赤と金 1




初めてアイツに会ったのは、雪がサテライトに降った日だった。
マーサの言うことを聞かず、子供は施設から逃げ、いつもの廃墟に向かい、そこで子供はアイツと出会った。

悲劇により亡くなった人々の墓標。雪により白く覆い尽くされる残骸。何の、命を感じさせない廃墟に、瓦礫の山に…
一つの赤がそこにいた。
赤の服装と紅茶の髪を持つひとりの青年。何も言わず、言葉を発さず、ただその山の上に座り、空を見上げる。
穏やかに、静かに降ってくる白雪を。
やがて雪は頭と髪に沿って頬に落ち、あたたかさによって雪は水となり、頬を伝う。
小さく微笑み、赤はゆっくりと目を閉じた。
―――――まるで泣いているかのように。

あの日、子供は出会った。
名前すら知らない、赤の青年と。


「いてぇ!」
「何度言えば分かるんだい、ジャック!」
打たれた頭を撫でながら子供は目の前の女性を睨む。不服のためか、金髪の子供・ジャックは目を逸らしながら呟いた。
「…おれはわるくない」
「ジャック!」
「どうせおれを普通のこどもだと思っていないんだろ!ならかまうな!あそこに行って何がわるいんだ!あそこにおれの、おれの…っ!」
最後の言葉に歯を食い縛り、後ろの叫びにジャックは聞こえないふりをして振り返る。
「!ジャック!」
ジャックは部屋から逃げ出した。
「ジャック…」
「マーサ……どうしたの?」
「あっ、ごめんね。起こしちゃって」
別の部屋から現れる子供達に女性・マーサは彼らの頭を撫でる。
「アタシだって、分かってるんだよ」
閉じられたドアを見つめ、マーサは少し辛そうに目を細めた。
「でも、受け入れないと前に進めない。やっぱり、ジャックにとって時間は必要なのね…」
両親はもう戻らないという、『事実』から。

(……おれだって、わかっているんだ)
部屋に戻り、ベッドに臥せるとジャックは天井を見る。
(でも、かんたんに受け入れない)
自分が子供であっても、ジャックは知っている。分かっているんだ。
両親はもう戻らない。あの悲劇で、あの場所で、死に、もうどこにもいない。
なのに彼は生き残った。
「このアザが無ければ…」
袖口を下げると、腕にある、紅く羽ばたく翼のアザが姿を見せる。
彼は腕ごとアザを掴んだ。
「なんなんだよ、これ…」
(なぜ、おれはこんなアザを持っているんだ)
あの日。
ゼロ・リバースっという悲劇が起きた日、彼はすべてを失った。
普通の生活、あたたかな食事、少し厳しいけどやさしい両親…あの悲劇のせいで彼はすべてを失い、彼自身もあの悲劇で死ぬはずだった。
だがあの瞬間…腕のアザが痛くなると小さなひかりが現れ、気づいたら彼は崩れた家の前にいた。
どうやって助かったか知らないし、何が起きたかも覚えていない。それでも確実に彼が分かったことは、両親が、目の前の崩れた家の下にいるということだった。
(おれは、なんでいきているんだ…)
忘れたくても忘れられない。自分は子供で(認めたくないが)昨日は何をやったかどうかも覚えていないくせに、この部分の記憶だけが強く残る。
まるで忘れることを許さないとでも言わんばかりに。
助けられたとしても、彼…ジャックは、
このアザを憎むしかできないのだ。
「……ん?」
ふと窓の方向を見るとジャックは目を瞬く。少し暗色の空と小さな白い球。…雪だ。
「…………。」
少し考え込むと子供は立ち上がり、コートを着ると窓を開き、彼は外へ跳んだ。


