青と赤 1




一瞬だけ。
僅かの刹那だけど、時間は短くて長いモノで、不思議だと実感する。
一秒の長さ、一分の長さ、一時間の長さ、一日の長さ、一週間の長さ、一年の長さとそれ以上の長さ。
…長さとは、一体どんなモノだろう。
青年にはわからない。時間とは長いモノなのか、それとも短いモノなのか…彼らは理解できない。
ただ、彼らは同じモノを…同じ願いを祈っていたことがある。
この一瞬だけ。
今ここに居られるこの瞬間が、止まればいいと。
この小さな幸せが永遠ならばいいと。
二人は、それを願った。
叶えられないと知りながら。

「あー!アレックス、それはわたしのジュースだよ!」
「いいじゃないか!一口だけだし!おれの紅茶を飲めばいいじゃないか」
「あれはピーターのでしょう?!ピーターも何が言ってよ!」
「…とりあえず、ぼくは本を読んでいるから邪魔しないでほしいよ。シャリー、アレックス」
「もぉー!」
ソファに座りながら飲み物を争い合う子供達。始めは…いつものことだからはっきりと思い出せないけど、確かおやつの時間でアレックスはシャリーのジュースを飲みたいから何も聞かずに飲んだらしい。お陰でシャリーはアレックスと喧嘩し、隣に本を飲むピーターまで巻き込んだそうだ。
仕方ないなと先に淹れたコーヒーをテーブルに置き、ヨハンは溜め息を付いてイスに座る。
「ケンカはここまでにしろ。止めないと明日からおやつなしだぞ」
「「っ!」」
見事に、一つの言葉によって子供達は思わず視線をヨハンに振り返った。
(やっぱりこの手は一番だな)
子供達の反応を覗き、口元を上げながらコーヒーを口にする青年であった。
「やだっ!ヨハンおとうさんのサンドイッチが食べられないじゃない!」
「ケーキやクッキーも!」
「ちょ、チョコレートやエビフライも!」
最後のはおやつではない気がする…と思わずつっこみたくなるヨハンだが、言葉を喉に戻してコーヒーを飲む。
自分が想像した通りの味だけど、何かが足りないように眉を寄せる。
元々自分は淹れるより、淹れられる方が好みだ。
特に、あの人が淹れてくれるヤツ。
「おやつが食べたいならケンカはやめてくれ。とりあえず、アレックス。先に悪いのはお前だぞ?」
「う…ごめんなさいっ」
「おう!いい子だ」
アレックスの頭を撫で、ヨハンが微笑むと彼も嬉しそうに笑顔を咲き、二人の子供はそれを見て青年の足をくっ付け始めた。
「ヨハンおとーうさん!わたしも、わたしも!アレックスだけなんてずるーい!」
「ぼくも!」
「はいはい、姫様、王様達。でもちょっと待てくれよ?先客がいるからさ」
手にいるコップをテーブルに置き、子供達を離させたら足を玄関に向かう。小さな音が耳に届くと青年はクスと笑い、握られる前にハンドルを回し、
「…――――」
開いた扉の先に赤に近い紅茶の色は青眸に映る。
ヨハンは微笑んだ。
「おかえり」
「…オレ、自分でドアを開けるつもりだったんだけど?」
「どっちでもいいだろ?」
「あ!十代おとうさんだぁー!」
玄関にいる赤の姿は親であることに気づき、シャリーに続いてアレックスとピーターも玄関まで走りだす。
十代が見えた瞬間、三人も嬉しそうに彼をくっついた。
「ほんとうだ!十代お父さんが帰ってきた!」
「十代おとうさん、おかえりなさい!今回はどんな話を教えてくれるの?!」
「抱っこ!抱っこしてぇー十代おとうさん!」
「ってオイオイ、ちょっと待てくれよぉー」
『オレはまだ玄関に入ったばかりだぜ?』と子供たちのアタックに十代は少し苦笑う。鞄を赤の青年から取って子供たちに渡し、ヨハンは三人の子供の頭を撫でた。
「はい、三人とも先に十代おとうさんの荷物を運んでこい。ついでに、部屋の片づけも頼むぜ」
「「はーい!」」
慎重にカバンを運びながらそれを見つめる子供たち。どうやら鞄にどんなお土産とかあるかを考えているだろう、ワクワクする表情は三人の笑顔に生きている。
…本当に、子供たちはずいぶんと変わったことに十代は実感する。
部屋に入る三人の背中を見て、赤の青年は小さく笑った。
「今はこんなに元気でよかったな」
「まぁみんなの協力もあったし、いろいろとがんばったぜ?」
「そういえば、みんなは?」
「あぁ、…疲れちまって今は寝ているんだ」
「はは…みんなも大変だな」
チラリとリビングに眠る精霊達を覗きながら二人は口を緩める。
できるだけ時間を作るとはいえ、十代が旅に出ている間にヨハンはずっと仕事を休むにはいかない。そのため、仕事が入るとヨハンは少しの間だけ子供たちを精霊…宝玉獣もしくはEヒーロー達に頼むことになる。三人の子供も精霊が見えるし、万が一の場合みんなも実体化できるから問題にならないけど…子供の体力は半端ない。
仕事から帰ると、いつも聞こえるのは精霊達の悲鳴だ。
それが、最近の悩みである。
「んじゃあオレもちょっと寝てくるか……、……?」
自分の部屋に向かうと何故かじっと自分を見つめるヨハンに十代は頭を傾く。
何かを忘れたかと思う同時、ヨハンは口を開いた。
「十代」
「ん?」
「まだ」
「え?…………、あれか」
「おう」
「オレは慣れていないぞ…ったく」
腕を上げ、軽く相手の服を掴みながら引っ張り、頬に『チュッ』と音を立ててキスを贈る。
恥ずかしそうに、十代は小さく呟いた。
「…ただいま」
「ぷっ…おかえり。ほっとうに十代の反応はいつでも面白いぜ」
「笑うな」
「ゴメンゴメン。だって、いまさら恥ずかしい顔をするからさ」
「先に子供たちの前にプロポーズしたのはどこの誰だよ」
「だから悪かったって」
手を伸ばして頬を撫で上げる。
静かに、緩やかに睫毛、鼻先、頬を沿って唇にたどり着く優しい指先。頬に添う手と重なり合い、ゆっくりと近づいて青と琥珀の眸は閉じ、
二つ銀色の指輪と共に、唇は重なった。


思えば、このときこそ。この瞬間こそ。
ふたりが求めている『モノ』なのかもしれない。
戦いがない日々。悲劇がない生活。争いがない世界。
彼らはずっとずっとその『モノ』を探していた。
彼を助け、彼を守り、彼と共に生き、彼と共に進み、――――いつでも一緒に居たいという『願い』。

ふたりは初めて、この時…この瞬間を手に入れた。

一瞬のように短く、永遠のように長い時間
――――『幸せ』 を。



「―――――……」
空気の寒さに睫毛が震える。
ゆっくりと目を開き、新たな世界を認識するように。柔らかに赤はその瞳に景色に映し始める。
腕や身体に落ちてくる白き涙と白に包まれていく鉄の山。
…雪が、降ってきた。
「また、この季節か」
体温により腕の上で溶けた雪を拭き、青年は空を見上げる。
小さく、誰にも聞こえさせないように彼は呟いた。
「オレって、バカだな」

長い、ながい時の中でたった一つの「願い」を求めて、ようやく叶えることができたのに、自らそれを捨ててしまった。
彼は、「幸せ」になれたのに。
……――――いいや、ちがう。

