緩やかに手に触れ、震えながら指輪を付けさせる。
捧げる様にゆっくりと自分に向かせ、口付けられた指輪は小さな銀色に輝く。
相手も同じ動きを繰り返し、目の前にいる者に指輪をはめる。
そして、キスをする。
まるで暖かさに染められたかのように指輪の冷たさは沈黙と共に消え去る。
二人は顔を上げた。

―――お前は俺のモノ、俺はお前のモノ

青の呟きに赤は目を瞬き、細める。
青は伝えた。

…俺と、結婚してくれ
―――…うん

誰も知らない僅かな時間に、二人は誓いを立てた。
ちいさな、小さな誓い。


離れる時も、一緒にいる時も、生きる時も、苦しむ時も、悲しい時も、喜ぶ時も、死ぬ時も、…二人は共に分け合うと、
青と赤は誓った。

「十代、愛している」
「…あぁ。オレもだ、ヨハン」

――――愛している

例えそれが、どんな時であろうと。


青と蒼  0




外されてゆく小さな輪。
目を大きく見開き、信じられないと青き眸はただ前にいる者を見つめることしかできなかった。それでも、彼はまっすぐと見つめた。
氷のような冷たく、でも美しく輝く琥珀の両眸。
信じることが、できなかった。

―――さよなら

離れていく足先と姿。
一歩ずつ前に進み、青の見えなくなる道の向こうで振り返もせずに赤は進む。
道の果てに赤が消え、指輪は手のひらから離れ、
地面に音がひび…
『   !!』
大きな雑音で我に戻る。
顔を上げる同時に眩しい光は闇を照らし、どこからともなく吹く風が青き髪を揺らす。
青年や周りのモノ達は外を見た。
「―――…見つけました!反応があります!」
隣にいる者に話しかける一人の男性。その答えに満足したのか、血のように紅い口唇を上げる。
「ようやく見つかりましたか。…相手の結界を破壊しなさい!」
「は…、っ?!待ってください!」
「エネルギーがとんでもないスピードで広がっています!」
「!なんと、」
言葉が終わる前に影は現れた。
「くあぁ…っ!」
いきなり現われたモノにヘリコプターはすぐに方向を変更した。
突然の動きに中の人々は揺さ振られ平衡を失くす。
「くっ……何事です!」
一つの椅子に掴まり、紅き口唇の者は再び立ち上がりながら顔を上げ、
見開く。
…竜は目の前にいた。
始めに小さな光は一つずつヘリコプターの周りに浮き、緩い動きはまるで観察しているように続くと光達は一つに集まり、白き光の中から影は飛び上がる。
七つ色を持つ白き竜は姿を現した。
「これは…っ!世界に一枚しか存在しないモンスター・レインボードラゴン!」
(まさか、いきなり実態化するとは…!)
『キャァア…―――!』
「ひぃ…!」
耳に響く咆哮に紅き口唇の者達は思わず身を竦める。
しばらく相手達を睨むと竜は視線をヘリコプターから逸らして地面へと下降し、屋敷の外に立つ一人の姿に近づく。
碧緑の瞳を持つ青年はゆっくりと目を開いた。
《降りろ》
「!」
(声が頭に入ってくる…!)
《襲われたくなければさっさと降りろ》
「どうしますか!イェーガー秘書!」
「ちっ…仕方ありません。ヘリコプターを降ろしなさい!」
「はっ!」
仕方ないと思い、彼等は頭に響く声に従って高度を下ろす。
紅き口唇の者・イェーガーはヘリコプターから降り、一人の青年を眸に映す。
風と共に揺れる、空と海に溶けた青色の髪に青き眸…レインボードラゴンが従う青き青年だった。
「…このような手荒いご挨拶になってしまい申し訳ありません。私は、」
「言いたいことがあればさっさと言え」
相手の言葉を遮り、青年は口を開いた。
「無理矢理、俺の屋敷に侵入する目的とはなんだ?」
レインボードラゴンの頭を撫でで青年はイェーガーを見る。
「答えてもらおうか」
―――でなければお前等をぶっ倒す。
まるでそう聞こえたよう、ドラゴンに睨まれながらイェーガーは息を呑む。
彼はおもむろに口を開く。
「『闇』の遊城 十代」
ヒクっと青年は目を細め、イェーガーは続いた。
「そして、彼と同じような『力』を持つ貴方、ヨハン・アンデルセン」
青年・ヨハンを動かすことができる言葉。
「我々は、貴方々に頼みがあります。一緒に来ていただけますか?」
「…何故ここが分かった」
「貴方々の『子供達』から聞きましたよ。…いいえ、正確的には、消された記憶の奥から名前が見つかったのです」
「―――…なるほど」
(確かに、それだと理由は分かるな)
「ならばお前等は知っている筈だ。俺達はもう今の世界と繋がっていない。すでに世界から消えている俺達に何を望む?…それとも、」
口元を上げ、見下すようにヨハンは笑う。
「また俺達の『力』を望むか?」
「詳しい話は、新たな童実野町…ネオドミノシティまで来ていただければ、わかることです」
「俺が断ったら?」
「力づくになろうとも、貴方とお話をしたい。…と、長官の命令を受けています。命を受けている以上、私はそれを遂行しなければなりません。ご協力お願いいたします」
「力づくでも?」
フッとヨハンは鼻で笑う。
「くくく…お前、さ」
まるで面白いことを聞いたかのように青年は笑い、指先をイェーガーに向ける。
「帰れるとでも思っているか?」
「っ?!」
足元が下がる同時に爪が首に立てられていた。
いつの間にか精霊達はイェーガーに近づき牙を剥き、彼を囲んでいる。もし青年の命令があればなんの迷いもなく、爪は首を引き裂くのだろう。…いいや、最悪、後ろにいるタイガーに生きながらに食われてもおかしくないと彼は思った。
なんて『人間』だ!
「俺をなめるじゃねぇぜ、ネオドミノシティ維持治安局長官の秘書・イェーガーよ」
「!何故私の名前を…!」
「さっきのお前が考えた通りじゃん」
一歩を進み、ヨハンは微笑する。
「俺は、『人間』じゃねぇだからだ」
なんて恐ろしい人。…違う。これはもう『人』として呼べられない。
だからだろうか。何故か彼はわかった。
目の前の『人』は彼らが求めるモノに近い存在。
この者こそ、あの『竜』を蘇えることができるのだ…!
「だからさ、最初から言ってんだろ?言いたいことがあればさっさと言えって」
ゆっくりとヨハンは目を細めながら相手を睨む。
「今日の俺の気分はお前等の雑音のせいで最悪だぜ」
青眸の奥に小さな黄昏が見えた。

