発してカードごとヨハンを襲った。
頬に小さな傷が出来る。
「…赤ん坊の成長は速い。一年間も経っているのに、発見されたときは赤ん坊の姿のままだったんだろう」
「流石です。仰るとおり、発見されたときは『一年前のまま』の姿でした」
「だよな。この子は赤き竜のシグナーなら、『力』が使えない赤ん坊を守るにはこれは一番の方法だ。」
襲ってきたカードを取り、小さなひかりが現れるとヨハンは眠る子供の上を見つめ、
「『時間』の中に自由に行き来できる赤き竜なら、赤ん坊ひとりの時間を止めることくらいはできるさ」
紅く燃える竜の幻像が青き眸に映った。

たぶん、それはこの子を守るためなんだろう。
少年あるいは大人の状態なら赤き竜の『力』を使い、脱出することは可能だと思う。
だが、赤ん坊だとそれは使えないし、下手するとその『力』のせいでより大きな悲劇を起こしてしまう可能性もある。
それでも主を守るために、赤き竜は赤ん坊の周りの時間を止めた。
助けがくるまで。
この子を生かすために。
「ですが、一つ疑問がございます。この子を発見したときは『一年前のまま』ですが、この数週間にご覧通り、今の彼は赤ん坊ではなく、二才くらいの子供の姿です。この成長速度は…」
「この子は人間だからだよ」
「と、申しますと?」
「この子の『時間』を止めても、彼の周りの『時間』が止まったわけじゃない。一年間止めていた時間は再び始まり、周りとの『時間』を合わなくなったんだ。そのため、身体は急速に成長し、周りと再び一致するまで成長続けるんだ」
「何故、人間だからと仰るのです?」
「…人間だけじゃない。普通の『器』なら、…その『時間』を逆らうことができないさ」
「貴方と、『闇』の遊城 十代以外ですね」
ゆっくりと手を伸ばす。
「貴方々は本当に興味深いです。遊城 十代もそうですが、特に貴方…」
まるでなぞるように。
「一体どのくらい『時間』を過ごしてきたんでしょう」
まるで撫でるように。
「その『器』、その『魂』、その『力』…」
手袋をはめた指先はなめるように上げ、開き、
「まるで『神』そのも、」
「触るな」
青年を辿る刹那に動きは停止する。
…怒りと殺気に満たされた青瞳に。
「俺に触るんじゃねぇ」
「…それは、失礼しました」
何かを察したのかゴドウィンは手を収め、一歩を下がって詫びる。
「貴方に触れることが許されるのは、『彼』だけでしたね」
「勝手に言え。確認は済んだ。これからは俺に何をさせるつもりだ」
「…………。」
何故か急にゴドウィンは黙り込む。
その沈黙に僅かの不安が沸き、青年が再び口を開こうとするとき、
男は口を開いた。
「この子の養父になって欲しいです」
「…――――本気で言っているのか、お前」
「貴方と遊城 十代のことを調べさせていただきました。デュエルアカデミアを卒業し、貴方と彼は精霊が見えることによって捨てられた子供達を引き取り、彼らの養い親になり、彼らの『力』が安定するまで育てていらっしゃいましたね」
これを聞いて思わずヨハンは舌打ちする。
(そこまで分かったのかよ)
「確か彼はよく色々な所へ旅に出ていた様ですが、彼はいつも貴方――――ヨハン・アンデルセンの居場所に戻っています。子育ては、貴方の方が上手い…あぁ。料理は彼のほうが好きですね。特にエビフライなど…」
「誰からの記憶でそれを知った」
青年は拳を握り、男を睨んだ。
「てめぇ…無理矢理にあの子達の記憶に何をした!」
「何もしておりません。ただ、ある子が何かのショックで記憶を取り戻し、混乱して、病院に運ばれ調べたら貴方たちに関する情報が出てきただけです。――――シャリーという、女性から」
(シャリーから…っ)

―――――シャリー。
苗字はわからない。あの頃に受け取った子供達はほぼ名前しか覚えていないし、名前しか残されていない。
確かに二人は子供の養い親となったが、それも一時期だけだ。精霊が見える『力』を誰にも利用されないため、二人は子供達が安定するまで育て、守り、彼らを受け入れる親が見つかるまで暮らしてきた。
ただ、子供達は二人のことを覚えていないはずだ。
…二人の『力』を狙うモノは多い。そのせいで子供を育てることにも危険が多くなり、子供達に巻き込まないために、二人は子供達が離れるときに記憶を忘れさせた。
二人に関する情報の記憶を。
シャリーは、あのときの最初で…最後までいっしょに暮らした養子だった。


「断る」
残りの二枚のカードをゴドウィンに投げ、白き龍…スターダスト・ドラゴンのカードを遊星のとなりに置き、ヨハンは入り口へ向かう。
「この世界で俺達はもう消えた者だ。これから起きることはお前たちでなんとかしろ、」
「貴方は、またつくるおつもりですか?」

―――――もうひとりの貴方達を
足音は、扉の前に止まった。
「この子の力はすでに覚醒しています。そのままにして置くと、彼はどんな人生を過ごすでしょう。」
力は制御できず、無意識に人々を傷つけ、この子はどうなるでしょう。
差別され、無視され、言葉の暴力で傷付けられ、それでもこの子は本当に、世界を救うために戦うだろうか。
彼の存在を受け入れない、この世界を。
「それに、もうこの世界に関係ないと思っているのは、貴方だけなのでは?」
「…何が言いたい」
「先月、サテライトに面白い事件の報告を受けました。とっても、面白い話です。――――子供を救うため、精霊が実体化してその子供を救った、と」

その精霊は、すべての被害を消したのだと
人を救うため力を表した『あの人』に対し、貴方は彼を捨て置くのですか?ヨハン・アンデルセ…


一瞬。
口元を上げる男の前に信じがたいことが起きた。
一瞬だった。
風を感じると思った瞬間、鈍い音が耳に届き、突然身体のどこかが軽くなったと感じ、
彼はゆっくりと腕を上げる。
…、左腕は、無くなっていた。
「生身の右腕も斬ってやろうか」
すべての終わりを意味する黄昏の片瞳は目覚めてゆく。
いつの間にカードを取り出して手に持つ青き髪の青年。まるで剣を持っているように彼は男に向かい、腕を振る。
一閃の風はゴドウィンを通り抜けた。
「知った口で十代の話をするな」
遊星とカードごと抱き上げ、ヨハンは男性とすれ違い、扉を閉じる。
「俺はあいつのモノで、アイツは俺のモノだ」
最後の言葉と共に窓は崩れ、ガラスの破片は暴れだした。
「……目的が果たせるのならば、私は手段を選びません」
破片に切られた背中や身体を気にもせず、男は呟き続く。
「兄のように、あの日から、私もこの道を選んだのです」
この左腕を失った、その日から

騒ぎの中に泣き声は響き渡る。
小さな生命の誕生は産声で知らされ、腕にあるあたたかなカードの光で子供は少しずつ目を開き、
ひとりの命とすれ違ってゆく。

廊下と病室。
青年と女性。
抱きしめられた二つの命。
白き星龍と紅薔薇の龍。

――――新たなシグナーの誕生であった。