胸に手を伸ばし、服ごとネックレスを握り締める。
なにもない闇の中に、優しく輝く銀色の輪を。

「…今でも、オレは幸せだよ」

指輪を握り、鞄の中にある写真を見つめ、
青年…十代は、穏やかに口元を緩ませる。

こんなオレでも、家族ができたんぜ?
この子達の親になれて、…ヨハン

おまえの伴侶になれたんだ


「どうだ?」
「シー…」
後ろにいる青年に静かにと伝え、赤は再び視線を元に戻す。
もうひとりの親がひさしぶりに戻り、子供達は喜びながら親を迎え、急いで家に掃除を始めた。元々キレイにしてくれる部屋だが、子供達の努力を見て、彼らにごほうびとしてもうひとりの親・十代はご馳走を作る。
サラダにエビフライやステーキ、納豆に米やめざし、和食と洋食に彼らの好きなデザートを作り、ディナーは楽しい時間となった。
食後に十代は、子供達に旅の話とデュエルやゲームをした。また、子供達の親・ヨハンがピアノを聞かせたり、十代もヴァイオリンでヨハンと共に演奏したりした。あっという間に楽しい時間は過ぎ、はしゃぎすぎた子供達は寝入り、二人の親は彼らを部屋に運ぶと眠らせた。
三人の子供が眠っていることに確認し、十代は静かにドアを閉めた。そして、ヨハンと一緒にリビングに戻った。
彼らの仕事は、これからだからだ。
「うわー…こりゃまた片付けないとな」
目の前の被害を見ながら十代はため息をつく。先程はリビングで遊んできたため、物はあちこちに散乱している。
仕方ないぜ?とヨハンはごみをゴミ箱に捨て、適当に使い終わったガラスやコップをキッチンに置く。
ふと、彼は十代へと振り返った。
「…………」
「?」
ヨハンの視線に十代は首を傾げた。
「どうした?」
「…あぁ。本当に久しぶりだな、って」
「?なにが?」
「演奏。十代とのコンボさ」
二人が共に演奏するのは、いつごろぶりのだろう。
ヨハンは家でフルートやピアノをよく弾くが、十代は滅多に家に居ない。そのため、二人が揃って共に演奏することも…共に過ごす時間は少ない。
そして、もう一つ。
「十代が俺と演奏するときは、必ず何かを決めたときだ。違うか?」
「……まぁな」
流石と青年は口元をあげ、青に来てくれと手を振る。
二人は十代の部屋に入ると、十代はカバンの中からあるフォルダをヨハンに渡す。
その意味がわかったのか、ヨハンは部屋のドアを閉じながら苦く微笑み、
「…そうか」
フォルダを受け取った。


人間は不思議に鋭い。
いつもの朝にいつもの日常。もしその風景が記憶や印象と違和感があれば、思わず不安する。
例えば、いつもと少し違う、この日の朝。
「ヨハンおとうさん、十代おとうさーん!おはぁー………、あれぇ…?」
「あぁ。おはよう、シャリー」
「おはよう。よく眠れたか?」
「おは…よう?」
目の前の景色を見つめながらシャリーは首を傾げる。
アレックスやピーターと違い、シャリーは二人より早く目覚める。そのせいか、仕事の疲れで寝過ごした彼らの親であるヨハンを起こすのは、彼女の日課である。
…のはずのだが、今日は違う。
ふとシャリーは二人を見上げる。
パジャマではなく私服。寝癖がない髪。疲れていない元気な挨拶。
十代が戻る時期に二人はよく晩くまで眠るはずなのに、目の前の二人はすでに着替え終わって彼女に挨拶する。
少し記憶と違う風景に、彼女は疑問を抱いた。
「ねぇヨハンおとう…」
「おっはよー!ヨハンと十代おとうさん!」
「ヨハンおとうさん、十代おとうさん。おはよう」
二人の挨拶に三人は同じ方向を見ると、予想通りアレックスとピーターが部屋の前に立っている。
二人もいつもとは違い早めに起きたようだ。
「おはよう。アレックス、ピーター。ふたりとも、今日は早いな?」
「おう、おはよ!呼び起こすところだから、ちょうどよかったぜ」
十代の言葉に三人の子供の頭に『?』を浮き出した。
「ヨハンと十代おとうさんは出かけるのか?」
「ああ。ちょっと用事が、な」
「せっかく休日だけど、ゴメンな?三人で留守番できる?」
三人と視線が合うよう腰を下ろし、ヨハンは彼らを見る。
留守番。
子供達はお互い目線を合わせながら小さな声で相談した後、三人とも素直に頷いた。ヨハンと十代はほっと胸を撫で下ろし、彼らの頭を撫でた。
「ありがとう。」
「大切な用事?十代おとうさん」
「あぁ!今回は宝玉獣やヒーロー達も一緒に行くけど、ハネクリボーは残るから、ケンカするなよ?」
『クリー』
「ケンカしないもん!」
「そうだ!シャリーやピーターとケンカしてもハネクリボーとはケンカしない!」
「どういうことよ、アレックス!」
「ぼくはアレックスとケンカしたことがないよ!いつもアレックスとシャリーばかりじゃない!」
「う…と、とりあえず!おれ達はケンカしないから、安心していいよ!十代おとうさん、ヨハンおとうさん!」
「おう!流石オレらの子だ!」
『よしよしー』と三人の頭を撫でて時計を見上げ、ヨハンと十代は時間だと玄関を開ける。
ヘルメットをつけてヨハンのバイクの後ろに乗り、十代は彼らに手を振る。
「ちゃんと戸締りをしろよ!行ってくるぜー!」
「「はーい!いってらっしゃーい、ヨハンと十代のおとうさぁ――!」」
遠くなり、遠くなり。
やがて屋敷が見えなくなり、赤の青年は青の青年の腰を回し彼の背中に寄せる。
チラと後ろの十代を覗き、ヨハンはエンジンを加速させ、
バイクの音は森と草原に広がった。

「―――…おとうさん達は、どこへいくのかしら」
窓からバイクの姿が消え、改めてシャリーはアレックスとピーターに振り返る。
だが、アレックスとピーターも同じ応えを返事した。
「おれもわからないよ?昨日もなにもきいてないだろ?」
「そうだけど…ピーターは?」
「ぼくも、ヨハンと十代おとうさんは今日、いえですごすかとおもった」

いつもの朝にいつもの日々。お昼近くまで起きないはずの両親は、何故か用事で朝からいない。
一緒に過ごす子供と留守を預かる子供。
小さな違い。ただいつものと少し違うだけなのに、子供達の心に不安は広がっていく。
「どんな用事でしょう…ヨハンおとうさんと十代おとうさん」
彼らはまだ気付いていない。
人々はこの感覚を、―――――

「…大丈夫かな」
『ん?』と後ろに振り返えず、バイクを運転するヨハンに十代は話を掛けた。
「ハネクリボーは家に残るけどさ、やっぱ子供三人を留守させるのはまずいぞ?」
「でも連れて行くわけにもいかないだろ?」
チラと十代を覗きながらヨハンは応えた。
「…いきなりすぎるし」
「………」
エンジンの音を耳に傾き、ふと何かを思い出したように十代はポケットから携帯を取り出す。
約束の時間まであと一時間くらいだ。
「間に合うかな?遅刻したらアイツらがうるさいし」
「ところで、十代」
「うん?」
「…『アレ』が生まれるまで、お前はあとどれくらいだと思う?」
ヨハンの返事で少し迷い、十代は携帯の時計を見ながら応える、
「予想ではあと半日くら…」
『ブルルルゥ―――』
…時だった。
いきなり手にいる携帯が鳴りだし、危うく落とすところだったが、なんとかバランスを取って携帯を取り出すと、改めて十代は電話に出た。
「はい。どうした?時間は間違ってないし、予定まで余裕があるじゃ、――――」
「?」
兆しもなく口を閉じた十代。森を抜き、一番近い町に着くとヨハンは止め、十代に振り返る。
…何故か、十代は少し愕いたように見えた。