「赤き、竜」
イェーガーの小さな呟きにヨハンは眉を寄せる。
すると何かを思い出したかのように、彼は少しだけ目を瞬いた。
「…流石ですね。すぐにわかりましたか?」
「なんでこの存在を知っている」
「詳しくは、私の長官に話していただけますかね?もしかしすると、」

――――『彼』の行方も、わかるかもしれませんよ?
「―――……お前達が『彼』を見つけられるはずがねぇよ」
ヨハンが手を下げると精霊達はイェーガーから離れ、主の元に戻る。
「行くかわりに一つ頼みたいことがある」
命の危険が消えたことにほっとイェーガーは胸を撫で下ろす。ヨハンの頼みに彼は相手を見た。
「この場の情報を揉み消せ。これは絶対条件だ」
「…そうするよりも、貴方がまた別のところに移動した方がよいのでは?我々は困りますが」
「俺が移動したら、『彼』が帰れる場所は無くなる」
静かに左手の拳をヨハンは握り込む。
レインボードラゴンや精霊達の頭を撫で、ヨハンは続ける。
「『彼』との、約束なんだ」
小さな銀色の指輪が左薬指で輝いている。
「わかりました。…では参りましょう」
「…あぁ」
デッキを腰のケースに戻し、ヨハンはチラリと後ろの屋敷を覗いてヘリコプターに乗る。
段々小さくなっていく家を、青年はただ見つめた。


―――いつでも待ってやる
―――ここは、お前が帰れる場所だ





彼がいるからこうして生き続けている
彼と共に生きることがたった一つの願いなのに

俺は今、彼が戻らぬ場所で死の生を繰り返している

ヨハン・アンデルセン
(Johan Anderson)


年齢(???)。外見は二十代を保持し、思うままに子供や少年に変化することも可能。ある事情で人々の目を避け、屋敷に人間と会わずに暮らしている。
『破滅の光』と呼ばれた、光の意志そのモノ。だが、『器』が作られたとき心も生まれたため、光の意志とは違う意志を持つ。かつて初代の十代を『ふたり』から『ひとり』に戻した一人。初代に青い瞳は与えられたおかげで『破滅の光』の力を自由に使うことも可能となっている。
しかし、時々片目が元の色・黄昏に戻っていることもある。

現世の十代とはある時期まで一緒に暮らし、幸せな日々を過ごしてきた。
『器』の血や力を受け入れられる人間は現れなかったため、『光』の最初で最後の血族である。

精神の支え・宝玉獣
分身の精霊 レインボードラゴン