…いない。
瓦礫の道を通り、雪が降るといつも残骸の山にジャックは来ていた。だが、いつもいる赤の姿を見当たらず、周りを見渡す。
やはり、あの赤の姿は近くにいないようだ。
(いつもゆきが降る日は必ずいるのに、夜はいないのか…)
―――――ゆきの、日?
ふと、思い出す。
あの赤の姿に会ったのは、一年前…彼が元の家を見に行く途中に崩れた石に撃たれ、意識がなくなったあの後だった。
確か自分は倒れたはずだ。崩れそうな建物を見ながらゆっくりと意識を失い、あのとき彼はそのまま死ぬのだと思った。
だが目が覚めたらマーサ達が居て、施設の自分の部屋に居た。
あの状況で彼が助かるなど、どう考えても無理な話だ。
ならば昔と同じことが起きたのか。
この腕のアザの力により、彼は『また』助けられ…
「…―――――――――っ!!!」
まさかと思い、ジャックは腕を掴む。
(あの赤の姿は、このアザが見せたもの…)
これなら彼の心の疑問も通じる。再び助けられ、アザは自分が両親への気持ちに同情したんだろう、彼に幻のようなものを見せかけた。
彼の気づかせるために。
心を両親から離すために。
あの家も人々は、もう戻らないという『事実』を受け入れるために。
衝動的にジャックは爪を腕に立てる。
今まであの赤の姿を見て落ち着いたのに、今は思い出すだけでも憎しみが湧き起る。
このアザも、力も。
何もかも憎い!
「出ていけ…でていけよ!こんなモノ!」
より強く爪を立て、赤い雫が落ち、子供は叫ぶ
「こんな『力』!おれはほしくな、」
…瞬間に、地震は起きた。
「っ?!じしん!?」
サテライトは時々地震が起きる。
ゼロ・リバースの影響のせいか、特に被害が一番大きい場所の近くは酷い。ジャックの元の家もその近くだったため、彼と両親は逃げることもできなかった。
そして、一年前も。

大地の揺れに瓦礫は崩れてゆく。
はじめは石、続いて電柱、ガラス、建物…何もかも崩れ、地面に落ちる。嫌な恐怖を抱き、ジャックは後ずさり、走り出そうとした。そのときだった。
「…――――っ?!」
瞬間、地面は裂け、連鎖的に亀裂は広がり大きくなってゆく。大地の揺れで、裂け目は大きくなり、
子供の足元に届く。
「くぁ…っ!」
落ちる刹那に崖の壁を掴む。
重さのせいで動けなくなり、チラリと下を覗くと真っ黒で底が見えない闇が口を開けている。ジャックは再び自分の腕を見る。
力が入らない。
「くっ…そぉ…、…?!」
小さなひかりが腕から現れてゆく。
予想通り、ひかりはゆっくりと彼の周囲を取り囲み、すこしずつ身体は軽くなっていく。
だがジャックは叫んだ。
「でていけ…でていけぇ!」
『―――――』
「きさまの力なんて…おれはいらないっ…!」
(もうおれをかまうな)
(あの日といい、いちねんまえの日といい)
おれを助けるならなぜおれの両親は助けなかった。
何故おれを助けたんだ!
「きさまの力などにかりるなら…おれはぁ!」
おれは シを、
「――――――きえろぉおぉ――――っ!!」

慟哭。
それが伝わった刹那にひかりは薄くなった。そして切られたようにひかりは消え、力の入らなくなった手が、指先が、壁から離れてゆく。
(…やっと、)
ゆっくりと目を細め、手は崖から離れ、子供が瞳を閉じる、
(おれは…)

「――――ジャックっ!!」
…ことができなかった。
前触れもなく、強くてあたたかな何かに掴まれた。
誰かが、彼の腕を掴んでいる。
我に返れず、気抜けたまま顔をあげ、掴まれる温度の先を見る。
そして見開く。
「……―――――、ぇ…」
「しっかり掴め!」
赤の服と紅茶の髪。
それは子供が先程探していた姿。教えた覚えもなく、話しあったこともなく、相手の名前もわからない青年…
雪の日に泣く赤・遊城 十代であった。