「…………」
「…………」
「…………」
「…………。…、な に?これ」
目の前にいるフォルダを見つめ、アレックスやピーターにシャリーは目を開かれた。
きっかけはなんだったのだろう。
朝早く親は用事で出かけ、大人がいない屋敷に普段、残された子供達は大人がいない状況を恐れるか、もしくは遊ぶのだ。…が、彼らは少し違うらしい。
親がいないのならばと、彼らは屋敷を掃除しようと考えた。
親の教えでキッチンには触れることはできないが、他の場所は好きに使うといいと教えられている。精霊のハネクリボーもいることだし、最初は遊ぼうと考えていた三人だったが、遊ぶより彼らは屋敷をキレイにして、親を喜ばせたいと思った。
…けど。
掃除の間に、あることが起きた。
「こ、れ……なに?」
「わ…わからないよ!でも、…」
ゆっくりと子供たちは目の前の書類に書かれる文字を読み出す。
『養育権の譲渡(よういくけんのじょうと)』。
子供とはいえ、彼らは世界中を周るデュエリストの子だ。言葉の意味は分かる。
わからないのは、この書類が『ここにある』意味だ。
「よういくけんって、なんだよ…お、れたちのことか?」
「こ、これはむかしのモノじゃない?ほら、わたしたちがここにくる前の…」
「そうじゃないとおもうよ」
シャリーの考えを遮り、ピーターは書類の中に書かれている日付と親の名前を指す。
『ヨハン・アンデルセン』と書かれていた。
「十代おとうさんは事情があって書類になまえをださないけど、ヨハンおとうさんのがあっただろ?それに、この日付…つくられたのは、三日まえじゃない?」
ピーターの言葉にアレックスとシャリーは書類を見ると、確かに日付は三日前だ。最近は手紙など届いていないし、もしこの書類は届いたばかりなら、親のヨハンが仕事で持ち帰ったか、あるいは…十代の帰宅と共に家に来ることになる。
朝から二人がいないことに推測すると、後者の方が当たりに近いかもしれない。
「……おとう、さんは…」
ふと、不安はシャリーの心に湧いていく。
「わたしたちを、…すてる、の?」
「!おい、シャリー!」
「!シャリー!」
糸の切れた人形のようにフロアに崩れるシャリーを、アレックとピーターは慌てて支える。
物音が聞こえたのか、ハネクリボーは彼らがいる部屋に入った。
お腹に小さなモノを抱きながら。
『クリクリ?』
「…はね、くりぼー」
頬を撫でるハネクリボーにシャリーは震えながら精霊を触る。
「おしえて。ヨハンと十代のおとうさんは、わたしたちを、すてる、の?」
『ク、クリクリィ!』
「わたしたちは、いらない、の?」
震える手でゆっくりと、ゆっくりとハネクリボーの手を握り始める。
ただならぬ気配を感じ取りアレックスとピーターはふたりから離れる同時に小さな光がシャリーの指先に現れ、
「「!シャリー!だめ…」」
シャリーを通して光はハネクリボーの中に入り込んだ。


――――すべての子供や大人にも精霊を見る力がある。
時代により社会の変更や生き方、人々は精霊の存在を信じなくなるため、子供も大人と世界の影響で見えなくなり、この力を失う。特に、大人は子供より力を失いやすい。
精霊は信じなければ、子供や大人も見えない『生き物』だからだ。
でも、その中に少し違う異例がある。
この時代に、精霊が見える子供達はほぼ二に分かれる。
――――一・魂に力を持つモノ。
生まれる前に魂は『以前』…『前世』頃の時代に精霊と関わり、もしくは精霊と関わる血縁の関係で生まれる頃に付けられたモノ。
――――二・社会の影響で手に入れた力。
生まれた頃に力はないが、孤独や寂しさ…言葉ができる前から親や頼める人がいない子供に、『誰か受け入れてほしい』と思う気持ちは精霊の力を失わずに済み、精霊も子供の応えでかれらの前に現わし、寂しくならないように子供の心を守る。
十代やヨハンは前者で、アレックスにシャリーとピーターは後者である。
親を失い、大人の世界でいじめられた三人の子供は他の子供達より、少し多い力を持っている。彼らを養子にし、ヨハンと十代は少しずつ彼らに力を控えさせる方法や社会の生き方を教え、子供達の成長を見守ろうとした。
子供達が、この時代に生きるために。
…ただし。
この中に最も心配する子はシャリーである。
彼女のこころは不安定のため、力は小さな身体の中に収めず、感情と共に力は強くなって人々を傷付く。
例え相手は人間であろうと、精霊であろうと。

『――――クリィイイイイィ…ッ!』
残酷な響きが耳を刺し込んでいく。
突然子供の指先に現わす光りは精霊の体に入り込み、まるで傷けられた様にハネクリボーは悲鳴を上げ、小さなツバサは収め、
「!ハネクリボー!」
子供の腕の上に落ちた。
「ハネクリボー!ハネクリボーっ!」
「ハネクリボー!しっかりしろ!」
「ハネクリボー!」
何度も呼びかけても返事しないハネクリボー。苦しそうに腕で身体を抱きしめながら震え、よく見ると汗もたくさん出てきている。
子供達は焦っていた。
「ピーター!早くおとうさん達を連絡して!」
「!う、うん…」
「だめ!!!」
シャリーの叫びでアレックスとピーターはヒクと止まる。恐れながら二人を覗き、シャリーはハネクリボーを抱きしめる。
「だめ…おとうさんたちに会うの、やだ…」
「シャリー…」
「だっておとうさんたちは、わたしたちをすてようとしているのよ!」
信じない訳じゃない。ただ、怖いだけだ。
掃除の間に偶然で見つけた書類。養育権の譲渡書。朝から出かけた親。いつもと違う日。
すべてが起きる”今”が怖い。
こわいのだ。
「なにいってんだよ、シャリー!おとうさんたちがあんなことをするわけがないだろ?!」
「ぼくたちをあそこから助けてくれたのは、ヨハンと十代おとうさんだよ?」
「わかってる…わかってるけど、でも…!」
こころが分かっていても、落ち着くことができない。
二人の親が彼らに与える感情は偽物ではない。施設の人達と違い、二人は彼らを『バケモノ』、『迷惑』、『問題児』ではなく…ちゃんと『人間』として思ってくれた。
だからこそ信じることができない。
あの書類の、本当の意味を。
『ク…リィっ』
苦しんでいながら腕の中にいるハネクリボーは頭を左右に振ってシャリーを見上げる。できるだけ少しずつツバサを開き、ハネクリボーは彼女に目を合わせ、両腕にあるモノを上げ、
精霊と共に子供達はひかりの中に消え去った。


