青と赤、蒼と金


まるで昔に戻ったような気分だった。
赤と約束を交わす前、世界に絶望していた時、すべての生命を憎み、何もかも拒絶していた、あの時のようだ。
葉が動いた気配に目が自然と瞬く。テーブルの上に置かれた写真立てに手を伸ばし、中の写真を取り出す。
青と赤の青年、一人の女の子と二人の男の子が映った写真。写真をコートの裏ポケットに入れ、小刀をベルトに付ける。
黒い手袋をはめると、後ろからひとつのカバンが渡される。
準備してくれた遊星にお礼を言い、ヨハンは彼の頭を撫でた。
「…さて」
窓の外の先にある森を覗いて、スターダスト・ドラゴンのカードを小さな透明の袋に入れると、紐を通して遊星の首に掛ける。
彼にマフラーをかけ、お互いに目線を合わすとヨハンは遊星にカバンを預けて肩まで抱き上げ、新たなバイクの後ろに乗せる。
「しっかり掴まれよ、遊星」
頷く子供はきちんと自分の腰を掴んでいる。ハンドルを握り、デュエルディスクをバイクにセットした。
「新開発のサンプルだけど、がんばろうぜ。―――D・ホイール」
バイクの名前を呼び、まっすぐと周りに近づくモノたちに口元を上げ、エンジンを回し…
「―――行くぜ!」
D・ホイールは光の先に飛び出した。



青 と赤、蒼と金    はじまり



霧と共に爆発の煙が空へ舞い上がる。
はじめは一つ、続いて連鎖のように火球が三つの影から現れ、屋敷に飛び込む。
轟音がとどろき、屋敷が燃やされて塵に包まれる中、一つの影が素早く現れ、
「…!」
外へ飛び上がった。
「――――現れろ!トパーズ・タイガー!」
D・ホイールが飛ぶと同時に一枚のカードをディスクにセットする。1体の精霊は光となってひとりの影に襲い、
「…!!」
腕のデュエルディスクを破壊した。
「しまった!」
地面に着く瞬間にアクセルを回し、一瞬止まるとD・ホイールは真っ直ぐと走り、サイコデュエリスト達とすれ違う。
「アディオス!(さよなら)」
舌打ちしながらヨハンはより加速し、塵と霧が彼らの視線を覆いつくした。
(さよなら。…俺達の家)
彼と十代が共に暮らし、過ごした、人間としての思い出を残した屋敷。
誰も気付かれないように燃え上がる屋敷を見やり、ヨハンは口を噛んだ。
「く…なんなんだ!あれは…!」
一瞬だが間違いない。トパーズ・タイガーを発動したのは腕のデュエルディスクではなく、あの謎のバイクだ。
そんな情報を彼らは聞いていない。
「おい、逃げたぞ!」
「わかっている!逃がすものか…追え!サイバーエンド・ドラゴン!」
「こっちも行くぞ!現れろ!」
一枚のカードを発動すると地面が裂け、男達の下から黒きツバサが現れて大きな龍の姿が飛び出す。
「アレを追え!レッドアイズ・ブラックドラゴン!」
空へと雄叫びをあげ、サイコデュエリスト達を乗らせると、D・ホイールに殺到する。
「ヨハン!」
「げ、最初からこれかよ」
運転しながら後ろに近づいてくる2体のドラゴンの正体を見て思わず関心する。余程自分達を捕まえたいのだろうと思い、隣に走るトパーズに声をかける。
「先に戻れ!トパーズ・タイガー!」
『わかった!』
光となってカードに戻るとヨハンは路線を変えて屋敷の近くにある森に入る。樹や葉に遮られD・ホイールの姿が見えなくなる。
「ちっ!かまわん、こんな攻撃で死ぬようなやつじゃない!レッドアイズ・ブラックドラゴン!森に攻撃しろ!―――黒炎弾!」
男の命令にレッドアイズは目を開き、口を開くと黒き炎の玉が現れて森へ飛び込む。「ちっ」とヨハンはまた別のルートを変えて一枚のカードを置き、そのカードの名を 呼んだ。
「エメラルド・タートル!」
黒炎弾が森に届く前にD・ホイールから一つの光が空へ飛び、大きな円が素早く回転して黒炎弾とぶつかり、
「…!」
黒き焔は消され、止まった円はニヤリと笑った。
『ワシもまだまだ現役じゃ』
「黒炎弾が…!」
「もう一度こうげ、―――」
彼が再びレッドアイズに攻撃を命じた時、何かに睨まれている視線を感じ後ろに振り返る。その視界に1体のモンスターが映る。
「!!」
『戦場にいるならちゃんと周りを見ておきなさい、坊や!』
彼のデュエルディスクはアメジスト・キャットに破壊された。
「!サイバーエンド・ドラゴン!」
仲間のディスクが破壊された瞬間に一人の男がサイバーエンドに呼び掛ける。予想通り、デュエルディスクが壊れたせいで発動していたレッドアイズが悲鳴を上げて消え 去り、乗っていたサイコデュエリスト達が地面に落ち始めている。
人々の悲鳴にサイバーエンドは飛び、彼らを自分の背中に乗せた。
「調子に乗りやがって!ここからが本番だ!!―――現れろ!」
「!」
何かを感じたようにヨハンは後ろを振り返る。最初はなにもない空に眉を寄せたが、前触れもなく大きな影が空を覆い、彼の上を行く。
周囲を一周すると影はヨハンの頭上で止まる。その影の姿に汗を落としながらヨハンは口元を上げた。
「ブルーアイズ・ホワイトドラゴン…!」
海馬社長にしか残されていない、彼のエースモンスター…ブルーアイズ・ホワイトドラゴン。
思わず笑いたくなる。今日は一体どんな日だとヨハンは空を見上げた。
サイバーエンドにレッドアイズとブルーアイズ。このコンボをヨハンは聞いたことがある。
昔、十代が過去に戻って未来を滅ぼそうとする者と戦った時のことだ。

『何か凄かったぜ。ヨハンが奪われたレインボードラゴンもそうだけど、カイザーのサイバーエンドと城ノ内さんのレッドアイズ、海馬社長のブルーアイズも居たぜ』
『サイバーエンドにレッドアイズとブルーアイズか……それは是非見てみたいな』