「…やはり、何も残っていないか」
手にある紙を読みながら十代は溜め息をつき、仕方ないと紙を元の場所に戻す。…と言っても、これは廃墟の中に埋められた資料の紙のため、元の場所に戻しても無駄な気がする。
赤き竜のアザを持つ子供が気になり、最初は付近から感じる気配のせいで近づかないことにしていたのだが、残念ながら今の自分が持っている情報源では納得することができなかったため、十代はゼロ・リバースの被害が最も大きい場所――――穴の奥・旧モーメントに入ることにした。
流石に機械は動かず、彼はデータを調べることができなかった。電源だけでも付いていたら、侵入できる自信はあるけどな…と十代が思った時、足先に何かを蹴った感覚がした。
彼は何かを拾い上げる。
「…なんだ?」
鞄からペンライトを取り出し、光を点けて当てると、それは写真立てだった。写真立てには一枚の家族写真
が飾られている。
このモーメントの関係者のモノだろう。だが、写真のある人物を見て十代は眉を寄せた。
…似ている。
「この髪型…遊戯さんみたいに印象が強いな…」
思わずつっこんでみた十代だが、写真を見ながら考え込む。
同じではないが、彼は似たような髪型を持つ者に会ったことある気がする。
最近ではない。確かユベルが完全に自分の魂と融合しておらず、まだ気楽に外に現われたり、喋ったりできていた時のような…
ふと写真の中に、不思議な髪型の主が抱いている赤ん坊に視線を向く。
主の子供だろう、髪型は少しだがなんとなく主と似ている。
色が少し違うだけだ。
「…うん?」
裏を見ると文字が書かれている。小さくて上手く見えないが、読めない程ではない。
「うわっ目が痛いぜ…えっと、…日付は二年前…ゼロ・リバースが起きる前の写真か。……『不動一家』…、……」
少しずつ見開かれる琥珀の瞳。
驚いたようにもう一度苗字を読み、口唇は開いた。
「ふ、どう…?」

『俺の名前は、不動 遊星』
かつての過去に彼は一人の青年に会った。
過去と現代、そして未来を守るため別の時空…未来から現れたデュエリスト。
あのとき、あの青年は確かにそう言っていた。
不動 遊星、と。
「じゃあこの赤ん坊は遊星ってことか。…ん?待てよ?」
少し前に資料で読んだモノを思い出す。
旧モーメントの責任者はゼロ・リバースで旧モーメントと共に亡くなった。彼には妻と息子がいたのだが、彼女らも事故で亡くなっている。
ならば彼が会った「不動 遊星」は誰だ?
「赤ん坊が生き残ったか、あるいはオレが会った遊星は『もう一つの未来の遊星』、か」
作られる未来は多い。
選択の違いにより未来は大きく変わり、例え結果は同じモノでも、その過程は大きく変えられる。
普通の人生もたくさんの未来が持っているけど、択ばれるのは一つのみ。…普通なら、過去に戻ってやり直すことができないからだ。
でももし、赤き竜の力…アザを持つ者・シグナーなら、その力により過去をやり直すことができるのかもしれない。
赤き竜の力ならばそれが可能なのである。
昔、青年の『不動 遊星』はその力を使って彼の時空に訪れ、赤き竜の進化を教えたのだから。
「…もっと早く気づくべきだったぜ。つまりあのときの遊星はこの写真の赤ん坊か。っくそ」
あの頃は色んなことで混乱していたし、なにより自分と青年の遊星の世界は同じ世界の時空なのか分からなかったため、未来のことについて遊星に何も聞かなかった。
例えあの頃はすでに赤き竜が目覚めたと分かっていても、どこの時空や異世界であるかさえわからない相手に、どうすることもできない。
あの頃に出会った青年の『不動 遊星』と赤き竜の時代が、まさか自分と同じ時空のモノとは、十代は考えていなかったのだ。
「ってことは近い未来に、バイクに乗りながらライディング・デュエルができるんだな…楽しみだぜ!…って喜んでる場合じゃねぇ」
頭を左右に振り、十代は写真立てを地面に戻す。
もう少し奥に進むと、何かを思いついたように十代は後ろに振り返る。
先程、元の場所に戻した写真の方向を。
「旧モーメントの責任者は確か不動博士…遊星は博士の息子で、…シグナー?」
怪しい。
どう考えてもこのゼロ・リバースはあやしすぎる。
そもそも、この悲劇が自然災害であること事体がおかしい。自然災害なら、何故この旧モーメントの周りの被害だけが他のところより遥かに大きい?例え本当にここから始まっていても、この穴はどう説明するんだ?
地震で地面が陥没して穴の形に…なんて説明に十代は信じない。そう言った事例がない訳でもないが、下に陥没したというより、何か…そう。まるで『下』から上へ爆発がおき…
ある場所にたどり着く同時にとめられた足音。
(…まさか)
大きく見開かれる琥珀の両瞳はゆっくりと目の前の景色を見る。
巨大な穴のように地面の上まで続く壁と巨大な装置は眸の奥に揺れ始めた。
モーメントの、装置を。
「ゼロ・リバースの原因は、…モーメント?」