「――――…何故、『あなた』なのですか」
携帯先の声に思わず目をむく十代。すぐに我に返り、彼は相手に問う。
「今回の件に、『あなた』は関わらないはずです」
『――――――』
(十代が敬語?)
何年も一緒にいるが、十代は滅多に敬語を使わない。こころから尊厳する相手でなければ…例え相手がどこかの社長でも使わないだろうとヨハンは思う。(初代デュエルキング・武藤 遊戯には使う)
十代らしいといえば十代らしいのだが…その十代が今、敬語を使っている。
(相手はあの人じゃなかったのか?)
興味が湧いたのか、ヨハンは十代が話す間はバイクをどこかに停めようかと、彼に聞こうとした、その時…
何かに気付いたように二人はハッとある方向を振り返った。
「「―――――」」
『…?』
「――…すまない。あとでまた連絡す…します」
『!?まっ…』
相手の返事を待たず、『ピッ』と電話を切って、十代はヨハンの後ろに乗ると、家の電話番号を押す。
だが、応えはなかった。
「くそっ!」
(なんなんだ、今のは…!)
先程の一瞬を思い出す。
ほんの一瞬にすぎないけれど、確かに彼らは大きな力とその脈動を感じた。
あの脈動は知っている。あれは脈動というより…鼓動の方に近いのかもしれない。
間もなくこの世界に目覚める、新たな命の響きだ。
だが、問題はその力の源。二人は不安を抱く。
見知った気配――あれは引き取った子供の…―――二人の養子のひとり・シャリーのモノだ。
「しっかり掴まってろ、十代!」
エンジンを駆け、アクセルを入れてモーターを回転させる。バイクが飛び出す同時にカードを上げ、
「現れろ!コバルト・イーグル!」
大きなツバサが青空に舞った。

いつもの朝と違う日に起きこと。小さな違いにより違和感が生まれ、やがて不安となり精神に入り込んでゆく。
これから起こる変化を感じるとること、人々はそれを、――――


「……なにも急に切らなくても…」
携帯をカバンに戻して外を見渡す。予定ではあと一時間くらいあるのだが、突然の事情で早めに目的地に着いてしまい、電話先の相手に説明しようとした。…のだが、
その相手がいきなり、自分との電話を切った。
仕方ないと目的地に入り、カフェの店員にメニューを頼もうとした時だ。
ガラスの向こうに、三人のこどもが居た。
「…………?」
少し離れているため子供の顔は見えないし、たくさんの人々が街にいるけれど、何故かあの三人の子供たちは少し周りの人々とは違う感じがする。
普通に街で暮らしている子供ではない。きちんとした服装だから、家出した子供でもないだろう。
どこが周りと違うのかというと、彼らの表情だろうと観察しながら思う。
何かを失い、畏れながらも何かを求めている目だ。
「……、…?」
ふと子供達の腕に気づく。
二人の男の子と一人の女の子。男の子達は彼女を守るように大人たちを寄せ付けず、女の子も何かを守るように、大切そうに腕の中のモノを抱きしめる。
三人の子供達にとっては大事なものなのだろう――と、『彼女』は女の子の腕の中のモノに、ゆっくりと目を見開く。
『彼女』の瞳に、白き羽と茶色の毛が映る。
(三人のこどもに茶色の毛…あれはもしかして…)
店員に席を任せ、彼女は店に出て子供達に近づいていく。
大人の視線に気づいたか、ふたりの男の子・アレックスとピーターは手を上げて女の子・シャリーを守る。
『彼女』が近づくほどシャリーが恐れ、より震えながら腕を抱き締めたときに、ある名前が彼らの耳に響いた。
「ハネクリボー?」
『…?クリ……?』
名前に呼ばれ、ゆっくりとハネクリボーは顔を上げる。
『彼女』と目を合わせると分かったようにハネクリボーはシャリーの腕から離れ、『彼女』の側まで寄る。『彼女』も優しくハネクリボーを撫でる。
ハネクリボーは痛みを抑えているはずなのに、喜びながら『彼女』に触らせている。まるで、懐かしい知り合いと再会しているかのようだ。
「私を知っているハネクリボーなら…あなた達はもしかして、」
子供達と同じ高さまで腰を下ろし、『彼女』は優しく微笑む。
「ヨハン君と十代の子供達かしら?」
「……あ」
何かを思い出したようにピーターは『彼女』を見つめた。
「おぼえが、ある」
「「え?」」
「このひと、十代おとうさんのともたちだよ」
ピーターの応えにアレックスとシャリーが首を傾げる。なんの話だろう?
「どうして知ってるの?ピーター」
「おれはおぼえがないぞ?」
「ほら、十代おとうさんの部屋に色んな写真立てが置いてあっただろ?その中に…」
「「…、……あ…っ!」」
思い出した同時にハッとふたりの子供は『彼女』を見上げる。
写真との年齢は違うけど、少し金色の長髪にあの両瞳。そして、写真と同じ優しい笑顔。
間違い、ない。
「あすか、さん…?」
「――――えぇ」
三人の子供の頭を撫で、『彼女』…―――明日香は笑顔を咲いた。
「あなたたちのバカおとうさんの仲間だった人、明日香よ。」

感じること。
かわっていくこと。
いつもは起きないはずのことが起きる瞬間。
人々は当たり前の生活と日常を変えるかもしれないソレを、
人は『予感』と呼ぶ。




――――……
『――――………。………はいいぃ?』
思わずおかしな返事で応えてしまった。今、彼は聞き間違えをしたのだろうか?
…いやいや。電話の相手が間違っているはずがない。だがその発言はどう考えてもおかしすぎる。
今、『彼女』はなんと?
『えっと、わぃ…すいません。今、何とおっしゃいましたか?』
恐れながらもう一度聞いてみる。電話先の向こうに溜め息が聞こえると、彼女からの返事が帰ってきた。
「だから十代、あなたとヨハンの子供達が今、私のところにいるのよ」
…………。
は、…はいぃぃいいいいいー?!
『な、何故あす…あなたのところに?!ってちょっとまて!その前に、みんなは無事ですか?!』
『!待てよ、十代!みんなって、シャリーやアレックスとピーターも明日香とこにいるのか?!』
『こっちが知りたいって!どうしてわかったのです!写真は送っていないはずでは…』
「ハネクリボーがいるからよ?」
腕の中にいる精霊を撫で、明日香は話を続けた。
「あなたのハネクリボーのカードは一枚しかない。それに私を知っているハネクリボー、その精霊の周りにいる三人の子供……答えは簡単でしょう?」
『あ、そうです………、…か?』
ふと何かを気付き、ハッと電話先は叫んだ。
『ど、どうして明日香にハネクリボーを見えているのですか!』
「とりあえず、私はホテルに泊っているから、子供達を迎えに来てちょうだい。場所は…―――」
『ちょ、ちょっとまて!あす…』
返事も聞かずに電話を切り、『ほらね?』と携帯を見せながら明日香は子供達に小さく苦笑する。
子供達はほっとしたように肩を緩めた。
「親はすごく心配しているでしょう?」
ルームサービスに頼んだジュースと紅茶を子供達の前に置き、明日香はかれらの前のソファに腰を下ろす。
「あの書類はきっと何かの理由があるわ。それに、さっきあの二人の反応を見て、まだ『捨てられた』って、思ってる?」
「「思わない」」
素直に否定する子供達に、明日香は微笑んだ。