伝説のデュエリスト達のエースモンスターと一人にしか継がせないサイバー流のデッキ。デュエリストなら誰だって一度は会ってみたいと思うモンスター達だが、まさか こんな形で願いが実現されるとはヨハンも想像していなかった。
「いくぜ!ブルーアイズ・ホワイトドラゴン、そいつに攻撃!」
「くっ…遊星!絶対手を離すな!」
ブルーアイズが動き始めると、ヨハンはルートを変えて森の出口に向う。そして、カードをディスクにセットする。
「滅びのバーストストリーム!」
「サファイア・ペガサス!」
一度目の攻撃。
「レッドアイズ・ブラックドラゴン!――――黒炎弾!」
「こっちの身にもなれよ!…コバルト・イーグル!」
二度目の攻撃。
「サイバーエンドドラゴン、いけ!エターナル・エヴォリューション・バースト!!」
「これに耐えてくれ!アンバー・マンモス!!」
よりスピードを上げて出口に向かいながら最後のカードを発動する。三度目の攻撃がアンバーと撃ちあうのを背に、最後の爆発で森を出て、
崖から空へと飛んだ。
これで攻撃を全て凌いだと思い、青年が後ろに振り返った瞬間…
信じられないモノが青の眸に映った。
「―――――」
「……五つあたまの、ドラゴン」
待ち伏せていたのか、五つの色を持つドラゴンが空に浮いている。ヨハンは多くの精霊やカードを知っているが、その中でも五つ頭という特徴を持つドラゴンは一体しか いない。
龍族の中でも最強と呼ばれるモンスター…―――
「ファイブ・ゴッド・ドラゴン…っ!」
「これで終わりだ」
ドラゴンの上に乗る男は口元を吊り上げる。そしてファイブ・ゴッド・ドラゴンに、まだ空にいるヨハンを示し、
「攻撃せよ!ファイブ・ゴッド・ドラゴン!」
其々の頭から違う属性の攻撃が放たれる。五つの攻撃は一つに混じり合い、ヨハンに襲い掛かる…
「なんちって」
「?!」
「ルビー・カーバンクル!」
『ルビー!』
カードからルビーが現れ、その瞬間にヨハンはルビーの効果を発動する。
衝撃の爆風が空に広がり大きな音が響き渡った。
「やったか?!」
「……。…、…!あれを見ろ!」
爆発の近くに集まるサイコデュエリスト達。ファイブ・ゴッドのデュエリストはじっと煙を見つめていたが、地面に落ちる一つの影に気づき、全員にその方向を指すと、 目を見開いた。
一つではない。七個の宝石が止まったD・ホイールと青年の周りに現れ、其々違う色の光で宝石が繋がり、煙や衝撃を侵入させないように分離する。
まるで守っているようだ。
「ルビーは全員の宝玉獣を呼びだす力がある!これからは本気に行くぜ!みんな!」
『『おう!(うん!/ルビー!)』』
光が収まると七つ色の宝玉は空へと舞い上がる。まさかと思い、サイコデュエリスト達は攻撃を再開する。
「七つ宝玉の呼びにより眠りから目覚め、真の姿を現わせ!」
「攻撃しろ!ファイブ・ゴッド・ドラゴン!!」
「現れろ!」
再びD・ホイールを走らせながら手を上げ、宝玉に叫ぶ。青目の奥は黄昏色に染まると、ヨハンはその名を呼んだ。
「我が魂の分身!――――――究極宝玉神・レインボードラゴン!」


…――――割れたコップをじっと見つめる。
どうしたのかと部屋のドアを開くと、目の前の景色にジャックは思わず怒号を上げる。
…が、まるで聞こえていないかの様に青年はただ呆然と立っていた。
「十代!どうしたんだ?」
「……………」
「?おい、じゅう…」
触れた瞬間。
指先が相手に触った瞬間、糸の切れた人形のように十代はフロアに座りこむ。ジャックは様子がおかしいと気付いた。
「おい!十代!どうしたんだ!」
「……、………っ…」
応えもなく、ゆっくりと腕を上げ、震えながら青年は自分を抱きしめる。何かに、怖がるように。
ジャックは夢を見ているのではないかと思った。
こんな彼は見たことがない。
指輪の時もそうだったが、目の前の人は本当に彼が知っている十代なのだろうか。
何かが怖くて、何かが恐ろしくて、恐怖を感じた時の子供のようだ。
でも、一体なにに?
「十代!オイ、しっかりしろ!」
「………、…… 、ぁは」
「は?」
口元を震わせ、聞こえさせないように、ゆっくりと、静かに、
青年は呟いた。
「ヨ ハ、…ガ、クイコマ ェテ、ル」
(やめろ)
(やめてくれ、ヨハァ…っ)
――――オレは おまえをころしたくないんだ!


白きツバサは開いていく。
真っ黒な塵と煙の中で光に包まれたツバサはゆっくりと開かれる。光は衝撃となり煙をかき消し、
ドラゴンはゆっくりと目を目覚める。
七つの宝玉が刻まれた身体を眠りから解き放ち、レインボードラゴンは雄叫びを上げた。
「く…レインボードラゴンっ」
目の前の景色を見つめながらサイコデュエリスト達は眼をむく。世界にたった一枚しか存在せず、時空と異次元を自由にいけるモンスター・レインボードラゴン。
彼らが最も召喚を成功させたくないモンスターでもあった。
「はっ…」
「ヨハン」
痛そうに目を撫でるヨハンに遊星は声を掛ける。「大丈夫だ」と心配する彼に微笑み、ヨハンは手を上げた。
「究極宝玉神・レインボードラゴンよ!レッドアイズとサイバーエンド、ブルーアイズに攻撃!」
「!貴様、狂ったのか?!レインボードラゴンの攻撃力は、」
「――――オーバー・ザ・レインボー!」
一つずつ身体の宝玉が輝きはじめる。下から上へ、最後の宝玉にたどり着くと口の先に虹の円が現れ、光線はモンスター達へと放たれる。
『!』
反射的に、ファイブ・ゴッドは光線から離れる。レッドアイズとサイバーエンド、ブルーアイズは光線の攻撃を受け、悲鳴を上げながらゆっくりと光となり消え去る。
ブルーアイズの上に乗っていたサイコデュエリスト達は地面に落ちると、その姿を元に戻す。
―――デュエルディスクが壊れた、機械の人形に。
「ちっ…!」
最後の一人である男は舌打ちをする。目の前に走るD・ホイールを睨み、彼は拳を握った。
サイバーエンド・ドラゴンの攻撃力はレインボードラゴンと同じく4千。普通のデュエルならばレインボードラゴンもサイバーエンドの反撃により破壊されるはずのだ が、今は違う。
ハッと彼は主が言っていたことを思い出す。
これは現在のデュエルではない。――――主の力によりモンスターの力が変化する、古代の決闘(デュエル)だと。
(このことか…!)
彼は負けてはいけない。
チラリと元に戻った人形達を見やり、男はレインボードラゴンを指してファイブ・ゴッドに命じる。
「ファイブ・ゴッド・ドラゴン!!レインボードラゴンに攻撃しろ!」
「お前が最後だ!いけ、レインボードラ…」
相手の攻撃に、ヨハンがレインボードラゴンに攻撃を命じたときであった。
彼の後ろの地面が崩れ始める。
「!」
まるで追いかけているように地面は次から次へと崩れ、裂け目がヨハンの場所にたどり着く。それと同時に爆発したように地面が暴れ、
「く…っ!!」
蛇のような黒き鎖がD・ホイールと諸共、ヨハンたちを縛った。
「がぁっ……ゆう、せい!大丈夫か?!」
黒き鎖が現れたと同時に遊星が傷付かないように守る。大丈夫だと遊星はヨハンに頷くのだが、何かを気付いたようにヨハンへと手を伸ばす。
赤の液体で、その指先を濡れていた。
「ヨハンっ」
「大丈夫だ。大した怪我じゃないっ」
鎖が地面から暴れだすときに切られてしまったが、それを気にせずにヨハンは見上げる。
レインボードラゴンも黒き鎖に縛られていた。
「レインボードラゴン!」
《今だ。やれ、我が兵士よ》
真白な空間からヨハンたちの映像を見つめていた者は、光を映像の先に流し込む。
者はニヤリと嗤いながら声高に叫ぶ。
《赤き竜のシグナーと正しき光を我が元に連れてこい!!》
「はっ!ファイブ・ゴッド・ドラゴン!攻撃しろ!!」
縛られたレインボードラゴンにファイブ・ゴッドは五つの攻撃を撃ちだす。決心を固めたように遊星は首の袋からカードを取り出し、D・ホイールに手を伸ばし、
(おねがい、ちからを、かしてくれ)
「!ゆう…」
「――――あらわれてくれ!スターダスト・ドラゴン!」
カードを発動した。
(とうさん)
映像を通し、真白な空間を通し、勾玉の形の影の奥に想いが届いたかのように一つの目がゆっくりと開き…
星光に包まれるドラゴンと赤き竜は現れ、青年達は消え去った。



