赤と金 0
手を掴まれたあの瞬間が、一番苦しくて愛しいと思うときだった。
いつの間にか外された銀色の指輪。自分が外した指輪。青は何かを伝えようとしているのか、口を何度も開こうとしては押し黙る。
赤はゆっくりと顔を上げた。
―――苦しそうな顔だったんだろうか。
―――辛そうな顔だったんだろうか。
―――それとも、表情がない孤独な顔だったんだろうか。
赤にはわからない。それでもあの瞳…空のように明るく、海のようにやさしい両目は自分を見つめていて、悲しそうに赤の返事を待っている。
赤の青年は知っていた。その瞳に映る自分の表情がどんなものであったのか。それでも彼は、応えられなくなった。
もう一つの手を上げ、己の手を掴む青の手の上に置き、重なり合わせ、
青の指から銀の指輪を外した。
『さよなら』
一歩ずつ、青と離れてゆく。
振り返れば見える距離なのに。手を伸ばせば戻れる距離なのに。赤は振り返れず、手を伸ばさず、ただ足を動かし、耳を伏せて、進んでゆく。
力なく伸ばされた手から、静かに銀の指輪は地に落ちる。
終わりを告げる音が、世界へと静かに響き渡った。
(…つめたい)
ゆっくりと目覚め、空に顔を上げる。
柔らかく穏やかに降り始めた白い涙。手を伸ばすと雪は指に触れ、溶け、元の姿にもどってゆく。
「天気までおかしくなったか」
昨日は晴れていたのにな…と思わず溜め息をつき、赤の青年は建物の屋上から風景を見下ろす。
「…やはり、被害は街だけじゃなかったんだ」
いつかあるモノが自分に見せてきたあの未来の景色のようだ。
瓦礫の山と焼け跡。そして鉄くずの塊より作られた廃墟。
―――――ここは、かつてデュエルキングやデュエルモンスターズ界の伝説を生みだした場所。
元童実野町…サテライト。
十代の思い出の場所でもあった。
元童実野町・サテライト。
新しく作られたネオドミノシティと違い、サテライトは童実野町の本来の姿を残し、新たな町に引っ越さなかった人々が静かに暮らしていた。
都市開発はネオドミノシティが優先されるため、いつの間にかサテライトには製造業の工場など第二次産業に関わる施設が増え、其々異なった経済事業を始めていた。だが、そこに暮らす人々はまだシティもサテライトも『同じ街』だと考えていた。
…ある悲劇が起きるまで。
ゼロ・リバース。
何の兆しもなく起きた自然災害。嵐が現われ、大地が揺れ、地震で地面は裂けて建物は崩壊し、津波が街を襲った。
ほぼ一瞬の間に、一部の街は多くの命と共に海の底に沈んだ。
サテライトとシティを繋ぐ道も完全に断たれた。
その頃からサテライトは不要な場所と見なされ、シティのゴミ回収と製造工場の場とされるようになった。そしてサテライトは犯罪者や社会不適合者の様な人々のみ暮らす場所となり、シティは優れた人間のみ暮らす場所となった。
…表向き、ゼロ・リバースは自然災害のせいだとされている。
「さて、本当の所はどうだろうな」
ある一点を見つめ、十代は建物の屋上から跳んだ。
数回も壁を蹴りながら地面に降り立つと、ある階段の上に登った。
青年は目を細め、
「…これを見ると、どう考えても自然災害に思えないぜ」
崩れた町の中心に真っ暗で先の見えない大きな穴は琥珀の瞳に映った。
(事件を聞いて、ドミノ町の状況を見てみようと思ったんだけど…思ったより酷ぇな)
旅の途中に童実野町の事故を聞き、少し遠巻きに見に来てみたのだが、どうやら童実野町…サテライトとシティの行きは禁止されたらしい。仕方ないと思い、十代は別の方法で童実野町に入った。
万丈目グループの通行証がまだ通じていてよかったぜ…と、ある仲間の顔を十代は思い出す。
脳裏に思い浮かんだ顔に苦笑すると、十代は周囲に意識を向けた。
先程から気になることがあった。
サテライトとネオドミノシティ…二つの町に入った瞬間、彼は僅かな『力』の流れを感じていた。
流石にその正体をはっきり掴めず、それでも気になった青年は先にサテライト…ゼロ・リバースが起きた場所に向かうことにした。
「…やっぱり何かある」
穴に近付き、手で地面に触る。
町に入ってから感じていたモノだが、この穴の周りはより強い。もう少し近づこうとするが、十代は足を止めた。
(……なんだろう)
(オレは、入っちゃいけない気がする)
力の感じだと、確かにそれは彼を襲うモノではない。むしろ何かが眠っていて、何かを待っているようだ。
でも、待っているのは十代のような存在じゃない。
「………。」
チラリと後ろに振り返る。
何かを感じたか、十代はため息をつき、頭を掻くと、
「?!」
走り出した。
「まさか!気づかれ…!」
気づかれると思ってもみなかった男は、すぐに後を追った。だが、瓦礫の山のせいで視線は上手く走る赤を
捉えず、ある石の裏まで追いかけると完全に見失ってしまった。男―紅き口唇の者が顔を上げる瞬間、
「くっ…!」
手刀に打たれ、痛みの中で意識を失った。
「………ネオドミノシティ維持治安局長官の秘書・イェーガーか」
倒れた者の服から認証カードが見つかり、十代はそれを読みながら考え込む。
彼の正体を知る『モノ』は少ないとはいえ、自分が狙われていることは分かっているし、いまさら驚くことではない。だが、目の前の男が関係する機関に青年は目を細める。
(維持治安局…なるほど。万丈目グループの通行証を使ったせいで気づかれたか)
「確か先月から新しい長官が来て…確か、名前は―――レクス・ゴドウィン」
でも何故、新しい長官が彼を探しているんだ…
認証カードを戻し、手を男の額に置くと十代は目を閉じる。小さなひかりが手に集まり、霧散する。
これでよし。と立ち上がる十代だが、一つの気配に目は大きく開かれた。
―――――懐かしい、でも聞きたくない
紅き焔に包まれる 竜の声が
「――――っ?!」
ハッと身体ごと振り返る。
…青年は愕いた。
ゆっくりと地上に降る雪は一つずつ集まり、形となって空に翔け昇り、一瞬で雪は焔に包まれ
赤い翼が琥珀に映り込む。
かつての過去は青年の記憶に再生し続けた。
『自由に行くといい。』
ひとつの命が生まれ、ふたりの少年が命にあげた言葉。
『これからは、お前自身で世界を見に行くといい。――――赤き竜』
命は飛んだ。あのとき、竜は『力』を持ち、世界と時間のどこかへ消え去った。
誰にも見つからないために。誰にも利用されないために。
…なのに何故。
「赤き、竜」
何故あの『命』はいま、ここにいる!