ゼロ・リバースの悲劇の裏にモーメントの実験。その考えは正解なら、確かにモーメントの周りの被害も話につく。でももし、それは本当にモーメントの実験により起きた事故なら、まったく違う話になる。
旧モーメントではナニか研究を行っていた。しかし、ゼロ・リバースのせいで研究成果である実験結果やそれに付随するデータも消失。研究活動は一時中止され、今は誰も研究を再開することを許されていない。
悲劇の始まりは旧モーメントなら、考えられるのはその研究の実験の暴走だ。普通の状況ならともかく、…もし旧モーメントの暴走が責任者と関係があれば、話しは複雑だ。
赤き竜の目覚め。アザを持つシグナーの子供。モーメントの開発者であり責任者・不動博士。彼の息子であり、過去で出会った未来のシグナー・不動 遊星。
偶然ではない。
直感だが、生き残ったはずの赤ん坊は記録では死亡とされた。もしかしたら…これも赤き竜と関係しているのかもしれない。
赤き竜とシグナーの『力』による、何かが!
装置に近づき、塵に覆まれた表面を触る。
腕を上げ、指先がキーボードを撫でると兆しもなく瞳は碧緑と黄昏に変わり、
「?!」
装置は起動し、七色のひかりが足元から現れて回転する。
「バカな!電源はもう残っていないはず…」
大地は揺れ始めた。

《―――――…、…――。――――》
始めは緩く、少しずつ揺れが強くなって壁に反応し、小さな石は崩れて落ちてゆく。
段々強くなる地震に十代もバランスが取れなくなり、装置に寄り掛かりながら腰を下ろす。
彼は周りのひかりを見た。
「何なんだ、これは…っ!」
起動した装置の下から湧き出す七色のひかり。
虹のような色だけど、それはレインボードラゴンの力とは違う。あれより細くて濃い…まるでひかりのなかに、見えるけど見えないほど大きさの『何か』がいるようだ。
「くっ…モーメントの研究って、この光か!」
なんとか揺れの中に立ち上がり、十代は装置の画面を見る。電源は入っている。キーボードを使って調べ始め、データと光の原因を探すとき、
ふと、彼は顔を上げた。
「………、…なんだ。この感覚」
まるで、何かに見られているような…

それが、いけなかったかもしれない。
顔を上げてひかりを見るとなぜか目は離すことができず、身体ごと動けなくなった瞬間に光はより大きく輝き、
「…――――――!!」
自分に向かう光を碧緑と黄昏は映した。

《―――――…、…――。――――》
《……、…――。…――――》
一瞬だったような。一生だったような。
多くの映像がすれ違い、再生、フィルムのように現れて消え去って繰り返す。世界の誕生、光と闇の誕生、宗教、経済、差別、社会、時代の流れ自分と周りの過去現在悲しみ憎しみ苦しみ喜び…
「や、めろ」
そして戦いに過去と現代と未来のある場面にたどり着く。
「やめろぉ…!」