荷物をカバンに入れ、ベッドシーツや布団を整える。
忘れ物がないか確認した時、青年は手を止めて嘲るように口元を上げた。
…いつからだろう。
(忘れ物なんて、…ここは忘れちゃまずいモノなんてあったっけ?)
忘れちゃいけないモノ。…それはなんだろう?
尊敬するデュエリストがくれたデュエルディスクか?
学生時代のE・ヒーローデッキか?
宇宙のネオスペーシアンデッキか?
学生時代から使っていたデュエルディスクか?
金や服か?小刀か?それとも、…
かつて首につけていたモノがあった場所を撫でて、赤は目を細めた。
「なんで、オレは捨てなかったんだろ」
彼に帰る場所はない。あっても帰ってはいけない。
彼にはもう、「ただいま」といえる場所がないはずなのに。
痛まないように首を撫で、目を閉じる。
もう「おかえり」と、その言葉を聞く資格がないのに。
ふとドアを叩く音に振り返り、ひとりの女性は青年に微笑む。
マーサだ。
「十代さん。できたよ?ほら」
マーサは手にあるモノを十代の手に渡す。新しい紐に通された銀色の指輪が琥珀の眸に映る。ほっとしたか、十代は穏やかに口元を緩めた。
「ありがとう。助かりました」
「でも、本当にいくのかい?もう夜だし、急がなくてもいいのに」
「いいえ。けっこう長い時間ここでお世話になったし……そろそろ、また別のところへいかないと」
「…もしかして、十代さん」
じっと、マーサは十代の顔を見つめ、何か思いついたのか、悪戯っぽく笑う。
「誰かを避けているのに、その人に会いたい?」
「…………はい?」
その思わぬ質問に、変な反応を返してしまった十代であった。
「え、……あの、マーサ?どうしてそう思うのですか?」
「女の直感だよ」
(…女ってこえぇ)
学生の頃、明日香やトメさんを知り合ったときに気付いたけど、彼の周りの女性は何故か鋭い。
想像以上に鋭くて、彼が部屋で失くしたモノを簡単に推理して見つけてしまうこともあった。
…いや、今はそういう話ではないけれど。
「十代さんが、アタシの知っているオーナーに似ているって話、覚えてるかい?」
「あ、はい。雰囲気が似ている、と言ってましたね。……そういえば、まだ名前を聞いたことがないんですけど」
「うん?」
ふと何かを思い出したのか、十代はチラッと屋敷を見てマーサに問う。
「マーサはいつから、この屋敷の責任者になったのですか?」
「う――んん……そうだね…十年前…くらいじゃないかしら?」
「…マーサ、って…いくつですか…?」
「それは女性に、絶対に聞いちゃいけない問いだよ、十代さん」
「え、はい…」
女性の素晴らしい笑顔に青年は黙ることを決め、静かに彼女の話を聞くことにした。
「そうだね…この屋敷は以前、二人の責任者に建てられて、アタシみたいな身寄りのない子供達を迎えてくれた」
「マーサは孤児だったのか?」
「ああ!あのとき、アタシともうひとり、女の子も一緒に、どこかの町に捨てられて意識を失って…気付いたら、もうここに居たのさ」
「責任者が助けたのか?」
「ちょっと違ったみたい。オーナーがアタシとゾラっていう子を見つけてくれた後から責任者達に聞いたんだよ。それでこの屋敷に暮らし始めて、成長して…ゾラはネオ ドミノシティの子と結婚したからもう居ないけど、アタシはここを引き取ることにしたってわけ」
「二人の責任者は?」
その問いにマーサは一瞬迷い、悲しそうに苦笑した。
「ゼロ・リバースで、…ね」
「っ……すいません」
悪気はなかったが、自分がやったことは相手を傷付けた。妙に落ち込む十代の頭を撫で、マーサは微笑んだ。
「そんな顔しないでおくれ。十代さんのせいじゃないさ」

『おまえのせいじゃない。そんな顔をするな』

…ある人の言葉と重なっていく。
ふと、肉親からの言葉を思い出す。してはいけないことをしたとき、兄が心の中に現れ…自分を抱きしめた。
このような状況になってしまったのは、自分のせいじゃないんだと。
「でも、あの二人の責任者がアタシにこの屋敷を預ける前に…オーナーが一度だけ、ここに来たことがあったわ」
今でも覚えている。
一度しか会わなかったけど、責任者達の紹介の後でオーナーは彼女に話しかけてきた。彼は彼女にあることを教えた。どんなときでも、子供に厳しくしなさい、と。子供 に厳しくしなければ、彼らは間違った道にいくかもしれない。いつか立派な大人になるためにも、子供達にとって、厳しくて優しい大人でいてください、と。
マーサを育ててくれた責任者達も同じ言葉を教えられたそうだ。この言葉を胸に。彼女は一人の大人として、この屋敷を守りはじめた。
「あの時、オーナーは少しだけ自分の話をしてたわ。」
「?どんな話?」
「えっと……あ、そうそう。写真はまだ残っているわ」
「…え?」
「今から探しにいくからさ、アタシが戻るまで離れちゃだめだぞ!十代さん!」
「え、あの………」
あっさりと部屋から消えたマーサに、青年は思わず汗を落とす。
昔の事を思い出すのはいいけど、どうして女性はいきなり話題を変えることができるのだろう…と仕方なさそうに十代は溜め息をつき、ベッドに腰を下ろす。
手にある指輪を見て、紐を首に掛けると再び扉を叩く音が響く。
マーサかと思ったのが、あまりにも力強い音にその予想を消し、十代はドアの方に顔を上げる。
金髪の子供が琥珀の眸に映る。…ジャックだ。
「………」
「?」
何故か、ただじっと自分を見つめるジャックに十代は首を傾げる。彼に声を掛けようとした時、ジャックが口を開いた。
「十代」
「?どうした?ジャック」
「おまえは今日、ここからでるのか?」
あぁなるほど…と相手が聞きたがっている話が見え、十代は頷いた。
「またこっちにもどるのか?」
「さぁな。それに戻るじゃなくて、『来る』だ」
「じゃあこれからはどこへいく」
「オレもまだわからない」
頭を左右に振り、十代は苦笑する。
「一応手段はあるから、シティにいくかもしれないけど…この町から離れると思うぜ」
「………なら、」
一旦声を止め、子供は真っ直ぐに青年を見上げ、静かに口を開く。
言葉は部屋の壁に響き渡った。
「おれをつれていってくれ」

