少し目を瞬く。
先ほど興味深くD-ホイールのことを聞きながらメモする少女。コーヒーを取りに行って戻ると彼女の姿がなく、遊星は少しだけ頭を傾く。
「アキ?」
周りを見渡す。ふと何かの音が聞こえて、遊星はD-ホイールに近づく。
後ろに、一人の少女は機械に寄せながら眠っていた。
(疲れているのか…)
外の窓を見て、自分が気づいていない間に夜になったらしい。外は真っ黒だ。
壁の時計をみると、確かにすでに遅い時間になっている。
(家まで送る…も無理か)
仕方ないと遊星はジャケットを脱ぎ、先にアキの肩に寄る。
メモ帳にいるある電話番号を探し、彼はボタンを押した。



弱い者と強い人



「――――…はい。…いいや、こちらこそすまない。心配させてしまった。…明日、彼女を送る。…はい。では」

通信をきり、改めて眠るアキを見る。
明日中に、遊星はある仕事を終わらせなければいけない。それは修理の仕事で、機械を使わなければいけないだが…
音は、起こしてしまう。

ゆっくりと横に抱き上げる。
チラッと自分の部屋を見上げ、起こさないように静かにとアキを階段に乗り、部屋のドアを開く。
何もない部屋だが、外よりマシだろう。
できるだけ優しくベッドに臥させ、布団を肩まで掛ける。
彼の部屋は、少し寒いからだ。
(これは外した方がいいか…)
と思いながら前髪に触るところだった。
「……ぅ…ん…」
思わずヒクと指を止める。
「…ディヴァイン……?」

少しだけ、心臓は止めたと思った。
目覚めていないだろう。アキは目を開いていない。
静かに、ゆっくりと髪飾りを外す。
バラのように紅髪は広がった。
「……」

最後まで、彼女は知っていない。
あの人はどんな気持ちで彼女を利用したか。彼女をどう思っているか。
彼女は知らないままだ。
…その方が、いいかもしれない。

ス…と髪を撫でる。
そして、惜しげに離す。
「……おやすみ、アキ」

小さな音と共にドアは閉め、遊星は仕事の再開を始めた。


少し、イラに入ったかもしれない。普段は二時間で終わらせるはずの仕事は三時間に経っても終わっていない。
言葉は頭から消えない。
一旦休憩をしようとする遊星。腰を下ろし、地面に座るときだ。
後ろから、コーヒーが渡された。
「…っ?!」
「!…ごめんなさい」
「っアキ…もう起きたか」
愕いた。
突然で後ろに振り返ると、まさかアキは起きたとは思わなかった。
彼女はあのまま、朝まで寝ると思った。
「少し疲れている顔よ?遊星。休まないの?」
「…いいや、大丈夫だ。コーヒー、ありがと」
「……遊星」

「怒っている?」

指先は止めた。
「……。」
「ねぇ、怒っているでしょう?だって遊星は今、私の目を見てくれないの」
「……。部屋に、戻ってくれ」
「私が何がしたの?遊星」
「頼む、戻ってくれ」
「遊星!」
「っ…!」
自分を彼女に向かせる両手。
少女の眸はただまっすぐで青年を見つめ、歪みがない目線に遊星は逸らす。
彼は、彼女を見る資格がない。
「遊星、私を見て」
「…放してくれ、アキ」
「嫌よ。理由を教えてくれないと私は放さないわ」
「……。見せたくないんだ」
「何を、」
視線は真っ黒に塗られる。
肩に置くジャケットはいつの間に取られて彼女の頭に寄り、視線が覆られた同時に二つの腕に抱きしめられた。
…アキは目を開いた。
「…遊星?」
「……。部屋に、戻ってくれ。俺の感情でアキを傷つきたくない。今の俺の顔は、お前に見せたくないんだ。…頼む」
「…遊星は、悲しんでいる?」
「……。」
「遊星は、傷ついている?―――私のせいで」
「…俺が、自分を傷ついただけだ」
「……。遊星は本当に、優しい人だね」
ゆっくりと背中に手を回す。
自分より大きな、暖かな背中。
「貴方はたくさんの人々を救った。サテライトとシティの人々、ジャックや貴方と共に暮らしていた仲間達、ボマー、……貴方は初めて出会った人にも手を伸ばしてくれた。私にも、遊星に救われた」
「……。俺は、弱いんだ。アキ」
「弱くない人は、存在しないよ」
肩に寄せながら目を閉じる。
アキは続いた。
「遊星は強いよ。でも、貴方は強すぎるよ。遊星がすべての人を救うなら、…遊星を救う人は誰なの?」
――――弱いところを出すことは、恥ずかしいことではないのに
完璧の人間なんて、その世界にいないよ
遊星。
「――――…俺は、無理をしているか」
「それは、遊星しか知らないことでしょう?」
「…そうか」
緩やかな口調。
まるで笑っているような気がした。
「……ありがとう、アキ」
優しく少女の背中を撫でながら礼を伝う。
「ここに居てくれて、ありがとう」


――――ここに見てもいい?
――――あぁ。構わない

さっきと同じ仕事を再開する遊星。
違うのは頬を緩める青年と、隣にいる
笑顔を咲く少女。



おまけ

「あー!なんで十六夜アキはここにいんだよ!」
「クロウ。仕事終わったか、お疲れ」
「お疲れ様」
「おおーありがと…じゃなくて!なんでこんな時間にお前は居るんだ!」
「今日、アキは泊るんだ」
「もうパパとママにも連絡していたから、大丈夫よ」
「…お、おおおおまえ達…まままさかあのような関係なのか!」
「「?」」
「ジャックはいつもあのカーリーと一緒だし、遊星までだとは…ちくしょおおおおおオレの気持ちは誰にも気遣ってくれねぇーのかぁー!」
「…何を言っているかしら?クロウは」
「……さぁ」
クロウの苦労を気付かずに頭を傾く青年と少女だった。

『弱い者と強い人』

2009.??.??