―――――破滅に導かれた未来の、

「とめろぉおお!」
叫んだ刹那に映像は消え、力を失った青年は座り込みながら胸を掴む。
息が荒らされ、喘ぎを何度も繰り返す。
「はぁ…、はぁは…ぐぁ……っ」
(これが、ゼロ・リバースを起こす理由…)
これが真実。
これこそ、裏にいる『モノ達』がやろうとしている、―――歴史の修正

遊星粒子を利用するモーメントの、完全消滅

「…な、ぜ。オレに教えた」
目の前の光を睨みながら十代は顔を上げる。
《――――――》
「おまえは、なにものだ!」
だが応えはなく、ただ光は弱くなり薄くなっていき、青年がまた問う途中に一つの声は耳に届き、
『ゴォォ…――――!』
十代はハッと見上げる。
赤き竜の声だ。
「まさか、この近くにあのジャックって子が…!」
チラリと消えてゆく七色のひかりを覗き、やがて十代は近くにいる階段まで跳び、外に向かう。
一瞬だけ。
《……――――…、……ミライ ハ》
ひとつのすがたになってゆく七色のひかり。
まるで祈るように、すがたは静かに目を閉じ、消え去った。
まだ、破滅を向かえてはいない

《ワタシハ、ソウシンジテイル、…―――――……》
装置は二度とつくことなくなった。
爆発して毀れた、遠い未来の先まで。


「この感じ…やはりジャックか!」
外まで駆けだすと考えたとおり、遠くないところに赤き竜の姿が見えた。地震がまだ続いているせいか、周りの建物と地面は崩れ始めている。シグナーに何かの危険があって赤き竜が現わしたのだろうと十代はすぐに赤き竜の居場所に走り出す。
「?!」
だが、赤き竜の姿は少しずつ薄くなってゆく。
(くそっ力が足りないのか!…、いや。違う)
ふと一年前にあの日のことを思い出す。
あの日も赤き竜はジャックの危険を感じ、彼を助けようとした。だが赤き竜は完全にジャックを守ることができず、別の助けを呼び掛けた。
あの時の十代が見た状況では、赤き竜は充分に彼を助けようとしなかった。
いや、できなかったかもしれない。
(まさかあの子、赤き竜の力を拒んだのか)
例え力がどれだけ主を助けたくても、主が強く望まない限り力は出すことができない。『ちっ!』と舌打ちしながらより早く進むと、大きく分けられた崖で壁を掴む子供の姿が見えた。
「!ジャック!…くそっ!聞こえないか!!」
段々消えて逝く。
子供を守る小さな紅きひかりは弱くなり、赤き竜の姿も消えると光も消えた。重さに耐えられなくなった子供はゆっくりと手を離す同時に青年もその方向に飛び出し…
「――――ジャックっ!!」
ジャックの腕を掴めた。