響いていく時計の音色。
トキと共に静かに動く古い時計。ゆっくりと、慌てずに時間の流れに旋律を創り、壁に届き、空間に響き回る。
聖なる神の御許で、自らの罪を懴悔する場所のようだ。
「―――――………はぁ…」
その沈黙を破ったのは赤だった。
始めは髪をつまんでいたのだが、しばらくすると溜め息をつきながら頭を抱きはじめる。青年のその反応に子供は憤慨した。
「オイ!それはどういうはんのうだ、十代!!」
「いや…、…うん。オレ、こういうことに鈍いからな?昔から、よく怒られる」
「なんのはなしだ?!」
「…………はぁ……」
再び溜め息をつき、改めてぐちゃぐちゃになった髪の隙間から子供の顔を覗く。
彼はどう応えればいいのかわからない。正直にいうと、彼はこういうことに対する経験が少ないし、意識的にも鈍い。
気付かない訳ではないけど、性格のせいで無意識に気付かない振りをし、自分も本当に気付いたかどうかさえわからない。
そのためか、彼はこういう時に何をすればいいのかわからないのだ。
…彼にできることは、一つだけだけれど。
「なぜ?」
「?」
「何故、オレと一緒に外へ行きたい。……キングになるためか?」
「――――そうだ」
まっすぐな瞳。
「ここにいてもおれはつよくなれない。おれはせかいをみてみたい!じぶんの目で、じぶんのからだであるいてみたい!」
まっすぐな魂。
「おれはじゃくしゃをまもれるキングになりたい!―――おまえみたいに!」
彼は強いこころを持っている。
何があっても自分がやるべきことを忘れず、どんな辛くても悲しいことがあっても…この子ならきっとすべての残酷を受け入れる、立ち向かう熱い魂を持っているだろ う。
…彼とあの人が、できないことも。
「オレはおまえが思うような人間じゃない」
ゆっくりと腕を上げ、手のひらをジャックに向ける。
突然の動きに眉を寄せ、ジャックがその意味を問おうとした時…
「!くぅっ…!」
風が頬を撫でた、そう思った瞬間。
前触れもなく衝撃が彼を襲い、ジャックは壁に叩きつけられる。
彼は目を見開いた。
青年を見ると、その眸は琥珀ではなく、碧緑と黄昏の双眸に変じていた。
「―――…言っただろ?ジャック。あまりに強すぎる『力』を持つと、何かを失うって」
手のひらを収めると衝撃が消え、呆然するジャックに十代は苦笑した。
「おまえが気付いてた通り…かつてのオレには帰れる場所があった。相手はオレと同じ『力』を持っているし、お互い助け合えれば大丈夫かと思った。でもある日…オレ はしてはいけないことをした」
自分があんなことをしなければ失わずに済んだ。
自分があんな反応をしなければ、彼はまだあの人と暮らせていたかもしれない。
すべては自分のせいだ。
自らの手で、十代は全てを壊したのだ。
「オレは、自分が分からなくなった。いままで、オレはずっと一人の人間としてあの人の側にいた。でもこの『力』のせいでわからなくなった。…オレは本当に、『人 間』としてあの人の側にいたのかな、って」
もうわからない。
全てを失い、すべてを失くし、もう聞く資格もない。
もう、…
「…にんげんじゃない、って?」
子供の呟きに青年が顔を上げ、二つの手は彼の服を掴み、
「――――ふざけるな!」
子供は怒声を上げた。
「『人間』じゃないからって、それがどうした!おまえは人間じゃないからって、そいつにたいするきもちはうそになるのか?ちがうだろ!!人間でもちがうものでも、 そのきもちはほんとうじゃなかったのか?!」
「―――――なにがわかる」
「?!」
「ならジャック!おまえはオレの何がわかるというのだ!!」
「しるか!だがひとつだけはっきりいえる!…じぶんが人間じゃないって、じぶんはばけものだっておもうなら!!」
――――なぜゆきのひになみだがないなきかたをするんだ!

…降り積もる雪。
廃墟の上に座り、空を見上げる自分。雪が落ちるのを待ち続け、ゆきが頬に止まることを期待する自分。
彼は泣かない。……泣けない。
泣きたくても涙が出てこない。だからゆきを頼ることしかできない。
『俺は決して、お前の涙をみんなに見させないのに?』
彼にその言葉をくれたあの人はもう側にいないのに。
本当に、おかしい。
「く…くはは、あはっはっは…」
青年はゆっくりと声を上げた。
始めは小さく、暫く続くと彼はより大きな声を出していく。
壊れたように。わかってしまったように。
青年は声を上げ、顔を覆いながら長く続け笑い続ける。
「…オレもどうかしてる」
「……、じゅうだい?」
突然の十代の笑いに、ジャックは握っていた服を放し、一歩後ろへ下がる。
「やっぱり、オレがここにいた時間は…少し、長すぎた」
「お…」
「十代さん!みつけたよ!」
…無情に打ち砕かれた気まずい空気。
状況を察してくれないマーサをジャックは思わず睨むが、まるで気付いていなのかマーサは部屋に入り、写真を十代に渡す。
「ほら、十代さん!これがオーナーだよ!」
「あ…ぁ、はい。ありがと…」
…時だった。
ドクン
一つの音が、青年と子供に刺し込んだ。
「「……?!!」」
ハッと二人は自分の胸に手を伸ばす。心臓のような音色の感覚…彼らは知っている。少し前、彼らも同じような感覚に襲われた。
まさかと思い青年は部屋の窓を開けると空は黒き雲に包まれ、光線が窓の先に落とされる。
突然の閃光に十代達は目を閉じた。
「く…っ!」
「な、なんなんだ!このひかりは!」
「眩しくてなにも……!」
少しずつ弱くなり、閃光が消える同時に空から二つの大きな影が草の上に落ちる。機械の音が青年の耳に届くと、十代は窓から外に出た。
(…―――?)
…不思議な感覚が青年の心に入り込んでいく。
優しさとあたたかさ。嬉しさ、辛さ、悲しさ…其々の気持ちはゆっくりと肌を通してこころに、魂に染みんでいく。
土埃が晴れ、一つの色が琥珀の眸に映り始めた。
「――――」
「……!オーナー?!」
窓から外へ投げかけられるマーサの言葉に、青年は唖然と先程渡された写真を見た。
静かに、穏やかに、緩やかに目を見開き、視線は動かず、写真を持つ手は下がる。
晴れ渡る天空に舞う、全ての生命を抱く海洋の、青色の髪。
「…!?あれは…!」
赤き光が二人の子供の腕から現れ、焔に包まれる一体の竜が姿を現す。まるで母が子供を預けるように咆哮し、再び消え去る。
一つの影は子供を抱きしめながら立ちあがる。眩暈がしているのかゆっくりと顔を上げ、
目を見開いた。
『お前は俺のモノ、俺はお前のモノ』
かつての約束と誓い。遠い場所と長い時間の流れに銀色の指輪は再び輝きを照らす。
「――――――…じゅ、だ…い」
「――――――…よ、……はぁ」
お互いを見つめる二人の青年。
青と赤の再会、蒼と金の出会いであった。