子供達はすべてのことを女性に話した。
初めて会う人に言うことじゃないし、言っても無駄だと分かっている。…わかっているけど、かれら子供には理解できないことば多すぎるのだ。
書類のこと。本当の両親のように優しいのに、自分達を手放すことになるかもしれないのに、何も言わない親のこと。
彼らはわからない。
自分達が要らないからあの書類を準備したと思った。けれども、電話越しの親の反応を聞いて、どう考えても腑に落ちないことが多い。
自分達が要らないはずないのに、どうしてあの書類を準備したのだろう?
親の気持ち、自分達の気持ちも同じなのに。
「…ところで、明日香おねえちゃん」
「明日香でいいわ」
「えっと、…ハネクリボーはだいじょうぶ?」
『大丈夫よ』と応え、眠りに入っているハネクリボーを撫でながら明日香は応えた。
「私は十代やヨハンみたいに精霊に詳しくないから、上手く説明できないけれど…この子は多分、何かを守っているのよ」
「まもる?」
「えぇ。あなた達の話によると、ハネクリボーは光りとなって、あなた達を家から町まで連れて行ったよね?」
「うん」
「そうね…もしかして、ハネクリボーはあなた達の願いを叶えようとしているのかもしれないわ」
「ねが…?」
「ねがいってなんの?」
手にいるジュースを元に戻し、子供達は明日香を見た。
「ハネクリボーは人間の言葉をしゃべることができないけど、この子は人間の言葉も、こころもわかるの。持ち主が苦しい時なら元気を出すように踊って笑わせたり、悲しい時なら身を寄せて落ち着かせたり、楽しい時なら一緒に笑い合ったり…きっと、ハネクリボーはあなた達の気持ちを感じて、悲しいところから連れ出したかったのでしょうね」
「……かなしい、ところ」
明日香の言葉にシャリーは先程のことを思い出す。
あの時…ハネクリボーが自分に触れ、光りを出す前、彼女は何を考えていたのだろう?
…何も考えていない。
頭が真っ白で、何も考えられなかった。
あの時の彼女は書類で混乱していた上、自分の力によりハネクリボーも傷付けてしまい、どうすればいいのかわからなくなっていた。
ハネクリボーを助けたい。でも、自分を捨てようとする親に会う勇気もない。多くの事件で真っ白になった彼女の頭は一つしかなかった。
『ここにいたくない』。
ここから逃げたい。どこかに行きたい。
ヨハンと十代、アレックスとピーター、精霊達と一緒に暮らしてきた家から、離れたい。
そう考えたのだ。
「明日香さん」
「うん?」
ピーターの呼びに明日香は彼を見る。
「ひとつだけ、きいてもいい?」
「なんでしょう」
「明日香さんはどうして、おとうさんたちがあの書類をじゅんびしたと思う?」
「………。…昔、ある子が居たわ」
「「?」」
「あの子は少し他の子供達と違うところがあるけど、みんなはそれを気にせず…あの子と友達になった。で
もある日ね…他の子供達を傷つけてしまったの。あの子の『力』で」
「…え?」
「きずつけた…?」
「えぇ。あの子の友達はあの子を責めなかったけど、あの子は悲しくて辛かったわ。『何故こんなことが起きたのか』、『オレのせいだ』って」
((………あれ?))
ふと三人は何かを思い出す。少し違うけど、どこかで聞いた話に似ている。
どこのだろう?
「それであの子は…何をすると思う?アレックス」
「え?えっと…」
「もしあの子があなた自身なら、これからどうする?」
いきなり指名され、少し考え込みながらアレックスは応えてみた。
「おれは、………もし、おれが居るから…ヨハンと十代おとうさんに迷惑を掛けることになるなら、おれは家を出るよ」
「ピーターは?」
「え?……ぼくも、かな?」
「ではシャリー。あなたは?」
「…………。あの…」
何故か急に沈黙するシャリー。何かを考えたか、彼女は迷いながら、ある質問を申した。
「ほんとうはこの質問、あのこのともだちはわたしたちで…あのこは、…ヨハンと十代おとうさんなの?」
「「!」」
思わずシャリーに振り返るアレックスとピーター。そして女性は、口元を上げた。
「すごいわ」
「だってわたしのちからが、おとうさんたちをきずつけるはずがないもん」
確かに精霊が見える子の中でも、シャリーはより強い力を持っている。だが、彼女の力が暴走しても、ヨハンと十代は傷ついたことはない。
あの二人の力は、彼女と比べ物にならないくらい強いからだ。
「おとうさんは、わたしたちをきずつけることが、こわいの?」
「っでも、シャリー!おれたちはおとうさんたちにきずつけられたことがないぞ?!」
「『今』は、ない」
ピーターの発言でアレックスは彼を見て、ピーターも明日香を見た。
「でも、これからおきるかもしれないってことか?」
『えぇ』と、明日香は頷いた。
「多分、気付いたと思うけど、あのふたりは少し周りの『人間』と違うでしょう?」
「「うん」」
「だから、あの二人にはたくさんの敵いるの。そのせいで彼らはいつも派手な行動はしないのだけれど…あなた達を養子にするという話しを聞いた時、正直驚いたわ」
「どうして?」
「あの二人、人を傷付けることを恐れているから」
お互いを傷つけることさえ怖いのに、施設から子供を養子にするなど、頭がおかしくなったのではないかと彼女は本気で思った。
でも、あの人の伝言を聞いて、納得してしまった。
『子供に自分達と同じ思いをしてほしくない』。
少しでも何かをしてやりたい。自分ができる程度でも頑張って助けたい。
彼の想いに、彼女は頷くことしかできなかった。
「シャリー」
「?」
「アレックス」
「ん?」
「ピーター」
「はい」
一人ずつ名前を呼び、改めて明日香は三人の子供を見つめた。
あのふたりの子供を。
「いつか、あなたたちもたくさんのモノと出会うことになるわ。学校に行って、人々と知り合い、ライバルを作って、大人になって…ずっと子供のままではいられない。子供はいつか、親から離れるものよ?」
「…でも、そんなきゅうに…」
「『一緒に居られなくても、ずっと家族だ』」
まるであの人が言い出すような口調と台詞。
怒って、笑って、悲しんで、離れて、どこへ行こうと、必ず戻れる場所がある。
『そこが家…家族の場所だ』
『覚えろよ?いつか忘れても、オレ達はずっと家族だ』