「……―――――、ぇ…」
「しっかり掴めろ!」
何が起きたが子供にはわからなかった。
またの間一髪にジャックを掴めた十代はすぐに腰のケースに入るワイヤロープを投げ、近くの建物に巻くと二人は重力で崖に叩きつけられた。背中は少し痛いが、なんとか落とさずに済む。
少しほっとすると十代は腕の中の子供を覗いた。何かに驚いたようにジャックは彼を見て目を見開いた。
「…お、まえ……なんで、ここに…」
「それはこの状況でいうセリフじゃない気がするぜ…とりあえず上がるぞ。オレにつかま、」
「はなせ…はなせ!」
「!おい!」
いきなり暴れ出した子供に十代は焦る。このままだとワイヤロープが切れる可能性が高い。
「何やっているんだ、ジャック!」
「おれのなまえをしって…どうせこのアザの力でつくりだしたモノだろ!」
(やっぱりこいつ、アザの力を知っている)
「はなせ!おれはこんな力いらない!」
「ちょ、くっ」
ジャックの爪先が青年の手に喰い込む。一瞬だけ手を放すところだったが、痛みを我慢してボタンを押すと
ワイヤロープは彼らを引っ張り、二人はなんとか地面の上に戻った。
「はなせ、はなせ!この…―――――」
手が放された瞬間に痛みが走る。
突然の衝撃で何も分からず、急に熱くなった頬を触ると痛みが伝わり、自分は相手に打たれたことがわかった。
「―――きさまっなにをす、」
「命を軽く捨てるな!!」
大きな怒りの重圧に押し黙る子供。
「せっかく助かった命なのにそれをあっさりと捨てるヤツがいるか?!子供のくせに何考えているんだ!」
「くっ……こどもこども…どいつもこいつも!こどもだからなんだ!なにがわるい!」
「だからおまえは子供って言っているんだ!!」
服ごと掴み、十代はジャックを自分に向かせる。
「てめぇはいま、立っているここはどこか知っているだろ!悲劇が生まれた場所だ!ここにたくさんの人がいた…生きたくても死んだ人達がここにいるんだ!だがおまえはどうだ!この事故で生き残ったのに、せっかく助けられた命を簡単に捨てるのか!」
「くっ…」
「そんなに憎いか」
子供の左腕を握り、アザを指しながら十代はジャックを見た。
「このアザの力を、死ぬほど憎いか」
「…にくい…にくいさ!」
何が力だ。
何が助けられただ。
もし本当に力があれば、なぜ…
「おれをたすける力があれば、何故おれのりょうしんをたすけなかったんだ!」
雫は落ちてゆく。
一滴ずつ、溶けた雪のように、泣いていた空のように、泪の雨は降り始め、
子供は叫んだ。
「何故おれのいばしょをうばって…おれをひとりにするんだ!」

――――…あぁ。そうか。
何度も崩れた建物を見に行く金髪の子供。もう誰も戻らない、誰もいない
この子は分かっていたから、あそこに行くしかないのだ。
彼の悲しみを分かり合う人はもういないから、過去の記憶に縋って、アザを憎み…自分を嫌うしかできない。
泣きたくても、泣ける場所はもう…

―――――独りで、泣かないでくれ


「そう、か」
「…――――っ…」
緩やかに子供を寄せ、青年は腰を下ろしながら腕を上げ、ジャックを抱きしめる。
紫の両眸は見開かれた。
「…おまえ『も』、泣ける場所がないのか」
そうだ。彼はもう泣ける場所がない。だから雪の日に外に出て、自分に降ってくる雪を待っていた。
ゆきが頬に落ち、水となり、泣いている錯覚を得るため。
…彼はもう、泣くことさえできなくなったから。
「泣くなとは言わない。…でも、それだけは覚えてくれ。おまえの両親はきっと…ジャック、おまえに死んで欲しくない。おまえを守って、――――彼らの分まで生きて欲しかったんだろう?」
(………んなこと、わかって…わかっている…っ)
本当は覚えていたんだ。アザの力により助けられる前、事故のせいで崩れた家から彼を守ったのはアザではなく、彼の両親だった。
だから余計に許せなくなった。アザを…何もできなかった自分を。
「いつか、おまえにも守りたい人が現れる。…今は甘えてもいい。これからは、おまえが守るために生きるんだ」
「……っぅ……」
手を伸ばして、腕を掴んで。
青年の肩に寄せて声を殺し、より大きな涙を流れながら子供は泣き出す。
…いきるために。
俺は決して、お前の涙をみんなに見させない

(……ヨハン)
かつてのゆきの日、青の青年が赤の青年にあげた言葉。
(なんで思い出すのは、おまえとの日々ばかりなんだろな)
『だから我慢する必要なんて無いぜ。…十代』
春になっても、夏になっても、秋や冬になっても、
俺が伸ばせば掴めるところに居てくれ。