「――――何故だ!」
真っ白な空間で拳を握りながら者は目の前の映像を睨む。
「なぜあのとき、赤き竜は現れた…!」
強く口を噛み、映像を消し去るように者は剣を掴んだ。
(あとすこし)
(あと少しだけあれば、アイツらを捕らえる事ができた…!)
あのとき、彼は力を使い、映像を通してヨハンやレインボードラゴンを縛ることができた。
『あの者』の命令により彼は直接、映像の先の世界いくことが許されていない。そのため、映像を通して罠、魔法カードの効果を発動することしかできなかった。
彼は彼らを掴んだ。あとはファイブ・ゴッド・ドラゴンが攻撃し、『正しき光』の器の分身であるレインボードラゴンを破壊すれば彼は間違いなく倒せた。
彼らは、永遠に尽きる事のないエネルギーを手に入れることができた、はずだった。
だが、子供は一枚のカードを発動した。
子供はシグナーの守り者であるスターダスト・ドラゴンのカードを発動し、その間際に赤き竜を呼び起こすことができた。
彼らは赤き竜に助けられ、一瞬で別の場所へ移動した。
「必ずころしてやる…人間如きに味方にする貴様など、」
再び映像に腕を上げ、手のひらから虹色の光を集め、
「もはや我々が尊敬すべき者ではない!!」
光が映像に届く瞬間であった。
一つの目は開かれ、機械が破壊される音が真白の空間に響き渡る。
「―――――」
呆然と身体を手で撫でる。
いつの間にか大きな穴が身体にあり、機械の部分が露わになっている。消え去った一部のせいでバランスが崩れ、者はゆっくりと白き地面に倒れ始める。
絶句したように、者は後ろの『モノ』を睨んだ。
「な ぜ、…だ……」
《――――》
「いま、こそ…あいつらをけすき、かいなの、に…――――」
再び蒼き目と合わせられた視線の瞬間、者は光に巻き込まれて消え去る。
『モノ』は応えた。
《カンショウ、シテハイケナイ》
《ワタクシハ、ソウイッタハズノデス》
映像に顔を上げ、蒼き目は二人の青年と子供を映しながら、目をゆっくりと閉じていく。
《ミライヲ、ハメツサセテハイケマセン》
《マタ、アノトキノヨ、――――…》

『五人』のシグナーと赤き竜の目覚め。
『モノ』とひとりの男の選択により十一年の時が先送りされ、シグナーを無事に成長させる。そのことは、シグナー達が知らない一部の出来事であった。


――――…目が燃えるように熱い。
言葉を失う二人の青年はお互い動けずに見つめあう。目の前の景色は本当に現実であるのだろうと疑いたくなる。
何故ここにいる。
何故ここへきた。
何故っと聞きたいのに、口は開かない。
あまりにも突然すぎる現実に彼らは声どころか、口を開くことさえできない。
沈黙の静かさを破るのは腕にいる蒼の子供だった。
「ヨハン」
青の青年の服を引っ張り、我に返るヨハンは謝りながら子供を地面に戻す。解除されたように赤の青年も意識を取り戻し、眸を揺らし始める。
彼は後ずさった。
「!ま…」
十代が逃げようしていることに気付き、青年が彼に手を伸ばして、足を進めたとき…
片目の痛みに悲鳴を上げた。
「―――――ぐぁっ」
「?!」
小さな悲鳴に十代はハッと振り返る。逃げようとする足を止め、彼はヨハンの方を見て…
この瞬間に、彼は見てはいけないモノを見てしまった。
「ヨハン!」
「…く…大丈夫、だ」
突然の痛みで蹲るヨハンに遊星は彼の顔を見る。心配するなと遊星の頭を撫で、ヨハンは微笑む。…が、遊星も彼の顔を見て目をむいた。
黄昏の色の片目が蒼の子供と赤の青年の視線に映った。
――――黄昏の、眸
『ドクン』
「オーナー!だいじょ…、…十代さん?」
ヨハンの側に向かおうとするマーサを止め、赤は静かに足を上げ、進んでいく。
彼の背中を見て、何故かジャックは眉を寄せた。
『ドクン』
「ヨハン、だいじょうぶ?」
ゆっくりと腕を上げ…
『ドクン』
「だから大丈夫だって」
ゆっくりとコートの裏ポケットに伸ばし…
『ドクン』
「大した怪我じゃないから、ちょっと…、…――っ?!」
小刀を取り出した瞬間、ジャックは青に声を上げる。ヨハンはハッと振り返り、
「――――にげろ!!」
赤は走り出して青を襲った。
『ドクン』
…心臓が、うるさい。
「…!」
間一髪、ヨハンはコートの小刀を取り出して相手の刃と迫り合い、すぐに隣の遊星に命じた。
「遊星!早くマーサのところへ行け!」
「…は、はい!」
子供はマーサの方向に走ったと分かり、改めてヨハンは十代を見上げるのだが、…彼は目を見開いた。
「―――……は、おう」
赤の青年は黄金の眸をしていた。
「はめつの、ひかり」
「…!!」
青の刃を左に振り払い、赤は一歩を飛び迫り青に攻撃を仕掛けた。はじめは首、次は胸、肩、腹部…刃の先は全て彼の命を奪うところを斬ろうとしている。
素早い振りにヨハンは防ぐことしかできない。だが、このまま終われないと目を細め、彼はもう一つの手を伸ばし、
「!」
素手で十代の刃を掴み、彼の動きを止めた。
「なぜだ…何故お前が出てくる!覇王!!」

覇王。
赤の肉親で同じ身体に宿る存在あり、かつて異次元を支配した王者でもある彼だが、ある事件が過ぎてからは姿を現わさず、十代の心の奥に眠りについていた。
彼は正しき闇の意志…―――最も『本能』を継いだ者でもある。もし彼が再び目覚めれば、それは正しき闇の本能が再び動き出したということになる。
だが、ヨハンにはわからない。
何故十代の肉親…――――覇王が目覚めたのか。
「何故お前は…!」
「なぜ、目覚めた」
(―――…この、感覚)
少し予想されることと違い、ヨハンは青年の顔を覗き、…先程の考えを捨て去った。
…金色の眸だけど、違う。
金色の奥に何かが残っている。太陽と思わせる僅かな琥珀の色の輝きと、辛そうで悲しむように自分を見つめる表情。
彼は覇王ではない。―――覇王の力を使っているのは、十代。
彼の大切な者だ。
「じゅう、だい」
「なぜ…目覚めたんだ……ヨハンっ」
刃を握る手から紅の液体は落ちていく。
一つずつ、雨のように、涙のように雫は落ち、降り、緑の世界を染めはじめる。
青年は叫んだ。
「なぜまた『破滅の光』の力を使ったんだ…ヨハン…!!」
『また』。
……ま、た。
ふと、青の片瞳はある景色を目に入れる。
コートと黒い上着に包まれたハイカット。僅かだけど、何故か気になり、ヨハンは小刀を握る手を開く。刃は草に落ちていく。
ゆっくりと、十代の手は首のハイカットの布を開いた。
「…――――」
赤くて残酷な、握り込まれた手の跡。