少しずつ、すこしずつ。
ゆっくりと、穏やかに輝きは子供たちの瞳に宿り始め、
三人は静かな笑顔を浮かべた。


「……すいません」
「なにが?」
精霊の力まで使い、光速に近いスピードでようやくホテルまでたどり着いたヨハンと十代だが、明日香や子供たちは彼らの顔を見て思わず笑い出した。
いつものクールさやラブラブな感じはなく、髪と服もボロボロで、よく見ると顔にも汚れがついている。それでも気にせず、まっすぐに部屋のドアを開けて子供たちの名前を呼ぶヨハンと十代に、子供たちは笑いながら少し前の考えを捨てた。
彼らが要らないから捨てられるわけではない。
むしろ彼らを愛している。
これだけで、彼らには充分であった。
「えっと…子供たちの面倒を見てくれて、ありがとうございます」
先に子供たちの身体などに怪我はないと確認して、ヨハンは明日香から受け取った眠るハネクリボーを十代に渡す。
少し様子を見て、十代はシャリーに預けた。
『おとうさん、ハネクリボーはだいじょうぶなの?わたしのせいで…』
『変なことを考えるなって。ハネクリボーは大丈夫だ。もうすぐ目覚めるから、ちょっと皆と一緒にいてくれないか?』
『『うん!』』
『変な声を出して起しちゃだめだぞ?』
『『し、しないもん(よ)!』』
『よしよしー』と三人の頭を撫で、ホテルの寝室に案内して休ませる。子供達は落ち着いたと肩を緩め、十代とヨハンは明日香がいる部屋に戻った。
話を、本題に戻すからだ。
「…お聞きしたいことは山ほどありますが、先に…予定の変更の理由を聞かせていただけませんか?」
「十代。あなたが敬語を使うと、部屋も寒くなる気がするわ」
「確かにこいつに似合わんなー」
「うっ…今はオレの話じゃないです」
「そうね…では、少し話しましょうか?」
「そうしてください」
「私達の時代に、精霊が見える子供は少ない。それに、精霊が見えてもその力が使えるわけじゃないし、両方も持つ子供はより少なくなっている。そうでしょう?」
「ああ。昔はともかく、今の時代では精霊が見えるだけで珍しく感じる。精霊の力を実体化できる子供なんて、もう出てこないかもな」
「出てこないほうがいいとおも…いますが」
贈り物だったはずの、精霊が見える力。
昔ならまだしも、今の時代にこの力は良いモノとはされず、力を持つ子供もシャリーたちのように苛められて捨てられる。
もしこの中に、精霊を実体化させる力を持つ子供がいたら?
苛められた子供たちにこの力があれば、彼らは何に使う?
…簡単に想像できること。
この力を利用し、自分たちを苛めた人々を傷付けることだ。
「でも、最近は少なくなっただろう?両方を持つ子供」
「私もそう思ったけど…ヨハン君」
「ん?」
「精霊が見えないのに、精霊を実体化する力を手に入れることは可能なのかしら?」
「――――――…不可能じゃないぜ」
チラと明日香の後ろの寝室のドアを覗き、ヨハンは続けた。
「確かに、精霊が見えないとその力を使えるはずがないっていう考えはあるが、それは絶対じゃないぜ。精霊と人間も生き物だ。彼らは時代と共に其々の方向に進化をつづけている。たとえば…そうだな。寂しさから精霊が見える力と精霊を実体化する力が子供の身体に生み出されたけど、時代の変化により精霊の存在が信じなければ、この力も自然に消えてしまう。でも、子供の孤独は消えたわけじゃないから…」
「精霊を実体化する力だけが、子供の体に残るわね」
「この場合なら複雑だぜ。精霊が見える子供達なら、『人間』が彼らを受け入れなくても『精霊』は受け入れてくれる。良い話じゃないけど、少なくとも話せる『相手』がいるんだ。」
「ですが、精霊を実体化させる力のみ持つ子供は違います」
「彼らには話せる『相手』がいないし、人間も子供達を受け入れてくれないから、力が強くなる割に心はもっと孤独になる。こういう子供が…」
「こういう子供が誰かに利用されたら、混乱は呼び起こされてしまう。…と、」
カバンからある書類を取り出し、明日香はヨハンと十代に渡す。
「これが、今回の予定を変更した理由なの」
…が、この内容に彼らは目を細めた。

書類に、子供の変化と異変を書かれていた。
時代によりかわっていく子供の成長期。
両親が忙しく留守になる子供。
家に居ても無視される子供。
友達がいない子供。
引き篭る子供。
…など。
現在の時代に以上の子供はよく見かけるのだが…何故か今、このような子供が精霊を実体化する力を持つ確率がとても高い。
ただし、彼らは以前の子供達と少し違う。
彼らは精霊が見えない。
子供達自身は精霊の存在を信じないため、精霊そのモノが見えないことが原因と見られている。
誰も信じなくなった子供達はデュエリストとなり、この力で闇の会社に協力している。
闇の人々は彼らを、『サイコデュエリスト』と呼んでいた。

「サイコデュエリスト…。精霊が見えないのに精霊の力が使えるヤツか」
「少し前の話だけど、準が十代達の電話を切ったあの日、誰かがあの施設に行って子供達の情報を調べて行ったわ。」
「「!」」
「子供達を引き取った親の情報も聞こうとしたの。」
ここまで聞いて嫌な予感が身体に入り込む。
まさか。
「サイコデュエリストを作ろうとしてるってことか」
「ええ。彼らはずっとあなた達が子供を手離すときを待っていたらしいわ。三人を引き取る新しい親もいつの間に変更されてるの。…もしあなた達があの日、子供達を引き取らなかったら…子供達は施設に売られていたかもしれない」
「――――オレ達も、監視されていたんですね」
「マジで『人間』には吐き気がするぜ」
(なるほど)
(きっかけは、俺達だったのか)
なんとなく、話が見えてきた。
あの日、彼らは施設に子供達を虐める女達が許せないから、虐められた『精霊が見える子供達』を引き取った。あの施設は事件のせいで子供を売る機会を失ったし、噂によるとあの女達もくびにされたらしい。
これが一番の原因だ。
ヨハンが子供達を引き取る時、自分の資料を出したため、女達はそれを使って『向こう』の人々と取引し、ヨハンや十代に復讐しようとしていた。
『私達を不幸にしたアンタ達にも不幸にしてやる。』
『すべてを奪ったアンタ達は地獄まで連れていく!』
『全部はアンタ達が悪いのよ』
『バケモノ』を味方にするアンタ達が悪いのだ!


相手は彼らを気に入らないことは知っているけど、まさかこんなことになるとは思わなかった。
「貴様らが目立ちすぎるからだ。バカもほどほどにしろ」
不満そうな口調が耳に届き、ヨハンと十代はドアを振り返ると真っ黒なごき…ではなく。
真っ黒な服装に包まれる男性が二人の瞳に映ると、面白そうなモノを見かけように『ぷっ』と笑い出した。
「ブラックサンダーになってるぅんだっあはははー!」
「いやっじゅうだい…そういう時はゴキブリを言うほうが…くくくぅ…おなかいてぇー」
「貴様ら!久しぶりに会ったライバルへの台詞かー!!」
「……おとうさんたち、どうしたんだろ?」
「ふたりもわらってるのはめずらしい」
「ねー」
…思わず親の笑い声に首を傾げる、寝室にいる子供達であった。

「いいかげんにしろ貴様ら!いつまで笑う気だ!」
「いや…だってさ……」
「前よりブラックになっているぜ…万丈目っ」
何とか笑い声を収めて改めて二人は男性・万丈目を見上げる。
顔つきは以前より穏やかになり、昔にはない冷静さが瞳に映っている。グループの新たな社長となっているけど、昔から変わっていないのは口調と性格のようだ。
「じゃあ本題に戻ろう。今は子供達を引き取ってくれる家庭がないし、俺達のところも見られているから戻るわけにもいかない。万丈目はどうしよう思うんだ?」
「何故俺に聞く」
「万丈目のことだし、何もせずに俺達を呼ぶわけがないだろ?なぁ?十代」
「…そうだな」
一瞬。一瞬だけ。
チラリと金色の髪の主を見つめ、再び青に戻る琥珀の瞳。
一瞬だけ、赤の青年は不思議な目をしていた。
悲しそうな、嬉しそうな…両眸で。
「オレとヨハンは、しばらく『出てこない』方がいいってことですね」
『き、気持ち悪い敬語だ…』
あの男なら本題を話す前に、きっとこういう反応をするかと思ったヨハンなのだが…
あいにく相手はまったく反応がないどころか、…無表情である。
ヨハンの方が気持ち悪く感じたのであった。
「わかるなら話が早い。しばらく子供達は万丈目グループに預けることにしろ、俺が面倒を見る」
「……万丈目が探してくれるのか?あの子達を引き取ってくれる親を」
「状況が許さないなら、俺が引き取る」
思わずテーブルにダイレクトアタックするところだった。
なんとか痛みを避け、恐れながらヨハンは万丈目を見る。
十代は動かずにいたけれど。
「万丈目…子供がいるだろ?」
「子供がいるから養子を取っちゃいけないという法律があるか?」
「それは、ないと、思う」
「それに、兄弟は多い方が楽しい」
隣の明日香を見て、彼女も応えるように微笑む。
「そうね。独りになるより、いいかもね」
笑顔が十代の眸に映った。
「…わかりました。子供は万丈目グループに頼みます」
「あぁ!任せろ…」
「でも、別の頼みもあります」
万丈目の言葉を止め、十代はゆっくりと口を開く。
「シャリーにはまだしてあげたいことがあります。アレックスとピーターは平気だけど、シャリーは…」
「……いつ」
「…明日の朝まではなんとかします」
「…わかった」
ソファから立ち上げて部屋を出る万丈目に、ヨハンもわかったように先に出口に向かい、部屋は明日香と十代のみとなった。
「……。子供、」
「うん?」
「子供が、できなくなったのですか」
「…えぇ」
さっきの万丈目と明日香の対話で、『独り』という言葉に何故か十代は気になった。
普通の家庭ならともかく、万丈目グループの社長の奥さんなら、子供が二人や三人が居ても、経済的に問題はないはずだ。万丈目の兄弟もそうだったし、万丈目が一人の子供だけ満足できる人にも見えない。
もし万丈目や経済的な問題でなければ、考えられる理由は一つ。
奥さん(明日香)だ。
「いつからそれに気付いたんですか?」
「準の子供が生まれた頃、かしら」
「…先生は?」
「理由が不明って。でも丁度あの時から…精霊が見えるようになったわ」
「……万丈目はアカデミア頃から見えるようになったから、身体に少し変化が起きて…奥さんのあなたにも見えるようになったのかもしれません」
「ひとりしか生むことができない」
真っ直ぐに十代を見つめ、明日香は苦く笑う。
「あなたと関わった女性に掛ける呪いかしら」
「変な意味にしないでください。オレとあなたは何もありません。今も、これからも」
「いいえ、そういう意味ではないの」
「?」
「…十代、」