―――――…独りで、消えてゆく世界の中で泣かないでくれ



「…!ジャック!」
一日が経ち、突然消えたジャックの行方が分からず、どうすればいいのかわからないマーサの前に一人の青年が現れた。
後ろには、彼女が探していた子供がいた。
「ジャック!」
「っ…マーサ」
「バカ!」
また打たれるんだろうとジャックは身を竦めるも、来るのは痛みではなく…あたたかな腕。
マーサは彼を抱きしめた。
「よかった…無事でよかったよぉ……」
「…、…………ご、めん」
心配そうに自分を抱きしめるマーサにジャックは小さく謝る。今更だけど思う。…心から彼を心配する人は、少なくともここにいるのだ。
「とりあえず無事でよかった。アタシは昨日の晩から心配で仕方なかったよ」
ジャックの頭を撫でながら立ち上がり、マーサは十代に礼を言った。
「この子を連れてくれて、本当にありがとう」
「いや、大したことじゃないです」
「何もないところだけど、お礼の代わりに食事でもどうかしら?久しぶりにご馳走を作るから」
「え?でも…」
ご馳走の言葉に思わず目を瞬いた十代だが、自分の立場もあってそれを断ろうとするも、不意にとなりのジャックを見る。
青年は目を細めた。
「じゃあ、お邪魔します」
「じゃあがんばって作るわ!ジャック、お客さんを中に案内しな」
「わかった。………?どうした?」
何故かずっとある方向の空を見つめる十代にジャックは首を傾げる。「なんでもない」と左右に振り、十代は振り返る。
ふと、ジャックはあることに気づいた。
「なまえ」
「うん?」
「おまえ、なまえは?」
「…言ってなかったっけ?」
「いってないぞ」
(大丈夫かな……)
少しわかったとはいえ、今の状況は未だに理解していない。少し考え込み、青年は微笑んだ。
「そういえば、おまえは?名前の部分しか知らないけど」
「っどうやってそれをしったんだ?」
「あぁ。一年前におまえを助けたとき、服の中に住所と一緒に書いてあっただろ?」
「やっぱりあのときはきさまか!」
「きさまって…」
この子、大きくなったらどんな口調になるんだろう…と思わず心配したくなる十代。話を変え、青年は改めて自分の名前を告げた。
「オレは十代だ。で、おまえは?」
「……ジャック。ジャック・アトラスだ」


―――――未来はまだ、破滅を向かえてはいない

七色…遊星粒子のひかりは確かにそう告げた。未来はまだ破滅を向かえてはいない。まだ変えることができる。救うことができる。
なら彼も自分ができることをするしかない。
かつての彼が破滅の未来を意味するモノ・ダークネスと戦ったように。
いつか戦うことになる、赤き竜のアザを持つシグナー…
この子達が力によって『闇』の道に落ちないよう、
導くために。





弱ければなにもできない
強さがなければなにも手に入れることができない

おれは、弱きモノが守れる王者になりたい

ジャック・アトラス
(Jack Atlas)


「赤と金1」時点で年齢四才。同年の子供より早く成長し、二才の時はすでに普通に喋れる。元童実野町・サテライトの出身。ゼロ・リバースの事故で両親を失い、現在はマーサハウスに暮らしている。
現世で二人目のシグナーのため、ゼロ・リバースの際は赤き竜のアザにより廃墟から救われたが、両親を助けなかった赤き竜を憎み、他人と距離を置いている。
家の近くにいる廃墟で十代と出会い、「死」を思う気持ちを「必ず生き残る」想いに変え、それ以来「力」を求め始めている。

嫌いなモノはなく、ゼロ・リバースで生き残ったせいか非常食・カップラーメンは好みのよう。また、コーヒーや紅茶にはこだわる。
飲み物はブラックだが、実は甘党。
デュエルはほぼ独学だが、デュエルキングである存在に教えられたことを知るのは、未来の話。

シグナーのアザ・翼
シグナーの精霊  レッド・デーモンズ・ドラゴン
(ただし、現在ではまだ手に入れていない)