正しき闇の本能。
それは平衡を守るためにあるモノ。
遥かな昔、闇は光と戦いを繰り返していた。破滅の光の『器』は闇の『器』の封印により破滅を果たすことをやめ、光の『器』は新たな心を手に入れた。
破滅の光の意志で堕ちた者達は多い。少しずつ最悪の事態を避けるため、光の『器』と闇の『器』は其々のやり方で動いている。
だがもし、光の『器』が何かの理由で封印・『青き瞳』を破り、再び破滅の光の意志に操られた場合、闇の『器』は本能に命じられたことをしなければならない。
――――光の『器』を止める(ころす)ことを。

衝撃に押し倒される青の青年。
蹴り飛ばされて地面を滑り、マーサの足元に止まる小刀。刃の通った筋を辿ってジャックは彼らに顔を向けた。
落ちていく透明な涙。
一つずつ、落ちていく雫。濡れる瞳から降り、頬に流れ、顎から離れ、
…青の髪を沿って、青年の顔に落としていく。
ないて、いる。
「よ、はぁ…っ」
(あいつが、ないている…)
泣ける場所がない言った彼が、ないている。
泣きたくてもなけない、どんなにつらくても悲しくても涙が出ない彼が。
…青の青年の前で、泣き始めている。
小刀を握りながら。
「……、………」
静かに腕を上げ、手を首のハイカットを開くと、ヨハンはゆっくりと触れる。
跡と同じ位置にたどり着くように指先で肌を撫で、手が跡と重なってゆく。
ポロリと、青は片目から涙を流し始める。
「…、そ うか」
青年は苦笑をした。
「お前を泣かせたのは、……俺だったのか」
分かってしまった。気付いてしまった。
闇の本能は簡単に呼び起こされない。もし、光の『器』が破滅の意志を起こさず、闇の『器』に危険を与えなければ本能は起きない。彼の肉親である覇王も起きない。
つまり、自分がやってしまった。
自分の預かり知らぬ所で意識を失い、闇の『器』を襲い、ころそうとしていた。
……自分のせいだった。
同じ大きさの握り込まれた手の跡を見て心から泣きたくなった。自分が一番守りたいと願った者が、自分の手で命を落とそうとしていた、なんて残酷だ。
自分はただこの人と共に生きたいのに、自分がやろうとしたことは相手を傷付くことだけだった。
「ヨハン。…よはぁ…っ」
(とめろ)
ゆっくりと小刀を強く握り、腕を上げる。
(とめてくれ。…誰が、)
手は首から頬に移り、十代の涙の跡を撫でると、ヨハンは目を閉じる。
新たな雫は青き髪に落ち、赤の青年は悲鳴を上げ、
「――――オレをとめてくれぇえええ!!!」
小刀が青年に襲う…

――――やめろぉおー!

……短くて、長い瞬間が流れた。

青に襲う赤の小刀が振り上げられると二人の子供は青年達の方に走る。刃が振り下ろされると同時に彼らは声を上げ、手を伸ばす。
重なった手に赤き光が宿る。
「「?!」」
ポケットとカードの入れ物から二枚のカードが飛び出すと、焔と星光の中に二体のドラゴンが現れ、咆哮を上げる。
瞬間、衝撃は風と共に屋敷の周りに広がり、風は赤き光の円状となり、
「――――っ!?」
屋敷は覆まれた。

…すぐ隣の地面に刺さる刃を見て、ヨハンは上を見上げる。
琥珀色に映られた黄昏の色が消え、お互いにゆっくりと目を瞬かせる。
小刀は砂となり、風の中に消え去った。
「「……?」」
試しに自分の顔を触る。先ほどの痛みや頭の声もなく、気分はすっきりしていた。
上半身を起こし、十代の邪魔にならないように隣に移動すると、十代と共に周りを見渡す。
ふと空を覆う影に顔をあげると、レッド・デーモンズ・ドラゴンとスターダスト・ドラゴンと目が合う。
「「………おいで」」
言葉が通じたか、手を上げるヨハンと十代にスターダストとレッド・デーモンズは近づいていく。
ドラゴンの頭を撫で、二人の青年は穏やかに微笑み、小さな感謝を伝える。
ありがとう、と。
「ヨハン」
「十代!」
「十代さん!」
危険が過ぎたとわかり、二人の青年に近づく子供達と女性。まっすぐに十代の側まで走り、ジャックは十代の足を蹴ったが…逆に硬すぎたため、悲鳴を上げた。
「いっ!きさま、あしになにをいれてるんだ!」
「子供の蹴り如きで痛がると思うか?普通…」
「十代さん、大丈夫かい?どこか痛いところはないかい?」
「お、落ち着いてくださいよ。マーサ…」
心配そうに慌てるマーサを十代は汗をだらだらと流しながら言葉を掛ける。彼女はこんなキャラじゃないはずだが…と少しツッコみたくなったけど、青年は口を閉じるこ とにした。
(…?)
ふと何かが頬についていることに気づき、十代はそれを拭う。それが涙の跡だと分かり、彼は青年の方を見た。
「ヨハン」
「わりぃ。心配させたな」
「けが」
痛くならないように赤く濡れられた手を撫で、辛く自分を見る遊星にヨハンは苦く笑った。
「…ヨハン」
懐かしい呼び声と共に近づいてくる足音。
子供の頭を撫でると立ち上がり、ヨハンは十代を見る。
「…本当に、すっげぇー久しぶりだ」
困り顔をする十代にヨハンは仕方ないと笑う。十代も口元を緩めた。

長い間、彼らは離れていた。
指輪が外され、二人の青年の道はそれぞれのものに分かれていた。ひとりは赤が戻れる場所で待ち続け、ひとりは青がわからない場所へと旅に出た。
…あれから、彼らは何年の時を過ごしたのだろうか。
春を見て、夏を見て、秋を見て、冬を見て…違う時を過ごしたけど、彼らは忘れたことがない。
共に屋敷を掃除する暖かな日々。
無理やり海まで連れて行かれた暑い日々。
気持ち良さそうに眠る涼しい日々。
ゆきを見上げた寒い日々。
彼らは忘れたことがない。例えどんな場所にいても、どんな季節を過ごしていても…彼らは同じ想いを共有する。
あの日、彼らが誓った約束のように。