『ゴォ――――ッ!』
「!待ってくれ!」
十代の存在に気づいたか、赤き竜は彼に声を上げ、ある方向に向かって消え去る。追いかけると、赤き竜が消えた先に崩れた建物が存在した。その下には倒れている子供の姿があった。
…いいや、守られていたというべきだろう。
よく見ると崩れた建物は子供の上に落ちるはずだったようだ。だが周りの赤き光により瓦礫は子供に落ちることなく、宙にあるまま止められている。
子供の腕に同じ赤い光の跡があった。
「…!ヤバイ!」
先ほどの赤き竜が彼に上げる声を思い出す。
鞄からデュエルディスクを取り出しながら建物に向かって走る。予想通り、赤き光は段々薄くなり、周りの瓦礫が動き始めている。
(このままじゃあの子が埋まれる!)
『くそっ!』と舌打ちしながら腰のケースにあるデッキを取り、ディスクにセットすると二枚のカードをドローする。
「ここから百メートルの範囲はすべて我が力の応じる場となれ!」
ディスクが応じる同時に赤き光は完全に消え、瓦礫は子供に落ちてゆく。
青年は二枚のカードをセットし、
「この範囲の被害を消してあの子を守れ!――ユベル!ハネクリボー!」
碧緑と黄昏の瞳は表れ、崩壊の音は大きく響き渡った。
――――……
「……ぅげ、ケホッ、ゴホ……っ」
『大丈夫かい?十代』
『クリクリ』
「あぁ…助かったぜ。ユベル、相棒」
間一髪のところでユベルとハネクリボーの力を発動し、子供を助ける事が出来た。瓦礫が子供に落ちるところをユベルに守らせ、代わりに受ける衝撃はハネクリボーの力で消した。
自分への攻撃を他人に返すユベルと攻撃の力を消すハネクリボー。
ふたりとも十代の魂の一部の存在である。
「本当はネオスを使うつもりだけど、ネオスでも同じタイミングでこの範囲を守るのは無理だ。わりぃな、ユベル。起こしちまって」
『気にするな。少しだけなら、ボクは平気さ。…じゃあ残りは頼むよ、十代』
「あぁ。ハネクリボーも」
『クリー』
ふたりは消えると十代はデッキを腰のケースに戻す。塵は薄くなり、彼は子供に近づいて抱き上げる。
少し辛そうに、十代は子供の腕を見た。
「――――…シグナーと赤き竜、か」
服の中に書かれている住所にたどり着き、人に気づかれる前に子供を屋敷の扉の前に置き、叩く。
屋敷の大人が心配そうに子供を中に連れて行くのを見ていると、なぜか青年は少しだけ昔のことを思い出した。
…まだある屋敷に暮らし、『彼』の側に居られたときのことを。
――――おまえは今も、オレを待っているだろうか
――――ヨハン
屋敷をチラリと振り返り、青年は静かに去る。
翼のアザを持つ金髪の子供と、青の青年を思いながら。
世界と運命は、動き始めたのだ。
好きだからこそ大切にしたい
大切だからこそ傷つけたくない
だからオレは、あの人の側から逃傷げ出した
遊城 十代
(Judai Yuki)
年齢不詳。外見は二十代を保持。現在は世界中に旅をしている。
『闇』の意志の転生。前世は双子の兄の魂と『ふたり』に分かれ、『ひとり』に戻ったひとりの初代であり、現世は十代目の孫である。
『闇』の意志の『器』の血族のため、その力を自由に使うことができる。だが、『破滅の光』による攻撃、目覚めや命の危険に身が晒されない限り、普段は双子の兄によって力の一部を制限されている。
ある時期までヨハンと共に暮らしてきたが、とある理由で彼の元から離れた。
血がつながった子供がいないため、『闇』の直系血族最後の子である。
鎧・ハネクリボー
分身の精霊・ユベル