――――何を恐れているの?


静かに寝室のドアを開くと、眠る子供達の寝顔が琥珀の眸に映る。布団が子供達に蹴り落とされたのに苦笑い、布団に手を伸ばすと小さな手が青年の腕を軽く引っ張る。
シャリーだ。
「わりぃ。起しちゃったか」
「ううん、大丈夫」
寒くないように布団をピーターとアレックスの肩まで上げ、別のベッドの十代はシャリーの頭を撫で、共に腰を下ろした。
「ハネクリボーは?」
「あ、はい。ここにいるよ、十代おとうさん」
大事そうに、傷つかないようにゆっくりと手を開いていく。柔らかな毛ではなく、二人の眸に小さな白き光が映りはじめる。
ハネクリボーの状態に十代は穏やかに微笑んだ。
「シャリーはしっかり守ってくれたんだな」
「でも、ハネクリボーのようすが少し、おかしいよ。おとうさん」
「なんで?」
「だって、……」
少し迷うが、考えを固めたようにシャリーは青年を見た。
「まるで、ハネクリボーはもうすぐ、消えちゃうってかんじ…」
「大丈夫だ。シャリーは考え過ぎだって」
心配するな、と子供の頭を撫でる。安心させるようと小さく笑み、十代も光に手を伸ばした。
「さぁ、シャリー。生まれるよ」
「え?」
「最後かもしれない、自然の精霊の命だ」
静かに、ゆっくりと動き出す。
はじめは大きく跳ね、続きに緩やかに光から小さな音が聞こえる。耳を近づけようとするとひかりは花のように散り、虹色の光の砂が手の上に舞う。
十代は砂をシャリーの手のひらに渡す。シャリーは少し緊張して光の砂を撫でる。指先が砂に触る瞬間に砂は七つ色の羽根となり、
中に眠る小さな精霊が子供の手に現われた。
「これ、は……」
精霊の姿にシャリーは首を傾げる。見た目はハネクリボーに似ているけど、しっぽには可愛らしいリボンがついている。女の子だろうと思った時、精霊のまつげが震え、ゆっくりと目を開く。
大きな碧緑の眸がシャリーを見つめていた。
『クリー』
「わっ」
精霊は目覚めると嬉しそうに飛び上がり、シャリーの肩に体を寄せる。
くすぐったいと精霊を撫でると、十代は子供から手を離した。
「この子はクリボンっていうんだ、シャリー」
「クリボン?」
「あぁ。ハネクリボーの子供…かな?」
「ハネクリボーの…、…あれ?」
ふとシャリーは周りを見渡す。何かがいないと気付き、彼女は十代に振り返ると、青年も頷いた。
「おとうさん、まさか…」
「いいや、ハネクリボーは生きているよ。ほら」
ハネクリボーのカードを取り出し、シャリーに見せる。恐れながらカードの表を触ってみると、僅かだけど確かに感じる。
ハネクリボーの気配は、この中にあった。
「今、この世界に精霊が少なくなっていることは、シャリーも知っているだろ?」
「う、うん」
「時代の変化もあるから、精霊は自然の環境で誕生できなくなっている。昔、オレがいた学園…デュエルアカデミアにはまだそういう場所があったけど、今はどうだろう」
卒業する前、彼は偶然でデュエルアカデミアがあの島に建てた理由を知った。
あの島は以前から精霊と関わりがあり、多くの精霊や次元もそこと繋がっていた。そのため、精霊は自然の環境で誕生することができた。
あそこは精霊を収める自然の力が強い。海馬コーボネーションはこれに気付き、三幻魔のカードをあそこに封印したと考えられる。
…何故か懐かしい。
あの学園から卒業して、何年を経っているのだろう?
「シャリーの力はアレックスやピーターより強いから、大人になっても収められないかもしれない。だから、おまえに御守りをあげようと思う」
「おまもりって…もしかして、」
肩のクリボンを手に来てと伝え、シャリーはクリボンを抱きしめる。
「…わたしのために、力をクリボンに…ハネクリボーが、」
「シャリー」
悲しそうに歪む彼女を抱きしめ、十代はシャリーの背中を撫でる。
優しい声は耳元に伝わった。
「これからは、クリボンがおまえを見守る。おまえの力が二度と人々を傷付けないように、この子はずっとシャリーを守るよ。」
「まもる…」
「たとえシャリーが大人になって、子供が生まれてもクリボンはおまえ達を守る。…もし子供が心配なら、子供の名前にドラゴンの意味を入ればクリボンが居ない間でも精霊はその子供達を守る。不思議だけど、嘘じゃないぜ」
穏やかな香りがする。香りに温度がないのに、何故かあたたかく感じる。
「…十代おとうさんと、ヨハンおとうさんはもうあえないの?」
「まさか」
シャリーが会いたければいつでも会えるさ!と笑顔を浮かべながら青年は子供の頭を撫でる。ふと青年の後ろを覗くと、いつの間にかヨハンも寝室に入っていたらしい。
彼もシャリーに微笑んだ。
「さぁ。もう遅いから、そろそろ寝ろ。」
シャリーにベッドに入ろうと勧め、仕方ないと彼女は頷いてクリボンと共にベッドに入る。
不思議な香りが気持ちよく、夢に誘われてしまいそうだ。
「ねぇ。ヨハンおとうさん、十代おとうさん」
「うん?」
布団を彼女の肩まで上げ、シャリーは十代とヨハンに微笑んだ。
「まいにちもあえるわけじゃないけど、たまにあそびにきてもいい?」
「ああ」
「ピーターとアレックスといっしょに、来てもいい?」
「もちろんだ」
「また、おとうさんと、よんでも、いい?」
「……ああ」
「えへへ……おとうさん」
頭を撫でられる手は優しくて、あたたかい。
楽しそうに、うれしそうに子供はゆっくりと目を閉じ、最後の言葉を伝え…
(わすれない。ぜったいに、わすれないから)
「―――――……す 、……」
夢は訪れた。
「……………、…」
静かに子供の頭を撫で、小さな光を額に灯す。震えながら手を伸ばすと、もう一つの手に掴まれ、
青は赤の青年を自分に寄せる。
「……おやすみ。シャリー、アレックス、ピーター。」
気付かれないように。
見せられないように。
聞かせないようにヨハンの肩に預け、十代はヨハンの腕に手をあげ、指先を触れて強く握り合う。
片手で彼の肩を回し、青は震えながら額の光を取り、辛そうに目を閉じ…
赤を抱きしめた。

さようなら
俺達の、大切な子供達。


何に恐れているの?