「できれば、もっと話しあって…色んなことを伝えたいけど、今はそんな時間がなさそうだな」
チラリとスターダストとレッド・デーモンズを見やり、ヨハンは改めて十代を見る。
「今は自分達のことより、未来を守ることが先だ」
まっすぐで揺らがない青き両眸。
(…あぁ、そうだ)
(これこそ俺が知っているヨハン)
自らの意志で択んだ、唯一の存在。
口元を上げ、十代はニヤリと笑み、一歩を下がると…マーサ達をヨハンと向き合わせる。
「久しぶりだ、マーサ」
「え、えぇ。久しぶりだわ、オーナー」
「本当だ。何十年ぶりだぜ」
「あら、まだ数年しか立っていないよ。オーナーってば〜」
これは絶対うそだな…とジャックも十代も思わず同じことを思った。が、全てスルーしてヨハンは笑顔で応え、マーサに遊星を見せた。
「この子は遊星…不動 遊星だ。」
子供の名前にチラりと振り返り、ジャックは目を見開く。
「実は、マーサにこの子を預けたい。理由があって、この子は狙われているけど…俺や十代と一緒にいると、この子は今より危ない状況に巻き込まれてしまう」
「アタシは別に構わないよ。…うん?」
何かを思いついたか、マーサは首を傾げながら二人の青年を見る。
「じゃあオーナーと十代さんはこれから、どうするの?」
二人は目を合わせ、微笑んでいた。
「…ジャック」
「?」
隣のジャックを呼び、十代は子供と同じ視線の高さに跪き、「手をだして」と伝える。突然の願いにジャックは意味が分からず、素直に腕を出す。
コートの中からあるモノを取り、十代はジャックの腕につける。
…―――彼が尊敬するデュエリストがくれたデュエルディスクだ。
「…こ、れ」
思わず目をむくジャックに十代はクスと笑った。
「まだ早いけどな?餞別だ」
「せんべつって…おまえ、もうここへこないのか?!」
「多分、な。シティへ連れられなくて、ごめん」
「っそういうことじゃない!おれは、」
「これからいく場所に、オレはおまえを連れて行けない」
優しくジャックの言葉を遮り、青年は彼の腕のディスクを撫でる。
彼は彼に笑顔を浮かべる。
「あそこは、おまえをキングへ導く未来へと繋がらないから、連れて行けない。」
……あぁ、そうか。
何故かジャックは思う。目の前の人の笑顔を見て、彼は勝てないと感じた。
この人はずっと泣ける場所を失っていた。『人間』としての気持ちや感情も失い、それでも『人間』として生きたい彼はゆきの日にゆきを涙に見たてる方法で泣いてい た。
自分が『人間』で居られるように。
(こいつにはもう、ひつようないんだ)
でも、今は違う。
彼は再び手に入れた。『人間』として居られる場所。泣ける場所。…そして、戻れる場所。
今より辛く、悲しむことがあっても彼は笑顔で居られるだろう。
この世界に戻れなくても、あいつが側にいるなら。
「……あいつといっしょにいくのか?」
後ろでマーサや遊星と共に話すヨハンを示し、ジャックの問いに青年は頷く。
「いまからか」
「スターダストとレッド・デーモンズの力のおかげで、今は、オレとヨハンの『力』は収まってくれたけど、これも長くは持たない」
「……このカードの、」
手に居るレッド・デーモンズ・ドラゴンのカードを見せ、ジャックは目を細めた。
「ちからがつきたら、…またころしあうのか?さっきのように」
「…あぁ」
だからこそ終わらせなければならない。
彼のために。あの人のために。
この子達の未来のために。
「十代」
「ん?」
「…あのカニあたまのやつ、ふどう ゆうせいってアイツがいったよな?」
相手の言葉の意味に気付き、青年は子供に問う。
「憎いのか?」
「…いいや」
少し黙ると子供は応え、青年に振り返った。
「今はもう、ない」
「―――それでこそ、キングだ」
ゆっくりとジャックの手を取り、自分に近付けていく。
「…、…――――?!」
誓いをたてる騎士のように。
親愛なる者への守りのように。
青年は穏やかに子供の手に近付き、手の甲に口づけを捧げた。
「な、な…ななな…」
顔が真っ赤になっていく。頬が熱い。今、自分は何をされた?
「キングからの、祝福だ」
「なな…け、けしからん!」
「おう。オレはけしからんデュエルキングだ」
「デュエルキングならばもっと―――――…は?」
恥ずかしがりながら青年を指すと、言葉の何かを気付いたように目を瞬き、ジャックはゆっくりと立ち上がる十代を見上げる。
彼はジャックの頭を撫でた。
最後の、別れに。
「『キングたる者、レディには尊敬の念を』」
「?」
「昔、あるキングと名乗ったデュエリストの名言だ。…マーサや女性に、大事にしろよ。」
「……。うん。」
いつか現れる、おまえの大切な人のために。
「……なに話しているんだい?ジャックと十代さん」
何故かさっきから視線が気になり、マーサはチラリと後ろの二人を覗く。それに対するヨハンは苦笑しかできず、ふと思い出したように自分に手当てするマーサを呼ん だ。
「マーサ」
「ん?」
「今更だけど、…怖くないのか?俺の、姿を見て」
「ううん。ドラゴンとかも出てきたし、驚きなんてアタシはとっくの昔に通り越したよ」
「…否定できない」
「でも、」
首を傾げ、まるで少女のようにマーサは口元を上げた。
「オーナーはオーナーだと思うよ、アタシは」
『また会えてうれしいよ、オーナー』
静かに思い出す。
施設のオーナーとして彼の養子達に紹介され、この女性と再会した日。
あの時も、彼女はあたたかな笑顔をしていた。
どんな子でも受け入れ、こころの氷を溶かす太陽の笑顔。彼は彼女のあたたかなこころに惹かれ、この女性に屋敷を頼んだ。
今から思うと、本当に懐かしく感じるとヨハンはクスと笑い、ペンダントを外した。
「マーサ。これを」
首にあるペンダントを女性の首に掛け、彼女の前に跪く。
「あまり力がないけど、少しでもマーサを守れるように祈る」
女性の手を取り、青年は手の甲にキスを捧げた。
…後ろにいる金髪の子供の暴れをスルーしながら。
「遊星、ごめんな」
「ううん。ヨハンはぼくをまもってくれた。ずっと、まもってくれたよ」
「…ありがとう」
コートを脱ぎ、優しく遊星の肩に掛かると抱きしめ、暖かな手は背中を叩く。
遊星はその感覚を知っている。おぼろな記憶だけど、彼がまだ足で歩けない赤ん坊の時、彼の父親はいつもこんな風に抱きしめてくれた。
肩まで抱き上げ、抱きしめながら背中を優しく叩く。
まるであの頃に戻ったかのようだ……
(…ううん。違う)
小さな手で青年の服を握り、遊星は目を閉じた。
(このひとも、とうさんだ)
彼に『絆』を教えてくれた…もうひとりの親だ。
「いってらっしゃい。ヨハンとうさん」
子供の頭を撫で、青年は立ち上がる。
チラリと二体のドラゴンの力が消えてゆくこと確認し、彼は赤に手を伸ばす。
想いに応える様に自分の手を彼の手のひらにおき、握り合う。
指先にある部分を触れ、何かが足りないことに気づき、青は顔を上げる。
赤がかけていたネックレスが青の眸に映り、二人は恥ずかしそうに笑い合う。
ネックレスを取り、紐を外し、指輪を出す。
緩やかに腕を上げ、静かに、落とさないように指へ嵌っていく。
そして、指輪にキスを贈る。
いつかの約束の日のように。
はじめての喜び。
はじめての楽しみ。
はじめての緊張。
二人は笑顔を浮かべ、二つの手が重なり合う。
ゆっくりと、ゆっくりと、声がない言葉を歌い始めた。
最後の別れの、うた。
白き光と黒き闇が静かに現れ、安らぎに少しずつ二つの大きなツバサとなっていく。
七つ色の宝玉。宇宙とヒーロー。両性の悪魔と茶色羽の天使。そして、心の奥にいる唯一の肉親。
「遊星」
切られる前に赤はある子供の名前を呼び、彼に微笑む。
「また、未来で」
屋敷の円の繋ぎが切れ、二体の龍が消え、白き光と黒き闇は空へ翔け、
青と赤は消え去った。
《さようなら》

一人の男性が自動扉を振り返る。
何かを聞こえたような気がする。
気のせいかと頭を撫で、再び仕事に戻ろうとした時、一枚のIDカードが黒き眸に映る。
カードを取り、写真と名前の主に口元を上げ、彼…―――万丈目は、少し淋しそうに呟いた。
同じ時で、違う場所でもうひとりの男性と共に。
「世話を掛けた分、必ず戻ってこいよ。―――十代、ヨハン」
「…………必ず、子供を無事に成長させることを、―――御約束します。」
ガラスを通し、静かに降り始めるゆきへ、別れの言葉を。

「――――……?」
ゆきと共に降っていく小さなひかり。
自然と手を伸ばし、ひかりは手に届き、消えていく。
二つの円は一つとなり、ゆっくりと子供の手のひらに落ちる。
それは、ゆきを思わせるキレイな銀色の指輪であった。





―――――……ゆっくりと扉の先を開いていく。
開く同時に機械とエンジンの音は耳に届き、階段を降りながら少女・アキと二人の双子は中にいる二人の青年に挨拶した。
「こんにちは」
「こんにちはー」
「ようっ!クロウ、ブルーノ!」
「龍亜!これは失礼だよ」
「なんだよ、オレの方がお兄ちゃんなのにー龍可の方がお姉ちゃんに見ちゃうじゃん」
「またその話なの?昨日のアキさんとの誕生日パーティーも同じ話だし、私もそろそろ飽きるわ」
「だってオレのほうが上なのに…」
(また始まった…)
いつもとおりの喧嘩に少女と青年たちも苦笑する。周りを見渡ると探す姿はいなく、アキはクロウに聞いた。
「クロウ、ブルーノ。遊星はいる?」
「あ。遊星なら今日はマーサとこにいるぜ?ついでにジャック」
青年の言葉にアキと双子も首を傾げた。マーサハウスはかなりここから離れている。遊星はともかく、何故ジャックまでマーサのところに戻るのだろう。
興味が湧いたか、アキは聞き続けた。
「今日は何かあるの?クロウ」
「そうだよ!遊星はともかく、ジャックまでわざとマーサところに行くなんて、普通じゃねぇな」
「あぁ、今日は大切な日なんだ」
「えっと、確か…」
D・ホイールのエンジンを止め、ブルーノは応えた。
「今日は、大切な人たちがい旅に出た日なんだって」


一本の樹の下に花を置き、遊星は樹を見上げる。
足音に青年は振り返り、予想とおりの人物に彼は相手の名前を呼んだ。
「ジャック」
「やはりお前も来たのか、遊星」
「…あぁ」
手に持つ袋を開き、中からあるモノを取り出してジャックは遊星に渡す。
…デュエルディスクだ。
「これは?」
「…昔、アイツがくれたデュエルディスクだ。腕の部分を見てみろ」
相手の言うとおりにディスクの腕の部分を見る。小さな文字は刻まれているけど、その名前に遊星は目を瞬く。
彼はジャックを見た。
「これは、十代さんのモノじゃなかったのか?」
「……正確には、これはアイツが尊敬するデュエリストがくれたモノだそうだ。十代が、デュエルキングになった時」
英語で書かれていても、デュエリストなら誰だってわかる、一つの名前。
YUGI MUTO。
初代デュエルキングの名前だ。
「…………。遊星」
しばらく沈黙し、ジャックは遊星に声をかけた。
「お前がパラドックスというヤツを倒し、過去から戻った日まで…アイツらに関する記憶を思い出さないようにしたのは、アイツらの仕業だな」
「…そうだと思う」
手にあるデュエルディスクを見つめながら首のマフラーを撫で、遊星は目を細めた。
「多分、それは未来を変化させないためだろう」

ヨハン・アンデルセンと遊城 十代。
二人が目の前から消えた日から、彼やジャック、マーサは一部の記憶を失った。とても大切なことだと感じるのに、何故か思い出せず、いつの間に彼らもこのことを忘れ ていた。
だが、彼らの過去を壊そうとするパラドックスと戦うため、遊星は赤き竜の力を使い過去に戻った。
その時、彼ははじめて…ではない。彼は自分を知らない遊城 十代と再会し、自分の時代に帰ると記憶は戻ってきた。
まるで鍵が解除されたような感覚で、過去の全てを思い出した。
彼らとの出会い、暮らし、思い出、別れも、すべて。
「だが、無理もない。お前はあのヨハン・アンデルセンの力でシグナーのことを忘れたんだ。アザも一緒にな」
「…俺は、彼らに教えられたような大人になったのだろうか」
「……俺も、まだアイツに言っていない」
手にいるモノを見つめ、ジャックは伝う。
「色んな手段をつかったが……俺はやっと自分がなりたいと願ったキングになったことを、まだアイツに言っていない」
銀色の指輪はきれいな輝きを照らしていた。
「…ジャック」
ヘルメットを彼に投げ、遊星も自分のヘルメットを被る。
「デュエルしろよ」
「…フン、いいだろ!」
ヘルメットを被り、ジャックはホイール・オブ・フォーチュンに乗る。遊星も手にあるディスクをつけてDホイールに乗り始める。
二人は同時にアクセルを握った。
「アイツらに見せてやろう!ジャック・アトラスと不動 遊星!二人のキングのデュエルを!」
「ああ!」
アクセルを握り、ホイールを走らせる。
サテライトとネオドミノシティを繋ぐ新たなダイダロスブリッジに入り、デュエルモードに移行する。スピードワールド2を発動し、二人の青年は口元を上げ、
宣言する。
「「ライディングデュエル アクセラレーション!」」

二人の青年は手を重ね、穏やかに微笑みながら消えてゆく。
屋敷に残された写真立てと共に、一つの銀の指輪が輝いていた。