兆しもなく。理由もなく。
心が読まれた訳でもなく、隠すことが言われたはずでもないのに、何故かこころが、魂が酷く動揺する。

「昔のことを思い出した訳じゃないけど、この呪いがある理由は一つだけ。……―――『正しき闇』が『正しき力に戻った光』と再会できるまで、直接『正しき闇』と関わる女性は一人しか子を成せず、男しか生まれない。」
何故動揺する?彼には動揺する理由がないのに。
…なにもないはずなのに!
「あなたは『彼』と再会した。呪いは解けたはずなのに、あなたと関わる女性は未だに呪いから解放されない。これは、まだ終わっていないことを意味すると思うわ。……十代、」

『貴方達』の戦いは未だに、続いているの?


……明日香の言葉を考えるべきだった。
呪いは解けていない。いくつもの時代、いくつもの次元と場所を越えてきた『正しき闇』と『破滅の光』。
その長い戦闘はすでに遠い昔の時代に終わったはずなのに。…呪いは彼が、ヨハンと再会したあの日から消え去ったはずなのに。
予想に反して、呪いはまだ続いている。
自分の子供じゃなくても、彼と関わった女性に同じことが起きていた。

彼はもっと注意するべきだった。
考えて、注意して、…行動を起こすべきだ。
もうちょっと早く、もう少し気付けたら、

――――彼はあの人から離れずに済むかもしれないのに。


……降ってゆく。
無声で落ちてゆく小さな白い破片。
破片なのに優しくて、柔らかくて、触ると破れそうで、静かで、
地上に降ってゆく。

気付くと視線はずっと、ずっと
…雪を見ていた。
「風邪を引くぞ」
「いてっ」
薄い上着で外の草原に出た十代を軽く打ちながらも、寒くならないようにコートを彼の肩に掛け、ヨハンは彼を自分に寄せながら抱きしめる。
思ったより身体があたたかく、ほっとしたようにヨハンは溜め息を付けた。
「なんだよ、溜め息をついてさ」
「外へ出る時はちゃんと服を着ろよ。心配させないでくれ」
「わりぃ。ちょっと考え事をしてただけだ」
じっと夜空を見上げる十代にヨハンも同じ方向に顎を向ける。
なにもない黒き空。
星もなく、月もなく、ひかりもない。空にあるのは、ゆっくりと地上に落ちてゆく白い涙だけ。
でも、どうしてだろう。
ゆきを見ると、不思議とこころは落ち着いていく。
…世界は白になっていく。
白い雪と破片はゆっくりと降り、やがて景色は白に塗り替えられ、すべては眠り始まる。
花や草や木や動物も、静かな眠りに入る。
…本当に、
すごく、静かだ。
「何を考えているんだ?」
「うーん………。…なぁ、ヨハン」
「ん?」
自分の腰を回す腕に手を伸ばし、十代はヨハンに微笑んだ。
「ここでしばらく、何かをしようか」
「たとえば?」
「ゆきはまだ降っているから外は寒いし、静かに家で過ごそうか?一緒にメシを作ったり、お茶を飲んだり、デュエルしたり、宝玉獣やハネクリボーとヒーロー達と家族会議したり、ゲームで遊んだりしてさ」
使わなくなったコップ。
「ゆきが止まったら、ちょっと雪だるまを作って、遊んで…春になったら外の風景を見て、遊んで、のんびり過ごそうかなって」
着なくなった服。
「あと、やっぱ掃除かな?上手じゃないけど、頑張るよ?」
使わなくなったデザートの食材。
「十代」
読まなくなった本。
…誰も、いなくなった 部屋。
もう、いない。
「ん?」
「――――っ…」

…雪は降ってゆく。
静かに、柔らかに流れる緩やかな景色と時間。
青髪の青年は紅き青年の腰を回し、抱きしめる。
「…俺にまで、こんな顔をするか?」
「………」
「俺は決して、お前の涙をみんなに見させないのに?」
強い、でも優しいヨハンの抱擁は温かだった。
「俺は、消えてなんかしない。ずっと、ここにいる」
「…………」
「ここにいるんだ」
(…あぁ)
知っている。分かっている。
だから、怖いのだ。
「だから我慢する必要が無いぜ。…十代」
(ヨハン)
静かに落ちる一雫の水。
青の肩に寄せ、懼れながら腕をあげ、
(オレは、おまえまで失うのがこわい)
(この世界が光や雪に白く覆まれるより、こわいんだ)
二つの手が背中に回り、温かな涙が頬を濡らしつづけた。

―――――おとうさん!またいっしょにあそびにくるよ!
―――――アレックスやピーター、シャリーもいっしょにくるから、かならずまたあえるね!
―――――ヨハンおとうさんと十代おとうさんはいつでも、わたしたちのおとうさんだよ
―――――だから、わすれないから
―――――わたしたち、おとうさんたちがだいすきよ



「―――なにやってんだよ」
少し遠いところからの呼び声に振り返る。
鉄ゴミの山から見下ろすと、雪に包まれる廃墟の上に小さな金髪の子供が不満そうにこちらを見つめていた。
「こんなさむいてんきにきさまはなにやってるんだ!さむくないのか?!」
「おう!ジャックか」
「おうっじゃないだろ?!」
子供は天気のせいで寒くて仕方ないのに、身体を震わせながら怒るジャックに青年は思わずクスと笑い、ゆっくりと山から降りた。
「風邪を引くぞ?ジャック。それよりどうしたんだ?」
「だれのせいだと思ってんだ!…マーサが、その…いっしょにごはんをたべないかって」
「…ふーん」
「お、おれがいいだしたことじゃねぇぞ!マーサがそういっただけだ!」
「いや、オレはまだなにも言ってねぇし」
つーか自分からバラしてどうすんだ…と肩に落ちたゆきを払い、十代はジャックの背中を押す。
「さぁ。マーサのところへ戻ろうぜ」
「きょうこそデュエルをおしえろよ」
「気が向いたらな」

『―――…ここに、居て…』
ふと足を止め、十代は空を見上げる。
いつか降り終わる、真っ白なゆき。それでも、こころの中に終わらない天空の涙(ゆき)。
「…春になっても、夏になっても…」
「ん?なんかいったか?十代」
「……いいや、なんでもない」

――――…ここに、居てくれ。
春になっても、夏になっても、秋や冬になっても、
俺が伸ばせば掴めるところに、居てくれ

ふと蒼の子供から視線を離し、青年は窓に近づく。
降り始める白いゆき。すべての始まりでもあり、すべての終わりを示す風景。
手のひらにある銀色の指輪を見つめ、彼は静かに呟いた。
失われた伴侶の名前を。
独りで、消えてゆく世界の中に泣かないでくれ

十代


三人の子供はそれぞれの場所で未来へ向かえた。
ふたりは新たな家庭に引き取られた。無事に大人となった彼らは別々の町に施設を作り上げ、両親がいない子供達の世話をした。
ひとりはある会社の社長に引き取られた。以前の養親に贈られた御守りにより力は暴走せず、生涯を終えるまで何も起きなかった。だが、ある日に起きた記憶の混乱で彼女を始め、三人は忘れさせられた記憶を取り戻した。彼女の力は御守りと共に血縁に継がれていったと記録されている。

精霊が見え、精霊の力が使える同時に心から精霊を大切にする者。
最後のシグナーが生まれる前の、血縁と『精霊の力』の始まり。そして、青と赤の再会の繋ぎであった。